第15話 モンスターハウス
モンスターハウス。
ダンジョントラップの一つで、ダンジョン内のどこかの部屋に突然閉じ込められることで始まる戦いの事だ。
通常は、ワープトラップが主流で、移動した先がその部屋になって、一気にモンスターに襲われるのが定番だ。
しかし今回は、壁に仕込まれたスイッチによって、部屋に押し込まれる形となる珍しい形のモンスターハウスだった。
世にも珍しいタイプのトラップなので、最悪クラスの状況になっていると予想した。
戦況を確認すると、皆は壁の中で予想通りの苦戦を強いられていた。
戦いが長らく続いていたせいで、彼らの体には無数の傷が出来ていて、更に呼吸も荒くなっていた。
疲労。負傷。双方から考えるに厳しい状況だ。
敵は三十体以上のチルチル。
奴らはステップを踏みながら、相手の移動先を塞ぐように皆を取り囲んでいる。
知能がある戦闘スタイルが、ここで顕著になっていた。
さっきまでの戦闘がむしろ珍しい。これが本来の奴らだ。
魔法使いキザールと神官スカナは、この戦闘で魔法をかなり使ったのだろう。
魔力切れを引き起こして頭痛がしているようだった。
こめかみを押さえて、頭の痛みに耐えていた。
騎士ジャスティンは、スキルを発動させているが、敵の数が多すぎて効果的にスキルを使用できずにいた。
隣で皆を守ろうとするハイスマンは、攻撃を当てられずに苦戦。
マールダがそれをカバーして、本来の敵と戦えずに、上手く力を発揮できなかった。
互いが互いのモンスターを引き付けることが出来ず、全体が徐々に削れていく。
これは最悪の戦況である。
「ふぅ。じゃあ、いくぞ・・・ん!?」
動き出す瞬間に、後ろの壁が閉じた。
この部屋は、完全な密閉空間となった。
「これは、やっぱりモンスターハウスだな」
疲れていた俺の足元がふらつく。
「隊長・・お体はご無事で?」
フィンが心配してくれたが、正直それどころではない。
「ああ。大丈夫だ。崩壊だけは阻止だ。なんとかしないとな」
悩む時間がもったいない。
オレは、正面の仲間たちを見てフィンに指示を出す。
「フィン、敵一体に斉射してくれ、あいつらの目の前の一体がいい。一瞬、ビビらせて、相手を乱す! その後、二人であの包囲戦の中に入るぞ」
「中にですか? 外じゃなく?」
フィンも色々と考える事が出来ている。
通常ならば、外からの一手が重要だ。
でもここは、あえての中がいい。
「いい。ここから、オレとフィン。この二枚だけで攻撃をしても攪乱にならないから、あえて俺たちも籠城戦をするんだ。いいな。タイミングを合わせろ」
「わかりました」
「まず一射だ。やれ!」
「はい」
矢が射られると同時に、オレが先頭で、フィンが後ろになる。
前後の隊列を組んで進んだ。
モンスターハウスでのバトルで、この状態の解除条件は一つだけ。
どちらかが全滅するまでだ。
敵を倒さぬ限り。
仲間が倒されてしまえば。
オレたちが入ってきた扉が開くことがない。
だから、最悪の罠の一つなんだ。
人とモンスターが生死をかけて戦わないといけないバトルステージである。
オレが、指で合図をすると、フィンが斉射する。
その矢は猛烈な勢いで、モンスターの二列目を驚かせた。
そこでオレが叫ぶ。
「お前ら、壁に引け! 後ろを気にしないで戦うしかないぞ。ジャスティン! マールダ! お前たちが先頭になって、みんなを守りながら後退しろ」
「誰が貴様の言う事を・・」
「雑魚が。好き勝手言うんじゃ・・」
キザールとハイスマンが反論するが。
「黙れ! 馬鹿共が! お前らが勝手に先走るから、こうなってんだろうが。いいから言うとおりにしろ。オレは、お前らを死なせたくねぇんだよ。生きる道はそれしかない。引け! 馬鹿共が!」
皆に余裕はないだろうが、オレにだって余裕はない。
指示はズバッと短く言う。
「くっ」「な!?」
悔しそうな顔をするキザールとハイスマンは、オレを睨みながら後ろに後退。
ジャスティンとマールダがチルチルの飛び跳ね攻撃をいなしながら味方を守った。
「うまい! 素晴らしいぜ。ジャスティン。マールダ。上出来だ!」
オレの言葉に、返事を返す余裕のない二人は深く頷いた。
「貴様に指示を貰いたくないわ」
なぜかキザールが反論してくる。
正直にいう。
うざったい。
切羽詰まってんだから、黙ってろ。
「お前に言ってねぇ。キザール! 少し黙ってろ。ここから立て直すのに思考の邪魔すんな。オレは今、考えを張り巡らせてんだ」
指揮と思考加速を交互に切り替える。
頭の負担は相当なものだ。
でもこれは仲間を守るためにやれることを全力で取り組んでいる証拠。
普段ならば、こんな口調で会話はしないが、皆の命の危機なんだ。
気を配るというひと手間をしたくない。
「よし、フィン。これで中に入る。あいつらの右側面のチルチルに、当たらんでもいいから矢を乱射してくれ。そこからあいつらの中に入るわ」
「わかりました。やってみます。「連連矢」」
フィンがスキルを発動。
