第17話 魂を刈り取る者
モンスターハウスの部屋は、いつ扉が閉まるかが分からないので、オレたちはすぐにそこから出て、目の前の通路の安全を確保してから、近くの場所を休憩エリアに設定していた。
パーティー全体の体力が半分以上に回復した頃合いを見てから進むことを決めていた。
「これが、さっき書いた地図だ」
皆に見せたのは、オレの頭の中にある地図を書き記したもの。
「帰りの間。オレが地図のスキルを使うのもきついからさ。先頭で警戒するジャスティンが持つのは良くない。だから、マールダ。お前が持っていろ。帰り道の指示はお前がやってみろ」
「隊長。私でいいんですか。隊長がやった方が」
「いい。オレもジャスティンと同じようにダンジョンの警戒をしなければならないからな」
「分かりました。私がやります」
地図をマールダに託して、いつもの警戒する時のスキルを回した。
疲れもあるから、オレはスキル展開を出来るだけ少なめに設定したかったのだ。
「隊長。進みます!」
「頼んだ」
意気込んだマールダの指示の元。
迷宮を迷うことなく帰っていく。
◇
その帰り道の道中。
ダンジョンにいるのに、静けさが生まれる。
辺りの雰囲気が変わり始めていた。
「変だ・・・モンスターの気配がないぞ」
ダンジョンにいて、一体も敵が現れないのがおかしい。
大体三十分に一回は現れるはずのモンスターがいないんだ。
「私には何も・・・皆を不安にさせる気か」
キザールがまた突っかかるように言うと。
「どういうことでしょう。隊長?」
フィンがその意見を黙らせるかのように被せて言ってきてくれた。
オレに余計なやりとりをさせない。配慮だった。
ここで、オレは思考加速を使用。
そうすると、思考よりも先に直感が囁いている。
これはおかしい。絶対に変だ。
これが胸騒ぎって奴だろうか。
なんて冗談を思っている場合ではない。
『感知(臭)』のスキルに反応がないんだ。
これが一番おかしい。
ダンジョン内にいるならば、少なくとも、なんらかのモンスターの匂いがいつもしている。
なのに、ここに来て何も感じない。
後ろや横を向いて、スキル視野でも確認するが、モンスターの一体も出てくる様子が見受けられない。
匂いが消えた。つまり存在がない。
ということは、モンスター同士の戦いが起きて、消滅したのか。
同時に近くに人間の匂いもないから、おそらくはそういうことだ。
ということは、圧倒的な何かが誕生した。このダンジョンの中で・・・・。
「・・・いや、おかしい。この雰囲気もだ。冷たい。寒い感じがする」
砂に囲まれているのに寒い。
ここもおかしかった。
『カシャン・・・シャ――・・・・カシャン・・・・シャ―――』
金属が地面とぶつかる音と、金属が地面と擦れる音が交互に聞こえる。
足枷をつけた罪人が歩いているような音だ。
「この音は、鎖?」
「どうした雑魚」
まずハイスマン。いい加減にオレの呼び方を変えないか!
名前を言えよ。
なんてことを考える暇が無くなった。
背後から感じる冷たさに気付き、オレが振り向く。
誰よりも先に敵を視認した。
「や、奴は・・・・馬鹿な。ありえん」
遅れて皆が振り向くが、見てはいけない。
見たら最後、奴に飲み込まれる。
「まずい。逃げろ。緊急の命令だ。退却しろ。急いで入り口まで行け」
「何を慌てている貴様。私らで戦えばいいだろう。敵は一体だぞ」
そんな場合ではないのに。
暢気にもキザールはこう言いやがった。
「お前は冒険者かよ。あれを知らないならオレの言う事を聞け。とにかく走れ。マールダ。お前の指揮で退却するんだ。全力で逃げろ!」
「た・・・隊長?」
オレの慌てようにマールダが戸惑う。
本来なら、彼女のケアをするオレでも、ここは無理だ。
戦闘態勢を取るしかなかった。
おそらくここで奴と戦えるのがオレだけだから、皆の退却の援護をしなければならない。
なのに、ハイスマンは背中から斧を取り出した。
「お前に守ってもらわんでも、俺様がいって決着をつける。臆病者はそこにいろ!」
「ば、馬鹿。ハイスマン。出るな。お前じゃ、絶対に奴には勝てん」
「うるさい。雑魚が! 俺様に指図するな」
ハイスマンが勝手に敵に向かって走り出した。
◇
奴のその力。
異様なまでの威圧感を放つ正体は、あの容姿が異常だからだ。
一目見ただけで不気味さが伝わってくる。
オレたちが今対峙しているのは、ダンジョンで極稀にしか出現しないモンスター。
奴をモンスターといっていいのかわからないが。
邪悪な容姿を持つ。
ダンジョン三大モンスターが一体。
魂を刈り取る者だ。
武器は大鎌。
見た目は骨太骸骨で、両手を縛る手錠は錆びているのに頑強。
そしてその手錠が鎖で繋がっていて、足の鎖にも繋がっている。
