第11話 大切は変わらない
「懐かしいよなぁ」
テーブルに突っ伏して寝ているイージスを見つめて、オレは過去を思い出していた。
幸せそうに眠るイージスが、オレのぼそっと言った一言を聞いていた。
「zzzzz・・・・・何が?」
「だから、何でお前は寝ながら会話が出来んだよ。お前は夢遊病か! いや待て、それ以上だよな! 普通に行動できるしよ」
「知らぬ・・・・」
「ったく。ま、いっか」
イージスの白い頭を撫でて、オレが立ち上がろうとすると。
「よいよい。よよい。よい、よよい。ルル。俺たちはこれにてドロンだ! 酒場に行くぜ」
レオンがオレの肩に手をかける。
「おい。離せよ。嫌だよ。俺は、もう部屋に帰って寝るんだよ。いいから。その手を離せ。女たらし勇者」
嫌な予感がする。
たぶん、これは朝まで付き合わなくてはいけないコースだ!
「今日は三大クエストの一つ、ダンジョン制覇の一個を達成した。めでた~い日だぞ。こんな日に俺とお前だけでは華がない。お前は俺の言うとおりにしていれば、必ず女性をゲットできるんだよん。では、行くぞ! 秘密の花園へ」
「なんだ。その秘密の花園って色街じゃないだろな。嫌だぞ!」
「大丈夫、大丈夫。おこちゃまの君には普通の酒場を紹介するからさ!」
オレを引っ張っているレオンは、上機嫌な声でミヒャルに指示を出す。
「おい。ミヒャル! ここは任せたぞ」
副団長ミヒャルは頷き、その隣にいるエルミナの視線が痛い。
遊ぶの。という軽蔑の眼差しに決まっている。
エルミナにしてはやけに冷たい視線なんだ。
ちょっと誤解しないでくれ。遊ぶのはこいつだけだから!
いつもこいつにしか女性は近づかないから!
安心しろ。 エル!
って、オレも浮気した男みたいな言い訳が心の中に出てきていた。
「ほどほどにしておけよ。じゃな」
「おい。助けろ。ミー。オレは部屋に帰るんだ。おい。ミー!!!!」
オレはミヒャルを呼んだが。
「じゃあ~な~~~。ざまあみろ。ルル。うちに失礼を働いたから、その罰だ。べぇ~」
さっきの彼氏いない発言を恨んでいたらしい。
助け舟を出してくれなかった。
「んだと。ミー。ぐわ」
勇者レオンのとんでもない腕力で首根っこを掴まれる。
オレの力では、レオンの手はビクとも動かせない。
指一本すらも剥がせそうにない。
「クソ! またかよ! いやだ!!! はなせ~~~」
「はいはい~~~」
◇
ホームを出ると。
「ルル、いいか」
レオンはオレの首からは手を離した。
今度は肩が掴まっている。
真剣な顔で、戦っている時くらいの顔つきをしたレオンがオレを見る。
「男が死を覚悟して、冒険してきたわけよ。だからここは、と~~~ても、いい思いをしないと駄目なんだぜ。いいか。男なんてもんはな! イイ女がそばにいれば、幸せを感じられるのだよ。だ~はははは」
「それはお前だけだろうが!」
「ん! お前も男だ。ルル! さぁ行こうぜ!」
やけに真面目な顔なのに、言っていることはピンク一色である。
こいつ、大きくなってもそこだけはクズじゃないか。
一体いつになったら大人へと成長してくれるのだろうか。
つうか。
中身が子供のままで、大人の階段だけは登ったんじゃないのか。
こいつ……おい。オレを置いていくなよ。そこだけはさ!
