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観察日記  作者: 舞音
1/5

観察日記①

これは観察日記の一部である。

たまたま目についた人間を観察しただけの内容だ。

ただ、作者は本当に興味を持っている。

様々な人間の考え方や物事の捉え方、何に興味を持ち、そういう意味付けをするのか。

これからたくさんの人間の意味のない生き方を見て色々なことを学びたいと思う。

この「何者でもない者」が何を学べるかは人間次第だ。

 とある日の夜、

「本日も配信に来てくれてありがとうー!また遊びに来てね!」

コメント欄が挨拶で溢れる。

「ふぅー。」

配信を閉じると俺は一息ついた。

俺は須藤琢磨(すどうたくま)。27歳の男である。普段は会社勤めのサラリーマンをしていて趣味として配信をしている。

配信内容はゲームを中心として雑談などもしている。

配信を始めたきっかけはとある動画サイトで見つけた配信者の影響を強く受けている。

その配信者の名前は「ユノ」という女性配信者だ。

フォロワー数十万を超える人気配信者であり常に視聴数千人を超えていた。

配信内容は雑談をメインとしてたまにゲームをやるという内容だ。

何故惹かれたのか、説明はできないがその配信者には何か感じるところがあった。

最初は配信を見てコメントをして拾って貰えるだけで嬉しかった。

だが、いつの日かどういう景色を見ているのだろう、何を考えているのだろうと次々と興味が沸いてきて同じ景色を見てみたいと思い配信を始めることにした。

配信を始めたばかりのときは当然の如く視聴者0と1を行き来する日々が続いた。

ほぼ、独り言を数時間話して終わるということを繰り返していた。

試行錯誤するものの結果が出ず初めて数週間で何度辞めようと考えたかわからない。

誰も来てくれない配信を続けていると誰も自分を認めてくれない、興味を持って貰えないつまらない人間なのではないかと気持ちが落ち込んだ。

それでも続けられたのは「ユノ」の存在が大きかった。

配信を開始してからも何か勉強できないかとユノの配信は欠かさず見ていた。

いつも明るく笑い楽しそうに話すユノは本当に眩しい存在だ。

以前ユノが配信を始めたばかりの頃の話をしていたのを思い出した。

「ほんと酷かったよー笑。何しても誰も来なくてずっと独り言を話してた!見てくれている人が一人でもいれば全力で話しかけたりして!でも話してる途中でまた数字が0になってしょんぼりしての繰り返しだったよ笑。」

今のユノを見ていると信じられないがやはりお気楽に今の配信を作り上げたのではないと感じたし、最初はこんなものという共感にも安心感を覚えた。

その後も俺はなかなか伸びなかったが配信を続けた。

ある日、会社に行くと同僚の辻基樹(つじもとき)が喫煙所から出てくるところに遭遇した。

辻とはもう入社してからの付き合いである。

同じ営業職で励まし合いながら何とか今の仕事を続けている。

お互い燃えるような情熱は無く、ただ一日を過ごしているというところが似ていて話す内容などが共感でき非常に居心地が良い。

「琢磨まだ配信続けてるの?」

「声がでけーよ!」

社内で俺が配信活動をしているのを知るのは辻だけだ。

「続けてるよ!全然人は来ないけど…。」

「よく続けられるよな~。ほとんど誰も来ないんだろ?尊敬するわ~。」

こういう奴である。悪気無くまぁまぁ人が傷つくことを言ってくる。

「辻…お前ほんとそういうとこだぞ?」

「何が?」

「無神経に人の傷を抉るようなこと言いやがって…。だから空気読めないって言われんだよ!」

辻は笑いながら答えた。

「今更だし空気なんか読めるわけないじゃん笑」

このメンタルは一周回って見習いたい…。

「でもどうやったら人が集まるようになるんだろう。」

「継続は力なりって言うけどそれだけじゃないよな~。俺ならもっと他の配信見に行くかな。」

辻が言う。

「やっぱり一人で配信の中で来てもらおうとしてもそもそも存在を知られてないからな。お前だって知らない配信たまたま見たとしてもずっと見てるわけじゃなくそのまま他の配信へってなるだろ?」

