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素直になりきれない 1

 やっぱり伯父や伯母、そして智子のことが好きにはなれず、三年生になる前の春休みに伯父の家へ行って以降は訪れなかったし、伯父と智子が一年後に僕の家にやってきてからは来ることもなかった。母は祖母の顔を見るために年に一度は出かけているが、泊まらずに日帰りで帰ってくる。僕は友達とすごす時間を大切にしていたから、日帰りであっても伯父の家へは行かなかった。




 一九八一年には中学一年生になり、部活が忙しく伯父の家へ行くことなど頭にはまったくなかったが、夏休みに入ってすぐに祖母から、


〝幸子さんのことで〝田舎〟が嫌いになったみたいだけど、たまには顔を見せてほしい〟


 といった内容の手紙が送られてきた。僕は祖母のことが嫌いなわけではないし(特に好きなわけでもないけど)、祖母に会ったのは小学三年生になる前の春。



 一泊だったら何とか我慢できるかもしれない、仕方がないか――。



 そう思って部活が休みの日を使い、一泊だけ我慢して泊まることにしました。


 僕の都合が良い日と父や母の休みの日が合わず、はじめて伯父の家まで一人で移動となりましたが、新幹線に乗っていても憂鬱という言葉がピッタリなくらいに心はどんどん沈んでいく。伯父や伯母、そして『いとこ』の智子、しばらく会わない間に智子の妹の香織まで誕生している。気持ちとしては負け戦だと重々承知の上で敵陣に殴りこみに行く、そんな気分です。ただ今回の主目的は祖母に会うことなので、伯父や伯母、『いとこ』とはできるだけ接点を持たないように、祖母の部屋にこもっておれば問題ないと思っています。




 新幹線を降りて改札を出て、駅前から古びたバスに一〇分ほど乗車。バスを降りて一〇分ほど歩いて家の前に立った。


 家を改築する前は家の前に細くて背の低い楓の木があった。最後に見た時で高さは一メートル二〇センチくらいと本当に小さかったけど、僕はその楓の木が大好きだった。僕は覚えていないけど、二、三歳のころに拾った楓の枝を地面に差したところ根を生やしたらしい。毎年少しずつ成長しては小さいながらも秋には紅葉するお気に入りの木でしたが、家の改築工事の際に重機に踏みつけられて、がれきといっしょに捨てられてしまったらしい。今その楓の細い木が植わっていたらどのくらいの高さに成長していたのかな。ひょっとするとお気に入りだった楓の木を踏みつけられて捨てられたことも、伯父やこの家のことが嫌いになる原因の一つになったのかもしれません。


 ほんの少し勇気を持って玄関のドアを開けると、伯父や『いとこ』が出迎えてくれた。智子は幼稚園の年長で秋には六歳に、初めて見る妹の香織は秋には四歳になるという。


「直樹、一人でも来れるようになったな」


「新幹線にさえ乗れば来れるから」



 乗り換えなしで来れるから、大阪で地下鉄に乗り換えて移動するより簡単だよ――。



「直くん、頭ツルツル坊主だ」


「ツルツル坊じゅ!」


 智子と香織が二枚刈り(約五ミリ、一分刈りと三分刈りの間くらいの髪の長さ)にした僕の頭を見て大笑いする。たぶん笑われるだろうとは思っていたので驚きはないが、玄関先でいきなり先制パンチを食らわせてくるとは。(注 校則で男子は丸刈りが強制だった)


 家に上がると二階の客間に通され、小さなボストンバッグを置いた。そういえばこの家の二階に上がるのは始めてだ。改築のお披露目の時は祖母の部屋にこもっていただけだから。


 僕の後をついてきた智子と香織が、


「直くん、お土産は?」


「あるよ」


 智子が聞いてきたので、カバンからかわいらしいキャラクター柄の鉛筆やノート、小さなぬいぐるみが付いているキーホルダーなどを渡した。


「直くん、ありがとう!」


 智子はニコッとしてお礼を言ってきたけど、それに対して香織は、


「これ、ある……」


 そう言って渡した物を僕に突き返してきた。子憎たらしいし、僕にとって香織は受け入れ不可能な性格を持った女の子かもしれない。ただ小さな子供なんて思っていることをストレートに話し、そして行動するものだから仕方がないのかなとも思っているところに、


