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素直になりきれない 2

 高校に入学する直前に父と母が離婚した。原因はよくわからないけど、たしかに仲がいい夫婦とは思えなかったし、ここ数年は父と母が話をしている場面をほとんど見たこともなかった。冷めきっていた夫婦がついにお互いに結論を出した、そんなところなのでしょうか。


 僕と弟は母と生活することになり、父とはこの先一度も会うことはありませんでした。




 高校二年生になった一九八五年の夏休み、四年ぶりに伯父の家へやってきました。目的は祖母に顔を見せるためです。三つ年下の弟の徹も特に予定がなく来たがっていたのですが、なぜか母に一人で行くように言われました。弟を連れてくると何か都合が悪いのかな。


 そう言えば昔から僕は頻繁に〝田舎〟へやってきては、長期間滞在するのが当たり前のようになっていましたが、弟は僕に比べればあまり来ていないし、滞在期間も僕に比べればかなり短かった。僕が知らないだけで、弟を伯父の家へ連れて行けない理由が存在しているのかな。


 伯父の家に来たものの、昔のように伯父にかまってほしいだなんて微塵も思わないから、あいさつと世間話をするくらいで十分。伯母は露骨に僕をいやがることが多いからあいさつ以外に話をする必要はないと思うし、伯母も僕と同じようなことを望んでいるでしょう。


 いとこの香織は伯母そっくりな性格だし、小学二年生にしては生意気な女の子になっていることは容易に察しが付くので、気が合うこともないでしょう。智子は小学四年生の女の子だし、さすがに僕にくっつき回る年齢ではないはず。

 なので祖母と話をする時間がたっぷり取れそうなので、目的はきちんと果たせそうです。今回は二泊する予定でやってきたけど、場合によっては日帰りや一泊だけに短縮しても良いかなと思っています。伯父の家に着いてすぐに祖母とたくさん話をして、そのあとは部屋の窓から田んぼや空を見ているだけの時間になりそうだったら、その日の夕方か翌日の朝早く家に帰って、気楽に普段通りの生活をすごすほうが良いですから。




 伯父の家に着いたお昼過ぎ、家には伯母と祖母しかいなかった。智子も香織も遊びに出かけているらしい。


「直樹は一人で来たんだね、てっきり徹を連れてくるのかと思ったのに」


「中学に入って部活が忙しいみたいだから……」


 徹を連れてこなかった理由を伯母に聞かれるかもしれないけど、その時は学校が忙しいとか言って誤魔化すようにと母に言われていたので、その通りに誤魔化した。しかしやけに伯母の機嫌が良さそうだけど、それはそれで気味悪いな。


