二歩目
「スージャさん! 何か見えました?」
高台で見張りをしているエルフの女性スージャさんに呼び掛けた。
「はい。見えます。北西方面から砂煙があり、人が走って来てます。あれは・・・」
彼女は魔力操作で視力を引き上げている。
五感操作と呼ばれる。
エルフのレンジャースタイルの人の技らしい。
こっちの世界で言うと、鷹の目と同じ力だと思う。
「白狼族かと思います。全身が白いです」
「白狼?」
「はい。狼系統の珍しい人たちです。14名ほどが逃げています」
「逃げている? 何から?」
「はい。彼らの後ろにモンスターがいますよ」
「おいおい。それを早く言いなさないな」
何でそっちの報告が先じゃないんだよ。
モンスターがきてます!
誰かが追われています!
どうしますか!
この報告の順番でしょ。
君、その報告の仕方はヤバいですよ!
それでは町を守れませんよ!
「どんなモンスター?」
「そうですね。あれは、ベックドベアーですね」
聞いた事のないモンスターだ。
「なんだそれ??? オレも高台に行きます」
オレも上に登った。
鷹の目を使用して砂煙がある奥を見る。
「あれは・・熊? でも、かなりでけえ。熊のサイズじゃねえわ。それでいて足が速いな。彼らの速度もかなりあるのに、突かず離れずで追いかけることが出来てる。なんだあれは」
「ルルロア様、あれはジークラッドでも最強クラスのパワーを誇るモンスターですよ」
いつの間にか、アンナさんが後ろにいた。
「そうなんだ。さて、どうしようかな。よし、ナディア!」
「なぁに!」
オレは下にいるナディアを呼んだ。
「ナディアが倒すか。固定砲台でここから魔法を撃てるか」
「いいわよ。そこから撃つわよ」
「おう。じゃあ。こっち来てくれ」
「うん。いく」
ナディアが登って来る最中にアンナさんがオレの肩をちょんちょんと人差し指で突いた。
「ルルロア様」
「ん? なんですか?」
「ここは、あなた様がお救いになられた方が都合が良いかと思います」
「オレが?」
「はい。領主ルルロアが、あなた方を救いましたとするのです。しかもヒュームが救ったのですとなれば。否が応でもヒュームを認めざるを得ませんよ。してやったりです」
「・・・な、なるほど」
その作戦!
オレを超えるあくどい策だ。
この人、中々の策士だぞ。
マジで、アンナさん怖え!!!
逆らわないようにしよう。
「じゃあ、倒しますか。ナディア。すまん。オレがやるわ」
上まで登ってきたナディアに言った。
「…え? どうして? あたしじゃないの?」
「予定変更です。ナディア様。ルルロア様の力を見せつけます。あの狼共に」
「はい?」
一生懸命梯子を登ってきたナディアは混乱していた。
◇
土煙が肉眼でも見えるようになった。
懸命に走る白狼族の人たちは、必死の走りになっていた。
無我夢中の姿は、生にしがみつく人の走りに思う。
オレは二つを視界にいれた。
白狼族とその後ろのベックドベアー。
そろそろ倒してあげようかと魔力を練り始めると、アンナさんがオレのそばに寄る。
「まだです。ルルロア様。こちらに白狼族が来てから、魔法を発射してください。狼共がルルロア様の姿を見てからが本番です」
「え。だって、え!? 早く倒した方がいいんじゃ」
「それは人助けの為にはいいでしょう。ですが今回は印象操作をしなくてはいけません」
「へ?」
「あなたがここから倒してしまえば、私か、ナディア様が倒したと勘違いするかもしれません。あそこの狼共は。頭が足りないかもしれませんよ。思慮深いものが中にいない場合ですよ。エルフ族の魔法が敵を倒したんだと勘違いするかもしれないのです。だからここは、待機です」
「ん?」
どういうことだ。
なんかすげえことを言ってるぞ。
この人さ。
オレの魔法が届く距離だから、あの人たちを助けられるのに、まだ助けるなって言ってるぞ。
「要は、ただ助けるではいけません。あなた様の力を見せなくてはいけません。直接、焼き付けるのです。あそこの人間の脳にです」
目じゃないんだ。
「わ、わかりました」
アンナさんは、恐ろしい考え方をする。
かなり怖い人だった。
◇
彼らは必死だった。
よだれとか、涙とか。その他諸々が出てる。
やっぱり、生死がかかった命懸けの逃亡だったのだ。
オレの肉眼でも表情が見えるくらいに近づくと、わかることだった。
すまん。
君たち、これはアンナさんの作戦なんだ。
苦労をかけたわ。
「やばいな。もういいだろう。オレがあいつを消すよ。いいね。アンナさん」
「はい。では少し待ってもらって。ゴホン」
アンナさんは咳払いをした。
「白狼族。こちらに逃げなさい。我らの領主ルルロア様が、アレを倒すので。こちらまで来なさい」
良く通る声で白狼族を誘導した。
「は!? あいつは化け物だぞ。出来るわけが」
「俺たちにもこいつが倒せねえんだ。無理だ。あんたらも逃げろよ」
「お、おいら限界・・・」
白狼族の子らは限界を迎えていた。
どれほどの距離を走ったのかはわからないけど、ほとんどの子がよだれや何やらで一杯一杯になってるね。
相当長い距離を移動したのだろう。
「いいからつべこべ言わずにこちらに来なさい!」
通る声で叱責した。
「まあいいから、オレの後ろに入りな。いくぞ。魔法の心髄」
覚醒した日からの成長。
