エピローグ ナディア攻防戦終結
オレは海で泳いでいる途中で息継ぎをするかのように息を吸った。
「ぶはっ。はぁはぁ。すげえ濁流だったわ。レミさん! 人の中ってすげえな!」
「ルル。ナディアはどうなったのじゃ」
「ん。起きてねえのか。変だな。起こしたと思ったんだけど」
ナディアを見るとまだ眠っていた。
でも、呼吸は安定していて、苦しそうな顔も声もしていなかった。
「ルルロア様。ナディア様は!?」
「いや、大丈夫なはずですよ。オレが戻ってきましたし。ほら、アンナさん。声を掛けてあげて。ナディアはあなたの声に反応しますから」
「は。はい。ナディア様。ナディア様」
アンナさんは、優しくナディアの肩に手をかけて、起こそうとした。
彼女はずっとナディアを守り続けていたんだ。
この声で目覚めないわけがない。
「あ、アンナ!? あたし。大丈夫だったよ。ルルと、アンナのおかげで」
「ナディア様。よくご無事で」
「ええ。無事よ。また二人に助けられちゃったね。心配かけちゃった」
「ええ。ええ。そうですよ。勝手に行ってしまわれては困ります。私を置いて行ってはいけませんよ」
「はぁい。そうします」
「そうしてくださいね。ナディア様」
二人が抱きしめ合った。
「さてと・・ちょいとレミさん相談よ」
「なんじゃ」
「あいつの所に行きながら聞くけどさ・・・・・・」
オレはガルドラの元に向かった。
◇
「聖域はそのままだな。おい。目覚めたか。ガルドラ」
「・・・ぼ、僕は・・・な、ナディア様を。どこに」
「ここよ。あなたのせいで酷い目に会ったわ」
アンナさんに支えられたナディアがやって来た。
「新たなナディア様になっていない……なぜ目が覚めている」
「そんなのに、なってたまるもんですか。あたし。今ルルとアンナと一緒にいて幸せだもん。新しいナディアになんてならなくてもね」
ナディアは自信満々に言い返した。
それは、オレにとって嬉しい言葉だった。
自由になりたい人の自分の意思だ。
他人から強制された言葉じゃないからさ。
「ということだ。ガルドラ。あんたはちょいとやりすぎている。つうことで。オレ的にはさ。ここでブチギレしていた時にはぶっ殺そうかと思っていたんだけどよ」
脅して敵がビビっていた。
「気が変わった。今、冷静になった分、そんな罰では足りないと思ったんだよね。ここで殺すじゃあな。お前を救済してるみたいで、オレは好きじゃねえ。てなことで、オレはこいつを使います!」
オレは追憶の迷宮の水晶玉を持った。
「そ、それは・・・追憶の迷宮」
「正解です。そんでオレが何をする気か分かる?」
「まさかこの僕にそれを・・・いやだ。いやだ。ナディア様だけは消したくない」
「ってことをナディアも言ったはずだぞ。あんたよ。それをナディアにしたんだぞ。つうことでオレは今のでちょい怒ったので、独特な使い方をします。いくぞ」
オレが水晶玉に魔力を込める。
そしてある結界と仙人と聖女の力も混ざ合わせた。
「ルル? ど、どうするの」
「ん? こいつはナディアを苦しめた。オレはそれを許さん。だから、こいつからナディアを封印すんだけどさ。ナディアに関するものだけを消していく事にしたのよ。他は全部覚えているのに、ナディアに関する事全てを忘れてもらったら、それがこいつにとっての地獄となるはずだからな。なぁ。ガルドラ」
物凄い脅しだろ。
こいつの生きがいを奪うんだからな。
「え!?・・・な、ナディア様を消す。僕のそばにいる・・ナディア・・・様を」
「気が狂うのは心の中にしな。ほいさっと!」
オレは魔力を微調整して、ガルドラに流し込んだ。
繊細なコントロールで相手の意思を掴む。
さっきナディアでやったことの逆だ。
この大いなる渦の流れの中で、ナディアに関する情報の部分だと思う部分に、濁流を生み出す。
ナディアに関する記憶の全てを、その濁流に持っていてもらって、そこから強烈な渦にしてしまう。
