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大きな体の鎧山蜘蛛(よろいやまぐも)に2体に迫る一人の小さき人間。

端から見れば像と蟻の戦い。

それでもトーゴは凶悪な笑みを浮かべて矢のような速度で迫る。


本気の全速力。

蜘蛛の優れた目もその姿を全くとらえられない。

糸が射出されるより速くトーゴはそこにたどり着いて。


蜘蛛の腹に神速の回し蹴り。


巨石のような体がまるで小石のように。

吹き飛んで地面を何十メートルも跳ねて転がっていく。


隙だらけの獲物に追撃しようとするトーゴ。

それに対して行かせまいと糸を吐いて足止めしようとするもう1体の蜘蛛。


「引っかかったなあ!!」


フェイント。

急停止して振り返りざまに残りの魔石爆弾を全て投擲。

そして更にマジックナイフの刃先を向けてトリガーを引く。


蜘蛛は凄まじい爆炎と連続する爆発に包まれる。

炎と衝撃で覆われた蜘蛛は次の瞬間、行動不能になっていた。


ダメージ自体はそれほど大きくはない。

強固な外殻が熱や衝撃波の全てを防いでいた。

だがしかし光と熱と音で感覚が飽和し、人でいうところの脳震盪のような状態に陥っていたのだ。


とはいっても蜘蛛の自失状態は本来それほど長く続かない。

鎧山蜘蛛は単純に頑丈なだけでなく神経器官も優れている。

すぐさま意識を取り戻し、戦闘を再開する…はずだった。

今戦っている相手がトーゴじゃなければ。


「 捕 ま え た ァ ! ! 」


顔面に取りついたトーゴは2本目のマジックナイフを口に突っ込みトリガーを引く。

3度目の強力な火炎魔法。

外殻の下の体の中を炎が駆け巡り、節々から体液と火が噴出させて蜘蛛は絶命した。


トーゴは消える命を確認するとナイフを引き抜き血を払う。


カキンッ。


魔石カートリッジを排莢して最後の一発を装填する。


「さて、後はお前だけだな」


振りむけば戻ってきた鎧山蜘蛛はそこにいた。

最早、完全に立場が入れ替わった。

拮抗していた天秤は既に完璧にこちら側に傾いている。

向こうもそれを理解している。


こちらが一歩一歩、ゆっくりと近づくと。

蜘蛛はじりじりと後ずさった。


既に王手をかけていたトーゴだったが、ふと立ち止った。

顔を背けて何かを察すると、構えを解いて頭を掻いた。


「あー、お前もう終わりだわ」


緊張感の抜けた、相手を小馬鹿にする物言い。

もし蜘蛛に感情があったら訳の分からない困惑した表情を浮かべていただろう。

ただ彼に残された時間はもうなかった。




カンッ。




戦うか逃げるか決断できなかった鎧山蜘蛛、その頭部を何かが貫いた。

人の腕の太さほどの風穴があいて、蜘蛛の命は散っていった。


ゆっくり崩れ落ちる蜘蛛を眺めながらトーゴは首をすくめた。

マジックナイフを仕舞うと"数キロ先から特殊弾頭を打ち込んでくれた先輩"に向かって手を振った。


1454時、鎧山蜘蛛3体を撃破し作戦は終了した。




「やあやあトーゴ君!見事だったぞよ」


倒した蜘蛛を解体しながら待つこと数分、後ろから若い女性の声がした。

振り返るとそこには小柄で金髪ショートボブの少女が立っていた。

まるで戦場に似つかわしくない可憐な少女だった。

戦闘服に背中には自分の背と同じくらいの長さの銃を備えていたが。


隣にはサングラスをかけた重武装の浅黒い肌の大男がボディーガードのように立っていた。


「助かりましたよイーディス中尉」

「何を言っとるんじゃ、余が撃たなくても勝ってたじゃろ。のうブランちゃん」

「さあどうでしょうかねえ」

「なんじゃ~すねとるのか~?」

