一歩目
ジークラッド大陸の中央。
どこまでも続く緑の草原。
【ギランドヴァニア大平原】
ここに到着するまでにあったシャフル平原は、このような草原の大地ではなく、デコボコのつぎはぎのような草むらの大地だった。
だから、土が至る所で見え隠れしていたわけ。
でもこっちの平原は一面が草でびっしり埋まっている。
作物が育ちそうだった。
それと、ずっと感じていた事なのだが、やっぱりジークラッド自体が若干寒い。
氷の大地がおそらくこの大陸中の平均気温を下げているのかもしれない。
ここが気になる点である。
オレが持っている種が上手く育ってくれるのかが不安だった。
「どこら辺がいいでしょうかね。オレはこのラスヴァーン山脈の近くがいいかなって思いますね。どう思います」
アンナさんに聞いてみた。
「そうですね。私もそれがいいかと。山の木を借りしましょう。建築するにも基礎となる木材がないといけません」
「儂も賛成だ。最初の建築物は木からになるからな。それにラスヴァーンはな。いい点があるぞ」
「ん? どんな点?」
「それはだな」
ラスヴァーン山脈。
大陸中央ギランドヴァニア大平原の東。
大陸東を覆う森林地帯グズバルの左にある山脈地帯である。
険しい山脈ではなく、他と比較しても決して大きくない山が連なっている山脈で、同じ標高が続く感じだ。
それに対して、ギランドヴァニア大平原の西。
反対側にあるフーガギード山脈よりも登山がしやすいらしい。
それとこの特徴に加えて。
「ここは、鉄鉱山がある。秘密のな」
「秘密の?」
「うむ。儂らドワーフ・・・ドワーフキングのみに伝わるものだ。これは口伝で伝わるからな。秘伝の場所というべきだな。現代なら、儂しか知らんだろう。次の王を指名してないからな。ガハハハ。どうせこの制度も無くなってるだろうからな。ルルもいってみよう」
そんな秘密の場所を教えてもいいんかい。
と思ってることは内緒にしておこう。
「へえ。そんな場所があるのか。いいな。ところでどんな鉄があんの? 秘伝のものなんでしょ」
「うむ。魔鉱鉄と呼ばれる物があるのだ。普通の鉄よりも軽く、頑丈でな。あと特殊加工ができる! 武具を作れるぞ」
「ふ~ん。そんなのがあるのか。そいつは助かるな。装備が充実するのはでかいよな」
「そうだろう。任せろルルよ。儂が作ろう」
「ああ。ユーさんを頼りにするよ」
オレの相談役として二人は、なんでも快く答えてくれる。
二人とも的確に答えを言ってくれて、オレに指摘してくれるから非常にありがたい。
それが今までにない経験だった。
幼馴染のレオンたちは、オレの意見が絶対みたいなところがあるからさ。
意外にもあいつらは、反対しないし、指示待ちが多いんだよ。
だから、皆に意見を出すのに、オレにもプレッシャーがかかっていたっぽい。
今は楽に意見を出すことが出来て、この生活に慣れ始めたら、こちらの方が健全じゃないかと思い始めた。
だからもっとオレも相談すれば良かったんだよな。
一人で勝手に決めるべきじゃなかったんだわ。
皆と一緒に決めるべきだった。
それで、こんな風に二人に相談するとだ。
あれが、こうなって・・・・拗ねる。
「なによ。あたしを無視してんの! ルル。あたしには何で聞かないのよ」
ほらきた。仲間外れよ。みたいなことを延々と聞かされるのである。
オレは決してナディアを仲間外れにしてるわけではない。
ナディアにも聞いているの。
でも答えねえだけなの!
