第18話 勇者と無職
魂を刈り取る者は、姿の見えなくなった仲間たちを追いかけるのを諦めた。
近くにいるオレに標的を変えたようだ。
骸骨だから、よく分からないが、目がオレと合っている気がする。
奴に目なんてないのに。
オレの感覚がおかしくなったか。
奴は、力尽きたジャスティンには興味がないと、態度ではっきり示してきた。
完全に死んでしまったジャスティンを壁に投げつけたのだ。
まるでゴミのようにだ。
それを見たオレの怒りは、この時に頂点を極めた。
「許せねぇわ! オレは絶対に許さん。オレの大切な仲間を雑に扱いやがって、てめえだけは絶対にオレがぶっ倒す!」
ここからブラッドレインとの激闘が始まった。
敵の鎌の威力が異常なので、防御が意味をなさない。
だから、攻撃と回避を重点にして、持ちうる全てのスキルを駆使して、この伝説級のモンスターに、オレは挑戦した。
幾度の攻防の末に、戦って分析した結果。
オレが勝つイメージが出て来ない。
奴の反応が異常だった。
だから、この状態を続けても、ジリ貧でオレが負けるだろうとの予測が立つ。
そして予想通り。
こちらが、攻撃を繰り出しても全て躱され続けて、次第にオレの方が後手に回っていった。
「クソ、強すぎるわ。この野郎。だったら、あのとっておきでやるしかないのか」
膝を突いたオレが魂を刈り取る者を見上げたその時。
「があああああああああああああああああああああああああああああああ」
魂を刈り取る者が、ダンジョン中に響き渡る声で咆哮した。
するとダンジョンの雰囲気がまた一変する。
空気に冷気が混じり、死の匂いが漂い始めたのだ。
このヒリついた空気感が、オレの身体を硬直させ始めた。
これは人に死を予感させる咆哮。
おそらく何らかのスキルであると思う。
こいつが扱う技を知らない。
魔物辞典などの教科書にも載ってないからだ。
だって、遭遇したら生きて帰れる人間が少ない。
生きて帰っても、情報を言えるくらいに、戦えたのかもわからない。
それぐらいに冒険者を恐怖させてきたんだろう。
感情とは無関係に、体に震えが走る。
これが魂を刈り取る者の真の力なのかもしれない。
「この恐怖……この圧力。伝説の名に恥じないぜ。でもオレはやるんだ! ここでお前を倒す。絶対だ!」
「おおおおおおおおおおおおおお」
奴の咆哮は続いているが。
オレは、ここでこの恐怖を逆手に取った。
オレのとっておきの隠し玉『勇者の心』を発動させた。
勇者の初期スキル。
勇者の心で、一時的に勇者の力を借りることが出来るんだ。
魂を刈り取る者さんよ。
オレが、今まで誰のそばにいたと思ってるんだ。
お前なんかの咆哮で、心が恐怖に縛られることはない。
なぜなら、この勇者の心はそんなもんすら跳ね返す。
揺るがぬ信念のブレイブハートだぞ!