「まぁ、そうなるよな。」

「だったらお前みたいに大きくない配信ももっと見に行ってコメントとかしてみれば?同じ悩みを抱える者同士情報交換にもいいし自分の配信にも来てくれるようになるかもじゃん。」

確かに辻の言うことは理に適っている。

早速帰宅後、試しに動画サイトを開いて検索をかけてみた。

ゲームにしても雑談にしても大きいところは目立つが俺と同じような数字のところもたくさん…というかほとんどだと気づいた。

目に止まった一つの配信に行ってみた。

そこでは一人でぶつぶつ文句を言いながら、でも楽しそうにゲームをやっている男の声が聞こえた。

今見ているのは俺ともう一人だけ…

勇気を出してコメントしてみた。

「こんばんは。初見です。」

それだけ入れて様子を見ていると、

「くっそ、このゲームほんと…ってえ?コメント?!」

配信主自体がびっくりしているのを見て笑ってしまった。

「初見さんいらっしゃい!ぶつぶつ文句言ってて申し訳ない!俺はマッカって言う名前で主にゲーム配信してます。よろしく!」

本当に嬉しそうにコメントを返してくれた。

マッカはもう二年以上配信しており俺よりも全然経験年数が長い。

それでもフォロワーや視聴者がこんなに少ないのに続けられているのは何故なんだろう。

聞きたい衝動はあったがそれこそ空気読めない発言になること確定。しかも初見で失礼過ぎる。俺はぐっと我慢した。

「こんな人のいないところに来て物好きだな~。よければゆっくりしてってな。」

マッカはその後もゲームを続けギャーギャー言いながら配信は続いた。

マッカの配信は決してゲームが上手いわけではなくとにかくリアクションが面白い。

それと本当に素直に感情を出しているので見ているこっちも引き寄せられる。

見ているともっと視聴者がいてもおかしくないように感じる。

これでも人が来てくれないのは一体何故なのか…

そんな疑問を抱きながら気が付くと眠りに落ちていた。

 それから数か月、マッカ以外の配信も数多く見た。

ほとんど喋らないのにフォロワー数や視聴者数が多い配信者、人は少ないが話している内容が面白い配信者などなぜこんなに違うのかと疑問が増えるばかりだ。

もちろん、ユノの配信も欠かさず観ている。

ただ、少し見方が変わりユノの魅力はなんなのか?何故こんなにも人を惹きつけるのかなど自分の配信との違いなどを考えるようになっていた。

少しでも配信を大きくするために努力をした。

遊ぶゲームに関しても参加型などができるPVPのFPSやレースをメインにして雑談もSNSで話題の募集などをかけるなど今までと変化をつけた。

更に観てもらいやすい時間帯や配信のオーバーレイなども工夫を加えた。

時間があるときは他の配信も見に行きコメントをして横の繋がりも増やした。

努力のお陰で今ではフォロワー数は千人を超え、視聴者も安定して50人前後を保てるようになった。

「今日も参加型に来てくれてありがとう!また一緒に遊ぼうね!」

そう言って俺は配信を閉じた。

努力が実を結んだという実感を感じ満足感が広がる。

最近では他の配信者とのコラボなども行うようになり知名度が上がってきていると自負している。

翌日、会社に出社すると辻が声をかけてきた。

「お疲れ!最近配信どうよ?」

「前に比べて人も増えてきたよ。悔しいけどお前のお陰もある。」

「そうなの?なんか知らんけどおめでとう!」

