第10話 ナディア VS ガルドラ
「ナディア様。どうぞこちらに」
五階研究施設の脇にある。
魔法陣の上にガルドラはナディアを誘導した。
碧く輝く魔法陣は、二人をとある移動先に飛ばそうと待っている。
「これは?」
「こちらは転移の魔法陣です。では参りましょう。ナディア様」
「ええ。いいわよ。ちょっと待って。アンナ。どうか無事でね」
ナディアは気を失った彼女に、優しく手を置いて話しかけた。
守られてきた人生。
この人がいなければ生きていけなかった。
だから、いつかはその恩を返さなければと、彼女は思っていた。
「ほんと。これ、大丈夫なんでしょうね」
「大丈夫であります。移動するだけでございます」
言われたとおりにナディアが魔法陣の上に立つ。
隣にいるガルドラが魔力を解放すると、二人は灯台から消えた。
◇
「こ、ここは。お母様の部屋!?」
ならばここはフルカンタラ!?
ナディアの額の汗が一粒流れた。
「ええ。そうですよ。僕がいつも掃除をしています。丁寧に。丁寧に。それは、塵一つも許さずにです」
「え。ええ。そうですか」
「では、ナディア様。こちらにどうぞ。お座りになられて」
ガルドラは、部屋にあるテーブルの席へ案内した。
ナディアはすぐに座る。
母が座っていた懐かしい椅子である。
百年ぶりの実家で、複雑な心境のナディアにも思う所はあった。
「お、お母様・・・の椅子」
「それでは、美味しい紅茶をお持ちします。入れてきます」
ガルドラは部屋を出ていった。
部屋の入り口を見ながらアンナは頬杖を突く。
「逃げだすにはどうすれば・・・さっきの魔法陣。あれが消えてるの。あの人の魔力とだけ連動しているのね」
椅子に座りながらナディアは冷静に分析していた。
「それにあの部屋のドアも、あの人しか開けられないようになってるわ。内側から結界が掛かってる。それとあれを強引に突破すれば気付かれる。逃げ出せないわ」
窓。壁。床。天井。
ここまではおそらくエルフの固有結界。
エルフのみが入れる制限結界だと思われる。
しかし、部屋のドア。
あそこにも、魔力結界が発動していて。
あれは、壊してしまえば、発動者に知らせがいく陣が構築されている。
だからここは完璧な監禁部屋になっていた。
母との思い出があるこの部屋。
何も変わり映えがしないのは嬉しいが。
逆に百年もの間、何一つ変わらないのも気味が悪い。
ナディアはそう感じていた。
◇
コンコンッとノックの音がした。
「ナディア様。入ります」
「どうぞ」
「こちらを」
「…ありがとう」
赤の紅茶をナディアは飲んだ。
「失礼します。ナディア様。座ります」
「ええ。どうぞ」
彼女の許可を得て、ガルドラは正面横の椅子に座る。
「それで、あたしに何の用」
「…え。ナディア様。何の用とは何でしょうか」
「・・・ん? だって、用があったからここに連れてきたんでしょう。さっさと用を済ませて、あたしは帰りたいんだけど」
「意味が分かりません。あなた様はここが家。ここ以外にいようとするのはおかしいです。ですから何の用も関係がありません。用がなくともここにお帰りになるべきです」
「・・・え。いや、あたしは、もう家があるから」
「何をおっしゃってますか。あなた様のお家はここであります」
(駄目だ。この人、あたしをここから帰す気がないし、話しあう気がない。ルルとは違う!? 彼なら、あたしの話を聞いてくれる。あたしの話を全部聞いてから、馬鹿だなお前って言ってくれるのに、この人。最初から自分の話だけだわ。会話をこちらに預けるふりをして)
ガルドラから感じる異様な雰囲気。
ナディアは、警戒度を最大にまで上げていた。
「ナディア様。ナディア様にはこちらの盟主の座に戻って頂きますよ。管理人などのどうでもよい役職の奴にこの都市を守らせるわけにはいきません」
「・・・今まで、それでこの都市は守られているのでしょう。なら、管理人が管理していいわ。もう戦争はしてないのよ。無理にナディアが領主にならずともいいんです」
「駄目です。この国はナディア様のモノ。それ以外は認められない」
「いいえ。今、ナディアが表に出て、仮初の平和を壊すのは得策ではない。あたしは戻りません」
口調を丁寧にしてお断りを入れても、ガルドラの話が止まらない。
三代目ナディアのフリをしても意味がなかった。
「駄目です。戦争になろうが。この王都には。エルフには。ナディア様が必要なのです」