「お疲れ様です、ブランドン少尉」

「フンッ」


そっぽを向くブラントン少尉の腰を肘でツンツンするイーディス中尉。

トーゴは仲がいいなと思いつつ、目の前の鎧山蜘蛛の死体を調べた。


「ホント見事ですね、この硬い蜘蛛を一撃ですか」

「カッカッカ!褒めても何も出んぞ!」


大きな頭にデカい穴が開いている。

貫通した衝撃で中もぐちゃぐちゃに潰れていた。


「それでこの後どうしますか?このクモ、解体しますか」

「うむ、先ほど指令室に通信をしたんじゃがな、今輸送部隊がこちらに向かってるのでしばらく待機じゃ。貴重な素材じゃし、ランカーが3人おれば大抵の魔獣は追い払えるという判断じゃ」

「そうですか…すみませんオレは別行動してもいいですか」


そう言ってトーゴは二人に向き直る。


「ほおん?まあ別に「ダメだ」おん?」


イーディス中尉が許可を出そうとしたところにブラントン少尉が割り込んできた。


「今中尉が説明した通り、ここで待機だ。ただでさえイレギュラーな魔獣たちがこのエリア2で、2日連続で確認されているんだ。勝手な行動は慎むべきだ」


まるで威嚇するように強く反対してくる。

トーゴはそんなブラントン少尉と相対する。


「このクモにやられた部隊の遺品を少しでも回収したいんですよ、特にドックタグを」

「ダメだ。何が起きるか分からん状況で戦力の分散するわけにはいかない」


トーゴは静かに、ブラントン少尉は剣呑にお互いを睨みつける。


「まあまてブランちゃん。遺品の回収も大事じゃろ」


ヒリヒリする二人にやれやれといった様子のイーディス中尉が割って入る。


「トーゴ君、行ってよいぞ。ただし、輸送部隊ももうそろそろ来るじゃろうから30分以内に帰って来るんじゃ」

「はい、わかり…」


トーゴは不意に何かを感じてエリア2の奥の方に視線を向けた。


「どうしたんじゃ?」

「イーディス中尉はブラントン少尉と2人だけでこちらに来たんですよね?」

「ああ、そうじゃ」

「そうですか。そしてクモに襲われた部隊の生存者は全員撤退している…」

「なにかあるのじゃ?」

「あっちに」


トーゴは自分の見ている先を指さして言った。


「生きてる人間の気配を感じます」


「なんじゃと?!」

「オレ、走って見てきます」


イーディス中尉が「待て、おい!」と止めるようとしたが、その瞬間にトーゴの姿は消え失せていた。




一瞬で凄まじい距離を進んでいくトーゴ。

その先に、確かに人間の呼吸を感じていた。


(だがかなり弱い、かなり危ない状態か)


かすかな気配を辿って崖の上の高台に飛び乗り、藪をかき分けるとそこには人が力なく地面に横たわっていた。

どうやら気を失っているようだ。


「おいアンタ!大丈夫か?!」


倒れていた人を藪の中から急いで、だが丁寧に担ぎ上げた。


「は?」


腕の中の人を見てトーゴは困惑した。


汚れてボロボロな服装は友軍のものではない。

どこか中世風の、恐らくは魔獣の素材で出来た革鎧。

曲線が目立つ体型に、甘い匂い。

端正に整った顔に金色の長い髪。

誰が見ても美しいと思わせるような白い肌の美女だった。


ただ、一番驚いたのはその耳。

人とは違い横に細長く伸びていた。


「え?エルフ?!」


前世では物語の中にしかいない、そしてこの世界でもいないはずの存在が目の前に現れたのであった。


「んっ…」


女性が気が付いたようで目を開いた。

澄んだ川のような碧い瞳がトーゴをとらえた。


「あなた、誰?」



第一章『邂逅』完


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