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4 華月の秘密

◇◇

 紅琳の想像以上に、万能符の効力は絶大で、華月の熱はすぐに下がり、呼吸も楽になったそうだ。

 夕刻には意識を取り戻したと、連絡も入り、紅琳はすぐにでも華月のもとに駆け付けようと思ったのだが……。

 逡巡の末、やめた。


(私に来られても、華月が困るだろう)


 ――華月は「男」だった。


 余程の事情があるはずだ。

 きっと、すぐに返答など出来やしない。


(華月も、全快するには、時間がかかるだろうし、もう少し待つとするか)


 ―しかし。

 予想に反して、その日の夜に、紅琳は華月から呼び出されたのだった。


「……紅琳様。貴方のおかげで、助かりました。本当に有難うございました」


 寝牀で紅琳を出迎えた華月は、白装束に髪を一つに結っていた。


(一見すると、女。いつもの華月そのものだ。……でも)


 明らかに違う。

 低い声は勿論、目を凝らせば、意外にがっしりした体つきをしている。

 暗がりの中でも、分かる。

 男であることは、決定的だった。


「役に立てたのなら……うん、良かった」

「本当、わかりやすい人ですね。貴方は」


 落ち着かない紅琳を察知した華月は、早速、侍女達を下げると、寝牀の横の椅子に座るよう、紅琳を促した。


「秀真から聞きました。これ以上、貴方に黙っているのは無理だと、私も悟って、白状します。見ての通り、私の性別は「男」。……ですが、貴方の友人華月でもあります。双子なんてことはないですよ。ただ、術を掛けられて、厄介な身体になってしまっただけです」


 無駄のない一言。

 さすがだ。

 紅琳の短気な性格を、華月はよく知っている。


「今までこのことを話せなかったのは、貴方の「能力」について、探りを入れていたからです」

「能力? ……私の母の実家絡みか?」

「ご名答」

「くだらんな」 


 紅琳は、苦笑するしかなかった。


「そんなことで、二カ月も……。遠慮なく訊いてくれたら良かったのに?」

「訊いたところで、真実を話してくれるか分からなかったので」

「隠す必要もないさ。私は呪術師ではない。私は「無能」だ」

「……無能?」


 華月が首を傾げている。

 補足が必要なのか分からなかったが、紅琳は噛み砕いて説明した。


「私は呪術を扱う力が元々ない。一族の落ちこぼれだ。だから、解呪の依頼をされたところで、どうにも出来ない。あんたは、万能符で自分を救った私に、一縷の望みをかけてたんだろうけど……」

「本当は、その符で全部解決したら、良かったんですけどね」

「万能符で解けないのなら、私には到底無理だ。父を殺そうとした時だって、刃物でいこうと思っていたくらいだからな」

「貴方が泰楽帝を殺そうとして、沙藩国に飛ばされたっていう噂は、本当だったのですね」


 華月が口に手を当て、笑っている。

 それは、紅琳がよく知っている、華月の笑う時の仕草だった。

 

(男であっても、華月は「華月」なんだな)


 別人でなかったことには、安堵できた。

 ……けれど、謎の色気が倍増したところは、紅琳の知らない華月だった。


「……ですが、紅琳様。貴方が無能だというのは、信じ難い話ですね」


 華月はそれだけ言うと、寝牀から身を起こし、紅琳のすぐ傍に立った。

 何故だろう。酷く緊張する。

 きっと女の華月より、背が高いからだ。

 改めて直視すると、華月は男女の域を越えて、至上の芸術作品のように美しかった。

 透き通った白皙に高い鼻梁。薄い唇に、適度についた筋肉。

 紅琳の絵を描きたい欲求に火をつけるほど、完璧な肉体だ。

 画家の目で、彼をじっと眺めていたら、華月は流れるように紅琳の掌を取り……。


「ん?」


 導かれるように、手の甲に口づけたのだった。


「……何、している?」

「見ての通り、接吻ですけど。唇の方が良かったですか?」

「あんた高熱で、頭が……」

「いえ。私はまともですよ。したかったんです。貴方に、こういうこと」


 一体、どうしたんだろう。

 瞳を輝かせて、変態発言をされてしまった。


「紅琳様。……貴方は素晴らしい」

「医者を呼ぼうか? 華月」


 しかし、紅琳を無視して、華月は紅琳の手をべたべたと触り始めた。


「凄いな。ちゃんと「男」として貴方に触れることができるなんて。秀真から、貴方が口移しで符を飲ませてくれたのだと聞いた時は、半信半疑でしたが」

「私は特別なことはしてないだろう? もう、離してくれ」


 別に華月に触られるのが嫌な訳ではなかったが、手つきが怪しいのが怖かった。

 華月は、まるでめげてない。

 紅琳に触れていた手を、嬉しそうに眺めていた。


「私が女になる条件は、女人に触れることなんです。女人に触れると、私は女になってしまい、満月を待たないと男に戻ることが出来ないのです」

「何だ……と?」

「極力、男でいたいので、勿論、満月後は女人に接触しないよう心掛けています。ですが、不意にぶつかったり、不可抗力って、多々ありますから」

「そんな滅茶苦茶な発動条件があるものなのか?」


 さすがに紅琳も、唖然となった。


(女に触れると、女身化?)