彼女は被害妄想がすげえ。
「オレはナディアにも聞いてんの。でもあんたが答えてくんないだけ!」
「聞いてないもん! あたしに話、聞いてないもん。顔がこっち向いてないもん」
子供みたいな事を言うなよ。
「なんだよそれ。そんなん子供だろ。それに、あんたにも聞いてるっつってんだろ。被害妄想激しいよ。ナディア!」
「なんですって。あたしもルルの役に立ちたいの!」
「もう役に立ってんだよ。あんたはナディアだろ。一緒にいる。それだけでいいの! エルフの象徴なんだろ。それだけで皆の安心に繋がるってわけよ。特にエルフの人たちにな」
一緒に来てくれたエルフさんたちの心の支えなんだわ。
「うん。でも、あ、あたしは、ルルの役に立ちたいの」
「へぇ、そうですか」
「なによ。その顔。むかつくわ」
「よしわかった。ならまず。大人しくしてくれ。頭痛くなるから」
「え。大丈夫なの? 具合悪いの?」
いや、あんたのせいで頭が痛くなるんだけど・・・。
これは内緒にしておこう。
オレに親身になってくれてはいるのでね。
親切心は強く出ている女性である。
「はぁ。それじゃあ、役に立ちたいと言ってくれるナディアさん! あなたにお仕事をお願いします」
「え。なになに。何でもやるわ」
「はい。これをどうぞ」
実はこの会話の間も、オレは眠っているフィリーを抱っこしていた。
それをナディアに預ける。
すると、ナディアの口が膨らんだ。
「ぷ~~。何よ。子守りじゃない」
「いいの。ナディアの今の仕事はフィリーを守ることでお願いします。母親代わりみたいな感じでね」
「・・・しょうがないわね。眠ってるわね。ぐっすりと」
「ああ。だいぶ寝てんだよな。ほとんど寝てるわ」
フィリーは目覚める時間の方が少なかった。
まあ、起きたとしても、彼女はオレのそばでペタペタくっつくだけであるから、眠ってもらって大人しくしてもらった方が助かる部分もある。
それにしても解放軍のリーダーはこの子をどう思ってるんだろう。
子供だって話だけど。
どうするつもりであんなところに閉じ込めて磔にしていたんだ?
部下がそんなことを勝手にやるってのはないと思うから、たぶんリーダーの許可の元でやってるはずだよな。
親なのにひでえな。
オレに愛情をくれたあの両親とは全然違うな。
親父はうるせえくらいの人だったし・・・いや、お袋もか。
オレのフィリーに関する疑問は尽きないけど、この子が今は幸せであればいいかなと思うので、起きている間は愛情を注ごうと思う。
◇
「あと問題は水ですかね。どうしたらいいか。オレも考えがまとまらないですね」
「それは私も思いましたね……どこから取得しましょうか?」
町を作るために良き場所を探るために、オレたちは平原を歩いた。
そばには町の幹部候補のナディア。アンナ。ユースウッド。モルゲン。エルドレアがいる。
「そいつはおらに任せてくんねえかな」
「お! モルゲンさん、なんかいい手があるの」
「おう。おらたちな。実は鍛冶よりも建築とか工事とかの方が得意でな。ため池を作るってのはどうだ。あとは家の上に水を確保するのはどうだろう」
「へえ。そうだったんだ。じゃあ、あいつら不得手の職場で働かせてたのかよ。馬鹿だな」
「そういうことだな。おらたちを上手く使うなら建物の方がいいぞ」
「よし、そこら辺の事は、モルゲンさんにお任せしますね」
ため池も作れるような場所の候補を探るために、オレたちは移動を続けた。
「ルルよ。山脈のギリギリに居を構えるのは厳しいかもしれないな」
「ん?」
ユーさんがオレの肩を軽く叩いて教えてくれた。
「この高台の方を利用されて攻撃されるとちと厳しいと思うのだ。山脈は見える範囲にとどめておくのがいいかもしれん」
「なるほどね。攻撃を受けやすくなるってことだね」
「そうだ。城壁を構えるにしても、高台になってしまう山脈沿いのために、こちらもさらに高い城壁を用意せんといけなくなるからな」
「ふんふん。じゃあ、ユーさん。もうちょっと西寄りだな」
こうしてオレたちは色んな人の意見をまとめて、町を作り始めた。