明るく言う辻に俺は笑ってしまった。

本当に感謝してるんだぞ…辻。

一人で考えていてもあのまま配信が伸びず心が折れていたかもしれない。

辻だけでなく人の意見というのはやっぱり貴重だと感じた。

その日の夜、いつも通り配信を開いた。

「こんばんは!今日は雑談をしていきます。」

SNSで募集した内容で雑談を行っていく。

ある程度時間が経った頃、一つの内容に目が止まった。

「こんばんは。先日会社で先輩の手伝いをしてたのですけど全く知らない作業をやらされた挙句すごい怒鳴られたんです。理不尽過ぎると思いませんか?」

あー…。会社でよくあるやーつ…。

「それは怒っていいよ笑。常識的に考えてちゃんと教えてない先輩が悪いし誰でも理不尽に感じるよ!」

俺が答えるとコメント欄も「かわいそう」、「ひどい」など同情の声が広がった。

そんな中で、「でも先輩にも事情があったんじゃ…。」というコメントがあった。

「事情があったにしてもこれは先輩が悪いよ。」

俺は突き放すように言った。

コメント欄でも「先輩の事情なんか知らん」「どう考えても理不尽」など多くのコメントで埋め尽くされた。

その後、フォローしようとしたリスナーがコメントすることはなかった。

翌日も配信を開こうとすると、マッカから連絡が入った。

「お疲れ!」

「お疲れ!久しぶり!」

「お前のとこ最近人多すぎてコメントし辛いわ笑」

「そんなことねーよ。コメントくれよ笑」

「ところでお前昨日の配信ちょっと酷くないか?」

「何が?」

「あの会社の先輩が理不尽って話のときよ。先輩さんのフォローコメントに対して冷た過ぎないか?」

「俺間違ったこと言ったか?」

「合ってる。間違ってるの話しじゃねーんよ。上手く言えねーな…。とにかく冷たいんだよ。」

正直マッカが何を伝えたいのかわからない。

コメント欄も盛り上がってたし否定の言葉などもなかった。

「いや、人として当たり前のこと言っただけだと思うんだよな。」

「そういうとこ!自分は正しい事を言っているっていう態度が腹立つんよ。」

「言いがかりじゃないか?だって俺はそう思ったしリスナーもみんな同じこと言ってたじゃん。」

「ダメだ。俺じゃ伝えられん。俺はお前の事嫌いじゃないけどこのままだときつい思いすんぞ?」

本当に何を言いたいのかわからない。

「忠告は聞いとく。」

「頼むぞ。」

通話が切れた。

ベッドに倒れ込み、頭を整理しようとした。

マッカは何が言いたかったんだ?俺は間違えたことは行っていないはず…あれだけのコメントで否定されなかったのだから間違いない。

ひがみ?マッカはそんなタイプではないと思ってたけど可能性は高いか…

色々考えたが結局纏まらずこんな気持ちのまま配信しても上の空になりそうなので配信せずそのまま眠った。

 それからまた数か月が経ち以前のような大きな伸びは無いものの配信を続けている。

あれからマッカとは連絡は取っていない。

何を伝えたかったのかは気になったが時間が経つとその想いも小さくなった。

相変わらず雑談と参加型ゲームをメインに行っており楽しく配信できている。

もちろん他の配信の視聴なども怠っていない。

ユノも相変わらず大人気である。ますます大きくなっていくユノの配信を見て自分との違いなどについて考えることが増えた。

こんなに頑張っているのに追いつくどころか引き離されているのはなぜか?

