第一話 次世代よ 生きるのだ
魔王ヴィランの宣誓布告から一時間。
庭園での戦いはまだ続いていた。
王を死守し続ける両国の兵士たちは、延々と続く戦いを強いられていた。
「はあはあ・・・これはキリがない。敵の数よりも。まさにその粘り強さが異常だ」
タイルは、忍び部隊と共に襲い掛かってくる敵を確実に倒してはいた。
だが、その倒した敵は何事も無かったようにして、すぐに起き上がり、こちらに向かって再び攻撃してくる。
痛みを感じないゾンビのような行動だった。
倒されても何度も何度も起き上がってくる。
得体の知れない恐怖が、疲れを更に倍増化させる。
「父上。これはどういう事でしょうか。生気がないのに強いです」
生身の肉体ではある事は確かなのに、そのダメージをもろともしない。
ブランも混乱していた。
「ブラン・・・王子は?」
「大丈夫です。今はまだ。ですがアマルがもう駄目でしょう」
ブランは自分の息子の体調の変化に気付いていた。
円陣形の中央にいる王と王子のそばに置いて休ませていた。
「アマル殿。アマル殿!」
「ん・・・王子・・・・ああ、お守りします・・・敵の元へ拙者行かねば・・・」
王子によって揺さぶられているアマル。
意識が朦朧としていた。
王子の顔は二重に見えている。
「アマル殿。アマル殿はもう戦わないでいいのです。もうこれ以上は」
アマルの肉体が大人よりも強くても、精神がまだ子供だ。
剣聖の計り知れない力を出すにはあまりにも若すぎる。
その若き身では、最大限の力を効率よく操れない。
そこにゲルグは気付いていた。
涙を流して親友のアマルを止める。
「駄目です・・・・拙者は約束して・・・・王子は拙者の・・・大切な・・・友だと・・・」
「ええ。ええ。僕たちは友達。ですから、僕の為にこれ以上は戦ってはいけません」
「いいえ、拙者・・・お師匠様と・・・約束を」
白目になって倒れたアマルは、体力の限界をついに迎えた。
指一本動かすことが出来ない状態が、この瞬間にやってきてしまった。
戦闘の頼みの綱のアマルの離脱。
彼自体の存在がこの部隊の希望でもあったのだ。
一時間以上を超える戦いを強いられている部隊にとって、彼が戦場から消えたことで、絶望の淵に追いやられていく。
だから王は決断する。
「タイル。ブラン。俺に案がある」
「ん? 王?」
タイルが後ろに下がり聞く。
「俺が囮になる」
「はい? 王が・・・そんな馬鹿な事、許しませんよ。許可しません」
「待て、タイル。お前の気持ちはわかる。でもその意見は却下だ。いいか。俺たちは、このままいけば全滅だろう。敵は疲れを知らなすぎる。こちらはどんどん疲れて倒れていく。ならば全滅は不可避。だったら俺は、俺の命を上手く使えば、皆をジョーまで逃がすことが出来る」
王は賭けに出ていた。
「奴の話には、優性思想があった。無能な王を排除するという言葉があったよな。あれはテレスシア王だけじゃなく、俺にも当てた言葉だ。テレスシア王も俺も特殊職。英雄職じゃない王だ。奴らが軽視するのはそこだろう。だから俺たち……王の死が第一の望みなんだろうな。だったら、ここで俺が敵を引き付けることが出来るはずだ。タイル、どうだ! 俺のこの考えは」
「・・・・なるほど。そうですね。では、ワシもお供しましょう」
タイルは全てを察した。
言いたいことが分かった彼は、息子ブランに指示を出す。
「ブラン!!」
「はい。父上」
「里に関する全ての権限をお前に委譲する。忍びたちを引き連れてこの戦場を離脱しろ。急ぎ、飛空艇で脱出するのだ」
タイルは息子に全てを託した。
「また会おう。さらばだ。ルナにも、そう伝えよ」
「・・・はい。達者で・・・・父上」
タイルの指示が出ている最中。
こちらも指示を出ていた。
「マスカラ! お前を宰相に指名する」
「・・・はい」
「ゲルグを頼んだ。若い部分を補ってあげてくれ、ブランと共にだ」
「わ、わかりました王」
「うむ。それで、大切な事を伝える。ジョーに帰ったら即座にこの大陸との国交を断絶しろ。こちらから来るもの全てを受け入れるな。おそらく敵の魔の手はここから広がるのだろう。だから、奴らによる世界の支配を食い止める意味でも、我らの国は対抗するのだ。里の侍も全て王都に呼び寄せて、全員で一致団結して大陸を守れ。国を……大陸を……守ってくれ」
「わかりました。王子と共にそのようにします」
涙目になりながら右大臣マスカラは了承した。
王の決死の覚悟を無駄には出来ないと動き出した。
◇
「では、皆よ。次世代の為に戦うぞ!」
王に付き従う事になる仲間たちが頷く。
皆、決死の覚悟を持った。
