灰の花が咲くとき
once upon a time.
旅の魔導士リノは、かつて存在した大国「エリュシア」の遺跡を訪れていた。
目的はただ一つ。伝説の禁呪の手がかりを探すためだ。
禁呪は、かつて世界を光で満たすはずだった魔法。
だが、それを発動した国は一夜にして消えた。
遺されたのは、黒焦げの大地と、灰の花だけ。
リノは、旅の道中で出会った魔法使いの少年ノエルと共に、遺跡の奥へと進んでいった。
「ねえ、リノ。禁呪って本当に“世界を救う魔法”だったのかな?」
「少なくとも、誰かがそう信じていた。それだけは間違いない。」
遺跡の中心にあったのは、空に向かって咲く、一輪の灰の花。
そして、その根元には“文字”が刻まれていた。
『世界は、光によって滅びた』
リノの瞳がわずかに揺れる。
ノエルは、何かを思い出したように小さく呟いた。
「リノ……君の魔力、枯れてるんじゃない?」
リノは驚かない。ただ、静かに微笑んだ。
「やっぱり、君には見えていたんだね。——この花が」
***
5年前。
リノは、エリュシア最後の王子だった。
そして、禁呪を発動させたのは、他でもない彼自身だった。
「光によって世界を救う」と信じて。
しかしその魔法は、世界中の魔力を吸い上げ、均衡を壊し、文明を崩壊させた。
彼は、呪文の核となり、自らの記憶と魔力を代償に“生き残った”。
それが、彼の罰だった。
そして——
「君は、あの時の……?」
ノエルの目が見開かれる。
彼もまた、エリュシアの生き残り。
子供の頃に、奇跡的に命を拾われた一人。
「記憶が戻ったんだね。君が王子で、世界を滅ぼした人間だったってことも」
ノエルの手には、いつの間にか魔導書が握られていた。
その名は、《ルーメン・エクリプス》。
「でもね、リノ。僕はあの光景を覚えてる。
空が光に包まれて、誰もが希望を叫んで、そして消えていった。
……あれは、救いだったのかもしれない。
君は、間違っていなかったのかもしれない」
リノは首を横に振った。
「いいや。たとえ誰かが救われたとしても、俺は……もう魔法を使えない。
何も、変えられないよ」
ノエルは一歩、前へ出た。
「じゃあ——僕が使うよ。この魔法を、もう一度」
「……!」
リノが止める間もなく、ノエルは呪文を詠唱し始めた。
灰の花が、彼の足元に咲き始める。
「やめろ! それは……同じ悲劇の繰り返しだ!」
「違うよ。僕は、君の“代償”を背負うために生き残ったんだ」
灰の花が、空へ舞った。
光が、世界を包む。
***
——リノが目を覚ますと、そこは見知らぬ草原だった。
ノエルの姿はない。
空には、淡い青が広がっていた。
遠くで、子供たちの笑い声がする。
街の鐘が鳴る。
風が吹き、どこまでも優しかった。
彼の胸元には、一輪の灰の花が咲いていた。