経験の差?それとも…才能なのか…。

もちろん今でも憧れている。だが、羨望、嫉妬などの感情も強く感じるようになった。

「いかんいかん。」

ネガティブな事を考えたらダメだ。何も産まれない。

気を取り直して配信を開始した。

「こんばんは!本日はこちらのゲームをやっていきます。参加したい人はコメント欄から教えてくださいね!」

早速多くの視聴者が参加を希望してきた。

「ではコメントをくれた順に参加して頂きますのでよろしくお願いします!楽しんでやりましょう!」

よくやるゲームなので視聴者と仲良く遊んでいた。

「では次は…。」

ここで急に参加希望のコメントが来た。

「初見です。参加させてください。」

「初見さん来てくれてありがとう!今コメント頂いた順で参加して貰ってるからちょっと待ってくださいね!」

明るく言うと、

「いつ頃になりますか?時間がないので早めがいいんですけど。」

たまにこういうリスナーはいる。

「すみません。皆さん待ってくれてるので…」

「いいから参加させろ。」

さすがにこちらもカチンときた。

「そんな言い方ないでしょ?来てくれたのはありがたいけどそんな態度取るようなら参加はご遠慮頂きます。」

「つまんねー配信のくせに生意気なんだよ。」

最早子供の喧嘩である。

「残念ですけど他のリスナーさんにも不愉快な思いをさせてしまうので追放させて頂きます。」

視聴者欄を確認するとすでにいなくなっていたのでそのまま追放した。

コメント欄でも「何あいつ。」「大丈夫ですか?」など様々なコメントを頂いた。

たまにあることとはいえ、気分が悪い。

必死に我慢しながら、

「大丈夫ですよー!変な感じになって申し訳ない!気にせず遊びましょう!」

と気分を切り替えて再開した。

一体ああいう非常識な態度を取る人はどういう気持ちでやっているのだろう。

それから配信が終わるまで嫌な気持ちが完全に抜けることはなかった。

配信が終わってから改めて自分の配信枠を見てルールを作ることも必要だと感じた。

 それから俺は配信のルール作りに没頭した。「参加型に参加する際はコメントの順で参加して頂く」、「まだ参加していない人を優先する」「参加者同士のプレイに文句や批判を言わない」、「ゲーム中、コメント欄でもマナー違反とされる行為はしない」などまだまだ続くが思いつく限りのルールを設定した。

違反者が現れた場合、発言停止もしくは追放措置を行うこととした。

それから配信を行う際、ルールを作ったこと、違反した場合の処置など説明しリスナーからも「規模が大きくなってきたからいいと思う」、「了解!」など多くのリスナーに納得してもらった。

一部リスナーからは文句はあったものの配信環境や自分の精神を守るために仕方ないと飲んでもらうことになった。

しばらくはルールを読まないリスナーなどが違反行為を行い注意することはあったがすぐにルールは浸透した。

それからも配信をするたびに気づきやリスナーに聞かれて気が付くことも多くあり今では配信者の中でもルールが多い配信と有名になった。

これを機にまたフォロワー数が伸び遂に五千人を超えた。

もしかしたら俺もユノのような大きな配信者になれるかもしれない。

そんな期待で胸がいっぱいになった。

始めたばかりの頃は一人でブツブツ喋っていたのが嘘のようだ。

そこ時、パソコンに着信の通知が入った。

「はい。」

「もしもし。こちらアカサカと申します。」

アカサカ!!

配信をしている者でこの名を知らない者はいないという位大きな配信をしている配信者だった。

「は、はじめまして!タクマと申します。アカサカさんから連絡頂けるなんて光栄です!」

「内容も聞かずに光栄って…。面白いですね笑。」

「そうだ!今日はどのようなご用件で?」

アカサカは笑いながら答えた。

「突然の連絡で申し訳ないけど来月に雑談イベントをしようと思うんだけど参加してもらえないかな?」

驚きのあまり声がでない…

俺が…?アカサカさんの企画に参加…?なんで…?

