観察日記②
今回も面白い人間を見つけた。人間がこんなにたくさんいることに本当に感謝してもしきれない。
また「何者でもない者」の私に新たな知識を与えておくれ。
私の知らない世界を見せておくれ。
ここサントスという村は木々が豊かな山間に面した小さな村だ。
俺はこのワセトン王国のルービス村で剣術道場の一人息子として産まれた。
名前はアビス・トーマス。今年で16歳になった。
母親は俺が五歳の頃に病気で亡くなっており親父と二人暮らしをしている。
今日も道場の門下生が帰ったあと親父との稽古を行っていた。
「ほれほれ、そんなもんか?」
この親父がまたとんでもなく強く一度も勝てたことがない。
「ぐぅ…。いい加減衰えろよ!クソじじぃ!」
悪態をつきながら精一杯の攻撃をしかける。
親父は笑いながら体勢を沈めたかと思うと次の瞬間俺は倒れていた。
体中に激痛が走り唸り声が漏れ出た。
「ってぇ…。」
親父の肩を借り何とか起き上がった。
「まだまだだなぁ~。じゃあ今日の夕飯の当番もよろしく!」
そういうと親父は自分の部屋に戻って行った。
あの親父なんであんなに強いんだ…。
俺も道場では師範をしており門下生に教える身である。
引退した親父にいつまでも負ける訳にはいかないのに。
夕飯を作り終え親父と食事をしているときに聞いてみた。
「なぁ、親父なんでそんなに強いんだ?今は稽古なんかしてないだろ?」
「昔から強かったからな~。」
得意気な顔が腹立つ。
急に親父が真面目な顔をして、
「なんで強いのかと聞いたな?強くなきゃならなかったんだよ、俺は。」
今では大分沈静化しているが親父が若い頃隣国との戦争が頻繁に起こっていた。
当時親父は軍に所属しておりその剣術で活躍していた。
「最初は家族を守るため、村を守るため、都市の仲間を守るため、国を守るため…。俺が大事なものを守るためにはどうしても力が必要だったんだ。」
「ふーん。親父より強いやつっているの?」
「そんなことは知らんよ。」
「興味ないの?」
「無い!」
言い切りやがった。
俺は強さというものを知りたい。
誰にも負けない、圧倒的な力を手に入れたら安心して幸せな生活を過ごせるんじゃないかと思う。大事なものも守れるはずだ。
「どうすれば一番強いって証明できるのかな?」
「うーん…。難しいな。逆にその答えがわかったら教えてくれ笑」
誰にも負けない一番強い力を手にいれる。俺の中の目標が決まった気がした。
それから三年後、俺は王都へ向かう道中だ。
半年前に親父が病気により死んだ。
あんなに強かった親父も病気には勝てなかった。結局一度も勝てないまま先に逝ってしまった。
「一度くらい俺に花を持たせてくれよ…。門下生に示しがつかねーよ…。」
そんな想いももう届かない。親父はいなくなってしまったが俺の目標は変わらず一番強くなること。この想いが消えることはなかった。
このまま道場にいたのでは、目標に向かうことすらできないので現在道場で師範代をしていた門下生に譲ることにして俺は王都の軍に入ることにした。
親父も通った道のりで何か掴めるのではないかという思い付きに近いものだった。
ワセトン王国の首都メギルに到着した。
メギルに来たのは初めてで都市の大きさ、盛況さに圧倒されてしまった。
不審者さながらキョロキョロしていると突然後ろから声をかけられた。
「久しぶりだな!アビス!」
振り向くと大柄な男が立っていた。
「フレイ!久しぶり!」
「あんまりキョロキョロしてると連行するぞ」
笑いながらフレイは言う。
フレイはルービス村で一緒に育った幼馴染で俺の家の道場にも通っていた。
歳は俺の2つ上で面倒見のいい性格をしている。
俺よりも早く王都の軍に入り活躍している。
王都に向かう数か月前に手紙を出し、俺も王都に行き軍に入りたいという旨を伝えたところ迎えに来てくれることになり今に至る。
「でもお前もほんと図太いよな~。明日試験だぞ?大丈夫なのか?」
軍に入るためには入団試験を突破しなければならない。
「仕方ないだろ。色々準備してたらギリギリになったんだから…。」
「まぁ、お前らしいけどな」