オレは、自身の魔力を感じるレベルが変わっている。
本当の魔法の心髄を勝ち得た気がする。
奥底に眠っていた力が湧き出る感覚だ。
丁寧に練りあがる魔力が、オレの右手に集約される。
黄色の雷が紫に変わるのに、その力の変化の際に起きる反動が来ない。
血も吐かない。
オレは完璧に力を操れている。
「よし。いくか! ほいさ。無音無職の稲妻!!!」
音のない紫の雷が、ベックドベアーの眉間を貫く。
奴は貫かれた瞬間も走っていた。
痛みを感じていなかった。
そうこの攻撃はあの時と一緒だ。
痛みに遅延が起きるのだ。
「ぎゃああああああああああ。ごおおおおおおおおおおお」
穴から紫の炎が出てきた。
「ということは成功だな。オレの雷は敵の芯を焼く。根元から来る炎を消す術はないぞ。デカい熊さん!」
「ばあああああああああおおおおおおおおおんんんんんん」
オレが焼いたベックドベアーは睨みながら消えていった。
◇
「ば!? 馬鹿な。すげえ威力だ」
「し、信じられねえ・・・」
「神の鉄槌?」
息絶え絶えになっている白狼族はオレの後ろで驚いていた。
「ちょっと。何これ? 古代魔法?」
オレの魔法を見て驚いているナディアがそばに来た。
「ん? いや、違うよ。サンダーだ。初期魔法のサンダーをオレが改良した」
「はぁ!? ルル。今の威力、あたしの魔法とそんなに変わらないじゃない」
「そうか? ナディアよりは強くないと思うけどな」
「いやいや、今のあたしは、あんなに精密に魔法を扱えないわよ。あの威力を小規模にまとめられるのが凄すぎよ。あたしだったら広範囲になっちゃうわ」
「そうか。でもそれもすげえよな。ナディアの魔法もよ! ははは」
ナディアが呆れた顔をした。
オレの魔法がそんなに珍しいのか?
「はぁ。もうあなたで疲れるのはやめようかしら。何が起きてもびっくりしないようにしよう。疲れるから!!」
なんか失礼なことを言っていた。
◇
とりあえず、この人たちの話を聞いてみたいと思ったらアンナさんが先に会話をしていた。
「それで、あなたたちはなぜこちらに逃げてきたのでしょう。どこから逃げてきましたか」
「おいらたちは・・・」
アンナさんは、なぜか相手に詰め寄るような形で、話を聞きだした。
白狼族のはぐれ者たち。
白狼族が珍しいからと、解放軍は、彼らを氷の大地の都市マイラで生活をさせていたらしい。
だがこの生活は、保護というよりもほぼ奴隷のような形であったみたいだ。
白狼族は脚力が他よりも抜群によい。
おそらく、狼系で一番の強さを持っている。
持久力、単純な速度に加速能力。
どれも最高到達点であるらしいのだ。
「だから、おいらたち。解放軍の連絡係みたいなことをさせられてさ。寝る間もなく、氷の大地を走らされたんだよ。手紙とかの運送だよね」
「手紙? 鳥じゃ駄目なのか?」
「無理だね。鳥が飛ばないのだぞ。氷の大地って上空はかなり寒いらしい」
「そうなんだ。知らんかったわ」
ここの知識を一つ得たオレである。
「そんで。あんたらは、ここで何してたの?」
「オレたちはさ。ここに街を作ろうかと思ってんのよ。その努力をしてるところだよ」
「ここに!? ここ、中央地帯だぞ。戦争になると一番危ない場所だぞ」
「そうだよな。でもまだ停戦してんだろ」
「そりゃ、停戦中だけど・・・いつ戦争が再開するかは、時の運だぞ」
「まあまあ。オレたちは気ままにここで生きたいのよ。ここの人たちは元奴隷の人たちだからさ」
「奴隷!?・・・そうなのか・・・おいらたちと変わらねえじゃん」
「そうだ。あんたら、戻るの? そのマイラって都市にさ」
「戻れねえ。たぶん。戻ったら死ぬな。なあ。皆」
リーダー格のような男が後ろにいる仲間たちに聞く。
「ぜえ・・・はあ」
「おええええ。きつい」
「あんなに長い距離は走ったことがねえ」
皆疲れ果てていて会話どころじゃなかった。
「皆無理だな。えっとあんた誰だっけ」
「ルルロアだ。ルルでいいぞ」
「そうか。ルルか!」
「駄目です。こちらの方は、ルルロア様。我らの領主ルルロア様です」
ぬっとオレたちの間に現れたアンナさんが顔で威圧していた。
目がガンギマリで、血走っている。
それ以外の言い方は許しませんといった顔だ。
「は、はい。ルルロア様ね・・・領主様ね」
男性は恐れ戦いて謝って来た。
「そうみたいよ。悪いね」
「いや、こっちこそ悪かったよ。おいらたち、助けてもらったし」
「君の名前は?」
「フーリーズンだ」
「フーリーズンね。じゃあ、長いからズンね」
「まあそれでいいよ。じゃあ、ルル・・・じゃなかった」
ズンは目の前のアンナさんの顔で訂正を余儀なくされる。
無言の圧力は相当なものだった。
「ルル様ね。そ、それでいい」
「仕方ありません。百歩譲りましょう」
そんなに譲ってるんかい。
名前くらいでさ!!!
と思うオレはアンナさんの恐ろしさを知った。
「ルル様。おいらたちも仲間に入れてくれねえかな。あんたらも奴隷なら、おいらたちも似たようなもんだしさ」
「たしかに話を聞けばそんな感じだな。いいよ」
「ほんとか! ありがてえ」
「ただ、働いてはもらうよ」
「おう任せとけ。足を使った仕事だといいな」
こうして、オレたちは白狼族を仲間にした。
これで、新たに住民が十四名追加となった。
街になろうと町を作り始めて、10日ほどの出来事である。