◇
オレたちが最初に作ったのは、円形の大きな家。
木の板で作った簡易な素材だけで、雨風を凌げればそれでいいとしたものだ。
後でここは、集会所や会議室にする予定だ。
建て直しをするんだ。
そこにエルフも、ドワーフも一緒になって雑魚寝する。
軍にいた頃を思い出すような環境だが、懸念していることがある。
それは、ここに男女が同時に寝泊まりしているという事だ。
ドワーフの屈強な男どもとエルフの見目麗しい女性たち。
まさか。
ここで、おっぱじまっちまうのか。
と、一人焦ったオレは馬鹿だった。
何も起きずに皆で仲良く眠っている。
これを疑問に思ったので、ユーさんにこっそり話を聞くと。
妖精族同士は同種じゃないと始まらないらしい。
エルフはエルフ。
ドワーフはドワーフなのだそう。
でも別種であれば大丈夫なのだそうだ。
エルフとドワーフでは盛り上がらないのだそうです。
とんだいらぬ情報である。
だけど、なんだか知らないけど。
ここで寝る時に、オレの方にエルフの女性たちが偏って来るのはなぜだろうか。
心なしか皆さん下着姿を見せつける感じになっています。
それが、気のせいじゃない気がするんだよね。
ちょっと怖いんですけど。
これは逆にだぞ。
オレが狙われているのかもしれない。
別種だからさ。
オレが危険なのかもよ。
ここからの夜は、無茶苦茶緊張する時間を過ごすことになった。
◇
次にオレたちが準備をしたのは、工房。
モルゲンさんは、まずはレンガを作りたいと言っていた。
この地で住むには木の家よりもレンガの家の方がいいらしい。
どうせ建てるなら木の家での一時的なものよりも、しっかりしたものを用意したいとのこと。
それと、家の中に暖炉を配置して、より効率よく温めていきたいと、寒い地域でもあるジーバードを乗り切りたいとのことだ。
それとレンガは地面に埋め込んで道にもできる。
いずれ大きく開拓するつもりであるならば、道は極めて重要だぞとモルゲンさんが言っていた。
オレもそれには大賛成なので、工房建築を優先させたのだ。
建造物関連はドワーフさんたちに任せて、オレは次に重要な事をエルフの皆さんとする。
「いやぁ。やっぱ農業が重要ですよ。エルドレアさん。ご飯は美味しい物を食べた方がいい!」
「そうですね。ルルさん。いちおう、ここは言われたとおりに耕しましたが・・・どうでしょう」
「バッチリっす!」
エルフの皆さんには農業をやってもらおうと、土を耕してもらった。
オレは、ここの土で気付いたことがある。
意外にもいい土であるのだ。
土を手で触ると、しっとりとしてるけど、水はけが良く、作物が育てやすそうな印象を受けたのだ。
オレは元々農家の息子だから、こんな感じで種を持っている。
じゃ~ん。
どうだ。ジャガイモの種イモとか。トマトや人参、キャベツとか。白菜も持ってるし。
あとは唐辛子とかそういう調味料系統のもある。
まあ、とにかく野菜の種類を選べるくらいの一式はある!
「エルドレアさんたち。エルフの皆さんは。地元での農業とかはどうしてたんですか?」
「そうですね。森では自然に取れるものを食べていましたね。木の実とか木苺とか。あとは狩猟ですね」
「やはりそうでしたか。ならここでは作物を育てて収穫をしましょうよ。それといずれは酪農。牛や鶏とかを飼って安定供給を目指していきましょうか」
「はい!」
そして問題は気温だった。
寒い気温では作物にどのような影響を及ぼすのか。
農家のオレでもよくわからなかった。
ジャコウ大陸は、気温だけは比較的安定した水の大陸だったから、こっちで上手くいくかが、よく分からないのである。
◇
しかし、これを克服する方法をナディアが持ち歩いていた。
エルフさんたちと種まきをして数日後。
「ねえ。ルル。これどう! 使えるかな?」
ナディアはここで暮してから大人びたように思う。
落ち着きも出てきて、本来持つ彼女の優しさが表情にも出てきていた。
今まで厳しい顔つきだったのは、厳しい環境にいたからだ。
