第9話 ナディアを巡る攻防
階段前で姿を隠していたアンナの元に、ずれた眼鏡をかけ直したガルドラがやってきた。
「あなたは、アンナではありませんか。あなたが生きている・・・ということは、ナディア様がどこかにいますね。言いなさい!」
「ガルドラ。なぜ!? なぜ、私を発見できたのです。私の隠密の技で、魔力は察知できないはずです」
六階の扉前にいるアンナの前にガルドラが立つ。
彼は彼女だけは見つけていたのだ。
「そうです。だから僕は結界を発動させています。探知できない者を逆に探知しているのです」
「え? な、何を言って」
「こちらにある探知結界は、魔力が出ている者には反応を示さず、魔力を出していない者に反応を示す形を取っています。この方が効率的なのですよ。魔力反応を消せるような人物の方が厄介極まりないですからね。なので、あなたの存在を感知したのです。ここの聖魔の部屋の前のエリアだけに、この結界を張っていますから、ここにいると分かりますよ。しかし、あなたがここに一人で来るとは」
魔力探知。
人が出す魔力を探知する力。
ジークラッドの人間は魔力を必ず持つがゆえに、意外にも人の魔力を探知することが得意ではない。
魔力が当然で、ありふれているからである。
魔力に関して熟練の者であれば、探知することが可能だが、魔力を隠すことが上手い人物を見抜くのがこちらの大陸の人間にとっては、とても難しいのだ。
なので、ガルドラはそこを逆手に取り、魔力探知をしにくい人物。
魔力を隠すのが上手い人間の方を見つけるという結界を作り上げていた。
だから、魔力を出して、フードの効果を発揮しているナディアの方は発見できなかったのである。
「くっ・・・そんな魔法を!? いったいどこで・・・」
「さあ、アンナ。ナディア様はどこに? あなたが無事でいるならば、きっとナディア様も無事でしょう」
アンナは穏やかに話すガルドラの言葉に戦慄を覚えていた。
この奥底にある狂気じみた妄信具合。
この会話だけで肌で感じることが出来るのだ。
「知りません。私も久しぶりにこちらに来ています。あの時に、ナディア様はお亡くなりになったのでしょう」
白々しくも嘘を貫き通すしかない。
ここはアンナの巧みな演技が必要である。
「嘘ですね。あなたともあろうものがね」
声が冷淡になっていく。
暗く深い闇を感じる。
「あなたが生きているのに、ナディア様を守れなかった? ありえない。ナディア様が死んでいるならば、あなたも一緒に死んでいます。あなたの忠誠心はそれほど高いはず。さあ、どこに隠しましたか。あなたならば、どこか安全な場所にナディア様を隠すはず」
恐ろしいほどのナディア重視の思考だ。
アンナは、この男にナディアを見せない考えが合っていたことを知る。
「知らないと言ったでしょう。ガルドラ」
「仕方ありません・・・拘束して、拷問してでも聞きます。水牢」
「な!? は、はやい」
魔法発動の予備動作がなく、アンナの足元から水が現れた。
あっという間に彼女を包み込む水の牢が出来あがる。
水の牢の水位は、彼女の口元まで迫っていた。
「もうすこし、水を入れれば、あなたは溺れ死にます。さあ、アンナ。ナディア様はどこですか。我らの盟主には帰ってきてもらわねば。そして次代を産んでもらわねばならないのです」
「し、知りません・・・さっきから言っているでしょう。私は!」
ガルドラが話を聞いてくれる男ではないために、いくら演技をしようが無意味であった。
「はぁ。いけませんね。僕が穏やかに言うものだから、あなたは強情なのでしょうか。いい加減にしなさい」
水が僅かに足される。
唇の下にまで水が来た。
「知りませんよ。ガルドラ。私は・・・あの時にナディア様を失い絶望しています」
「……そうですか。残念です。あなたが諦めるなど。ありえないのですよ。嘘はいけません」
「・・・・」
「死にますか。残念です」
水が一気に足された。
水牢は完全の水の球となる。
「ごぼぼぼ。ごぼっ」
もがき苦しむアンナ。
それを見て、悦にも入らず、苦にも思わないガルドラ。
彼のその表情のなさに恐ろしさを感じるアンナは、このままナディアが部屋から出てこなければいいと思っていた。
だが。
◇
「あんた。なにしてんのよ。あたしのアンナに何してくれてんじゃああああ」
部屋の扉をバンと鳴って、一気に開いた。
そこから拳を握りこんだナディアが、飛び出てくる。
魔力を解放して一気にガルドラまで距離を詰めた。
「七光拳」
ナディアのカラフルに輝く拳がガルドラの顔面を捉えた。
ガルドラは五階と六階の吹き抜けになった部分の壁まで吹き飛ぶ。
