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3 友の見舞い

◇◇

(すっかり、不規則な生活に陥ってるな)


 窓から射しこむ眩い日差しに、紅琳は今日も寝過ごしたことに気づいた。


「よく寝た……じゃないなよな」 


 堕落しきっている。

 けど……。


(……おかしい)


 こんな時間まで寝ていたら、普段なら、侍女の李耶(りーや)が、朝食を食べろと怒鳴り込んでくるはずなのだが……。

 自由気儘、何をするにも一人ですることが信条の紅琳だったが、食事だけは沙藩人の李耶に作って貰っていた。


「おい。李耶、何処だ?」


 呼びながら、動きやすい軽装に着替えて、紅琳は寝室の外に出る。

 ……と。


「申し訳ありません! 紅琳様」


 丁度、李耶が紅琳目がけて走ってきた。


「どうしたんだ? 李耶」

「実は……」


 途端に、李耶は沈んだ顔になった。

 蒼国人との混血でもある李耶は、見た目は黒髪に漆黒の瞳。蒼国人そのものだが、紅琳の迷惑を考えてあまり外出はしないでいた。

 そんな彼女が、外に出たということだけでも、紅琳は大事だと思っていたのだが……。


「何があったんだ?」

「私、お隣の様子を見に行ってました」

「隣? 華月か?」


 李耶は涙ぐみながら、頷いた。

 華月には、彼女が紅琳の殿舎に遊びに来た時に、可愛がって貰っていたから、李耶も心配なのだろう。


「華月様。いつもより重篤な症状が出たみたいなんです。熱が下がらないということで、少しお薬を分けてまいりました」

「そんなに悪いのか?」


 同じ玄瓏宮の中で生活しているといっても、それぞれ独立した宮殿の中で生活しているので、華月の私的な部分を、紅琳は何一つ知らなかった。

 華月とはすぐに仲良くなれたが、それほど頻繁に会っていたわけではない。

 調子の悪い日の方が多く、見舞いに行っても、酷い状態だから会えないと、門前払いされることはよくあった。


「今回は、華月様、意識も戻らないようで、あちらの侍女たちも、混乱している様子でした」

「そうか。心配だよな。私、ちょっと華月の見舞いに行ってくるよ」

「ですが……」

「大丈夫。何としても会ってくるさ」


 紅琳は李耶にそう言い置くと、振り向くことなく、華月の室に走った。


 ……意識不明だなんて。


(今回ばかりは、絶対、華月に会おう)


 病によっては、紅琳にだって出来ることがあるかもしれないのだ。

 しかし、意気揚々と華月のもとに押しかけた紅琳だったが……。


(あれ? 華月の侍女って、こんなに多かったけ?)


 今日はいつも以上に、大勢の侍女が働いていた。

 逆に、これだけの人数がいれば、紅琳一人紛れ込んだところで、バレやしないだろう。

 紅琳は臆することなく、廊下を慌ただしく往来している侍女達の中に合流すると、華月の室に向かって、堂々と歩き始めた。

 幸い、何度か華月に呼んでもらったことがあるので、殿舎の構造は頭に入っている。

 突き当りの室。螺鈿《らでん》の衝立の前まで行くと、その奥で華月が眠っていることが分かった。

 ……荒い息が聞こえてきたからだ。

 

(華月、苦しそうだな……)


 ……しかし。

 華月の様子と同時に、紅琳は場の違和感が気になって仕方なかった。

 

(何だ、これは?)


