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名は体を表しすぎる

作者: 雉白書屋

 ある時期から人間は、親から付けられた自分の名前に引っ張られるようになった。

 なったものはなったのだ。原因が分からない以上、神の仕業とでも考えて、人々は災害と同様、受け入れる他なかった。

 名前に引っ張られるとはどういうことか。美佳という名前の女の子は美しく、力也という名前の男の子は力持ちに、知穂という名前の女の子は賢くなった。つまり『美』『力』『知』などを名前に付けると、それが赤子の時点から反映され、成長するとともに如実に表れるようになったのだ。

 ちなみに『大悪魔』と名付けられた子は、極悪人になった。

 もっとも、どれだけ素晴らしい名前を付けたからといって、まるっきり両親の容姿や能力を無視できるものではなかった。同じ『勉』という名前でも、勉強が得意な子と勉強は好きだがさほど頭はよくない子など、名前の影響はあるものの、個人差は存在した。それは、もちろん前述の『美』や『力』も同じだった。

 また、『翼』と名付けられた子には文字通り翼が生えることはなく、ただ自由な性格に。『火』がつく名前の子が火を操ることができる超能力者になるということもなく、熱い性格の持ち主に。『透』という名の子が透明人間になるというわけではなく、正直な子になった。

 それぞれが自分の名前に関連がある職業に就いたり、才能はあるようだが、人間という枠組みを逸脱することはなかった。

 この事実が明らかになると、親たちは子供の人生が豊かになるような名前を考えて付けるようになった。というと、これまでと変わらない気もするが、エゴが強まったことは間違いない。その証拠に、ある年の赤ちゃんの名前ランキングは、『金』が入る名前が上位を占めた。

 他に『球』や『芸』や『最強』に『偉大』など、プロスポーツなど特定の分野で活躍できるように、あわよくば自分たちに恩恵をもたらしてほしいと願いを込めて名付けたのだ。

 最初こそ人間社会は混沌としていたが、やがて落ち着きを取り戻した。災害でもないし、ある意味、平等に恩恵があるのだ。各分野に才能がある者が増え、記録や技術が伸びた以外の身近な変化としては、親が生まれてくる子供に名付ける際に、頭をよく捻るようになったぐらいだ。


「はぁ……」 


 そう、子供には関係ない。名前を選べないし、親も選べない。学校からの帰り道を歩くその少年もまた、自分の名に悩む子供の一人だった。

 

「はぁ……」


 また溜息。もう何度目だろうか。『溜太』 『意気消沈こ太郎』などと同級生から揶揄されるも、染みついた癖はやめられない。


「はぁーあ……」


『根暗』『イライラくん』『ゆすりビンボー』『不気味くん』など、親に勝手に付けられた名前と歩かされようとする人生への反抗心、また大人への羨望からか、現代の子供たちは他人にあだ名を付けたがる傾向が強まっている。


「はぁ……」


 むろん、あだ名を付けられた彼はいい気はしてない。しかし、そんなことよりも自分の名前そのものを変えられたら、といつも悩まずにはいられない。

 もっとも、制度としての改名は可能だが、そうしたところで、生まれて間もなく付けられたその名前による特性が変わることはない。それは『大悪魔』と名付けられた子供の件で明らかだ。大人になった彼は捕まり、死刑を宣告されては脱獄を繰り返している。

 つまり、名前は上書き不可能だ。名前は親から贈られた最初のプレゼントと言うが、返品不可なのはいただけない、と彼は常々思っていた。


「はぁ……うわっ!」


「おっと、ごめんよ! あ、内緒にして!」


 突然横道から男が飛び出してきて、少年とぶつかった。

 怪我をしたわけではないので、少年は誰かに言う気もなかったが、そういうことではないらしい。男はササッとそばにある民家の塀の裏に隠れ、それから間もなくして彼が来た方から大勢の人が押し寄せてきた。


「き、君! この辺で男の人を見なかったかな!?」

「ほら、あの俳優の!」

「ねえ、あそこにいる人じゃない!?」

「いや、違う、いや、どうだ?」

「おれは追うぞ!」

「あ、待て!」

「うちが先だ!」


 と、人々は慌ただしく、走り去っていった。


「……ふーっ、助かったよ。ありがとう」


「あ、いえ、僕は特に何も……。それより、あなたはもしかして……」


「ああ、まあ、しがない俳優をやらせてもらっている者だよ」


「しがないなんてそんな! あなた、俳優の俳人さんでしょ!? 一流スターじゃないですか! この間もドラマ、見ましたもん!」


「ははは、ありがとね」


「うわぁ、すごいなぁ……。あんなに大勢のファンに追われて……。いいなぁ、名前がすごいと、あっ」


 棘のある言い方をしてしまったことに彼はハッとなり、自分を恥じた。


「ごめんなさい……名前のおかげだなんて言い方をして。努力だってしてるでしょうに……」


 と、彼は顔を俯かせて付け加えた。男はおや? という顔をしたのち、察したようで彼に優しく言った。


「ああ、確かに努力はしてるね」


「ですよね。ほんとうにごめんなさい……」


「ふふっ、名前なんてものはお飾りさ。大事なのは自分がどう生きるかだよ。名前に振り回されてはダメさ」


「でも、そんなの詭弁です……」


 彼はつい反論してしまった。抱えていた思いと涙が体の内から溢れ出そうになった。

 そんな少年に対し、男は地面に膝をついて目線を合わせ、優しい声で言った。


「そんなことないよ。実はね……俳人って名前は、おれの本名じゃないんだ」


「え、芸名ってことですか? 昔ほどじゃないけど、そういう人がいることは知ってますけど……」


「そう、おれの本当の名前はね――って、おっとそろそろ行かないと。友人が車を回してくれるんだ。じゃあね」


 男の本名を耳にした少年は目を丸くした。


 ……僕と同じだ。同じ名前だ! そうか、名前なんて関係ないんだ。生き方なんだ……。ふふふっ、明るい気持ちだから僕の名前は明人。なんてね、でも、僕は何にでもなれるんだ! 

 悩みが消え、体が浮き上がりそうなくらい軽い足取りで、少年は再び帰り道を歩き始めたのだった。



 翌日、少年はあの男、『俳人』が逮捕されたことを知った。追いかけていたのはファンではなく、週刊誌だったらしい。ちなみに、容疑は麻薬取締法違反。

 テレビにテロップで出された彼の本名は『麻人』である。

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