 とにかく祖母とゆっくりと話ができそうなので、伯母には簡単にあいさつだけしてすぐ祖母の部屋に入った。




「直樹一人で来たんだろ?」


「うん、徹は来たがっていたんだけど、母さんに止められたから」


「私が徹は来させるなと言ったからね」


「え? 祖母ちゃんが言ったの?」


 すると祖母は小声で話し始めた。


「侑と幸子さんの間には女の子しかできなかっただろ。時守(ときもり)家を継ぐ男の子がどうしても欲しいとなって、徹を養子で迎えたいと幸子さんが強く言い出したんだよ」


「家を継ぐって……、江戸時代の話みたいだね」


「その家の姓を自分の代で途絶えさせることに抵抗を持つ人は多い。特に嫁は自分のせいで代々繋いできた一つの家系を終わらせてしまうことに、強い責任を感じるものなのよ」


「それってどうして徹なの?」


「前からずっと徹を狙っていたんだよ。それに栄子が離婚しただろ、女一人で子供を養うのは本当に大変だから、それを口実にして養子に迎え入れようと思ったんだよ」


「それって徹じゃなくてもいいんじゃないの?」


「だれかほかにいる?」


「僕は?」


「直樹は岩舟家を継ぐ跡取りなんだから、そんな子を奪うことなんてできないからね」


「それに伯母さんは僕を嫌っているみたいだし」


「でも今日は機嫌が良かっただろ?」


「うん、ふつうに話しかけてきたよ」


「徹のことがあるから、直樹にも愛想よく接しておこうと思っているのよ」


「でもさあ、智子や香織が結婚した時に、相手の人にお婿さんとして来てもらえばいいんじゃないの? それだったら今でもある話だと思うけど」


「まだ二人は小学生だし、男の子を養子でもらうほうが確実だと思っているのよ」


「祖母ちゃんは時守家がなくなることをどう思っているの?」


「私が死んだ後の話になるけど……、やっぱり寂しいわね」


「そんなものなのか、僕は岩舟家が無くなっても何とも思わないけどね」


 弟を盗られることになる養子の話が以前から出ていたとはさすがに驚きだけど、母は養子の話に乗る気はないんだろうな。だから昔から弟は伯父の家へあまり来させなかったようだし、今回も養子の話に乗る気がないから祖母の忠告に従ったわけだ。




「いつだったか、侑と智子の二人で直樹の家に行ったことがあるだろ?」


「うん、小学四年生になる前の春休みだったかな、高校野球の全国大会を観るためにうちに泊まった時のことだよね」


「そうそう。侑は高校野球を観るためではなく、本当は直樹を養子にもらおうと思って家に行ったんだよ」


「え? 僕を?」


「前の年の秋に香織が生まれたんだけどどうしても男の子が欲しかった侑は、直樹を養子にしたいと申し入れに行ったんだよ。幸子さんはその時から徹のほうが良かったらしいんだけど侑は直樹のことがかわいかったから、養子にしてでも自分の子にしたかったんだよ」


「ふーん、僕も昔は伯父ちゃんが好きだったから、もっと小さい時なら喜んで来たかもしれないな。今はちょっと……。伯母がねえ……」


 あの時はそんな目的でうちへやってきていたとは、弟の話以上に驚きです。僕がここに住んでいないということは、父か母が養子の話を断ったっていう事だよな。親戚の家の間で子供をやり取りする養子は昔はよくあったのかもしれないけど、まさか僕が生きる今の昭和の時代にあるとは想像もしなかった。


 あれ? でも父と母は離婚して僕は岩舟を名乗ってはいるけど母と暮らしているわけで、岩舟家を継ぐことはないと思うけど。家を継ぐって名字を名乗っていたらそれでいいってことなのかな。別にどうでも良いか、家を継ぐとか継がないなんて僕はまったく興味がないし。


 その後も祖母の部屋にこもってずっと話をしていた。祖母は普段はあまり伯父や伯母、『いとこ』たちとも話をしないのか饒舌に話を続けた。




「直くん、何時ごろ来たの?」


「一時半くらいだったかな」


「私が遊びに行ってすぐくらいに来たのか」


 祖母との話が終わって客間で一人くつろいでいると、智子と香織が二人そろって帰ってきて部屋へ入ってきた。話しかけてきたのは妹の香織で、さすがに小学二年生の女の子だ、同じ年代の男の子とは違って畳みかけるように話を続ける。


「夏休みは約束もいっぱいあるし、ピアノのレッスンや発表会もあって忙しいから、直くんは来ても時間の無駄だよ」


 伯母そっくりの話し方にカチンときて、


「お前たちに会うために来たんじゃないよ、祖母ちゃんに会いに来たんだから」


「でもこの家はお父さんとお母さんの家で、お祖母ちゃんは面倒を見てもらっているだけよ」


「そうか、祖母ちゃんの家ではないのならば、僕はすぐ帰るよ」


「でも一週間くらいはいるんでしょ、直くんは遠慮しないでここに泊まっていって。ご飯くらいは食べさせてあげるし、ここはお父さんとお母さんの家で、私はここの家の子だから」


 本当に伯母そっくりな話の仕方にぞっとしたし、いろいろと刷り込まれているから祖母は居候でこの家に住んでいると思っているんだね。これは長居は無用だ。今すぐ帰ってもいいんだけどそれもちょっと失礼過ぎると思うし、小学生の言うことに腹を立てるのも無意味だし、とりあえず今日は泊まって明日は早く帰ることにしよう。