笑いながらフレイは言う。
その日は宿でフレイと昔話をしながら食事を取り昔を懐かしんだ。食事が終わるとフレイは軍に戻り俺は明日に備えて部屋に戻った。
部屋に戻る途中、見知らぬ若者に声をかけられた。
「お兄さん都市は初めて?観光ですか?」
「いや、軍の入団試験を受けに来たんです。」
「奇遇ですね!僕も明日入団試験を受けるんです!僕の名前はオルテ。よろしく!」
「俺はアビス。ルービス村から来たんだ。よろしく!お互い明日は頑張ろうな!」
オルテが嬉しそうに頷き部屋に戻って行った。
俺も部屋に入り、
「オルテか…。いい奴そうだったな。一緒に合格できるといいな…。」
その日はそのまま眠りについた。
翌日、軍の試験会場に到着し受付を済ませるとオルテが声をかけてきた。
「また会ったね!今日は頑張ろうね。」
「お互いにな!」
軽く声を掛けお互い指定の席へ移動した。
まずは筆記試験・次に実技試験という流れで試験は行われる。
「はじめ!」
試験官の声と共に筆記試験が始まった。
「やめ!」
終了の声が掛かる。
「だ、大丈夫?」
試験時間だけでやせ細った俺を見てオルテは気を使って声を掛けてくれた。
「ダ、ダイジョウブ…。ヘイキダヨ?」
俺はか細い声で答えた。
昔から勉強が苦手で逃げてきたつけが回ってきた。
実技試験会場への移動が始まった。
実技試験内容は受験生同士の模擬戦と教官との模擬戦を行い試験官の採点により合否が決まる。
まずは受験生同士の模擬戦、俺の相手は槍使いだ。
村の道場以外で戦うのは初めてだ。
一番強くなるという目標に向けての第一歩。
「構え!」
試験官の声で緊張が走る。
「はじめ!」
早速相手が攻撃を仕掛けてきた。
なんだ…?これ…?
相手の動きが遅く見える…。
動揺を抑えて丁寧に相手の攻撃を捌いた。
周囲から完成が挙がる。
相手は驚いた顔をしている。
続けて攻撃してくるが結果は同じで全て捌いた。
あからさまな隙も見えたが露骨過ぎて逆に疑ってしまう。
このままでは仕方ないので軽く打ち込むと相手はうずくまってしまった。
「それまで!」
試験官が終了の声を挙げる。
たまたま相手が弱かったのか?そう思う事にして自席へ戻った。
他の受験者同士の模擬戦が終わったがオルテも含めて目を引くような受験者はいないように感じた。
次に教官との模擬戦が始まった。
「構えて!」
教官は鋭い眼光でこちらを睨む。
「始め!」
次の瞬間教官は倒れていた。
教官は殺意にも似た感覚をこちらにぶつけながら全力の突きを放った。
しかしやはり先ほどと同じように俺の目にはゆっくり動いているように見えて突きをギリギリで躱しそのまま胴を薙ぎ払った。
「そ、それまで。」
やはり間違いではない…。
あのアホみたいに強い親父と戦ってるうちに俺が強くなったんだ…。
そのまま無事試験は終了し、結果発表を待合室で待った。
「す、凄すぎるよアビス君!」
興奮しながらオルテが来た。
他の受験生からも声をかけられ、教官たちからも称賛の言葉をもらった。
ただ、親父の強さを知ってる俺は慢心なんてしない…。その親父より猛者がこの世界には必ずいるのだからいつか戦うために俺は油断しないと改めて心に誓った。
合格発表の時間が来た。
心配性のフレイが自分のことのように緊張した面持ちで掲示板を確認する。
「あった!あったぞ!」
合格者の中に俺の名前を見つけた。
フレイは自分のことのように喜んでくれている。
よし!これでもっとたくさんの戦いを経験できる。一番強くなるという入口に立てた気がした。
「アビス君おめでとう!僕も合格したよ!」
オルテも合格したようだ。
「お互いがんばろうな!」
「お前ら本当におめでとう!これからはビシビシ鍛えてやるから覚悟しとけよ!」
フレイが得意げに言う。
軍に入ってからは時間が経つのが早かった。
一日のスケジュールは管理されており遅刻などしようものなら怒鳴られた挙句罰として普段の訓練に更に厳しい訓練が追加された。
俺とオルテは比較的優秀で追加の訓練を受けることはなかったが同期も先輩も厳しい規則、日常の管理、罰則訓練によって次々と辞めていく者が後を絶たなかった。