「まあ。しゃねぇか。レオに付き合うからよ。とりあえずその手を離してくれ」
オレが観念したら、レオンの手が離れた。
「・・・んで、どこで飲むんだ?」
「都市の外れのキューイの酒場だ! メイン通りの酒場は駄目。ありゃ混むだけで、男だらけになってむさ苦しいからさ。それに、キューイの酒場は綺麗な人が多いのよ。穴場だぜ」
「はい、そうですか。酒場のベテランさん」
こいつの意見が正しいのかは分からないけど、オレはついていくことにした。
◇
ホームから出て歩こうとすると、複数の声が漏れ聞こえた。
「聖女様! あの人をかばうんですか」
「そうですよ。大賢者様も」
「早く追い出してくださいよ。いつも偉そうなんですよ。あいつは」
「そうだ。そうだ」
「このファミリーにとって邪魔なんだよ。不快になるから外せ」
「ルルロアなんていらないんだ。早く追い出せ」
酔った勢いもあってか。
皆がオレへの不満を爆発させていた。
ホームで飛び交う罵声や怒号。
このままだと皆に迷惑が掛かると思ったオレがホームに戻ろうとしたら、また首を掴まれた。
「よし。いくぜ! ルル!」
「いや駄目だ。みんなに迷惑が・・・オレがなんとかするよ」
「いいんだ。いくぜ」
「離せよ。みんなに迷惑を掛けちまうだろ。レオにもよ」
「いいんだ! ここは黙ってろ! ルル」
「レ、レオ?」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。
レオンが悲し気な顔をした。
その時、ホームから声が聞こえた。
「ルルは、私たちの大切な家族なのです。彼がいなければこのファミリーは上手くやっていけません。彼がいなければ、私たちは私たちでいられないのです」
切実なエルミナの声だ。
「いいか。お前ら。あいつがうちらの影になってくれるから、うちらは輝いてんだぞ。そこを分かってくれよ。お前たちにとっても大切な仲間なんだよ。あいつが司令塔にならなかったら・・・戦闘のやりくりがムズイはずさ。そんくらいにな。あいつは先を見てるんだ。わかってくれよ」
ぶっきらぼうだけどオレをかばうミヒャル。
「めんどい・・・うだうだ、うだうだと・・・・それ以上言うなら、おらが・・・お前らを消すぞ」
物騒な感じの物言いのイージスだった。
オレをかばうために、三人が悪役になる。
それだけは避けたい事だった。
英雄は英雄でいなければ、英雄職の四人が、真の英雄にならないと。
そして、オレは、レオンの中にも、皆と同じ怒りがあるように思った。
悲しみも見えた気がした。
この何とも言えない顔を見れば、オレがホームに戻ることは出来なかった。
オレにはもうできることがなかったんだ。
四人の為に何も出来ない。
それがとても悲しい。
オレは、このファミリーにいてもいいのか・・・。
オレのせいで、ファミリーが不和になっちまうんじゃ・・・。
そう感じながらオレは、レオンが言う酒場まで連行されていった。
◇
半分引きずられながら、酒場に到着。
レオンがすぐに店員さんを呼んで、次々と食事を注文する。
「どうだ。めっちゃ美人がいるだろ・・・お。どうも! お姉さん、綺麗ですね」
「あら。そう。お世辞がうまいのね」
「俺はお世辞なんて言いませんよ。お姉さんが、お綺麗なんです」
レオンは、給仕のおばちゃんに美しいと言った。
その女性の手から次々と酒のつまみが、俺たちのテーブルに並ぶ。
「なあ、俺さ・・・」
「なんだなんだ。そんなしけた面してちゃあな。女が寄って来ないぞ。ああ。そこのマドモアゼル。ご一緒にお酒・・・」
レオンは、隣のテーブルの綺麗な女性をナンパしようとする。
「おい。あのな・・・やっぱオレ、帰るわ・・・・いや待て、ホームには行かんわ。迷惑になるな・・・宿に泊まるよ」
「何言ってんだよ。どうせ宿に泊まるなら女をだな」
「いいって、もう疲れた」
オレが席を立つと、レオンが真顔になってオレの肩を封じた。
動きたくても動けない。
さすが勇者の力だ。
「な! 明るくいこうぜ。ルル!」
「いや……お前らに迷惑かけてんだよな。オレってやっぱさ」
「ん?」
レオンは普段よりもわざとお茶らけている。
そんな気がする。
「とぼけなくてもいい。お前、そうやって明るくして、気を遣ってんだろ」
「ふっ。まあな。でもルル。一ついいか」
レオンは、右手に持つビールジョッキをそのままにして、左手で鼻を掻いていた。
「なんだよ」
「俺たちはさ。ファミリーだ! 大切な仲間だ。そこに優劣なんてない・・・でも、俺たちにとって唯一優劣があるのは、お前だけだ。俺らにとってお前だけが、別格なんだ。それは幼馴染だからって訳じゃない。俺たちにとって、ルルという人間が、本当に貴重な人間なんだよ。マジでかけがえのない友人なんだよ。お前は特別なんだ」
恥ずかしげもなく、レオンは真剣に言ってくれた。