 僕はそんなことを考えていたが、そういえば智子はずっと黙ったままだ。智子も同じようなことを考え、香織の意見に同意しているから黙っているのかな。




「直くん、いつまで泊まっていくの?」


 夜九時ごろまでは居間でテレビを見ながら伯父と話をし、その後客間に戻って帰る準備をしている時に、智子が一人で部屋に入ってきて話しかけてきた。


「二、三日いるつもりだったけど、明日帰るよ」


「え? 帰っちゃうの?」


「祖母ちゃんの顔を見に来ただけだし、来てから夕方までいろいろ話もできたから十分だし」


「直くん……、香織のこと怒ってる?」


「少しだけね。僕は今まで祖母ちゃんの家だと思って遊びに来ていたけど、智子のお父さんとお母さんの家らしいから気軽に来て泊まるわけにはいかないしね。今日はもう遅いから泊まって、明日の朝早くに帰るよ」


「直くんと遊べると思って、明日からの約束は全部断ってきたのに……」


「そうなのか、ごめんね。でも、これ以上ここにいちゃいけないと思ったから」


「明日帰るにしても、夕方までいてよ。明日はお父さんもお母さんも香織もピアノの発表会に出かけていないから、私一人だから……」


「智子は行かないの?」


「私は香織の発表会には付いて行かない……」


「いつも祖母ちゃんとお留守番してるの?」


「うん、だから明日帰るのは仕方ないけど、夕方まではいてよ……」


「まあ、そのくらいならばいいかな……」




翌日の朝、発表会に出かける前に今日帰ることを告げると、


「直樹、今日帰るのか? もっとゆっくりしていけばいいのに」


「学校もいろいろと忙しいから」


「そうなのかい……。今日は香織のピアノの発表会があるから行ってくるけど、直樹も気を付けて帰りなよ」


 伯父は伯母の前では素っ気ないあいさつしかしない。


「そんなに慌てずに、もっとゆっくりしていけばいいのに」


 心にもない事を言う伯母。


「直くん、今日帰るの? ふーん、バイバイ!」


 発表会用のドレスを着た香織も伯父と同様に素っ気ないあいさつをしてきた。


 時間はまだ朝の七時、伯父が運転する車を家の前で見送った。




 見送ったあと部屋でゆっくりしていると智子がやってきた。


「直くん、宿題でわからないところがあるから教えて!」


「宿題か、僕も家に帰ったらやらなきゃマズいな……」


「高校でも宿題ってあるの?」


「あるよ、山ほど出るし、二学期が始まるとすぐに課題考査と言って、宿題で出たところのテストまであるんだよ」


「高校って大変……」


「小学校も高校も同じだよ、宿題を提出して、テストで成績が付けられるのも同じだし」


 宿題の合間に智子は関係のない話を次々にしてくる。関係のない話の合間にたまに鉛筆を持って宿題をしている、というのが正解かな。


「直くんは彼女いるの?」


「いないよ、モテないもん」


「好きな人は?」


「今は特に好きっていう人はいないかな、いいなと思う人はいるけどね」


「ふーん、そっかあ……」


「智子は真っ黒に日焼けするほど運動したり活発だから、かなりモテるんじゃない?」


「うん、当然!」


「だったら、その子たちといっしょに宿題すればいいのに」


「モテはするけどちょっと違うし、私とは釣り合わないと思うしね。それに、私が好きな人は……、何でもない」


 小学生とはいえ四年生の女の子だから、男の子以上に憧れの男子や好きな男子がいてもおかしくはない。クラスに好きな男の子でもいるのかな。




 祖母が作った昼食を食べたが、ものすごく懐かしい味がした。昔は田舎臭いというか年寄り臭いというか、とにかく喜んで食べる食事ではなかった記憶があるけど、今日久しぶりに食べるとやさしい味が本当においしかった。伯母がこの家に来てからは一度も祖母の料理を口にすることはなかったから、香織が言うようにこの家はもう〝田舎〟や祖母の家ではなくなったみたいだね。祖母自身も畑仕事はしているけど家事のすべては伯母が取り仕切っているし、面倒を見てもらっているとも言えなくはないし。