「ほれほれ。こんなもんかな」
「なでぃ・・・ナディア・・・・ナディア・・・様ああああああああああ」
「はいはいはいはい。うっさいぞ。どれどれ。これとこれかな。そんでここ。ほい!」
ナディアを敬う心の部分だと思う場所にこの力を使った。
そして、聖女の永劫結界。
聖域残し。
内外を遮断する結界を小さく永劫に作り出す魔法だ。
元々は聖女が未来に何かを残したいときに使う結界魔法で、ジーバード大陸には聖女が残した小物類がいくつか残っている。
だからオレはそれを利用して、こいつが生きている限り、ナディアに関する情報の部分の渦にこの結界を張った。
たぶんこれ相手の記憶領域をいじるからさ。
もしかしたら大王の力も関係しているかもしれない。
フレデリカの雰囲気を感じるんだよな。
「・・・あ。な、なんだ・・・ど、どこに僕はいるんだ。灯台で仕事を・・・でも何のためにあそこに・・・いるんだ」
ガルドラが起きる。
ナディアに関する情報を消し去ったために灯台の機能を忘れているようだ。
ファイナの洗礼も忘れているようだ。
「よし。帰ろう。ここの騒ぎが大きくなるはずだ。オレ、あそこに穴開けちまったし。ここもボロボロだしな。でもラッキーだけど、こいつさ。ここの部屋の鍵をしてくれてたんだよな。誰も入って来れてねえしな。あの壁」
この部屋全体にはエルフの固有結界と。
扉にはこいつが招待した人間以外が入れない結界が張ってあった。
「ルル。あたしたち、どうやって帰るのよ。ここはフルカンタラよ」
「おう。フルカンタラだけど。こいつの魔法陣があるよな。出してもらおう」
「ぼ。僕の魔法陣!? そ、それはこっちに」
「だよな。出せるよな」
オレはこいつにだけ王魂を飛ばしている。
だから、こいつはビビりまくっている。
「だ、出せます・・・いきます」
魔法陣は覚えていても、ナディアは忘れているようだ。
彼女を見ても狂ったりしていない。
「おう。頼む。あとクルーナの輝石あるよな」
「あ、あります……」
「んじゃ。帰ろう! アンナさん。ナディア。いこうぜ」
「分かりました。ルルロア様」
「ちょ、ちょっと待って。あなたはあっちに行ったらまずいわよ。エルフしか入れない場所に行くんだから」
「ああ。そうか。なら待てよ」
オレはマジックボックスからオレの服を取り出した。
女ものの服なんて持っていないからオレの服しかない。
「ナディア。帰る前に服を着よう。あとで街で買おうな。オレの服で我慢してくれ」
「え? いや、あたしの質問に」
「いい手があるんだよ。お前、裸のままでオレにおぶられたいか? やめとけ。はしたない」
「あ? みるな! エッチ」
ナディアの張り手がオレの右頬にクリーンヒット。
顎がはずれるかと思った。
正直ガルドラの凶暴化よりもダメージが残る。
ナディアが強すぎだ。
「ぐべ。いってえ。なんで殴るんだよ」
「だって、あたし、裸じゃん」
「今更気付いたのかよ・・・おいおい。まず、いいからさ。オレの服着てくれ」
「わ、わかったわ。あっち向いててよ」
「へいへい」
オレが反対を向いて三十秒後。
「いいわよ」
「ああ。じゃあ、オレの背に乗れ」
「なんで。歩けるわよ」
「お前の為じゃない。オレの為だ。お前の魔力と同調しやすくするために、触れ合う面積が大きい方がいいんだ。だからおんぶする」
「え?」
「エルフと同じ魔力を持てばその結界内を歩けるかもしれない。一か八かでやってみよう。それしかない」
「・・・なるほど。私は出来ると思いますよ。先ほどの感じであれば、ほぼナディア様と同じ魔力でしたから」
「そうですか。よかった。アンナさんのお墨付きなら大丈夫そうだ」
アンナさんが同意してくれた。
「わ、わかったわよ。ほら。あたしを落とさないでよ。ルル」
「まさか。お前軽いもん。落とすわけねえだろ」
「なによ。このこの」
「軽いって褒め言葉じゃないのか」
女性に軽いって、褒め言葉じゃなかったのか!