オレのそばにはずっとあいつらがいて、オレはいつもあいつらを見てきたんだ。
それも天啓をもらう前からだ。
オレたちは一心同体にも等しいんだ。
だから、レオンをよく理解している。
動きも性格も何もかもだ。
だからこそ、これをスキルとして自分の中で消化することができるんだと思う。
探究者で、伝説級のジョブスキルを発動させることができたのは、オレが初だろう。
あいつらの幼馴染だからこそできる荒業に決まっている。
友情と努力の奇跡の技だ。
「ごほっ。ごほっ・・・もう血か。発動したばかりなのに……血が出るのが早いな。元々の体力が少ないからか。ならオレは、この状態が三分も持たんかもしれん」
正常時であれば、勇者のスキルは三分間のみ発動可能だ。
でも今の諸々の事情により、もっと短い発動時間かもしれない。
でもそんなのは関係ない。
ここでこいつを倒さなければ、皆も殺されるんだ。
こいつは、マーキングという能力があって、ダンジョン内にいる限り、一度見た冒険者を、殺害しきるまでずっと追いかけてくる習性のある最悪の敵だ。
「ここで倒す。いくぜ」
イメージは、レオンの黄色い稲妻。
閃光のような動きを再現する。
ジグザグに移動して、魂を刈り取る者に近づく。
予備動作がほとんどない魂を刈り取る者は、オレの動きに合わせて一気に鎌を横に薙ぎ払う。
奴の狙いはオレの首だった。
狙いが分かればこちらのターン。
オレは身を翻して、腰に差している脇差を抜く。
そこからオレのありったけの技を出す。
「くらえ!」
強引に体を捻った。
「花は散り、花は舞う 桜花流 『桜吹雪』 その腕をもらうぞ、魂を刈り取る者!!!」
今出した技は、スキルじゃない。
これは、ルナさんの故郷の剣技である。
だから、スキル発動状態でも、オレが技を出すことが出来るんだ。
あの侍のルナさんが、おにぎりだけで我慢してオレに教えてくれた大切な技なんだ。
もし、これでこいつを倒せたら。
絶対にパンケーキ食べさせてあげますよ!
ルナさん!
「な! マジかよ。今のでも無理か」
渾身の回転斬りが当たる直前。
魂を刈り取る者が瞬間移動でオレから距離を取った。
オレの必殺も当たらなかったら意味がない。
これで倒せなかったのは申し訳ない。
ああ、ごめんなさい。
ルナさん、パンケーキ無理そうです!
まだおにぎりで我慢してください!
◇
激闘はおそらく1分が経過。
自分の中ではすでに一時間くらいは戦ったような疲労感を感じる。
勇者の力を得ているはずの剣が奴には届かない。
でも奴の鎌も、勇者の動きをしているオレを捉えていない。
互いが高速で技を繰り出して、互いが高速で回避し続けた。
一進一退の攻防。実力は互角。
だから決め手がない!
でも、オレには・・・そう時間がない。
「・・・がはっ・・・やば・・・オレの限界が先みたいだぞ」
霞んできた目を治すために、腕で擦ってみたけど、霞む景色が元に戻らない。
勇者の力で身体能力は飛躍的に向上しているはずなのに、オレの身体の方が限界を迎えているみたいだ。
『ガシャン・・・ガシャン』
魂を刈り取る者は、オレの動きの悪さを理解しているみたいで、ゆっくりと近づいてくる。
その遅さがオレの恐怖心を煽る。
恐怖するはずのない。
勇者の心を持っているオレが、戦いの最中で恐怖してきた。
ということは、今の勇者の心が弱まっているかもしれない。
手足が震えだして、言葉を出す前から唇も震えている。
「・・・こ。ここまでか・・・・ジャスティン。お前の覚悟・・・すげえな・・・立派な奴だわ。オレなんかよりもさ」
ジャスティンの決死の覚悟。
死が直前にまで迫って、あれがいかに凄い事かをオレは今思い知った。
◇
「隊長! 逃げて・・・豪矢」
戦場に戻って来たフィンが、矢を放ち、魂を刈り取る者の頬に攻撃を当ててしまった。
矢が進んだ時は、凄まじい轟音の矢だった。
でも、当たった時はコツンっと軽い音を立てて、矢が地面に落ちる。
その攻撃具合だと軽く見えてしまう。
しかし、これは、フィンの攻撃が悪いんじゃない。
こいつの防御力が異常なんだ。
一級レベルの冒険者じゃ、傷一つもつけられないんだよ。
フィン、何故ここに来たんだ!?