そして王は息子にも声を掛ける。
「ゲルグよ、ここは生きろ! 父はそう願う」
「え・・・・父上・・え・・」
「息子よ。アマルと共に奴らに負けるな。重戦士の王が存在したって。何が悪いんだ。ルルもそう言っただろう。いいか。自信をもて、次の王として生きるんだ!!!」
師として置いた男の言葉を信じろ。
王の最後の言葉だ。
「強い心で生きてくれ。俺はお前が生きることを望む。では、またいつか会おう! 我が息子よ」
そう言ってゲインは、タイルと忍び部隊と共に敵をおびき寄せる様に戦い始めた。
大きく円を描いていくように移動し、次々と敵を大量に引き付けていく。
「よし、手薄になった。あそこから脱出するぞ。皆行くぞ。マスカラ殿は王子を」
「ええ。分かっています。ブラン殿。そのまま先導をお願いします」
マスカラは王子を担ぎ、ブランは息子を担いだ。
「父上が・・・ああ・・・そんな」
「我慢してくだされ。王子。あなたの為に王は自らの命を・・・王子、本当に申し訳ない。力のない家臣ですみません・・」
マスカラもやりたくないことをやっていた。
心を鬼にしてゲルグを運ぶ。
◇
庭園の包囲網を突破したブラン一行は、兵士がいる宿に行った。
そこでは待機している兵士を回収できるかと思ったが、ここにいたのは数名の兵士と、学者のヨルガだけだった。
此処にも敵の襲撃があったようで、生きていたのが彼らだけとなっていたのだ。
実は、ここで隠れて待機できていたのは、ヨルガの力であった。
兵士数名とヨルガは、宿の隠し部屋に入り込めたらしく、無事であったようだ。
ブランが瞬時に考えを張り巡らせると一つ重要な事に気付く。
それは、ここまで用意周到に襲撃してくるのであれば、飛空艇離着陸の場所も襲撃されているのではないかということだ。
あそこにも一応こちらの兵を置いて飛空艇を守らせているが。
このまま敵の包囲を抜けて、脱出しても、そこが敵の手に渡っているかもしれない。
父の死を覚悟しているブランは悲しむ暇もなく悩むばかりであった。
「いたのはこれだけか・・・・急いでも・・・しかし急ぐしかないか。マスカラ殿逃げましょう!」
「ええ。ブラン殿そうしましょう。ヨルガ! ここは占星術で一つ、我々の運命を・・・いや駄目だな。運に任せるなんて」
「いえ。運に任せましょう。ここには最高の方がいます。やりましょう」
ヨルガは皆にスキルを披露した。
『天運』
それは天から授けられた運のこと。
天から導かれる人の運を見極めるスキルだ。
このスキルは、人物の光りある道を指し示すのである。
ヨルガはもっとも運が良い者を見つめた。
アマルである。
剣聖の天賦の才が、自分たちを生かすであろうと直感で判断した。
「光が見えます。この方は生きられる。アマル殿の光が消えてません。ということは彼の光を辿れば、我々も生きていけます。こちらです」
ぐったりとして何も出来ずにいるアマル。
でも彼の光は、天運と共に皆を導くのである。
◇
襲撃を受けているというのに王都は、非常に静かだった。
それは敵の攻撃がピンポイントである事に起因していた。
軍の施設。王の施設。これらに付随するもの。貴族関係の場所だけに襲撃があり。
一般人の住居や市場などには被害が無かったのだ。
あるのは兵士と騎士団。
この両方が重要施設で死んでいるのである。
ブランたちは、ヨルガの感覚を信じて走る。
南門。西門。東門。それと北の港が出口である王都ダルトン。
そこを目指しているのかと思いきや、ヨルガは全く関係のない場所に行った。
地下道である。
王族しか分からない秘密の地下牢に、アマルの天運の光は導いているらしい。
ヨルガら一行が、全く知らぬ道を突き進んでいく。
途中。
出口の光を見つけた。
「ヨルガ殿。あちらが出口では」
ブランが聞いたが。
「いえ。あそこは暗闇です」
「あちらは外の光がありますぞ?」
「はい。物理的には輝いています。ですが、アマル殿が指している天運では、あそこは絶望。我々の光はあっちです」
ヨルガが指さしたのは出口とは違う場所。
階段がある部屋だった。
ここから登りましょうと言った彼に、皆がついていくと、飛び出たのは埠頭だった。
「外だが、しかし。これは……」
ブランの目の前には船があった。
「この船です。これで行きましょう。この船に光があるんです」
ヨルガは出口にあった船を指さした。
「目立つのでは?」
「いえ。これが良いと天運が言っています!」
先に船に入って確認していたマスカラが顔を出して。
「ひ、人がいます。血が!? 誰か治療が出来る者はいますか?」
船の中に倒れている人がいると言った。