 そんな奇妙な術が、この世に存在しているのか?


「信じられないな。呪の理を無視している」

「分かっていますよ。そう簡単には信じられないだろうことは。……秀真、こちらへ」

「はい。華月様」


 衝立の後ろから、現れた秀真は、華月の手招きに導かれて、おずおず彼の前にやって来た。何をされるのか分かっているのだろう。少し顔が赤い。

 華月が軽く秀真の肩を叩く。

 ……と。

 たったそれだけで、ぽんと何かが弾け飛んだ音が轟き、華月はあっという間に、いつもの娘「華月」へと変化していた。


「……華月……なんだな」


 気味の悪い沈黙を振り払うように、紅琳は呼び掛けた。


「本当に、女になってるな」

「ええ。驚きでしょう? 私も未だに信じたくありませんよ。まあ、幸い満月は明後日ですから、直ぐに男に戻れますけど」

「ならいいけど」


 呆然と答えていたら、華月が自分の着物を直していた。

 女身化して、身体が縮んだらしい。


(うーん。あり得ない)


 何てモノを見せられてしまったのか。


「私の本当の名は、蒼 慶果」

「……慶果」

「ええ」

「慶……果?」

「貴方がお探しの、後宮で放蕩三昧中の皇帝です」


 ――華月が、蒼国の皇帝?

 

(……嘘だろ?)


 気を許して、今まで散々皇帝の悪口を吐いてしまったではないか。

 慶果=華月は、紅琳が頭を下げる隙も与えず、堰を切ったように、喋り続けた。


「ああ、本当に困ったものです。この国の主がこんな術に翻弄されているなんて、公にすることは出来ませんし、誰にも知られる訳にもいきません。緊張の余り、政務にも身が入らないし、女身化が怖いから、一人後宮の隅に潜んでいるしかない。だから、出来損ないの皇帝とか、泰楽帝そのものだとか、莫迦にされてしまうのです。挙句、用済みとばかりに、殺されそうになって」

「それは……また」


 酷い話だ。

 華月が、誰かに狙われているのは、皇帝だから。

 どうりで、手の込んだ術を仕掛けてくるはずだ。


「特に最近、立て続けに、狙われていますよ。自分の居所は、少人数の臣にしか伝えないよう務めて、装飾品から食事に至るまで、徹底的に管理していたつもりでしたが、通行時に後宮の庭を突っ切っただけで、術を仕掛けられるなんて……想定外もいいところです」


 ……成程。

 池で魚釣りをしているだけで、血相変えて走ってきた秀真にも深い理由があったのだ。


「私は秘密裏に手を尽くし、解呪法を探していました。不本意でしたが、皇帝になったのも半分はその為です。しかし、結局、分からず仕舞いで……。せめて、己の後継に希望を託せれば良いのですが、女人に触れて自分が女になってしまうようでは、未来永劫、子すら為すこともできません」

「それは大変だな。いや、大変ですね。陛下」


 紅琳はようやく隙をみて、拱手した。


(とんでもないことになったな)


 だけど、こんな出鱈目な展開、誰が想像できるだろう。


「紅琳様。嫌ですよ。敬語はやめてください。私と貴方の仲ではありませんか。今更、気持ち悪いです」

「それは、あんたの方だろう? どうして皇帝が敬語なんだよ」

「色々あって……。後宮に潜んでいるうちに、身についてしまったんです。勿論、政務をしている時は、改めています」


 華月が唇を尖らせながら、紅琳を見上げる。


(皇帝の威厳って?)


 突っ込もうとしたものの、疲れたのでやめた。


「……で、先程の話ですけど」


 華月はすべて吐露して、すっきりしたのか、普段より倍、饒舌だった。


「貴方はご自身のことを無能と言ってましたが、しかし、私は貴方に触れても、女にならなかった。これが特別でなくて、何が特別なんでしょう?」

「さあな。あくまで憶測だけど、親戚だからじゃないのか? 血の繋がりがあると、呪術も効果ないとか? 私はあんたの叔母だから」

「しかし、私は母にも触れてみましたが、女身化して、隠れるのに難儀したのです」

「偶々なんじゃ?」

「そんな偶々があって堪りますか。呪術には何らかの法則が働いているはずです。貴方に触れても、女にならない理由が。それを探ってみたら、この術も破れるかもしれない」

「どうかな? 単純に、あんたが私を女だと思ってないだけのような気もするけど?」

「それは絶対、ありえません。私はいつだって、貴方のことを……」


 ……と。そこまで言って、秀真の存在に気づいた華月は、咳払いして誤魔化した。


「ともかく、貴方は私の妃ですから。当面、大人しく後宮に留まって下さいね」


 にっこりと命じられてしまい、紅琳は鳥肌が立った。

 冗談ではない。


(私は実験材料にでもされるのか?)


 紅琳は、これから自由に生きていくつもりだったのだ。


(それが……。どうして?)


 厄介事に巻き込まれているという実感しかなかった。

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