「馬鹿! なんで戻って来た。逃げろって言っただろ。早く。振り返って走れ!」
倒れているオレは体を少しだけ後ろに傾けて、フィンに向けて叫んでいると、心配そうな顔をしていたのが見えた。
「嫌です。隊長だけが犠牲になろうなんて……それに英雄様たちには隊長が必要です。俺が援護しますから逃げてください」
「な!?・・・ん!?」
ここで嫌な予感がしたので、魂を刈り取る者の方を向く。
魂を刈り取る者の視線がオレに来ていない。
フィンをジッと見ていた。
奴の基本行動は弱い者から狩り取る。
確実に人の命を奪う際の鉄則だ。
弱肉強食がその身に沁み込んでいるのが、魂を刈り取る者だ。
手負いのオレは、まだフィンよりも強いらしい。
奴はフィンを狙い出した。
「クソ! フィン、後ろにバックステップしろ。今すぐだ!」
「は、はい」
指示を出した直後にもう一度振り向いて、フィンの方に走り出す。
フィンはオレの指示を無条件に信じてくれて、後ろに飛んでくれていた。
魂を刈り取る者の瞬間移動はフィンが元にいた場所で、左から鎌を動かして、薙ぎ払っている。
だがしかし、そこの位置にはすでにフィンがいない。
オレが指示したバックステップが効いたんだ。
空振りに終わった鎌が、大きく右にそれていく。
ということは、それは大きな隙となった。
「間に合え!!!!! これで、全部を終わりにする・・・・・ここで、全力だああああああああああああああ」
咆哮に合わせて、オレの脇差が七色に変化する。
その技は、レオンの必殺技。
『勇者の剣』だ。
こいつは、勇者の心から連動しているあいつのオリジナル技。
だから、ありったけの力を込めれば、発動できるんだ。
オレとあいつが、無二の親友だから。
あいつの技で、オレに出来ない技はねえんだよ。
なめんなよ。
この野郎!
「オレの親友の技はな。てめえの装甲だって、絶対にぶち破る!」
最短の動きで、オレは魂を刈り取る者の背後に入った。
「大親友! 力を貸してくれ。オレと一緒に切り裂くぞ。勇者の剣だあああああああああああああ」
渾身の力を込めた七色の脇差が、ブラッドレインの左の肋骨に入った。
斬る感触を得た。
骨を砕く感触だ。
骨の入り口から、出口へ。また入り口から出口へ、奴の胸部の全てを切り裂く。
最初を超えれば、あっという間の一閃だった。
魂を刈り取る者の上半身と下半身がバラバラになった。
すると下半身はすぐに崩れ去っていったが、上半身は最後、オレの方を振り向いた姿勢になった。
奴の顔がオレの顔を見ている。
目がおかしくなったのか。
奴の顔が怒りに満ちた顔に見えた。
さっきまでは、微笑み続けていた気がしたのに、今は、怒りに満ちてオレを睨んだような気がした。
死んでないのか。
ここまで攻撃して、まさか、そんなはずはない。
と思った瞬間、黒い光が奴の全身から出て行って、魂を刈り取る者は消滅していった。
「か、勝ったのか??? いないよな。勝ったか」
勇者のスキルが解除されて、うつ伏せに倒れる。
限界ギリギリの身体であったんだ。
それでも周りの雰囲気を確認すると、あの冷気が張り詰めるような空気が無くなった。
このダンジョンに魂を刈り取る者がいないのは明らかとなった。
「た、隊長! す、凄い」
「フィンか。すまん。目も耳もほとんど使えない。オレ、力を使い果たしたみたいだ」
親友の力を使うと大体この状態になる。
ほぼ停止状態だ。
「そ、そうだ。このアイテムボックスに、ジャスティンを入れてくれ。持って帰ってやりたい。こんな所にジャスティンを放置したくないんだ。すまんがお前に託す。スキルを開放するから、ここにジャスティンを頼む・・・オレたちの恩人だ、弔いたいんだ」
「はい。わかりました」
フィンが、ジャスティンを収納してくれた。
人は収納できないアイテムボックス。
ただ、死体は違う。
廃棄物としての取り扱いとなるんだ。
だから、入れらるんだから、彼の死が確定した。
ここでわかってしまったんだ。
悲しいけど彼は物になってしまった。
オレがもっと強ければ、最初から守ってやれたのにと。
後悔を抱きながらオレは、フィンにおぶってもらってこのダンジョンを後にしたのだ。




