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三歩目

 「あ。そうだったわ。塩がほしかったんだよ。ズン。ここらで塩がとれるところある?」

  

 大事な事を忘れていた。

 ここまでの流れのせいですっかり忘れていた。

 何より、生きるのに必要な塩だ!


 「塩か……えっと昔に見たのは。たしか、そうだ。岩塩ならあったはず。小さな頃に見たことがある」

 

 アンナさんが、無言で彼に圧力をかけていたから、ズンが怯えながら言った。

 彼の言葉がフランクであるのが気に食わないのかもしれない。

 オレに馴れ馴れしくするのは、良くないみたいですよ。みたいな感じか。

 でも、オレはどっちかというと、馴れ馴れしいのが好きなんだが・・・。


 「どこにあるのよ? あると助かるんだわ」

 「フーガギード山脈にあるぞ。おいら昔にさ。親父に連れて行ってもらったことがある」

 「そうなんだ。じゃあ案内お願いするよ。オレ、今すぐ塩をゲットしないといけなくてさ」

 「いいよ。おいらが案内する」

 「頼むわ。それじゃあ、オレ。ズンと一緒に行ってくるわ。留守番頼むよ。アンナさん。ナディア」

 「え? 私が留守番? 私もついていきますよ」


 アンナさんが驚いた。


 「駄目ですよ。こちらの人たちを案内してあげてください。オレたちの町の事を教える人がいないとここまで逃げてきた人たちが可哀そうだ。あ、それと寝床。あそこは満員だから、簡易で似たような施設を建ててあげましょう。モルゲンさんに頼んでおいてください」

 「わ、わかりました。やっておきます」


 アンナさんは大人しく引き下がってくれたが。


 「あたしはついていくわ。あなたが行くところにあたしがいないと困るでしょ」

 「え? いや別に」

 「困るって言ってよ。お願い!」 

 「なんだよその願い。オレは別に困らんって」 

 「言ってよ。ケチ!」

 「ああ、はいはい。ナディアさんがいないと大変です。オレは困ります~」


 少々めんどくさいので、大人しくしてもらうためにオレは仕方なく言った。


 「そうでしょ! だからついていくね」

 「ああ。わかったよ」

 「最初から素直に言えばいいのよ。ルルは!」

 「はぁ。まあいいや。ズン。その場所まで案内してくれ」

 「おう。まかせてくれ。あ! そうだ。ルル様、これは急ぎか?」 

 「ん?」

 「いや、ヒュームの走行レベルだと、たぶん一週間くらいはかかるぞ。行きだけで」

 「と、遠いなぁ!? そんな遠い場所にあるのか」

 

 さすがに二週間もここを空けるのはまずい。

 諦めるしかないかもと思ったら、ズンの話には続きがあった。


 「だから、おいらが乗せようか?」

 「乗せる? どういうこと。おんぶってことか?」

 「いんや。違うぞ。おいらが獣身化(フォームチェンジ)すればいいんだけどさ」

 「獣身化(フォームチェンジ)? なんだそれ」

 「あれ? ルル様は知らんの?」

 「すまん。オレ、ジーバードの人間なんだ。だから、こっちの事情に詳しくなくてよ。その獣身化(フォームチェンジ)を良く知らなくてさ」

 「え? ジーバードだって・・・・」


 このくだり。

 毎回しなければいけないんだな。

 ズンが驚きすぎて止まってしまった。

 一分後。

 

 「ヒュームにしてはやたら強いのはそういう事か」

 「強いか分からないけどな。常識がないのは間違いない」

 「ガハハハハ。それはそうだ。ルルは常識ないくらいに強いってことも覚えておいた方がいいぞ。ズンよ」


 失礼にもオレの隣でユーさんが笑っていた。

 さっきまで別な仕事をしていたからいなかったけど、今こっちに来た。


 「どっちにしろ。強いは取れねえんだな。ところで獣身化(フォームチェンジ)ってなんだ?」

 「うん。おいらたち獣人族はさ。極一部の人間が獣身化(フォームチェンジ)を扱えるんだ。真なる獣を体現できる者だけが使えるって言われてるな」

 「へぇ。それを使うと、どうなるの?」

 「こんな感じだ!」


 白い煙と共に白き狼が出現した。

 これ獣のようで、カッコいいわ。

 

 「うお! カッコいいな! ズン」

 「へへへ。どうよ。おいらの背中に乗ってくれれば一瞬で行けるぜ。たぶん半日くらいで目的地に着く!」

 「じゃあ、乗せてもらおう。よいしょと」


 オレはズンに跨った。

 ふわふわな毛並みで乗り心地抜群である。


 「ほれ。ナディア。オレの手を」

 「う。うん。ありがと」


 オレはナディアを引っ張り上げた。


 「ああ。気をつけろよっと。オレの後ろの方がいいか?」

 「うん。そうする」


 後ろに行ったナディアは、オレの背中に体を密着させて、オレの腹辺りの服を掴んだ。


 「ルル様。それはやばいかも」

 「ん?」


 ズンが反対してきた。

 彼が首を回してオレの方を向く。

 人間モードの彼の顔よりも、狼の顔の方が凛々しく見える。


 「エルフの人。走っている間に飛んでいっちゃうかも」

 「え?」

 「おいらのダッシュ。むちゃんこ速いぞ。振り落とされちまうぞ」

 「なるほど。オレの後ろだったら、ぶっ飛んじゃうんだな。それはやべえな。じゃあ、しょうがない。すまんナディア。オレの前だ」

 「え。ええ・・・ええええええ」


 オレはナディアの体を包み込むようにしてズンの鬣を掴んだ。

 心なしかナディアの体が赤くなる。

 普段は白い肌だから余計に目立っていた。

 