「がはっ。なんだこの威力は・・・それにこれは火傷」
壁に埋まったガルドラは自分の右頬に出来た小さな火傷に驚いた。
「アンナ! この水・・・う~ん。こうかな」
アンナが水の中に手を突っ込み、水の中から魔法の解除を試みる。
「複雑・・この魔法、結界も入ってるのね。ここね」
ナディアが水の中から勢い良く手を引くと、バシャンと水が弾けた。
中からアンナが出てくる。
「ごはっ。はぁはぁ・・な、なぜ。もう終わったのですか」
「ええ。あたし、ちゃんと終わらせたよ。でも、あれがあなたを殺そうと」
「に、逃げましょう。ここはルルロア様の所まで」
ガルドラは壁から出てきた。
「ルルロア・・・誰でしょうか。それは・・・それに、あなた様はまさか」
◇
もう一度二人の近くにやってきたガルドラは、ナディアの前で跪く。
「ナディア様ではないですか。ガルドラです。お久しぶりです」
「し、知らないわよ。あんたなんて」
「・・・え・・・しかし、そのお姿。その魔力、その瞳。ナディア様しかありえない」
「あんたなんて知らない。あたしたちはここから去るわ」
「……知らない。強情ですね。僕を覚えていないんですか。ナディア様は僕を覚えているはず! 僕は常にあなたのそばにいて、支えてきたのに!!! そんな事はあり得ない。絶対絶対絶対に覚えているんだ。おかしい!」
ガルドラに表情がついた。
無表情を貫いていたはずの彼の顔に怒が浮き出る。
こめかみのあたりに特徴が出た。
「あなたに分かってもらえないなど・・・・許せそうにないですよ。ナディア様」
「う。うっさいわね。あたしのアンナに酷い事をしたのよ。あたしの方が許せない」
「ナディア様と同じ顔と魔力で、酷い物言いだ。それも許せないぃぃぃいいいい」
ここでアンナが動いた。
二人の隙をついて、煙幕を使用。
アンナはナディアを後ろから連れ去り、階段を使わずに下の階に落ちた。
四階へ行くための五階の南階段へと向かう。
「甘いですよ。アンナ。その動きをするのなら、彼女がナディアに決まっている。そうか。四代目ナディア様だな。三代目のナディア様じゃなく」
ガルドラが呟いた。
「ナディア様。逃げますよ」
「う、うん。でも、あの魔法は!?」
ナディアは六階の扉前にいるガルドラの姿を捉えた。
彼の全身から溢れる複雑に練り込まれた魔力から、なにかを一瞬で展開してきている。
彼の謎の力が行使されると、姿が消えた。
「い、いなくなった!?」
ナディアがそう言うと。
「なに!? ぐっは」
アンナが呻く。
すると二人は五階の階段前の部屋の南側から、部屋の中央まで吹き飛ばされた。
倒れ込むアンナと、そのアンナに担がれていたナディアもそばに倒れ込む。
「駄目です。逃がしませんよ。ナディア様には帰って来てもらいます」
「ごはっ・・なんだこれは・・」
「アンナ!?」
アンナの腹部が陥没していた。
強烈な何かの一撃をもらったのだ。
「つ。強い・・・ルル、どうしたら・・・」
「ナディア様。僕と一緒に来て頂けたら、アンナは殺しませんし、それとナディア様を丁重にお迎えします」
「・・・だ、駄目です。ナディア様。ついていったら何をされるか・・・あなたは、ナディアなのです。役目を押し付けられます」
「で、でも・・・アンナが殺されちゃうよ」
アンナを見捨てるなんて出来ない。
ナディアは、彼女をようやく見つけて、ようやく会えたのだから・・・。
「いいのです。私が今、決死の攻撃を仕掛けるので、その隙に逃げてください。自爆のような形であいつと相打ちになります」
「だ、駄目よ。あたしはそんなの嫌。あなたがいないのは嫌」
「駄目です。あなた様の幸せは、エルフの里にはありません。あなた様の幸せは必ずルルロア様のそばにあります。彼ならば、あなたを幸せにしてくれます。ですから、ここでさよならです」
最後の力を振り絞ってアンナは、突撃を開始する。
魔力を足に集中させて、一歩動き出すその時。
「ごめん。それはわかってるけど。あなたがいないとあたしは嫌。ごめんね」
ナディアが手刀でアンナの後ろの首を叩いた。
「ば、馬鹿な。ナディア様・・・」
薄れゆく意識の中で、アンナの耳には、自分の意見を否定する声が聞こえた。
「さあ、これでいいんでしょう。あなたについていけば、アンナは助けてくれるんでしょう」
「いいでしょう。見逃しましょう。ではこちらにナディア様。僕についてきてください」
この灯台からナディアの魔力が消えた。
「・・・な、ナディア様・・・そ、そんな・・・私が・・・わ・・たし」
アンナは気絶した。