「直樹、今日帰るのかい? 遅くならないうちに帰りなさいよ」


「うん、食べ終わったら帰り支度をするよ」


「また一泊でもいいから、顔を見せに来ておくれよ」


「うん……」


「直くん、もう帰るの? 夕方までいるって言ってたのに……」


「智子、いくら新幹線は早いと言ってもそこそこ時間はかかるから、あまり遅くならないように帰してあげなきゃいけないのよ」


「じゃあ、直くん、私が駅まで送っていくよ」


「いいよ、一人で駅には行けるから。それに駅からの帰りは智子一人になるよ」


「大丈夫、いつも駅の近くの塾にバスで通っているから」


「智子、行ってもいいけど遅くならないように帰ってくるんだよ」


「お祖母ちゃんのOKも出たから、いっしょに駅まで行こう」


「うん……」


 以前だったら鬱陶しいなと思いながら「うん」と返事したはずだけど、今の僕の返事はそうではなく、小学生に送ってもらうことに対して戸惑った「うん」です。




「じゃあ、祖母ちゃん帰るよ」


 帰り支度を終えて祖母に声をかけた。


「体に気を付けて、頑張りなさい」


 そういうと祖母は僕の手にお金を握らせた。そう言えばいつも〝田舎〟からの帰り際には祖母がお小遣いを握らせてくれる。お小遣いをもらうようなことは何もしていないように思うけど、いつも必ず握らせてくれた。


 炎天下をバス停まで智子と二人で歩き、少しだけ待って駅前へ行くバスに乗り込んだ。横並びに座ったけど智子は無言だった。


「智子、黙り込んで、どうしたの?」


「直くんと、もっといっしょにいられると思っていたのに……」


「うん? 僕なんかといっしょにいてもそんなに楽しくもないだろ? ただの親戚だしさ」


「直くん、やさしいもん……」


「そうか? お化け屋敷で泣かせちゃったこと忘れた?」


「忘れてないよ。直くんが抱っこしてお化けに近付けられて泣いちゃったの……」


「やさしくないだろ?」


「ううん、やさしいもん、直くんは……」


 駅前に到着したのでバスから降り、その場で智子とお別れしようと思ったのですが、


「直くん、おばちゃんにお土産買いに行かなきゃ」


「別にお土産なんていらないよ」


「だって、お祖母ちゃんからお土産代預かってきたから……」


「本当に? お小遣いまでもらったのにお土産代まで……」


「お祖母ちゃんはね、私や香織より直くんのことがかわいいのよ」


「そうかな?」


「だって、直くんが最初の孫だもん」


「そうだけど……」


「饅頭を買いに行こう、おばちゃん好きだって言ってなかった?」


「そういえば前もそう言って饅頭を買って帰ったよな……」


 駅から歩いて七、八分のお店へ行って買い物を済ませ、再び駅に戻ってきたところで、


「智子、お別れだね」


「直くん、私の買い物にも付き合って……」


「何か買うの?」


「うん……」


「そっか、いいよ。どこへ行く?」


「ジャスコでいい?」


「僕はどこでもいいんだけど……。荷物をコインロッカーに入れておくよ、よそで買ったものを持ってお店に入るのがいやなんだ」


 駅構内のコインロッカーにカバンとお土産の入った紙袋を入れて、駅を通り抜けて南側にあるジャスコで智子の買い物に付き合うことに。




 文房具売り場でノートや鉛筆を買い、店を出るためにエスカレーターに乗っていたら壁に張られた催し物のポスターが目に入った。


「お化け屋敷?」


「みたいだね、智子は嫌いだろ?」


「好きじゃないけど、直くんといっしょだったら行ってみたい」


「また泣いちゃうよ?」


「もう泣かないもん、あの時は幼稚園に通っていたけど、今は小四だよ」


「いいけど、時間はいいの?」


「まだ三時すぎだから、大丈夫。塾の時はもっと遅くにバスに乗って帰るから」


 降りるために乗っていたエスカレーターを二階で降り、Uターンするように上りエスカレーターに乗った。




 催し物なので無料なのかと思ったら一人一〇〇円必要だった。二百円を支払って智子と中に入ったのですが、智子はどうやら怖がりらしくすぐに僕の服の腰のあたりをつかみ、僕に隠れるようにして屋敷の中をゆっくりと進む。