「突然で驚くのは無理もない。今回何人か参加してもらって数日に分けて行うんだけど是非君と話してみたいっていう子がいてね。」

「お、俺なんかと…?一体誰なんですか?」

「ユノだよ。君の配信を見たことがあるらしくて是非話をしてみたいと…」

混乱は最高潮だ。

ユノが…。あのユノが…?俺と話しいって…?配信画面でいつも見てコメントしていたユノと直接話せる…。

「…てる?ねぇ!タクマ君!」

アカサカの声で意識が戻ってきた。

「は、はい!喜んで受けさせて貰います。」

「ありがとう!じゃあ日程調整など後日行おうか。またね」

通話が切れた。

まだ頭がぼーっとしている。

こんなことが起こるのか?配信を始めるきっかけとなった配信者ユノ。俺からすれば神と話しをするようなものだ。しかも向こうから話してみたいと…。

喜び、驚き、不安、色々な感情が胸を埋め尽くす。

「来月か…」

次の打ち合わせが楽しみで仕方ない。

 それからアカサカと何度か打ち合わせを行い、コラボ企画当日を迎えた。

「アカサカさん…。俺…ここまで来てまだ信じられない…。」

ぼそっと声が出た。

「おいおい、頼むよ!ユノが君の推しなのはわかったけど今日は雑談だからね。俺も間に入るから盛り上げようぜ!」

アカサカとは打ち合わせを重ねていく上で何度か話していくうちに緊張しない程度には話せるようになった。

話せば話すほど何を考えているかわからない不気味さはあるものの基本的にはいい奴だと思う。

「結局事前にユノさんと話すことができなかったのでまだ現実味がありませんもん。」

「それに関しては悪かったな。どうしてもユノの都合がつかなくて。」

「アカサカさんが謝ることないですよ!ユノさんが忙しいのもわかりますから仕方ないです。」

「ありがとうな。じゃあそろそろ配信つけるから準備しといてな!」

そう言って通話が切れた。

これからアカサカが配信を始めて俺とユノに順番に通話が繋げそこからトーク開始となる。

緊張で手が震える。

配信が始まった。

「どうも、アカサカです!本日も雑談企画行います。今日のゲストは今勢いのあるタクマさんと安定の超有名配信者のユノさんです!では早速繋ぎましょう!」

PCから着信音がしすぐに出た。

「きょ、こちらタクマです!」

「噛むなや!」

アカサカの鋭いツッコミでコメント欄が笑いに包まれる。

「タクマくんな~。実はユノさんの大ファンなんだって。この企画が決まってからずっと震えてんのよ…。子羊か!」

「ちょっと何でばらすんですか?めっちゃ恥ずかしいじゃないですか。」

「じゃあ早速憧れのユノさん呼ぶから大人しくしてな!」

そう言ってアカサカがユノに連絡を取る。

基本的にこういうコラボで台本などないので全てアドリブとなる。

変なことをしていないか不安ではあるが精一杯盛り上げるしかない。

「あ、ユノさん?聞こえる?」

緊張が走る。

「はい、聞こえてます。ユノです。」

心臓が明らかに早く動いた。

この人の配信を見てコメントして返事があれば喜んで…。

そんな日々を思い出した。

今は直接話せるところまで来たのだ。

「は、初めまして!タクマです!」

「初めましてユノです。よろしくお願いします。」

配信で聞いている声そのままだ…。

何とも言えない感情に包まれた。

「では、この三名で本日は雑談配信を送らせて頂きます!」

そして雑談が始まった。

最初こそ緊張で潰れそうだったがアカサカのフォローやユノさんの優しい話し方で大分緊張がほぐれてきた。

リスナーから寄せられた質問などにも答えていき大いに雑談は盛り上がった。

「では最後の質問…何にしようかな?」

アカサカが言うとユノが声を上げた。

「最後私からタクマさんへ質問してもいいですか?」

また心臓が止まりそうになった。

ユノさんからの直接の質問…。

「タクマさんが大事にしていることって何ですか?」

頭が一瞬固まった…。

「僕が大事にしていること…。」

質問の意図がわからず硬直してしまった。

「あ、タクマさんが捉えて頂いた通りに答えてくれて構いませんよ。」

ユノさんの優しい話し方で力が抜けた。

「僕は一番大事にしているのはいつも支えてくれているリスナー様です。僕の配信を盛り上げてくれたり、励ましてくれていること他にも数を挙げればキリが無いですね。でも配信している人なら皆そう答えるんじゃないですか?」

