黄金の山猫
アルタイルは、静かに森の奥へと足を踏み入れた。かつて名猟師として称賛された彼も、今では老い、村人たちの嘲笑を受けるだけの存在だ。若い猟師たちは彼を「時代遅れ」と呼び、伝説の泉「モンドシュピーヒェル(Mondspiegel)」も笑いの種にしていた。
「黄金の森猫を狩った者は、神の祝福を得る」
そんな古い伝説だけが、アルタイルを突き動かしていた。それが真実なら、村人たちを黙らせ、再び名誉を取り戻すことができる――彼はそう信じていた。
満月の夜、森は神秘的な静寂に包まれていた。月光が木々の隙間からこぼれ、地面に銀色の斑点を描き出す。湿った苔の匂いが鼻をかすめ、冷たい夜風がアルタイルの頬を撫でる。
険しい山道を登る足元では、小石が崩れ、草のざわめきが音を立てた。森全体が何かを秘めているような、異様な気配があった。
ついに、伝説の泉「モンドシュピーヒェル」にたどり着いた。泉の水面は鏡のように月を映し、その静寂は時が止まったかのようだ。アルタイルはその場に膝をつき、しばらく息を整えた。
黄金の輝きが水面に映り込んだ瞬間、彼の全身に緊張が走る。泉の向こう、木々の間から姿を現したのは――伝説の「森猫(Waldkatze)」だった。
その毛並みは黄金に輝き、鋭い瞳には森の全てを宿しているようだった。アルタイルは震える手で弓を構えた。
弓を引くアルタイルの心は揺れていた。
「これを仕留めれば……すべてが戻る……」
そう呟くものの、その矢を放てば、目の前の神聖な輝きが永遠に失われることも分かっていた。
森猫は微動だにせず、アルタイルを静かに見つめている。その瞳に映るのは、かつての自分――誇り高き猟師としての姿と、今の孤独な老人としての姿。森猫は言葉を発しないまま、彼に問いかけているようだった。
「お前は、何を守るべきか知っているのか?」
アルタイルは弓を下ろし、矢を静かに地面に置いた。そして森猫に向かい、額に手を当てて祈る。彼は気づいていた。この行為が自らの狩猟者としての人生を終わらせることを。
森猫は目を細め、満月の光の中へ消えていった。その姿が消えた後も、森全体が黄金の輝きを残しているかのようだった。
夜明け。アルタイルは何も持たずに村へ戻った。村人たちは彼を見ても笑うだけだった。若い猟師たちは伝説をからかい、長老たちは祠に向かう彼を黙って見守った。
アルタイルは祠に泉の水を供え、弓をその前に捧げた。そして静かに呟いた。
「森猫を狩る必要などなかった。それで十分だ。」
アルタイルが祠に弓を捧げた後、村人たちの間で森猫の伝説が再び語り継がれるようになった。特に長老たちは泉を「神の祝福の地」として村人たちに伝え、泉への巡礼が始まった。
やがて村は「モンドシュピーヒェル」を守る祭りを始め、森と泉を中心とした新たな信仰が生まれた。始まりにはかつての名猟師アルタイルの最後の行いがあった。