「香織、ちゃんともらってお礼を言いなさい」


 智子がお姉ちゃんらしいことを言うのに驚いたし、しばらくしないうちに成長したんだなと思っていると、


「だって、これあるもん、お姉ちゃんもこれあるよ」


 智子と香織には別々のキャラクターの物を用意したのですが、香織の言い方からすると二人とも同じ物を持っているようです。


「ごめんね、持っていることを知らなかったからね」


 香織は僕の言葉にムスッとした表情を浮かべましたが、


「私はこれが好きだから、大事にしまっておく」


 智子が僕を慰めている、そんな言葉に聞こえました。




 部屋を出て一階の祖母の部屋へ入ると、祖母は畳ベッドに腰をかけていた。


「直樹、来たんだね」


「うん……、いつも、ずっと部屋にいるの?」


「この家はもう侑と幸子さんの家になったから、私の居場所はこの部屋と畑だけだからね」


「ご飯は?」


「ご飯の時は向こうの部屋へ行くけど、それ以外はここに座ってテレビの番をしてるよ」


「そうなんだね」


「直樹が幸子さんのことを嫌っている理由もわかる……」


 祖母は伯母の悪口を話し始めたけど、そのすべてがわかるというか心当たりがあり、祖母が言いたいことの真意がわかるから悪口には聞こえなかった。




「直樹は香織に会ったのは初めてだよね、智子ともそれほど会っていないよね」


「うん、香織は今日初めて。智子とは小学四年生になる前の春休み以来かな」


「智子はだれに似たのか気を遣う子でね。幸子さんにも香織にも気を遣って、いつも一歩下がって話をしている気がするよ、それに比べて香織は幸子さんそっくりで……」



 だからさっきお土産を渡した時の反応も、香織と智子とではかなり違ったのか――。



「智子に前に会ったのは侑と二人で直樹の家へ行った時かい?」


「そう、だから三年と少し前かな、会ったのは」


「智子はずっと直くん、直くんって言っていて、今日をかなり楽しみにしていたみたいだよ」


「そんなに会ったこともないのに、なぜかな」


「幸子さんがいないときに、侑が直樹のことを智子によく話をするからだよ」


「ふーん……」


 新婚当時、僕の相手ばかりする伯父を見て伯母はかなり頭に来ていただろうね。だから智子が生まれてからの伯父は伯母に気を遣い、智子ばかりを見るようにしていたのかもしれないし、僕の話をするにしても伯母がいない時にしか智子にできないのでしょう。


 伯母のあの性格だしやむを得ない部分はあるのかな。ただ伯父はそれほど僕のことを嫌っていないのかもしれないし、智子も僕から伯父を盗ったわけではないし、考え方を少しは変えなきゃいけないかな。




 夕飯前に一人で入浴していると、智子と香織が風呂場へ乱入してきてあちこちを覗こうとします。僕は中学一年でいろいろと見られたくはない部分もあり、かなり大きな声で怒鳴るのですが香織は意に介さず、


「あたま、ツルツル坊じゅ」


 と言いながら面白がって坊主頭をなでてきたり、タオルで隠しているところを触りにきます。たぶんその時の僕の表情は目が吊り上がり鬼のような形相をしていたのでしょう。


「香織、もういいでしょ、あっち行くよ。直くん、体を洗えないでしょ」


 そう言って智子は、香織を引っ張ってお風呂場から出て行きました。




 夕飯後、胡坐をかいてテレビを見ていると、智子と香織が胡坐をかいている僕の足の上に座ろうと取り合いを始めました。鬱陶しいしテレビは見えないし音声は聞こえないし、僕は正直なところ二人ともに来てほしくはないのですが、智子が僕の足に座った途端に香織が大きな声で泣き始めました。


「智子、お姉ちゃんなんだから譲ってあげなさい!」


 伯母に怒られて争奪戦から手を引く智子と、してやったりの香織。


〝さっきの泣き声は演技なの!〟


 香織はそう言わんばかりの笑顔で胡坐をかいた僕の足の上に座り、智子は寂しそうな顔をして少し離れて立っています。



 僕から伯父を盗った智子と、智子から僕を盗った香織――。



 僕はそんなことをふと考えましたが、香織は本当に智子から僕を取り上げたのに対して、智子は僕から伯父を取り上げたのではなく、幼い我が子の面倒を見るために伯父が僕から離れただけで、智子は何も悪いことなんてしていない。


 そして少し離れて立つ智子が僕を見る目は、何とも言えないもの悲しさを伝えてきました。


 一〇分ほどすると台所の片付けを終えたようで、伯母は香織を連れて入浴しに行きました。智子はまだ僕から離れて部屋の隅に立っています。


「智子、おいで」


 声をかけるとニコッとして、小走りでやってきて胡坐をかいた僕の足に座ります。


「香織がいない間にお馬さんごっこしようか?」


「うん!」


 智子を背中に乗せて部屋の中を何周しただろうか。さっきまでの物悲しい表情は消え、キャッキャと笑いがら僕の背中に乗っていました。


 ちょっ疲れたので智子を降ろすと、


「直くん、ありがとう」


 当たり前のことかもしれないけど、きちんとお礼を言えた智子を抱き上げて、


「智子は偉いね」


 僕の言葉に智子は心の底からの笑顔を振りまいていました。




 翌朝は早くから伯母と香織は伯母の実家へ行っており、天敵の伯母と伯母に性格がそっくりな香織がいない平和な朝でした。伯母は僕のことが嫌で実家へ逃げたのだろうと思っています。今回伯父の家へ来たのは祖母に顔を見せて話をすること、なので朝から祖母の話し相手をしていました。