「なるほど…。」

答えは合っているのか…。

緊張が走る。

「急な質問でごめんなさい。ありがとうございます。」

ユノさんが言った。

「じゃあ逆にユノさんが大事にしているのは何なの?」

アカサカが聞いた。

「えーっと…。意味付けは自分でするってことですかね。」

アカサカも俺も言葉で出てこなかった。

「えーっと…。どういうことだろう?」

「私言葉のバリエーションが少なくて…。いつも理解してもらえるように説明できないんです…。」

「そ、そうなんだ…。なんかごめんね?」

アカサカの言葉にコメント欄は笑いで包まれた。

だが俺の心にユノさんの言葉が引っかかった。

「意味付けは自分でする。」

この言葉の真意を知りたい。

その後は、皆で挨拶をしてそのまま配信は終わった。

「この後別の企画に呼ばれてるから俺はこのまま抜けるな。タクマは憧れのユノさんと話したかったらもっと話しな笑。」

そういうとアカサカはバタバタと通話から抜けていった。

残された俺とユノの間に一瞬の沈黙が訪れる。

「あの…。もう少し話せますか?」

ユノから声を掛けてきてくれた。

「も、もちろんです!俺も気になっていることがあったので。」

「ありがとうございます。」

俺の気になっていること…。もちろん意味付けは自分でする。の真意を確認したかった。

「ユノさんの言葉…。その真意を知りたいです。」

「私話が下手なので…。でも私も気になっていることあるので話させてもらいますね。」

「お願いします!」

緊張とか不安とか相手が推しであるとかそういう考えは一切今は感じていない。純粋にユノさんを知りたい。

「私から見てタクマさんは…形が見えないんです…。」

どういうことだろう…。

「配信を見ていると話しも聞きやすいですしとにかく場をキレイに纏めるのが上手だと思います。たくさんの人が居心地が良いというか、安心する配信なんだろうなって。」

俺が意識していることではある。

そのお陰で今まで大きなトラブルも起きたことがなく、楽しく配信できている。

「ただ、何を伝えたいのかわからないというか…。別に承認欲求を満たそうっていう感じでもないので不思議な配信をしている方だなって思います。」

「何を伝えたいか?」

「はい、私も長く配信をやってきてたくさんの配信者を見てきました。タクマさんみたいな方もいらっしゃいましたがあまり長く続く方がいませんでした。」

「…。」

話は続く。

「タクマさん位の配信の規模になるとある程度他の配信者やリスナーにも影響力があることを自覚されてますか?」

ドキッとした。

「以前タクマさんの配信を拝見させて頂いたとき、先輩に理不尽なことをされた~という話があったのを覚えていますか?」

「はい。」

「そのときに先輩にも事情がって話が上がったと思うんですけどほぼ否定に近い態度で答えましたね?」

確かにそのような態度であった。

「別にそれが悪いことだとは思いません。ただ、あなたの発言によってコメント欄でも同調する声が上がっていたので上司を庇おうとした方は責められているように感じたのではないでしょうか?その後コメントもありませんでしたし…。」

その通りだ。

「先ほどの雑談でリスナーを大事にしているという言葉も嘘だとは思いません。でも上司を庇った方もリスナーなのではないですか?」

返す言葉もない…

「規模が大きくなるほどリスナーへの対応は難しくなってくると思います。私もその矛盾で悩んだ時期もあります。今でも不安になることもあります。」

「…。」

「そんな時にあることに気が付いたのです。自分で意味付けするということに。」

「意味付け…。」

「はい!先ほどのタクマさんの事例だと『先輩に理不尽なことをされた。』と相談されたんですよね?」

「はい。」

「そこでタクマさんは相手の気持ちになって同情し励ましの言葉をかけた。しかし他の可能性を提示した方を皆の輪を壊さないように否定してしまった。」

……。

「これでは『相談した人』と『他の可能性を示した人』は思ったことを言っていますがタクマさん含めて他の方は自分の意見を言えていないですよね?これって不思議な話じゃないですか?『タクマさんの配信枠』なのにタクマさんが自分の意見を言っていないんですよ?」

頭が痛くなってきた。

「この関り方だとリスナー同士の会話で終わってしまうんです。それこそSNSで知らない人の投稿に色々意見してそれにまた異論をぶつけて…。でも配信者である私たちはわざわざ自分に相談しに来てくれたり違う考えをぶつけてくれたりしているんですよ?それを場の空気を読んで意志の無い言葉を言ってその場を収めることに意味はありますか?そこに何か意味があるとするならどういう意味付けをしたのか教えて頂きたいんです。」

頭が回らない…。

「そもそも目の前で起こることになんか意味はありません。それに対してどう感じ、どのように行動するかは自由です。ただ一人で考えられることなんかたかが知れているので私は多くの人と関わってあの人はこう感じるんだ、こう考えるんだと気づき考え方の幅を広げたいんです。そうすることで今までと同じことが起きたとしても別の捉え方できるようになったりします。」

