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6 市井の友人 

◇◇

「この男が、紅琳の……友人?」


 建 朔樹の詳細を、きちんと説明していなった分、華月は心底、驚いていた。

 よほど、紅琳には、まともな友人がいないと感じたのか、それとも、奇抜な格好の男が単に珍しかったからか。

 以前は、花の刺繍入りの真っ赤な道服を着ていた朔樹だが、さすがに今はやめたらしい。ひらひらの斬新な袖は変わらないが、十年前より地味な紺色の道服を身に着けていて、長髪も無難に一つに束ねていた。

 三十歳は越えているはずなのだが、風貌は何一つ変わっていない。昔から性別年齢全部が不詳で、とにかく謎だらけの男だった。


「朔樹は変人だが、私の育った集落の中では、腕の良い呪術師だった。長と仲違いして、市井に住むようになって。昔は私も朔樹に泊めてもらうことが多かったんだ。仲良くさせてもらっていた」

「……嘘でしょう?」

「何だ。私の友人がそんなに珍しいのか?」

「貴方、こんな若い……男の家に泊まっていたのですか?」


 ――そこか……。

 ふしだらと言わんばかりに、華月に睨まれて、紅琳は頭を掻いた。


(……面倒臭い)


 朔樹の家は散らかっているということで、人気のない裏道で立ち話をしている。

 ほとんど、すれ違う人はいなかったが、それでもたまに出くわす人の視線が痛かった。

 主に、華月の美貌と、朔樹の格好のせいだ。

 紅琳は早口で説明した。


「華月。見ての通り、朔樹は、見た目男だが、心は女だ。だから、愛する対象も男。私は対象外なんだよ」

「本当に?」

「あら。嫉妬しているのね。可愛い子。でも、そうなの。あたし、男が好きなのよ。だから、男の貴方の方に興味があるの」

「分かるのですか? 私に掛けられている呪いが?」

「ええ」


 朔樹は、即答した。

 その辺り、腕も落ちていないらしい。


「見た目は女の子でも、女の子の魂じゃないもの。多少敏感な人なら、見抜けるんじゃないかしら?」

「はいはい、どうせ、私は鈍感だよ」

「……違いますよ、朔樹様が凄いんですって!」


 李耶が紅琳を押し除けて、身を乗り出した。


「先触れも出していないのに、朔樹様、私達が来るって、分かっていたんですから」


 朔樹は家の前の通りで、紅琳の到着を待っていたらしい。

 李耶とは初対面にも関わらず、すぐに馬車の中に、紅琳がいることを当てたそうだ。


「そうなの。紅琳ちゃんが来るってことは、昨夜、夢を見て、分かっていたのよ」

「何だよ。お見通しだったってわけか?」

「ふふっ。あたしを誰だと思っているの。……この国のさる御方に掛けられた呪いのこと。皇城の術師は洗脳されているかもしれないけど、在野の術師は随分前から気づいていたのよ。でも、泰楽帝は術師に嫌われているし、率先して解こうという人間が今まで現れなかった」

「私、知っています。泰楽帝って、国中の優秀な術師を半強制的に集めて、本気で不老不死になろうとしていたんですよね?」


 伝聞でしか知らない李耶は、他人事のようにあっけらかんと尋ねた。

 朔樹で良かった。


 ――泰楽帝は、恨まれている。


 その話を、気安くすることが出来る術師は、朔樹くらいのものなのだ。


「そうなの。晩年になるほど、なりふり構わずね。……で、研究が進まないからって、処刑された者も多くいたのよ。紅琳の母上も間一髪逃げて、須弥の集落で匿ったの。一時期は国ごと滅ぼしてやるって息巻いていた術師もいたけれど、その辺り泰楽帝も周到で、いろんなモノに、自分を守らせた。本当、狡猾なオッサンだったわ」

「だから……か」

「華月?」


 突如、華月が嗤い始めた。

 

「だから、いくら私が術師に問い合わせても、解呪は出来ない。無理だと。協力を申し出た者は一人もいなかった。……つまり、現状、この国の呪術師達は、国なんて滅んでしまえば良いと、そう思っているということですよね」


 普段の柔い声ではない。 

 地を這うような低い声。

 まるで、自身を呪っているようだった。


「この国は衰退している。泰楽帝の時から、傾いて、今では宰相の玉榮が国を我が物顔にしている。自分お気に入りの官僚を贔屓して、税を悪戯に上げて、私服を肥やし、諫言する者を皆、密かに葬って……。私は、奴の傀儡になる為に、生まれて来たのですか?」

「華月」


 ――辛いのだろう。


(自分の危機を、国の異変を察知して、足掻いているのに、誰も手を差し伸べてくれないことが……)


 後宮から外に出て、改めて紅琳も痛感した。

 十年前、活気に満ちていた皇都は、うら寂しく閑散としている。

 疎らに歩いている人達の表情も暗く、衣裳も質素になったようだった。

 こんな姿を目の当たりにして、この国の皇帝である華月が何も感じないはずがないのだ。


「ここでは華月……様で宜しいでしょうかね?」


 朔樹が初めて華月を「様」付けで呼んだ。

 最初から、華月が皇帝であることに気づいていたのだろうから、彼なりに、色々と見極めていたのだろう。


「確かに、術師達は蒼国を恨んでいる者も多くいます。ですが、私達にもいろんな人間がいます。依頼を皆が断ったのは、別の要因でしょう」

「……別の要因?」


 華月が眉を吊り上げて、問いかけた。


「貴方様がご自身の「呪」について調べても、分からなかったのは、呪術師が仕掛けた「呪」として、調べていたからではないか……と」

「意味不明なんだけど?」

「紅琳ちゃん。私も半信半疑なんだけど」

「いいから、答えて下さい!」


 必死の形相の華月が、朔樹の肩を激しく揺さぶった。上下に揺さぶられて、声を震わせながら、朔樹は白状した。


「多分、宰相の玉榮って、人ではないんじゃないか……と?」

「はっ?」


 三人が一様に、それ以上の言葉を失くした。


「どういうことですか?」


 口火を切ったのは、好奇心の塊の李耶だった。

 朔樹は頬に手を当て、言葉を選んでいるようだった。


「古い伝説があるのよ。王の寵愛を一身に受け、国を傾けた妃は、実は化け物だったという話。泰楽帝は、呪術に傾倒するあまり、そういったモノを呼びこんでしまったのではないか……と」