 小さなころは祖母と話をすることはあまりなかったのですが、昨日今日と話をしだすと止まりません。それだけ僕のことを待っていてくれたのかなとの思いが半分と、祖母は寂しい生活を送っているのかなと思う部分が半分。伯母と反りが合わないし、息子である伯父は伯母の側に付いているから寂しいのも当然だよな。


 二時間ほど祖母と話をして部屋から出てくると、


「直樹、お昼は街へ何か食べに行こうか?」


 伯父が数年ぶりに食事に連れて行ってくれるという。外食によく連れて行ってくれたのは智子が生まれる前のこと、随分久しぶりではあるけど僕も伯父の家へ久しく来ていなかったですしね。




 祖母は外食には行かないと言うので、智子と三人で駅近くまで車で出かけた。


 いつも入る洋食店へ入り、いつものようにハンバーグランチを食べる。僕が好んで〝田舎〟へ来ていた時と同じように。


「直樹、今日帰るのか? もう一泊くらいしていけばいいのに」


「直くん、もう帰るの? もっと遊ぼうよ」


「部活があるから帰らないと……」


「中学生になるとやっぱり忙しいんだな」


 伯父がかなり残念そうな顔をしていたのが意外だったけど、その顔を見ると僕のことが嫌いになったわけではないと感じた。でも僕の心の中には何だかもやもやしたものが立ち込めている。頭では理解できても心が納得しない、そんな感じだろうか。


 食事が終わり店を出ると伯父が、


「お母さんにお土産を買っていくかい?」


「別にいらないと思うけど……」


「手ぶらで帰すわけにはいかないから、そこの饅頭を買いに行こう、栄子も饅頭が好きだし」


「うん……」


 荷物が増えていやだなと思いながらも、母が好きな饅頭を販売しているお店へ行きお土産を買った。用事はすべて終わったし、荷物を取りに帰ってすぐにここへ戻ってきて新幹線に乗って家に帰ろう、そう思っていると、


「直樹、ちょっとだけ……、そこのジャスコで買い物するから」


 伯父は伯母に買い物をしてくるように言われているらしい。車で連れてきてもらっているし、お昼ご飯も食べさせてもらって母へのお土産まで買ってもらったから、少しは付き合わなきゃ仕方がないか。そう思ってジャスコへ移動し、伯母に頼まれている物をカゴに順に放り込む。


 買い物も終わり、さて荷物を取りに帰れるぞと思ったところに、


「直樹、上の階で催し物をやっているみたいだから、ちょっと覗いていこう」


「うん……」


 上の階で夏休み中の催し物としてお化け屋敷をしているらしい。別に怖くはないけど、それ以上に興味がないので気が進まないが、


「直くん、いっしょに行こう」


 朝からあまり話をしない智子が、僕の手を引っ張りながら話しかけてきた。


「お化け、怖くないの?」


「だから、直くんといっしょに行くの、ね、お願い!」



 仕方がない、いっしょに入るか――。



 集客目的の小さな子供向けのお化け屋敷だから規模も小さく、すっと入ってすっと出てくれば五分もかからないと思う。でも小さな子供にとってはかなりの恐怖心を抱かせるもので、お化け屋敷に入ったとたんに、


「智子、どうしたの? 怖いんじゃない?」


「大丈夫……」


 お化けが目の前に現れた時や恐怖心をあおる効果音やライトに合せるように、僕の手を握る智子の力がぎゅっと強くなる。そしてどんどん足が進まなくなり、暗闇から突如智子の真ん前に現れたお化けと対面すると、


「ギャーーーッ!」


 悲鳴を上げて立ち止まってしまった。


 さすがに幼稚園児にはかなり怖いお化け屋敷で、智子はその場に座り込んで動けなくなってしまい、


「智子、抱っこしようか?」


「うん……」


 抱え上げてゆっくりとお化け屋敷を進んで行き、最後のお化けに智子を近付けてみた。


「いやだ! 怖いよー、やめてよ、直くん!」


 智子は慌てて僕から飛び降りた。




 お化け屋敷から出ると智子が伯父に、


「直くんが泣かしたあ、お化けにくっつけようとしたあ……」


「それで大きな声でやめてって言ってたのか」


 智子は必死で怖かったことを伝えようとしたが、伯父は大笑いしていた。


「抱っこしていて、一番最後のお化けにちょっと近付けたら……」


「もう……、直くんの意地悪……」


 智子は泣きながら左手で僕を叩いてきたが、右手はしっかりと僕の左手を握っていた。




 悪いことしちゃったなと思う部分が半分、あとの半分はこれまで僕から伯父を取り上げてきた事に対する仕返しだ。でも泣かしちゃったし、これでこれまでのことはすべて水に流そう。伯父も智子も何も悪気なんてないことがわかったし、僕の心の中のもやもやしたものも消失したみたいだし。


 でも、伯父の家にまた来たいとはやっぱり思えない。僕は伯母の性格が受け入れられないんだよ。

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