「目の前で起こることに意味がないというのはどういう事なんですか?」

「例えば朝、満員電車でぶつかられたとします。ぶつかられたことにいら立つ人もいるでしょう。混んでいるのだから仕方ないと考える人もいるでしょう。何か自分がしてしまって仕返しをされたと悲しむ人もいるかもしれません。これだけでも人それぞれ感じ方は違います。起こることに正しい一つの意味があるなら皆同じように感じ、考えないと理屈に合いません。だからこそ自分がどのように意味付けをするかが重要なんです。」

その考えを聞いてはっとした。

今まで意味付けなど考えたこともなかった。

とにかくユノさんみたいな配信者になりたくて情報を集め人が集まりやすい環境作り、人間関係を作ることに力を入れていた。

来てくれた人が離れないよう、嫌われないように必死に自分を殺して話したりもした。

場の空気が悪くならないように…。配信を続ける上で当たり前だと感じていた。

何かトラブルを起こして配信を始めたばかりの頃のように人がいない状態になるのも恐い。

気付けばフォロワー数や視聴者に囚われていた。

「でも、あなたを否定したい訳じゃないの。」

ユノが言った。

「あなたが有名になりたい、リスナーを大切にしたいとか目に見えた目的があるのなら何も言わないつもりだったけどあまりにも何も見えなくて…。このままだと些細なことで折れてしまうように感じてそうなる前に話してみたかったの。急にごめんなさいね。」

ユノが頭を下げた。

「とんでもないです。正直まだ理解しきれていないところもありますがユノさんの言ってることに響くものを感じました。ユノさんがそんな思いで配信してたなんて知らなくて。多分僕も薄々分かっていたのかもしれません。だからこんなに辛く感じるのかな。」

「あくまで私の一意見です!落ち込まないでください。辛く感じているのならそれはあなたの中の何か固定観念に当たったのだと思います。それに気づくことが重要なんです。」

「固定観念…。」

俺はユノさんから否定されたように感じた。

何もないと言われたから。今まで努力してきたことを全て無駄だと言われたような気がした。

思ったままをユノに伝えると、

「それが固定観念の恐いところです。私はあなたを否定していない!それは何度も言ってます。それなのにそう感じたのはあなたが『他人から自分とは違う意見が出ると否定されているのではないか』という固定観念のせいであなたは辛い気持ちになっています。あなたが今まで成長し、経験してきたことからこの固定観念が産まれています。」

「じゃあこの気持ちは一体どうすれば…。」

「そういう固定観念があることを認めましょう。認めた上でそれに対する意見を持つことが重要です。」

「別の意見?」

「先ほどの電車のケースと同じです。物事に一つの意味は無いのだから別の捉え方をすればいいんです。私の話しを聞いてタクマさんは聞いてくれましたが話しが長いと怒る人もいるでしょう。何が言いたいのかわからないという人もいるでしょう。分からないからもっと質問してみようなど人の数だけ捉え方があります。だからまず最初に自分の固定観念からくる考えが浮かびます。それが辛いのであれば別の考え方ができるようになればいいんです。」

「理屈はわかりますが難しいですよね…。」

「最初は難しいかもしれませんが慣れですかね…。この考え方ができるようになってからストレスを感じることは大きく減りましたよ。だって自分に負担が少ないように物事を捉えるようにできたから。」

「その考え方のバリエーションを増やすために他人の考え方を聞くというのが重要なんですね。」

「そうです!自分一人で考えても狭い考えしか思いつきませんから。」

「話してくれてありがとうございます!俺実はユノさんの大ファンで昔から見てました。こんなに深い考えをしてる人なんて思わず…。本当に勉強になりました!」

その後通話を切りユノさんとの話を自分なりにまとめた。

俺はユノさんを目標に始めた。今までたくさん考え工夫しフォロワー数、視聴者の確保を行ってきた。しかし、途中から人を集めることだけを考えて自分の考えを殺し場の空気を壊さないよう、盛り上がるよう言葉を選んでいた。

今日の話しを聞いて確かに「形が見えない」と言われても仕方がないと思う。でもユノさんはアドバイスをくれた!これを活かして俺はもっとユノさんに近づくんだ!