一度に矢を八本斉射した。
乱れ飛ぶ矢は当てるためのものじゃない。
ただの威嚇。
矢の多さにチルチルの隊列が崩れた。
オレたちはその崩れた先から、皆の輪の中に入った。
「よし。入った。被害状況を調べる。ジャスティン。マールダ! お前らはいなし続けろ。防御のみだ。フィン。お前は二人を援護だ。相手を倒すよりも、速射で対抗して、二人の防御の手伝いをしろ」
「「「 了解! 」」」
三人はオレの指揮に答えた。
ならば続けて。
「お前らなら絶対出来るからな。ここが勝負どころだ! 頼んだ!」
スキル『鼓舞』を発動。
オレを信頼してくれているならば、指揮と共に、鼓舞でもパワーアップしてくれるはずだ。
こいつらならば、大丈夫なはずだ。
◇
「状況を頼む。スカナ!」
「わ・・私たちは・・」
「お前。それはやっぱ、オーバー状態だな。魔力切れだな」
「・・あ・・あ」
顔色と会話の反応が悪いスカナは、神官術を連発したらしい。
戦いの前の罠でも魔法を使ったっぽいんだ。
このままでは、完全な魔力切れを起こして、気絶してもおかしくない。
言葉が上手く紡げないのは、魔力切れの症状の一つだ。
「クソ。そんなに神官術を使ったのか。チッ。なら、キザールは」
「貴様に報告することなど・・・」
「うるさい。こんな場面で無駄な時間を作るな! 生きる! ただそれだけに集中しろ。人の好き嫌いで動くな。子供じゃねえんだ。冒険者だろうが!」
ピシャリと言い切ると、キザールが顔を真っ赤にしても反論はしなかった。
「そんなに悪態つけるならまだ動けそうだな。ハイスマンは!」
「俺様に構うな。お前なんかに」
二度も同じことを言うのもめんどくさいので、オレはこいつを無視して身体の様子だけを窺う。
ハイスマンの傷は浅い。
しかし、傷が無数にありすぎて、重症に近い状態の怪我を負っていた。
「傷が多いな。お前……こんなだと相手の速度に対応できんのに、一人で戦ったな。ジャスティンと連携して初めて重戦士はチルチルと戦えるってのによ。クソ。お前なぁ」
目の前のアホ男にイラつく。
重戦士が一人でチルチルと戦うなど、アホの一言しか出てこない。
速度が数倍以上違うというのに、どうやって攻撃を当てるというのか。
ジャスティンのスキルに合わせて戦うしか、役に立つ機会がないというのにさ。
冷静に戦闘判断が出来ない馬鹿者に付き合う義理はないと、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
こいつもオレたちの仲間なんだ。
しょうがない。
我慢するしかない。
「いいか。オレが応急手当てをする。お前らを一時的に回復させるから、この場を乗り切んぞ」
アイテムボックスからポーションを三つ取り出す。
黄色のポーションは、自分が作ったポーション。
今の実力では体力を半分までしか回復させられないのが難点で、さらに悔しい事に量も大量に作れない。
こればかりは、俺が本職の錬金術師ではないからと、やっぱり錬金術師の初期スキル『錬金術』しか取得できていないからだ。
何回も作成練習したとしてもこれが限界であったのだ。
『高度錬金術』を学べればと何度も思った。
だが無理である。
あれは錬金術師の初期スキルではないからだ。
「よし。これを飲め。三人とも。んで、ハイスマン。怪我の手当てをするぞ。オレのスキルでな」
包帯を取り出して、ハイスマンをグルグル巻きにする。
スキル『応急手当』
緊急で手当てをすることができ、若干の体力回復が出来るのと、浅い傷ならば、傷を塞ぐ効果がある。
ちなみに即効性はない。
「そんで、ほれ。スカナ。お前はさらにこれを飲めば、魔法が三回は使えると思う。でもすぐに魔法を使うな。魔法は俺の指示で使え。いいな!」
オレが取り出して渡したのはマジックポーション。
超希少なポーションだ。
オレも作成はできるが、これも高度錬金術ではないから、魔力を十分の一ほどしか回復させてあげられない。
本来の錬金術師ならば、半分くらいまで回復させることが出来る。
超有能な錬金術師だと、フル回復させることが出来るらしい。
今まで冒険して、そんな錬金術師は、見たことがないが、その噂は町で聞いたことがある。
いつか会ってみたいものだな。
そんな錬金術師にさ。
「す。すまない」
「謝らなくていい。ただ、スカナ。ゆっくり飲め。早く飲むと効果が薄れる可能性がある」
「わかった・・・ま・・・・まずい」
「すまんな。味は保証できなくてな」
嫌々な顔でスカナはチビチビと飲んでいった。
「いいか。ハイスマン。無茶するな。言う事を聞け。じゃないとここは駄目だ。みんなで生きて帰れなくなる。ここは、モンスターハウスなんだ。あのチルチルの群れを倒さん限り、ここから逃げ出せないからな」
「う、うるさい。雑魚が」
悪態の言葉しか出ないハイスマンだが、少しはオレの言う通りになっている気がする。
包帯を巻いている時も大人しく、その視線も戦いに置いていた。




