第六話 ここまでの流れ
テレスシア王国はその後。
魔王ヴィランの手によって直接統治されたわけではなく、間接政治が行われた。
ナスルーラとヴィランの術によって、もぬけの殻のようになってしまった王の従弟ディクソンを王にして使い、彼ら英雄が影の王となり支配を強めていった。
この流れは見事であり。
地下牢にいたレッドガーデンの脱走が原因で、城の兵。三騎士団。これらが同時壊滅になり、そこに黒衣の騎士たちが、モンスターの襲撃と内部破壊を防いだという話になったのだ。
都合の良いように話は進んでいくわけだが。
でもよく民には考えてほしい事であった。
レッドガーデン二千名程度に敗れるような三騎士団であったのかということだ。
民は疑うべきだった。
これを発表した黒衣の騎士たちのことを。
この事から分かることがある。
人とは情報を精査せず。
何も考えずにいると、上から知らされる情報だけで踊ってしまうという事だ。
簡単に信じたらいけないのである。
そして、次にヴィランたちは、新しい騎士団である『黒衣の騎士』がこの国の中心になると言い始めた。
この話題があっという間に王都中を駆け巡っていき、噂が真実となっていく。
こうなってくると、詳しい事態を知らない民たちは、事の顛末の結果だけを信じることになり。あの事件の内容が不明確だとしても、最終的に結果のみを信じるという形になったのだ。
だからこの強引な言い訳がまかり通るのである。
それに加えてヴィランの魔了という力も働いている事が厄介だった。
国とディクソン。
両方が黒衣の騎士により救われた。
この結果だけで十分となった。
民を騙すのに都合のいい事実である。
テレスシア王国は、その英雄らしい行動を起こしたヴィランを新たな組織の宰相とした。
彼が中心となった国は、三騎士団の壊滅という経験をしても安定感ある政治で乗り切ることになる。
そして彼は、ますます名声を得る形となった。
ここから王都はヴィランに支配されて安定していく。
そして、次の計画が進んでいく。
世界をその手に掴むまでは、彼らは止まることを知らなかったのだ。
◇
この事件の際、王都にいた冒険者がどうなっていたのかというと。
冒険者の長ジョルバ大陸のギルドマスター『ケインズ』があの場面にいたのである。
マスターという役職柄、式典に出席しなければならなかったからだ。
この国の真相を知るものとなってしまった彼もまたヴィランらに命を狙われる存在となった。
あの会場の隅で戦っていたケインズは、二か国の王らと同じように命を懸けて仲間に指示を出していた。
そばにいた職員複数名と冒険者ファミリー『アルメシア』に他の大陸への移動を命じたのである。
当時、冒険者ギルドの飛空艇は、ジョルバ大陸にあった。
その理由は、ケインズがのちに他の大陸にこの式典が無事に終わったことを、知らせる為に置かれていたものだった。
だから、運がよかったのか悪かったのかは分からないが、ギルドの飛空艇がこの大陸にあったために、ケインズがアルメシアに出した指令は、世界の他のギルドにもこの事態を知らせろであった。
マスターから指令を受けた彼らは、自分たちだけで逃げるよりも、さらに逃走成功率を上げるために、強き者たちを確保しようと『ジェンテミュール』と協力して逃げ出そうとホームに立ち寄ったのだが、そこは地獄であった。
あの強きファミリーの冒険者たちが、全滅していたのだ。
この世界で一番強いと言っても過言ではないファミリーのジェンテミュール。
その現状は悲惨であり、人々の希望が無残にも散っていることに呆然としてしまっていた。
ただ、よくよく調べると、この中の人たちのタグは、ジェンテミュールの一級以下の冒険者のみであった。
ジェンテミュールの壊滅が免れている現状にギルド職員とアルメシアは、最悪の状況の中でも安堵していた。
今後の世界は、真っ暗闇の絶望的な世界になるかもしれない。
そんな世界で、夢や希望が一つもないなんて思いたくなかったのだ。
ジェンテミュールの英雄がもうこの世にいないなんて。
彼らは最後に絶望せずに済んだのだった・・・。
そしてその肝心なジェンテミュールは・・・・。
準特級。一級冒険者の奮闘によりエルダケーブの入り口でのモンスターらを蹴散らすことに成功していた。
がしかし、その時に人員を複数名失った。
それは、フールナとシャイン。それとボージャン。あとは複数の一級冒険者らもである。
多くの人を失った悲しみの上に、ルルロアの消失が重なる。
それが、ジェンテミュールの英雄たちの心に大きなダメージを与えてしまった。
そこで絶望してしまった四人は、全ての機能が停止していた。
目が開いていても、反応が無く、話しかけても、返事が返ってこない。
その様子は、ルルロアがジェンテミュールからいなくなった日の比ではなかった。
ルルロアの意思を汲んで、血を吐いてでも、彼を追放したあの日よりもだ。
まさしく英雄のこの状態は、ナスルーラの思うつぼであった。
無気力な英雄ほど、扱いに困ることはない。
そのままであれば、死んでもらわずとも無視しても構わないのだ。
それにもし勇者らが死んでしまえば、その英雄のジョブは誰かに渡ってしまうから、このままの状態の勇者たちであれば、彼女らの統治の邪魔になることはないのが好都合。
黒衣の騎士の有利な状況が続いてしまう。
対抗できるはずの英雄たちの心が死に続ければ、黒衣の騎士たちのテレスシア王国の支配力が増長されていくだけだ。
実際、ここで、万全の状態で、彼らが魔王たちとの戦いに入っていければ、少なくとも黒衣の騎士がこれほど大きな組織とはならなかったと思われる。
これだけは確実な事であったのだ。
世界が動く分かれ道だった。
勇者が魔王と戦うことが出来れば・・・。
◇
そして、そんな情けない状態の英雄を支えていたのは、フィンたちである。
彼らはルルロアに託された思いに応えていたのだ。
不甲斐ない姿の英雄でも彼らは支え続けてくれた。
真の英雄は彼らの方であった。
ジェンテミュールはダンジョン脱出後。
フィンを中心に立て直しを図り、逃げ道をジーバード大陸へと決めた。
ジョルバ大陸南の海岸に急ぎ移動して、敵が掌握していない港町から逃亡したのである。
一行は、船の中で話し合いをする。
英雄の心を癒すにはどうすればいいかということが話し合いの基本路線。
何度も重ねた話し合いの結果。
出した答えは、彼らの故郷が良いのではないかということ。
だからジェンテミュールはジーバードについて、そのまますぐにジャコウに移動する。
そして彼らは、事件から一か月が経過して、ようやく英雄の故郷に到着した。
ここの村人たちは、心が死んでいる英雄らに対して、その様子に見向きもせずに、英雄の帰還だと勝手に喜んでいた。
変な状況だなとフィンたちは戸惑うばかりであった。
英雄様たちの体調を心配しないのかとマールダも疑問に思う。
あの俺様気質のハイスマンや、鼻持ちならない性格だったキザールも、この村の者たちには心が無いのかと思った。
ジェンテミュールのメンバーたちは、この故郷であれば何かしらの反応があるものだと思っていのだが、この四人が、この村に来ても何も反応を示さなかったのが誤算だった。
親らしき人が来ても、知り合いがきても、彼らに反応がない。
しかし、ただ一人。
この村で、英雄が反応を示す者が現れたのである。
それは・・・・。
もちろん、あの男である。
いや、あの男しか、この村で彼らを呼び起せる者はいないのだ。