そんな中でも俺は得意の剣技で、オルテは戦術などの座学で優秀な成績を誇った。
ある日フレイが声をかけてきた。
「よう、アビス!順調にやってるか?」
「ぼちぼちやってるよ!フレイのほうはどうよ?」
「ここではフレイさんって呼べよ笑。こっちも変わらずって感じかな。」
フレイはこう見えて中堅のメンバーの中でも昇進に関して有力候補らしい。
俺の同期でもフレイに憧れているメンバーも多い。
「そういえば話変わるけどよ」
フレイの表情が真面目になる。
「今度遠征が決まった。それにお前も来ることになるから準備しておけ。」
昔に比べて減ったものの今でも隣国との揉め事はあとを絶たない。
今回はハーベスト王国という北に隣接する国が我がサントス王国の領土に侵攻しようとしているという話があるらしい。
そこで王国から援軍を送ることになった。
「いつ頃?」
「詳しい話はまだ確定していないけど恐らく1~2か月の間には行くことになると思う。」
「了解。フレイも緊張し過ぎて周りに不安を与えたりすんなよ笑」
フレイが笑いながら手を振って後にした。
遠征か…。
今まで一対一の戦いに慣れており集団対集団戦という経験は圧倒的に少ない。訓練でもこれから増えるだろうが用心したほうが良さそうだ。
そうだ、あいつのとこにも顔を出しておこう。
トントン。
ドアをノックする。
「はーい、空いてるよ!」
ドアを開けるとオルテが今日も机に向かっている。
見ているのは戦術に関する本と地図である。
「お疲れ。聞いてるか?」
「昨日フレイさんが来て話をしたよ。遠征のことでしょ?」
オルテははっきり言って戦闘に関しては弱かった。しかし戦術に関しての知識と発想がずば抜けて高く軍師としての才能を買われ今度の遠征にも参加することになったらしい。
お互い戦場は初めてなので緊張しているのがわかる。
「たぶん思ったより時間がないから今度の戦場の情報、戦術、色々調べることが多くて目が回りそうだよ」
オルテは話している間も本から目を離さない。
「ベテランの軍師ももちろん来てくれるけど僕は自分ができることで妥協したくない…。僕たち軍師の采配一つでアビスたちの生死を左右させてしまうのだから…」
かなり思いつめているようだ。無理もない。
「俺も訓練では上位の成績を収めているけど実戦は初めてだからな…。お互い出来ることをして臨もう。」
無言で頷くオルテを確認して部屋を後にした。
それから1ヶ月俺たちは思いつく限りの訓練を含めた準備をして初めての戦場へ赴いた。
開戦前日、俺は歩兵部隊のキャンプ地で明日の準備を行っていた。
周囲の兵士からも緊張が伝わってくる。
「アービースー!」
フレイの大声で周囲の兵士も含め飛び上がる勢いで驚いた。
「フレイ…さん!ほんとそういうとこですよ!今すごい皆集中してたのに!」
「バーカ!集中じゃねーよ!ただ緊張して震えてただけだろ?勘違いすんなよ!」
笑いながらフレイは言う。
一気に周囲の空気が明るくなった。
フレイのこういうところが人を惹きつけるのだろう。
「さて、緊張もほぐれたところで全員聞け!近年隣国との戦いがほとんど起こらなくなったとはいえ今回のように戦いになることもまだある。今回が初陣になる者も多くいるだろう。だが安心しろ!今までお前がどれだけ訓練してきたか俺は知っている!血反吐吐いてそれでも立ち上がって苦しかったよな?何のためにやってきたんだ?強くなるためだろ?国民を守るためだろう?お前らの準備は出来ている!不安な奴もいるだろうが大丈夫だ!俺が保証してやる!」
皆の士気が高まるのが伝わる。俺自身も体が熱くなる。
「経験が無くて自分を信じられないなら俺を信じろ!お前たちは強い!明日、大いに戦果を挙げることを期待する!」
そういうと地鳴りの様な兵士たちの歓声が起こった。
幼馴染とはいえ改めて尊敬の念を抱いた自分に気が付いた。
フレイ…。本当にお前すごいよ…。
その後食事を済ませ明日に備えて休んだ。
翌日、指揮官の指示に従い布陣が始まった。