 「おい。大丈夫か。ナディア。具合悪いのか? 行くのやめておくか?」

 「ううん。だ、大丈夫。心配しないで」


 ここでも心なしか声が上擦っているように思う。

 何か変だな。

 大人しいナディアは気持ち悪い感じがする。

 生意気ムーブがないと、変な感じがする。


 「まあ大丈夫ならいいか。じゃあ、ズン。これでどうだ。鬣掴んでも大丈夫か」

 「おう。大丈夫。ルル様たち、振り落とされるなよ」

 「ああ。まかせろ。じゃあ。ナディア。オレのことも掴んでろ。お前、軽いからさ。オレがこうやって支えていても、吹き飛ぶ恐れがあるわ。しがみついてろ」

 「え。うん。そうするね」


 ナディアはオレの腕に自分の腕を絡ませてから、ズンの鬣付近を掴んだ。

 二人で同じような前傾姿勢になって、出発の準備は完了した。


 「よし。ズン。頼む!」

 「おう。おいらたち、出発!!!」

 「おう!!!」

 「きゃあ、は、速い!?」


 こうして、爆速で走るズンに乗って、オレとナディアは塩取りに向かったのである。



 ◇


 フーガギード山脈。

 大陸で最も標高が高いバーランド山を中心に険しい山々がある山脈地帯である。

 ここには何があるのか。

 楽しみでワクワクが止まらないオレは、目を回しているナディアを支えていた。

 どうやら、ズンの爆速移動で酔ったらしい。


 「ナディア。大丈夫か?」

 「……う、うん。酔った」


 ちょっとだけ目が回っている。

 強がりを言えるだけまだマシみたい。


 「乗り物酔いか。ズンは乗り物じゃねえけどさ」

 「そうみたい……」

 「吐きそうか?」

 「ギリギリ大丈夫・・・」

 「吐きたくなったら言えよ。オレが手伝ってやるよ。背中擦ってやるから」

 「え。やだよ。恥ずかしい。見ないで」

 「なんだよ。恥ずかしいも糞もあるか! 具合悪いのによ」

 「いつもより優しいね。ありがと・・・」


 素直に頷いたナディアはぐったりしていた。

 ズンの移動速度が異様に速い割には、僅かな揺れの走りだ。

 でもそれだけでも、ナディアには揺れが合わなかったようだ。


 「ズン。どこらへんだ。その塩は?」

 「向こうだ。この崖の先」

 「マジか。こんな場所を歩くのかよ。あぶねえなわな。誰も来ないだろこんな場所」


 ここは、人一人分。

 それしか歩けないスペースの崖の道だった。

 

 「ズン。お前の今の形態だと、通れないだろ。横幅がデカすぎる」

 「うん。そうだね。おいらも元に戻るわ」

 「ああ。じゃあ降りるからな。それじゃあ。ナディア。おんぶするからよ。掴まってな」

 「え。うん。お願い」

 「ああ。落ちるなよ」

 「ありがと。ルル」


 獣モードのズンから降りたオレはナディアをおんぶした。



 ◇


 崖の道を山に沿って進む。

 ズンが示す道は非常に大変な道だった。

 もし、オレたちが自分の足でここに来ていたら、この道を使う頃には、体力がない状態で歩くかもしれない。

 そんな状態で、この道を歩くのは危険じゃないか。

 ズンがいなければ、非常に難しいクエストだったと思う。


 「あそこだ。あの洞窟。あの先にあるんだよ」

 「へぇ~。じゃあいってみよう」


 山の中腹辺りにある大きな洞窟にオレたちは入っていった。

 至って普通の洞窟。

 暗さも匂いも雰囲気も。

 オレがいたジーバード大陸のどこにでもあるような洞窟だった。


 「こんなところにあるのかよ。普通の洞窟だけど」

 「普通なんだけど・・・おいらはあの時たしかさ・・・」


 一本道の洞窟。

 迷うわけもないのに、途中でズンが止まった。


 「どした?」

 「たしかな。真っ直ぐ普通に進んでいては、辿り着けなかったはずなんだ。えっと、ちょっと待ってくれ。おいら調べる」


 ズンが辺りを調べていく。


 「わかった。待ってるよ」


 その間でオレは、マジックボックスから、地面に敷くシートを出した。

 