「そんなことはありません。戦争をしない。そう考えるには、あたしがいない方が都合がいいのです。必要のない争いをわざわざ生む必要がありません」
「駄目です。駄目です。駄目です。ナディア様が必要なんだ。ここに。僕に。絶対に」
様子がおかしい。
座っているせいでナディアは一歩後ろに体を引けない。
今の彼女は一歩だけじゃなく。
もっと後ろに体を引きたくなっていた。
「この国に。この僕に。ぜったい。ぜったい。ぜったい。必要なんだ」
「・・・っど・・どうしたのよ」
「駄目だ。駄目だ。駄目だ。こんなのは、僕が知るナディア様じゃない!?」
目が血走り始めた。
ガルドラの異様さが浮き彫りになる。
「じゃあ、ナディア様。子供は、お子様はいらっしゃらないのですか。この百年、子供は!?」
「い、いないわよ。いるわけないでしょ。まだ187歳よ。力の継承なんて出来ないのよ」
「それも駄目だ。子供はいるべきだ! スペアでもいいんだ!」
「駄目よ。若くして産んでも、力はその子には継承されない。スペアにもならないのよ。意味がないわ」
「いいえ。その子にもある程度の力が出ます。次世代のナディア。そのスペアがいないなんて・・・それも許されない・・・駄目だ。ここで産んで貰う。それにあなたが帰ってこないなら、今すぐ産んでもらう」
「だから、無理だって言ってんでしょ。話を聞きなさいよ」
「ジャリアがいいですか。ハウゼンがいいですか。それとも僕が・・・種をあげましょう」
前のめりにテーブルを叩いてきた。
ナディアは椅子ごと身を引いた。
「な、何を言ってるの!? あなた?」
「あなたには子供を産んでもらう。あなたが領主にならないなら、あなたの子に継いでもらいます。では始めます」
ナディアを巡る戦いが始まる。
◇
「何言ってんのよ。誰が、訳の分からない人の子を産むのよ。嫌よ。絶対に嫌」
ナディアは椅子を弾き飛ばして、後ろに下がった。
身構えた構えに、熟練の武闘家の気配がある。
ルルロアから指導してもらった構えだ。
「駄目ですよ。あなたはここで戦ってはいけません、僕には勝てませんよ。ここではあなた様の魔力が封印されてますからね」
「関係ない。あなたを倒して、ここから出る」
ナディアとガルドラは戦闘に入った。
ナディアが魔力を練って魔法を出そうとするも上手く放出できない。
「魔力を生み出しにくい。放出する魔法が無理なのね・・・なら」
だからナディアは戦闘方法を切り替えた。
魔法の放出を諦め、魔法を身にまとった。
この戦闘方法はハイエルフにはない。
ならばどうやって覚えたか。
そうルルロアである。
彼は、自分の町に居る人たちの中で義勇兵を募り、毎週三回の訓練を課しているのだ。
彼の講義はとても上手で、座学から実践。そして一人一人の課題作りまで、完璧にモノを教え込むのである。
そして彼を心底信頼している町の住民たちは、瞬く間に成長して、己の限界を超えた強さを手に入れている。
それはナディアも例外ではない。
おそらく、現在のナディアは、魔力は先代に及ばずだが、戦闘技術はこちらの方が上である。
「拘束します。ナディア様。子供を産んでもらいます」
「嫌って言ってんでしょ。この鬼畜眼鏡」
「ぐっ。僕はガルドラだ。ナディア様。これに捕まりなさい魔の炎」
「その魔法は!? お母様とあたしの・・・ナディアの魔法!?」
うねる炎の鞭がナディアを襲う。
ナディア伝承の魔法の一つ魔の炎をガルドラが使った。
「疑問は後回し。七光拳」
ナディアは右から迫ってきた炎の鞭を殴った。
彼女の普段通りであれば、相手の魔法を消滅させることが出来たはずだった。
だが、今の攻撃力では、鞭に触れた瞬間にこちらの拳が弾かれた。
彼女は負けるとは思わずにいたので驚く。
「出力が出せない!? やっぱり魔力を外に出すのが不可能なんだわ。これはどういう結界なの」
「僕の鞭を!? なんたることだ。ナディア様。やはり、ナディア様はナディア様だ。その血。なんとしてでも残していただく!」
「気持ち悪いのよ。あんた! 消えろ」
前傾姿勢になり、突撃を仕掛けようとするナディアの目にはディディが映っていた。
なのに、そこから瞬きをした瞬間にはいなくなっていた。
「あ・・どこに!?」
「こちらです。ナディア様」
スルスルっと鞭が、彼女の全身を這う。
足を、太ももを、股を、腹を胸を、這いずり回るようにして鞭が最後に首を絞めた。
「ぐはっ。な、なに? その移動! き、気付かなかった」
「眠りなさい。僕のナディア様」
「・・・ぐっ・・・」
ナディアは意識を失った。