メモしておこう。
「ふん!」
正直なんていえばナディアが満足するのか。
オレには全く分からなかった。
「ほれ。オレたちを帰しやがれ。ガルドラ。元の場所にいくぞ」
「は、はい。いきます」
魔法陣の上に乗った。
オレたちは転送されて、元の灯台に戻った。
「うし。じゃあ、オレたちはここでさいならだ。この窓からおさらばよ」
窓に足をかけると同時にナディアをお姫様抱っこした。
「え? 僕は・・・」
「お前は頑張れ。自分の力で、自分の人生を歩めんだぞ。誰かに依存しちゃならねえんだわ。自分自身の為に頑張ろう! そんじゃあな」
「あ。あなたは・・誰ですか」
「オレは、冒険者だ。自由を愛する冒険者だ。じゃ! また会えたら会おう。この先、頑張んなよ。ほい」
とオレは四階から上がってくるエルフたちが五階に来る前に飛び降りた。
ナディアを胸に、アンナさんを背に、オレは空を飛んだ。
「よし。皆はどこに・・・おお、いた」
オレが移動を開始した場所で、皆は待機してくれていた。
◇
事情を説明後。
「てなわけで。あいつは記憶を失い。アンナさんとナディアはたぶん誰にも知られずに聖魔の部屋で修復作業をしたことになると思うのだよ。だから、このクエスト達成だろ。な!」
ユーさんが突撃してきた。
「ちょっと待てい。ルルよ。お前さん、とんでもなく強くなっておるのだが・・・どういうことだ」
「わりい。たぶん。オレ。真のジョブが発現したらしくてさ。大覚醒したっぽい。人類初のジョブを勝手に作っちゃったんだよ。たぶん女神の想像を超えた存在になったな」
そう。
人類初のジョブの覚醒だ。
女神の天啓を超えた存在に、オレはなっちまったようだぞ。
「何を言っているのだ?」
「まあ、なんとなくでいいから受け入れてくれよ。皆には害がないだろ」
「それはそうだが・・・強すぎないか。それでもまだ魔力を表に出してないのだろ?」
「うん。まあね。もしかしたらオレさ。ナディアを救う時にナディアの中にある魔力に触れたから魔力が大幅に成長しちまったかもしれないわ」
ナディアが怒り出す。
「あ! ルル、あたしのせいだって言いたいの」
「せいってなぁ。お前のおかげだろうが。ナディア、言い方を間違えるなよ」
「いや、あなたの言い方がなんだかあたしのせいに聞こえてきて・・・」
「気にしすぎだって。でさ。ナディアってまだまだ底がありそうだったぞ。お前、真の力を出し切っていないみたいだ」
「あたしに!? まだ力があるの?」
「ああ。そうみたい。まだ魔力で言えば三分の一くらいしか自分の魔力を使ってねえぞ。だからあと三分の二は成長するぞ。早めに使えるようにした方がいいかもな」
「そ、そうなんだ・・・知らなかった。全部出しきっている感じだったのにまだ力があるんだ」
ナディアの成長はオレたちの切り札の一個だ。
みすみす腐らせるわけにはいかない。
「じゃあ、まず帰るために。リヴァンさん。アンナさん。ナディアの服をお願いします。ここまで来るのに稼いだお金を使っていいので、彼女。服が無くなってるんで、買ってきてください」
いつまでもオレの服だと可哀想だ。
「あ。わかりました。ルルさん。おまかせを」
「ルルロア様。普通よりも良いお召し物も買ってもいいですか?」
「ん?」
「ドレスなどの煌びやかなものもです」
「え。まあ、いいですよ。何でも買ってあげてください。辛い思いしただろうし」
「はい。ありがとうございます。では行きますよ。ナディア様。リヴァン」
「え。ええ。わかった」
「はい。ついていきますよ」
ここから数時間、買い物待ちが発生したのであった。
総じて女性の買い物は長いようで、特に身なり系は時間がかかるようです。
◇
その後。
帰還したオレたちは、皆からの大歓迎を受けた。
久しぶりの再会で皆が嬉しそうだったのが、オレにはとても嬉しかった。
信頼してくれる場所に帰ることが出来る。
オレって、幸せ者だな。
こうして、ご飯戦争の第一段階が終わりを迎えたのであった。