そう心に決めた。

 「今日も配信に来てくれてありがとう!また遊びにきてね!」

そう言って配信を閉じた。伸びをしてある配信を開いた。

そこは、ほとんど視聴されておらず、少人数の雑談配信が行われていた。

コメント欄を見ると質問が挙がっている。

「でも、目の前の事に意味が無いとしたら全ての事が意味が無いという事になりませんか?なんていうか…すごい虚無感を感じるのですが…。」

「だから何で分からないんだ!目の前で起こる事に意味はない!それは間違いないんだ!そこから…。」

配信主はかなり苛立っているようだ。

「もういい!わからないなら聞かなくていいよ!」

そういうとコメントをしていた人は追放処置を受けた。

「今のは酷いんじゃないか」「もう少し話しても…」などのコメントで溢れていく。

「どいつもこいつも…。話を聞いてるのか?何で理解しようとしないんだ?間違いなく正しいことなのに。心が救われるんだぞ?」

もう言ってる事が滅茶苦茶だ。

「タクマさんはこうなってしまったのですね~。本当に人は面白い。」

ユノはそういうと配信を閉じた。

そのままベッドへ移動し笑顔を浮かべながらノートPCにメモを取り始める。

「須藤琢磨 男性 ユノを目標に配信を始めた。自分なりに創意工夫し人を集めて配信の規模を大きくした。その後、ユノとの雑談配信後二人で話し物事の捉え方について話したところ大きく影響を受ける。その後、支離滅裂な言動が増え配信規模は縮小。現在もユノからの教えを伝えようとして理解されず自我の崩壊も近いだろう。」

それだけ書くとユノはパソコンを閉じた。

私が言ったことは私の考え方、物事の捉え方だ。ただの一つの考え方に過ぎない。「正しいことだ」と判断したのはタクマさん、あなた自信なのですよ。あんな短時間で伝えられることで理解などできるわけないじゃないですか。

人間は脆い生き物だ。少しのことでも大きく感情を動かし不幸だ、辛いと言う。

そんな物捉え方次第だと何故わからないんだろう…。

タクマさんは正しい、正義をかざしていました。そんなものこの世にある訳がない。見る角度を変えればコロコロ変わります。

私の話しを聞いてそれを視聴者に強要する。そんなことできる訳がない。そもそも周りをコントロールしようというのがおこがましい。

自分のコントロールすらまともに出来ていないのに…。それ以前に他人をどうすればコントロールできる?どんな名言、暴力でも人の心など動かせるはずはない。もし動かせたと感じた人がいたとしたらそれは気のせいだ。その現象が動かしたのではなくそれを聞いた、見た人がその人の意志で変わっただけだ。

そんなことも分からず怒ることに対して勝手に自分で意味をつけて一喜一憂している人間は本当にかわいい。

「今回はこの位でいいかな。」

そう言うとユノは窓から飛び人では出せないような速度で走り出した。

とあるビルに到着しそのまま軽々と壁を登っていく。

目的の部屋の窓は空いていたのでそのまま中に入る。

「だ、誰?」

男は驚いた表情でこちらを見た。

「安心して。」

男ははっと何かに気づいた顔をした。

「その声は…。ユ、ユノさん?」

私は笑顔を浮かべ男に近づいた。

「私のせいで辛い思いさせてごめんね?苦しかったよね?」

男は震えて後ずさりしている。

「大丈夫。もう考えなくていいんだよ?本当に見ていていい体験をさせてもらったよ。」

更に距離を詰めると男は小声で

「ユ、ユノさん…。俺…。」

「でも、本当にありがとう。」

そう言って男の頬に手を添えた。

「さようなら。」

その後、私はまた自室に戻ってベッドに倒れ込んだ。

「今度はどんな人を体験してみようかな!本当に楽しい。」

そういうユノはそのまま眠りに落ちた。

一個目の観察日記を見て頂いたことに感謝を伝えたい。

一人目の何の意味もない話を見て何か感じただろうか?

私は鳥肌が立つほど楽しかった。

今回登場した人物の内容だけでも楽しいが、これを見てくれた皆の意見も聞きたい。

つまらなかった、意味がわからなかったなどの意見でも構わない。

とにかく人間の考え方、捉え方、感情、意味付け。

人間の数だけ違うものを少しでもコメントで教えて欲しい。

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