「直くん、抱っこして……」


「え? いいけど、やっぱり怖かった?」


「ううん、そんなんじゃないけど……」


 四年前とは違い、随分重たくなった智子を抱っこしてゆっくりと進んでいった。時々お化けのいないほうに頭を向き直すので、そのたびに腕に重さが伝わってくる。でもその場を早足で抜けようとすると智子は、


「もうちょっとゆっくり行こうよ……」


 怖いはずなのにゆっくり進むように言ってくる。


 今回は泣かせることなくお化け屋敷から出て、その瞬間に僕の腕を振りほどくように降り立った。四年生にもなれば、だれかに抱っこされているところなんて見られたくはないですから。


「怖かった?」


「怖くなんかなかったよ!」


「僕の服をつかんでたし、抱っこも……」


「暗くて前が見えないから服はつかんだけどね、抱っこは……、本当はね、直くんにお馬さんごっこしてほしかったけど、できなかったから……、だから抱っこ……」


「お馬さんごっこか、香織がいない間にしたんだよね」


「うん、本当はね、お馬さんごっこしてほしかったの……、でもできなかったから……」


 智子は自分が先といった感じでぐいぐい前に出るような性格ではなく、妹の香織が前に出るのならば自分は我慢しようという性格。昨日祖母に聞いた話では、伯母は妹の香織を中心にした生活を強いており、今日もピアノの発表会で伯父と伯母二人で香織に付きっきり。智子にすれば面白いはずはないが、一歩引いてしまう性格からそれを許し自分が我慢してしまう。


 智子にすれば僕だけが唯一わがままを言える存在で、そして僕も結果的には言い分を受け止めているから、智子にすれば僕はやさしい人という存在になるのかな。




 ジャスコを出て駅前に行くとバスは出たばかりで、四〇分ほど待たなければいけない。


「智子、バスが来るまで僕もいっしょにいるよ」


「本当?」


「うん、暑いしソフトクリームでも食べない?」


「うん!」


 駅近くのお店でソフトクリームを買い、駅の中の待合室で食べながら話をして時間を潰した。話をしたというよりは智子からの質問に答えていただけ、でも智子は楽しそうに次々と質問を浴びせてくる。よくそれだけ聞くことがあるものだと感心するほどに。でも不思議と智子とのおしゃべりは楽しかったし、まるで付き合っている彼女とイチャイチャしながら話している、そんな錯覚に陥りそうだった。




「そろそろバスが来るんじゃない?」


「うん……、今度はいつ来てくれる?」


「いつになるかなあ、いろいろと忙しいし……」


「お父さんに言って、直くんの家に連れて行ってもらおうかな」


「昔一度だけ来たよね、覚えている?」


「うん、直くんにお座りしてお絵かきしたね。楽しかったことは全部覚えているよ」


「そっかあ、智子はそんな小さいころのことも覚えているのか……」




 駅前に止まるバスに乗った智子は窓を開けて、


「直くん……、ありがとう……」


「うん、今度は忘れずにお馬さんごっこするよ」


「約束だよ、忘れないでね!」


「もちろん、忘れない。でも智子が大きくなって、お馬さんごっこできないかもしれないね」


「それまでに来てよ、直くん!」


「いつになるのかはわからないけど、智子とお馬さんごっこをするために必ず来るよ」


「直くん、絶対だよ、絶対に来てよ……」


「うん、約束するよ」


 智子は動き出したバスの窓から顔を出し、恥ずかしいからか小さく手を振っていた。なぜか知らないけど出発したバスを見ているとジーンとしてきた。


 祖母に会うことが目的で伯父の家へ来たけど、小四の女の子が僕の心の中で存在を主張し始めている、なんか不思議な思いを感じながら新幹線に乗り込んだ。

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