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8 対峙

◇◇

 久しぶりに、朝儀に玉榮が出席するという報告を受けて、紅琳も華月も臨戦態勢で待ち構えていた。

 ………今日、決着をつける。

 二人で、そう決めていたのだ。


「これだけ待ち望んでいるのに、朝儀を遅刻とは。良い身分ですよね。玉榮の奴。今日はやっぱり来ないんじゃ……」

「来るさ。私が死にかけているなんて、奴にとっては、またとない好機だからな」


 朝堂の一等高い所に設けられた緋色の玉座。

 玉座に腰を掛けている男姿の華月の隣に、袍衫姿に男装した紅琳が侍っていた。

 眼下では、玉榮子飼いの大臣がどうでも良い議題を取り上げて、延々と話しているが、耳を傾ける意味がないので、無視している。


(御簾、用意して貰って良かった)


 華月が何らかの事故で、女身化した時の為に、用意させた玉座を覆う「御簾」が良い成果を発揮していた。

 二人の姿も隠れるし、雑談していることだって、小声だったら、誰にも気づかれないだろう。


「でも、やっとここまで来た」

「やっと……って。あんたのせいで、ここまで遅れたんだからな」

「私の?」


 やはり、無自覚らしい。

 今まで多忙だったので、遠慮していたが、紅琳は華月に一度言っておきたいことがあった。


「本当はもっと早く決着をつける予定だったんだ。それが……華月が私を皇后なんかにしたから」

「何がいけないのですか?」


 ここまで言っても、分からないらしい。


「悪いに決まってるだろう。誰が皇后にして欲しいなんて、頼んだ? 私は多少、高位でないと、玉榮と張り合えないって話しただけだ」

「何にしても、私の中での妃は貴方だけなんですから、皇后で良いと思います」

「やめてくれ。あんたは知らないだろうが、玉榮だけじゃなく、他の妃達にまで、いらぬ顰蹙を買って、面倒なんだからな」

「今更、降格なんて出来ません。だから、誰にも言い返せないくらい、私が貴方に夢中なのだと、皆に知らしめてやれば良いものを。どうして、貴方は、私が近寄ると逃げるのですか?」

「当たり前だ」

「なぜ?」

「本能的な危機感だ。悪いか?」

「……陛下」


 囁き声で言い合っていると、華月の腹心が咳払いをした。

 視線で、華月に「前を見ろ」と訴えている。

 大勢の官の間を縫って、前方にやって来る豪奢な冠を被った中性的な男。


 ――玉榮が、姿を見せたのだ。


「来ましたね」

「ああ」


 今まで睨み合っていた紅琳と華月は、笑顔で頷き合った。


「久しいな。玉榮。待っていた」


 華月が、玉座から立ち上がる。

 この時の為に細心の注意を払って、男の姿を維持して来たのだ。

 皇帝・慶果としての華月は、紅琳が威圧されるくらい、覇気に溢れている。

 冕服がよく似合っていた。

 正直、何も知らずに正装姿の華月に出会っていたら、紅琳は反射的に跪いていただろう。


「陛下。まだ朝儀の途中ですが?」

「私は、お前に会いたかったと告げたはずだが?」

「はっ」


 反論を許さない気迫に、玉榮も渋々叩頭した。


(玉榮の奴、皇帝が瀕死の妃を想って、腑抜け状態に陥っていると思い込んでいたな)


 美貌を歪めながら、玉榮はぎこちなく挨拶を続けた。


「ここのところは、陛下におかれましても、お加減が宜しいようで、何よりです」

「ああ、妃のおかげだ。彼女がいると、力が漲って来るのだ」


 華月がにやけているが、それは二人の脚本にはない言葉だ。


(……華月)


 案の定、玉榮が食いついてきた。


「ああ、お妃様といえば、先般、倒れられたと聞きましたが、ご容態は如何でございますか?」


 一瞬、ざわっと、朝儀の間がどよめいた。

 玉榮の一言は、この場に集った者にとって、寝耳に水に違いなかった。

 何しろ、紅琳が臥せているという話は、玉榮にしか伝わらないようにしていたのだから。

 周囲の反応を堪能しながら、華月はしれっと答えた。


「妃は快方に向かっているが、まだ安心はできない状況だ。しかも、彼女の侍女まで、体調を崩してしまってな」

「何たることでしょう。私に出来ることがあれば、お申し付け下さい」

「本当にそう思っているか? 玉榮」

「陛下?」

「実はな、我が妃を呪術師に診せたところ、彼女とその侍女共に、妖術が仕掛けられていると言われたのだ」


 少し大仰な芝居だったが、玉榮には効いたみたいだった。

 ぎょろりと大きな目を剥いて、玉榮は黙り込んでしまう。

 この間隙を逃すまいと、華月は早口で捲し立てた。


「信じ難いことに、呪術師は犯人が「お前」だと言うのだ。しかも、お前は人ではないなどと、荒唐無稽なことを……」

「一体、何を?」

「済まない。玉榮。私はお前の忠義を信じているが、呪術師が「試しに」と、符を置いていった。お前に、その符を触れさせてみれば、本性を現すと……」


 玉榮の前に、そそくさと華月の臣が符を差し出した。


「人であるのなら、ただの紙だ。妃を安心させる為に、一つ触ってみてくれないか。玉榮」


 ――さて。


(どうする、化け物?)