場所は国境を挟んだ平原。周囲に隠れる場所などなく真っ向勝負の戦いとなることが予測される。
一番強くなりたい。その気持ちを胸にどんな相手が出てくるのか。楽しみすら感じている。
布陣が整い指揮官が各持ち場につき号令を待った。
今回の総大将の号令がかかる。
「全軍、進めー!」
俺たちは敵に向かって走り始めた。
第一陣が敵とぶつかる。衝撃で馬が飛び、人も飛んでいる。それでも相手を押し切ろうとお互い譲らない。
第二陣に布陣した俺たちは隙間を見つけて小隊を組み攻め込んだ。
第一陣で消耗した兵士に剣を振り下ろすと力無く倒れた。更に空いた敵陣の隙間に入っていき次々と敵を打ち倒していく。
「あまり深く突っ込みすぎるな!」
指揮官の声は聞こえたがこの好機にできるだけ敵を消耗させたい。
「アビス!退け!アビス!」
指揮官の声が遠くで聞こえる。
どれだけ切り進んだのだろうか。
振り向くと味方の小隊と距離ができており慌てて戻ろうとした。
だが、敵は俺の力を無理に抑えるのではなくわざと奥に引き込み味方の小隊を囲んで潰しにかかった。
戻ろうとしても味方との間に敵の分厚い壁ができており近づくことができなかった。
迂回して横から切り進みやっと味方の小隊まで辿り着くとそこにはすでに亡骸になった味方が倒れていた。
頭に血が上り、再び敵に攻め込もうとしたところをフレイに止められ引きずられて本日まで連れていかれた。
「フレイ!俺はまだ戦え…っ!」
目の前の景色が歪み気が付くと地面に倒れていた。
「馬鹿野郎!指揮官の声が聞こえなかったのか?一人でつっこみやがって…。お前は誘い込まれたんだよ!」
「途中で気が付いて…。だから仲間のところに戻ろうと…」
「指揮官の位置からは見えてたんだよ!事前に防げたんだ。お前の暴走のせいで仲間が死んだってわかってるのか?」
「わかってるよ…。」
「いや、わかってない。あいつらは作戦通りに動いてたんだ。だがお前の勝手な行動のせいで…。お前だけを見捨てることができなくて…。お前の退路を作ろうとして残ったんだぞ?」
「………。」
「その結果どうなった?助けようとしたあいつらが死んでお前が生き残っている!あいつらのお陰でお前は生きていられてるんだ!」
きつい…。わかってる…。俺が自分の力を過信して周りの言うことを聞かず前に出過ぎたせいだ…。
「お前言ってたよな?一番強くなりたいって!一番強いってなんだ?ただ剣術が強いだけのやつか?違うだろ!」
強いとは…。俺だってわからない。探してるんだ。
「とにかく今日はお前は下がって頭を冷やせ。絶対出るんじゃないぞ?」
わかってる…。俺は力なく最後方まで下がって気に寄りかかり座り込んだ。
オルテたち軍師の戦略のお陰でサントス王国が優勢の状況らしい。
「ちくしょう…。」
俺にもっと力があれば…。もっと相手を圧倒するような力があれば仲間を助けられたのに…。
こんな事を考えても仕方ないのはわかっている。
でも、悔しさが頭から離れない…。
何が一番強くなるだ…。味方を守るどころか死なせてしまって…。
「俺は…弱い…。」
その後戦争はサントス王国が優勢のまま進みハーベスト王国が軍を退げたことにより戦いはサントス王国勝利という形で幕を引いた。
帰国後、凱旋パレードのはずだが俺は何も感じなかった。
音も無い…、景色に色の無い…。
ただただ「俺が一番強かったら」という気持ちに支配されていた。
軍の宿舎に戻り自分の部屋で寝転がった。
あの戦争から数か月経つが未だに景色に色は無い。
食べ物も味がせず、ただ生きるために摂取しているだけだ。
ある日オルテと話をした。特に責めることもなく淡々と現場で何が起こったかを聞いていた。
「オルテは責めないのか?」
俺が聞くとオルテは
「僕はあくまで戦場では軍師だ。戦闘になれば真っ先に殺されてしまうだろう。それなのに戦闘の作戦や戦術を提示して皆に戦ってもらうんだ。どうして責められるんだ?」
真顔でそう答える。
「でも、もし俺がお前の作戦を無視してもっと被害が出ていたら…。勝手な判断をして負けるような事があったらと思うと俺は…。」
もはや俺の愚痴だ。わかってる。でも言わずにはいられなかった。