「泰楽帝が、妖を召喚した……と?」

「だから、半信半疑って言ったでしょ。でも、そう考えると腑に落ちる。女身化なんて術、人では扱えないもの。それに、華月様……」

「えっ?」


 唖然としている華月を、朔樹は真っ直ぐ見た。


「貴方様は須弥の集落とは連絡を取ったのでしよう? その時、長老も同じようなこと話していませんでした?」

「えーっと。それは、その」


 なぜか、華月がバツが悪そうにしている。


「あれ? 確か、長老から「分からない」って突っぱねられたって」

「実は、須弥の長からは、どんな呪術師にも、私にかけられた呪いを解くのは困難だと」

「うん。……で?」

「申し訳ないです。紅琳」

「何で、謝るんだ?」

「呪いを解きたければ、貴方を娶るように……と。言われたんです。だから」

「はっ?」


 律儀に謝罪されて、紅琳の方が戸惑った。


「何だ。そういうことか」

「怒らないのですか?」

「なぜ、怒るんだ?」


 華月は解呪したい一心で、訳も分からず、紅琳を娶ったのだ。それの何がいけないのだ。


「しかし、私は……。離縁して傷心のまま帰国した貴方を、私の目的の為に妃に据えました」

「まさか。あんた、そんなこと、気にしていたのか?」


 それもあって、二カ月間、紅琳に告白するのを躊躇っていたのか?

 思わず、そんなだから、玉榮に良いようにされてしまったのだと、突っ込みたくなってしまう。


「ねえ、紅琳様」


 詳しい事情など知らせてもいないのに、李耶が紅琳の袖を引っ張った。

 賢い娘だ。言わずとも、一連の会話から、すべて察しているに違いない。

 ――可哀想じゃないですか。どうにかならないんですか?

 心の声全開の切ない表情で訴えて来る。

 とどめとばかりに、朔樹が追い打ちをかけた。


「紅琳ちゃん。今日ね、こんな往来で、あたしが貴方達と会わざるを得なかった理由、分かる?」

「ああ、家が散らかっているって?」

「それだけじゃないの。本当はね、そこの華月様に呪いがかけられていたからなの」

「えっ!? 私にですか?」

「大丈夫ですよ。もう祓いましたから」

「そういえば」


 李耶が恐々としながら言った。


「こちらに向かう途中、馬車が何もない所で横転しかけました」

「あれは、ぬかるみに車輪がはまったとかじゃなかったのか?」

「違いますよ。突然、傾いたんです」

「事故に見せかけて殺す気だったのかも。間に会って良かったわ。まあ、紅琳ちゃんもいるし、大事には至らないって安心していたけど」

「……朔樹」


 それ以上言うなと、睨んで威嚇したが、彼は大きな図体を窄めるだけで、まるで悪びれていなかった。


「でも、困ったものよね。玉榮は直接手を下さず、子飼いの術師にやらせている。形振り構わなくなってきているみたいだし、早晩手を打つ必要があるわね」


(朔樹、絶対、愉しんでいるだろう?)


 疑いたくなるほど、彼は活き活きとしていた。


(仕方ない)


 やってやるかと、紅琳が覚悟を決めた瞬間、しかし、華月が重々しく口を開いた。


「……紅琳、貴方は早急に後宮から出て下さい。手配しますから」

「はっ?」


 ここまできて、さっぱり意味が分からない。


「あんたは、解呪したいんだろう?」

「勿論です。その為なら、貴方のことを巻き込むのもやむを得ないと、本気で思っていました。でも、術を仕掛けられていたと聞くと……。玉榮は本気です。私は貴方達を喪いたくありません」

「あのな……」

「紅琳様。私の事は好きに使って下さって構いませんから」


 李耶に小突かれて、紅琳はつんのめりながら華月の前に出た。

 彼女の了承も得られたし、朔樹も協力してくれるだろう。あとは須弥の長の言う通り、紅琳の体質で、何とかやれるはずだ。

 

「華月。私は簡単に死なないよ。それより、何もしないで、あんたを死なせてしまう方が嫌だ。……だってさ、私は公主なのに、この国の事なんて、考えた事もなかったんだ」

「……紅琳」

「あんたは、幼い頃から、そんな身体にされて、命も狙われて、後宮で女のフリまでして、気の休まる暇もなかっただろうに、腐ることなく、解呪の方法を探し続けていた。……偉いよ」


 沙藩国王と離縁したのも、紅琳の我儘だった。

 蒼国の事など考えたこともなく、むしろ、滅びることを望んでいた。

 どうでも良いと、開き直って、逃げていた。


 ――だから。


「この国の……あんたの為、私は、やれるだけのことをやってみようと思う」


 命を懸けるなんて言える程、青臭いものではないけれど、華月を見殺しにするなんて、紅琳に出来るはずもないのだ。

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