「は? いや、それは改まって言ってくれるのは嬉しいけどよ。オレが貴重な人間だって? それは間違いだろ? オレなんてただの無職なんだぜ。貴重で言えば、お前らの方が貴重だわ」
レオンは綺麗な女性が近くにいるのに目移りせずに、オレだけを見ていた。
「そんなの関係ないわ。お前が何者でもあってもな。俺たちにとってお前は、最高のダチなんだよ。なんでか。分かるか。そんで、皆に聞いてみても。ぜってえに同じ答えをくれるぞ。なんてったって、俺とミヒャル、エルミナにイージスは同じ気持ちだからだ」
「どういうことだ? 役職が関係ない? 英雄クラスのお前らにとって、オレみたいな無職がか?」
「だから、ジョブは関係ないんだって言ってんだろが」
飲もうとしたビールジョッキをテーブルに降ろし、レオンはまだ話し続ける。
「実はさ。俺たちって、どこにいても辛かったんだぞ。知ってるかお前。俺たちってあのジョブを貰った後、村や日曜学校、冒険者ギルドからでも。期待の眼差しが凄かったんだぜ。世界を。この世を良くしてくださいみたいなさ。勇者様、大賢者様。聖女様。仙人様。みたいな神でも見るような眼さ。重い期待と羨望の眼差しが、ずっしり俺たちにのしかかっていたんだぜ。人って勝手だよな」
オレとは違う苦労がレオンの話の中にあった。
たしかに、期待が重すぎての大変さはある気がする。
英雄職だ。文字通りに英雄になれとの周りからの期待があるのだろう。
「それがな。実は俺たちの家族にも出ていたんだぜ。だから、俺たちはどこに行っても、期待ばっかりでうんざりだったんだよ。家に帰っても、どこにいてもだぞ。だから、村にいた時の俺たちはかなりいたたまれなかったんだ。俺のあのろくでもない親だって、勇者を生んだんだぞってなってからは、俺に過度な期待をかけやがったんだ。俺のガキの頃なんて、俺の親は何にもしてこなかったのにな。最悪だよな。という事はだ。普通の親のあの三人だって苦労したかもしれん」
「そ。そうだったのか」
オレとは別の意味で、皆大変だったんだ。
激レア職業はいかに大変かが分かる。
「たぶんだけどな。ミヒャルもエルミナも、イージスも俺と似たような環境になっちまった。でもさ、俺たちってジョブは凄くても、人間だろ? 英雄なんかじゃないよな! 人だよな!? そう思うだろ?」
「んんん。まあな。他の人間と同じようにオレもお前らが凄いとは思ってるけどさ。まあ、心の中じゃ、ほとんど家族だと思ってるからな。オレが塞ぎ込んだ時。お前たちってオレのことを見捨てなかったもんな。それってオレの親も一緒だったから、やっぱりお前たちはオレにとって家族だよな。はははは」
「そうか。そうだよな。俺たちって家族だよな。ああ、でもあん時は、大変だったな。お前、全然家から出て来なかったからな。俺たちも結構きつかったな。お前と遊べなくなってさ」
「そうか」
オレたちは、もうほとんど家族なんだ。
幼馴染を超えている。
「じゃあ。今度はオレから聞くけどよ・・・・・お前らはあん時、オレを馬鹿にしていたんじゃないのか」
答えを知りたかったから、緊張して聞いてみた。
馬鹿にしていたのか。それとも呆れていたのか。
近くにいる人の本音が知りたかったんだ。
「お前を? 馬鹿にする? ないない。俺たちは一度もお前を馬鹿にしたことがない。むしろ感謝してるぞ。ずっと変わらぬ態度で俺たちに接してくれてさ。それがいかにありがたい事か。俺たちはこのファミリーを作ってさらに思っているわ。応援じゃなくてさ、期待されるってのはかなり重くるしいものだったんだなってな。で! いかにお前が俺たちを人として扱ってくれて、ダチだと思ってくれているんだって、今までずっと感謝してたわ。これからもか」
「ああ、そうか・・・安心したよ」
改めて気持ちが知れて・・・。
「でも、オレだって感謝してるんだぞ。あの時、お前らが外に誘ってくれなかったら、一生家の中にいたかもしれんもん」
「そりゃ、やべえな。外には出ないとな! この世にいる素晴らしい女性たちに出会えんぞ」
「そればっかだな」
良い話をしていても、結局最後は女性になる。
「まあさ、俺たちは互いに感謝する立場って事よ。つうことで乾杯しよう。ルル! 楽しもうぜ。俺たちはただの村の幼馴染としてさ。これからもよ!」
「ああ。いいぜ。飲むよ。少しくらいはさ」
「少しじゃなくて、ドンと飲ませてやるぜ。いくぞ! ルル。乾杯!」
「ああ、乾杯!」
勇者の苦労。無職の苦労。
人はそれぞれ苦労を持っている。
だけどそれは自分の中の苦労で、他人ではその苦労を計り知ることは出来ない。
でも、相手の事を思っていれば、その苦労は半分にしてやれるのかもしれないと。
オレは勇者レオンと幼馴染レオンの両方の顔を見て思った。
オレはやっぱりこいつらを応援したい。
その気持ちは変わらない……。
いやむしろオレは、前よりももっともっと。
勇者一行を最後まで応援することを決めたんだ。