「逆に作戦を無視した結果想定よりも成果が出たら?現場の判断で勝利することができたら?同じことだよ。僕は君を責めるようなことはしない。」
オルテの断固とした決意を感じた。
「成功も失敗もそれに意味をつけるのは君じゃないか?例え他のみんなが君のやったことを失敗だと言ったとしてもそれが事実とは限らないじゃないか!例え失敗に見えた状況でも次の戦いのための成功の準備かもしれないじゃないか!少なくとも今の君は自分を責めることで自分や周囲に許しを求めてるようにしか見えない。それも一つの考え方でそれで君が楽になるなら何も言わない。でも違うよね?辛いんだよね?自分の不甲斐なさ、力不足、勝手な判断。色々なことで自分を責め続けて辛いんだよね?自分を苦しめても楽にはならないよ。だったらもっと自分に優しい考え方をしなよ!」
はっとした。自分に優しい考え方…
「他人はそれを逃げというかもしれない。生ぬるい考えと誹りを受けるかもしれない。でもそれは他人が勝手にそう意味付けているだけだ。他人が決めたことに何の意味があるっていうんだ?そんなものより自分を大切にして次何をするか考えることが何より大事だと思うよ。」
本当にその通りだ。
確かに俺は自分勝手な行動のせいで小隊を壊滅させてしまった。
そこで俺は自分を責め続けた。いっそ殺してほしいと思うまでに。
でもその考え方に何の意味がある?自分を責めても自分を殺しても仲間は戻ってこない。
だったら仲間の分も生きることが重要だ。
あいつらの分まで活躍しないと合わせる顔も無い。
やはり「強さ」が必要だ。
「ありがとう、オルテ。」
「こっちこそ熱くなってごめん。でもこのままだとアビスが消えてしまいそうで…。」
「助けられたよ。お前の強さに…。」
そう言って訓練所に向かった。
強さが欲しい。
剣術だけではなくオルテのように壊れそうな人を救えるような強さが…。
その日の夕食は久しぶりに味のする食事ができた。
それから20年の時が経った。
俺は軍を引退しルービス村で剣術道場を営んでいる。
もちろん、自分の家の道場だ。任せていた門下生も俺が戻ったことを喜んでくれた。
今では子供たちに護身術用の剣術を教えながら日々を過ごしている。
あんなに強さを求めた日々が懐かしく感じる。
「先生さようならー!」
子供たちは元気よく帰路へと着いていく。
俺は道場を閉め、近くの山の山頂に向かった。
そこには親父の石碑が建っている。
「親父。俺がなんで強いか聞いたとき強くならなきゃいけなかったって言ってたよな。俺は強いっていうのは剣術とか身体的な面で強くなることが全てだと思ってたんだ。でもある時気付いたんだ。そうじゃないって。もちろんさっき言ったことも強さの一部だけど自分で物事に意味付けをして納得して生きていく。他人の評価は自分でコントロールできるもんじゃないからそういうのも受け入れて…、いや、流されるんじゃなくて一つの考えとして受け止めて自分の考えを柔軟にしていくことが本当の強さに繋がることだと感じたよ。正直今でも頭で分かっていても感情をコントロールできないことがたくさんあるけど出来ない自分を受け止めることも大事なんだよな。親父…。まだまだ「強さ」を理解するのは先になりそうだよ。」
俺は今の俺の考えを素直に話した。
人それぞれ考え方も捉え方も違うのだから正しい、正しくないに捉われず人生をかけて考えてみようと誓った。
今回私は完全に観察者だった。
何も影響を与えずただ「観察」することだけに全力を注いだ。
本当は観察対象の「君たち」に刺激を与えたい気持ちもあったがこれはこれで面白い。
基本的には前回の須藤琢磨君とアビス君は同じように感じた。
違いは須藤琢磨君は言われたことを妄信したこと、アビス君は納得した上で自分で考えたこと。
それ以外は他者の言っていることに共感し影響されたことは同じだ。
それなのにこれだけ大きな違いが産まれるなんで…。
本当に興味が尽きない。
きっと小石を投げただけでも全てが変わるのだろう。
そんな面白い世界をもっともっと私に見せておくれ。