 「おいナディア。本当に大丈夫か。顔色悪いぞ。ここに座ってな」

 「だ、大丈夫・・・ごめんね。ルル。足手まといになっちゃった。来ない方がよかったね」

 「ん? あんまり気にすんな。まさか、お前が乗り物酔いするとは思わなかったからな。オレも。お前もさ。想定外だろ。はははは」

 「う・・・うん。ごめんね」

 「いや、謝んなって。でも、もうちょい頑張ってくれ、あと少しだと思うからさ」

 「ルル、ありがと……」


 いまだにナディアの顔色は悪い。

 彼女の顔が元々真っ白に近いから、青ざめるともの凄く青く見えてしまう。

 具合の悪さがよく分かってしまうのがナディアだった。


 「ルル様! 見つけた。ここの空洞だ。あそこの岩を外してこの先に行くんだけど。おいら一人じゃ無理だ。これ、大人数で動かしてたんだよね。二人でも無理かも」

 「ん? そうか。なるほどね。じゃあ、ズン! ここはオレに任せてくれ」

 「え!?」


 スキルを発動【撤去】

 土木屋さんで働いた時に見たことがあったスキルだ。

 重い物を動かす際に一瞬だけ使用できるスキルで、初期スキルじゃないが今のオレは扱える。

 一度見たスキルでも、今のオレは扱えることが出来る様だ。

 覚醒したオレって、やっぱり便利だな。

 なんて自分を思いながら、重い岩を横にずらした。


 「おし。こんなもんだろ。いこうか。ズン!」 

 「はぁ? ルル様、あんた規格外なんだな。もうヒュームじゃねえ。バケモンだ」

 「ハハハ。そうみたい。オレも最近思うわ」


 ◇


 新たな道を進む前。


 「ここで待つよりも、中に連れて行くことにするか。よし、歩けるか、ナディア?」

 「……う。うん。大丈夫」

 「駄目そうだな。よし、まだオレが運んでやるよ。ごめんなと」

 「おんぶ、ありがと」


 具合が悪いからか、やけに素直だった。


 「ああ。吐きたくなったらオレに言えよ。そこで吐かれたらオレにかかっちゃうからな!」


 オレは笑って言ったけど、そっちが怒って返して来た。


 「悪い冗談ね。あたしだってね。あなたにおんぶしてもらっておいて、あなたに向かって吐くことだけはしないわよ。降ろしてもらうわ。そして見えないところで・・・吐く!」


 そんな器用な事が出来るなら、おんぶしてねえわ。


 「この道結構狭いしよ。いいから、オレがそばにいてやるから、遠慮すんな。具合悪い時は誰かを頼りな。吐いてるくらいでオレが幻滅でもすると思ったのか?」

 「・・・男の人って、女の人が吐いたりしたら幻滅するでしょ」

 「別に気にしない。オレ、医療のスキルを持ってるからな。そういうの気にしてたら診察できねえ」

 「そ、そういうものなの」

 「ああ。だから気にすんな。女の子でも吐いてもいいんだぞ。人前でな」

 「……はぁ。あなたって変わってるわね」

 

 ため息をついた彼女をおんぶして、オレは中に入っていった。


 「ルル様。こっちだ。あの奥の光。あそこにあるぞ」

 「ほうほう。なんであそこだけ光ってんだ?」

 「上に小さな穴があったような気がする」

 「へぇ。なるほど。地上の光ってわけね」

 

 奥に到着したオレたちの前には岩塩があった。

 床。壁。どこを見渡しても岩塩だらけだ。


 「こりゃ当分、塩には困らねえな」

 「そうだけど、ここまで来るのが大変だよ。あの町の位置からだと、かなりの距離だ!」

 「まあそうだな。でも、そこは困らないぞ。ズン!」

 「なんで? 毎回おいらたちの誰かが、ここに来いってことか?」

 「いや違う! オレにはこいつがあるからさ。持ち運びも便利よ」


 マジックボックスを取り出した。


 「この中に大量に保管してと」


 町に塩がどれくらい必要になるか分からないが、とにかく大量にとっておこう。

 オレはマジックボックス内に塩を入れた。

 途中で、取りすぎも悪いかと思い。

 暫く大丈夫な分の余裕がある備蓄にしておいた。


 「そんじゃ、帰るか!」


 オレが収納し終えてズンを見ると。


 「……は? こんなことで疲れちゃいけないんだ・・・ルル様は常識がないんだ。常識が。おいらが普通、ルル様が異常なんだ。大丈夫。大丈夫。おいらは大丈夫」

 

 なぜか失礼な言葉を羅列していた。


 ◇


 帰りの道中の洞窟内。

 まだぐったりしているナディアを背負うオレと、ズンが楽しく会話をしていると。


 「きゃああああああああああああ」


 悲鳴が聞こえてきて、その後更に。


 「逃げろ。とにかく逃げろ。中に入れ!」

 「うわああああああ」

 「俺が食い止める。時間を稼ぐから・・はやく!」


 緊迫感ある声が聞こえてきたのだった。

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