 紅琳と華月、二人で息を潜め、玉榮を見守っていると……。

 突如、御簾の中に黒い靄のようなものが発生して、紅琳と華月の視界を奪った。

 外から視えないことを、逆手に取られたらしい。


「紅琳。これは?」

「平気だ」


 紅琳は片手で空気を横に切る。

 たったそれだけの所作で、今までの異変は消失し、元通りの世界が戻ってきた。


 ――術を無効化したのだ。


「何?」


 有り得ないことが起きている。

 玉榮が血相を変えていた。

 その姿がその場にいた者達には、奇異に映ったのだろう。

 玉榮の傍から、綺麗に人が離れていった。


「愚かだな。玉榮」


 頃合いと見計らった紅琳は、御簾を上げさせた。


「……紅琳?」


 玉榮がわなわなと震え始める。

 自分の妖術で、瀕死だったはずの紅琳が、元気に、この場にいるのだ。

 ――嵌められた……と。

 ここが断罪の場である事に、ようやく気づいたらしい。


「お前は人ではない。奉楽帝が道楽で、呼び出した妖。大昔に蒼国の皇帝の寵妃に化けて、国を転覆させようとした古狐だろう」


 華月がきっぱりと告げる。


「何を仰っているのやら?」


 玉榮は、あくまで白を切ろうとしていた。


(それで、逃げ果せるつもりか?)


 紅琳は鼻で笑ってやった。


「白々しいな。お前は、私の侍女まで妖術で殺そうとしただろう?」

「侍女?」

「李耶だ。彼女は沙藩の王室の血を引いている」

「何故、そんな者がここに? 間者ではないか?」

「私が知っていたので、良いだろう?」


 華月が平然と認めると、玉榮は顔を引きつらせ、沈黙した。


「……で、彼女がお前に殺されかけたことを、沙藩王も知ってしまった。あちらの術師達が、お前の事を血眼で調べているよ」


 ――李耶を巻き込むということは、国家間の問題に持ちこむことが出来るということ。


 もっとも、術を仕掛けられていると分かった時は、李耶と手を取り、喜んでしまったのだが……。


「沙藩は蒼国より呪術が盛んで、妖の世界も多様だとか。近頃、彼の国とは上手くいっていなかったが、お前の件で力を合わせることが出来そうだな」

「……ですから、陛下。私がやった証拠は」

「お前は、己の血を使って暗殺をする。秘密を知った者は、後々始末していたそうだが、術者とて愚かではない。上手く逃げ果せた者もいる。証人はいくらでもいるんだ」

「下劣な公主が、ふざけたことを抜かすな!」


 逆毛を立てた玉榮の口元には凶暴な牙が光っていた。

 目の色が真紅に変化している。

 ……本体は、古狐。


(本当に、妖怪だったみたいだな)


 玉榮独特の匂いは、獣臭を隠す為だったらしい。


(……だけど)


 狐の妖術なら、紅琳には効かない。


 ――自分に向けられた「術」を無効にする力。


 華月が紅琳に触れても、女身化しなかった理由。

 紅琳の身体を媒介して「妖術」が、無効化されたからだ。


「お前の負けだ。玉榮。長く人に化けていたお前が、元の姿に戻ったところで、力を発揮できるはずがない。大体、私達が無策でお前と対峙するはずがないだろう。在野の術者達にも協力を仰いでいる」


 淡々と紅琳が言うと、激昂した玉榮は冠を投げ捨て、髪を振り乱して喚いた。


「はったりだ! 大体、離縁した妃に、沙藩王が協力などするはずがない! それに、慶果。お前の方が、我より、よほど!」

「ほう……。私が人ではないと申すか? 玉榮」


 華月は言うなり、紅琳を抱き寄せて、玉榮に見せつけるように、ぴたりとくっついた。


「私はこのように、妃一筋の普通の男だが?」


 分かっている。

 この芝居は、重要だ。

 華月は解呪したと見せかけて、優位な立場で、玉榮から解呪の方法を聞き出すつもりなのだ。分かっているけど……。


(やりすぎだろ?)


 まさか、頬擦りまでされるとは思ってもいなかった。

 紅琳の肩を強く抱きながら、華月は冷然と命じた。


「この化け物を、捕えよ」


 計画していた通り、朔樹特製の符を貼った武器を持った衛兵たちが、一斉に玉榮を囲んだ。

 朔樹の符は身動きを縛るものだ。待機している術師も大勢いるので、どう転んでも玉榮に逃げ場はない。

 奸計に長けた狐だけあって、即座にそこまで計算したのだろう。

 ややしてから抵抗を諦めた。

 

 ――玉榮は、あっけなく捕らえられた。


 意外な程、大人しく連行されていく玉榮の後ろ姿を見つめながら、華月はぽつりと呟いた。


「終わった?」

「ああ」

「……そう……か。終わったんですね。紅琳、貴方のおかげです。有難う」


 穢れのない、綺麗な瞳が紅琳を至近距離から覗きこんでいた。

 紅琳は華月を直視できず、そっぽを向いた。


「私は、何もしてないよ」


 偶然、母から継いだ「無能」が役立っただけだ。

 謎が多い能力だから、切り札にはしたくなかったけど。


(もしかしたら、この時の為に天から与えられたのかもしれないな)


 毅然と前を見据えた華月に対して、一斉に叩頭する百官の姿を見て、紅琳は満足げに微笑したのだった。

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