「ん? ナディア。それは?」
「ルルがさ。寒いから温かくしたいなぁって独り言を言ってたから。これを使おうと思って」
ナディアが持ってきたのは、木の棒。
先端に宝石のように輝く石がついていて、赤く光っていた。
「だからナディア。それなんだよ?」
「これは魔晶石よ。火のね」
「火の魔晶石?」
「うん。これにね。魔力を込めるの。そしたら石の属性が発動するのよ。それで魔力切れが起きるまで、続けることが出来るのよ」
「へぇ。便利な石だな。消耗品か?」
「ううん。違う。魔力が足される度に使えるわ。永久機関」
「マジか。それは便利だな」
とても有用なものをナディアが持っていた。
そんな凄そうなもの。
どこに持ってたのよと聞いたら、これは大変貴重なものだから、あたしの胸の中に隠していたと言っていた。
全く大胆なところに隠してるわと思った。
誰も手を突っ込んで調べないもんな。
特に男には無理だ。
いや、クヴァロの屑ならやるか。
よかったな、あいつの近くにいなくてさ。
ナディアって、美人だから、絶対あいつの鑑賞用のメイドになってたわ。
「これには火の力があるからね。周りを温めるわ」
「ふ~ん。そうか。だから畑の周りに建てて温度を上げるつもりか」
「うん。これ、上手くいくかな?」
「そうだな。面白そうだからやってみるか。オレたちで小さく実験しよう」
「うん。じゃあ、一緒にやろう」
オレとナディアが集会所予定地の前に家庭菜園を作ろうと移動した。
「ああ。いいぜ。ここら辺で良くないか。ちょうどいい。ここがオレたちの家だしさ」
「じゃあ、あなたがこっちをね。あたしこっち」
ナディアは地面に棒を刺すと。
左面をオレ。右面を自分だと指さした。
「はいはい。どっちでもいいだろ。つうか一面で一緒にやればいいじゃん」
「これはお遊びみたいな物でしょ。だから勝負にしようよ。あたし負けないよ。あたしの方が作物を綺麗に作るんだ」
「これも勝負事になるのか。ナディアって負けず嫌いだよな」
「あなたもでしょ」
「ん。よくわかったな」
「これだけいつも一緒にいれば、分かるわよ」
「そうか。でもあんたも絶対負けず嫌いだろ」
「……バレた! へへへ」
と言い合ってオレとナディアは家庭菜園を始めた。
真ん中にある魔晶石の棒に魔力を装填すると、ほんのりとここらが温かくなる。
畑は町の一角に大きく作ったのに対して、オレたちはささやかな小さな菜園を作ったのだった。
◇
それから一週間後。
オレたちは家庭菜園の前に座って発芽した芽を見た。
「ねえねえ。ルル。ほら、もう出てきたよ。芽」
「そうだな。あっちの本格的な畑よりも先に出たな」
「うん。やっぱり魔晶石のおかげかな?」
「たぶんな・・・・」
魔晶石の効果は、成長促進があるのか?
新たな疑問が出てきた。
「いやぁ、そうなってくるとさ。もっと早く成長させて野菜を食いてえわ」
「ん?」
「ナディアさ。メシに飽きてこないか。ただ焼いただけの肉を食うってよ」
「別に。ルルが作ったの。全部おいしいよ」
ここ最近狩猟で取った肉しか食べてない。
どうやらこっちの世界の人々は食べ物がずっと同じでもいいらしい。
食に対してハングリーさがないのだ!
「はぁ。あれは作った範囲に入らないな。焚火の前で焼けるのを待つって感じでよ」
「そうなの。それでも美味しいよ。あたしは満足してる」
「そうか。ならこれが出来たら、ちゃんとした料理を作ってやるよ。ナディアに食わせてやる」
「ほんと! あたしが一番最初でもいい?」
「ああ。いいぜ。野菜が出来たらな~~~」
とここでふと思った。
「あ、そういえば、塩がねえ・・・・・そうだ。残りのストックもギリギリだったな。塩がねえのは、やべえな」
オレは衝撃の事実に気付いたのだ。
塩がないのはまずい。
人間が生きるのには水もだが、塩も必要だった。
【カンカンカンカン】
リラックスしていたオレとナディアの近くにある見張り台。
オレたちが三番目に作った建築物から、鐘が鳴り始めたのである。
「敵襲か?」
そちらに二人で向かって行った。