「公主様! なぜ、こちらに?」


 華月の看病をしていたらしい、秀真が血走った目をして、紅琳に突進してきた。


「ああ、秀真殿。皆、忙しそうだったので、ひとまず上がらせて貰った」

「いや、そこで出直すのが、筋でしょうに?」

「出直したら、後悔するかもしれない。それに……」


 淡い憶測を話すべきか迷ったが、生死に関わることだ。

 紅琳は腹を決めて、言い放った。


「華月は、病ではないのではないか?」

「な、何!?」


 周囲を見渡して、慌てふためいた秀真は紅琳の首根っこを掴んで、室に引きずり込んだ。


「駄目ですよ。無闇に病でないなんて、口にしたら」

「悪い。でも本当の事だから」


 上の空で答えながら、これ幸いとばかりに、奥の寝牀で眠っている華月に近づいて行く。

 美麗な顔を歪ませ、華月は苦しそうに呻いていた。

 秀真も観念したのだろう。人払いをしてから、絞り出すような声で語り出した。


「実は、一昨日の夜から、急に苦しまれて。私共で、出来る限り、いろんな薬を試してみたのですが、まるで効果もなく……。悪くなっていく一方なのです」


 紅琳は秀真の話を聞きながらも、息苦しさに胸を掴んでいる華月の両手を気にしていた。

 今まで華奢に感じていた、その手が、今は骨張っているような気がしたのだ。


(どうして?)


 華月本人に、違いはないのに……。


「……おかしいな」


 更に丹念に観察していくと、華月の人差し指に、小さな傷があることにも気が付いた。

 不思議な傷だった。傷口は小さいのに、指全体が黒ずんでいる。


「ああ、それは七日くらい前に、太翼殿の庭の花の棘が刺さったとかで……」

「太翼殿?」


 皇帝の住処に程近い、一品の妃が暮らしている宮殿に、何の用があったのだろう。

 呪術に関しては素人の紅琳だが、違和感くらい察知することは出来る。


「間違いない。これ呪の類だよ」

「はっ!?」


 叫びそうになって、彼女は慌てて口に手を当てた。


「あり得ません。信頼できる呪術師にも診せましたが、呪ではないと、断言されました」

「いや、この国の一般的な術式ではないから、見落としたのだろう。他国のものか、妖術か? いずれにしても、華月に傷を負わせる事で、発動する仕組みがあったはずだ」


 紅琳の気迫に、秀真は戸惑いながらも、信じ始めたようだった。


「贈答品などには、注意していたのですが、まさか、庭園の花にまで……」

「普通、ここまで手の込んだ真似、しないものな」


 紅琳は、首飾り代わりにぶら下げていた手製の巾着袋の中から、四つ折りに畳んでいた符を取り出した。


「公主様、それは……」

「万能符だ。以前、沙藩王から貰った。これ一回で、回復するか……。賭けだけど」


 沙藩国に嫁いでいた紅琳は、何度も命を狙われたのだ。

 物理的に狙われることもあったし、呪い殺されそうになったこともあった。

 紅琳一人が標的であれば、何とでもなるのだが、狙いが侍女や周囲の人間に及ぶことも有り、心配した沙藩王が授けてくれたのがこの「万能符」だった。

 過去に何度か使用して、紅琳の侍女は皆救われたので、きっと効果はあるはずだ。

 紅琳は、その符を更に小さく折り畳んだ。


「あの……一体、何を?」


 秀真が困惑気味に声を掛けているが、気にしている余裕はない。

 紅琳は、小さくした「符」を、口の中に放り込むと、水差しの水を飲み込み、華月の唇をこじ開けて、一気に口移しで流し込んだのだった。


「あぁっ!? 貴方、華月様に一体何をしたんですか!?」

「静かに」


 あんまり騒ぐと、侍女も宦官も勢揃いしてしまうだろう。


「万能符を飲ませた。運が良ければ、華月にも効くはずだ」

「運頼み?」

「運も重要だろう」

「そんな、恐ろしい賭け。もし、それで華月様がもっと悪くなってしまったら? この方まで亡くなってしまったら、この国は……」

「……はっ?」

「あっ」


 混乱のあまり、本音が零れてしまったらしい。

 しかし、紅琳はその一言を聞き逃すつもりはなかった。


「今、何と言ったんだ?」

「いえ、今のは別に、その……」


 我に返って、激しく頭を振っている秀真は、忠臣ではあるが、嘘が下手だ。

 揺さぶりをかけてやるつもりで、紅琳はわざと秀真を睨みつけてみた。

 ――そうして。


「今の華月が男であることと、それは何か関係があるのか?」


 おもいっきり、核心に踏み込んだのだった。

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