足の方だと後ろに鉄の玉がくっついているのが特徴だ。
だから罪人のように見えるのだが、一体奴は何の罰を与えられているのだろうか。
それとも、自らを罰しているのか。
それはオレにもわからない。
奴が持つ大鎌は、一突きで冒険者たちを死に至らしめる威力だ。
そして骸骨の顔が少しだけ微笑んでいるように見えるのも不気味ポイントの一つ。
黒いフードに、黒いマント。
黒好きな骸骨という点がまた気味が悪い。
防御力皆無と思われるだろう骨のみの体。
しかし、その骨は、冒険者の攻撃を一切寄せ付けない鉄壁の防御力を持っている。
出会ってしまったが最後。
『パーティー全滅を覚悟せよ』
とまで言われている伝説のモンスターだ。
今は、あいつらがいないんだ。
こいつはもう。
あのデスジャイアンの比じゃない。
オレたちはここで死ぬのかもしれない。
「下がれ! ハイスマン。奴は一瞬で移動する。お前じゃ、速度も勝て・・・まずい。逃げろ!!!」
知らぬ間に魂を刈り取る者が消えていた。
奴の行動は、テレポートが基本。
動きが速い、遅いなどの論争が全くの無意味。
敵の懐に潜り込むのに音がない。
◇
奴が次に現れたのは、走るハイスマンの前だった。
瞬間移動に驚くハイスマンが、いつも以上に反応が遅れてしまい、奴の鎌を躱せずにいる。
ハイスマンの首が刈り取られる。
その寸前で。
「・・・引き寄せ。釘付け。かばう!」
背後のジャスティンがスキルを三つ同時に展開。
一つであれば、奴に効果はなかったかもしれないが、三つ重ねたことで効果があった。
魂を刈り取る者はハイスマンの首元の大鎌を振り抜かず、再び瞬間移動。
敵は動作途中の鎌をジャスティンに向けた。
「ジャスティン! やめろ。馬鹿。それじゃあまずい!!」
オレの読みは当たっている。
恐る恐る横を向くと、ジャスティンの防御の盾は意味をなしていなかった。
鎌が彼の心臓を一突きしていた。
「ごふ・・・にげろ・・・みんな・・・はやく。止めている内に・・・」
ジャスティンは、最後の力を振り絞って、自分を貫いている奴の鎌を握りしめた。
仲間を守るために起こした最後の意地。
自分に刺さった鎌を抜かせない動きを見せたんだ。
その騎士道溢れる精神に、オレたちは感謝しなければならない。
ジャスティンから貰ったほんの僅かな時間を、オレは無駄にしない。
絶対にジャスティンの死を、無駄死にであるとは言わせねえんだ。
わなわなと震えるハイスマンは自分のせいでジャスティンが死んだと思い、地面にへたり込む。
他の皆は。
「「「ジャスティン!」」」
彼の名を叫び続けた。
仲間の皆は、仲間の死に動揺を隠せずにいる。
無理もない。
ジェンテミュールが結成されて以来、初の仲間の死だ。
覚悟が足りないだろう。
仲間の死を経験しているオレ以外は、この状況での戦闘は無理だ。
突然の事に耐えられないはずだ。
ここであらゆる状況を想定して、思考を加速させた。
取りうる手段の最善手は、やはりオレが戦うことしかない。
奴に対抗する力は、オレしか持っていないんだ。
他の者には任せられない。
「皆! 入口を目指せ。生きるんだ。いけ! オレが戦う。お前らが逃げる時間は作ってみせる」
「き、貴様なんぞに誰が守ってくれと・・・・ジャスティンの敵は私が!」
キザールの怒りに満ちた声。
焦りと悲しみから怒り出していたんだ。
「黙れ! とにかく急げ。ジャスティンの意思を無駄にすんじゃねえ。いいか。ここでお前らが逃げなかったら、ジャスティンが無駄死になるんだよ。いいな! マールダ。フィン。お前らで皆を引っ張っていけ。必ず入口まで皆を連れていけ」
「・・・は、はい」
「分かりました。隊長」
物わかりの良い二人は即座にパーティーを退却させる。
逃げる方を追おうとするのが魂を刈り取る者。
だが、それを許さないのがジャスティンだった。
絶命するのは分かっているのに、鎌から手を離さないでくれた。
その十秒ほどの時間が、オレたちを逃がすことになるのだ。
「感謝するぞ。ジャスティン。またな」
オレが言ったら、心臓を貫かれているジャスティンにはまだ意思があった。
本当は絶命してもおかしくないのに、オレたちの為に強引に生きている。
そんな状態だ。
「・・・ああ・・・・・先に・・・いく」
「そうだな。お前が先だわ。でも安心しろ、俺も逝く事になるぜ」
「だ、駄目だ・・・まだ・・・・くるな・・・・たい・・・ちょ・・うは・・・いきろ・・・絶対に・・・英雄には・・・たいちょうが・・・・ひつ・・・よう」
「ああ!」
微笑んだジャスティンとオレは、最期にこんな会話をした。
今生の別れだけでも言い合えてよかった。
その時間だけは、この敵に感謝するぞ。
魂を刈り取る者!!!




