せかいいちになれること
お風呂から上がって、
私はその長い髪を日々のルーティンの如く乾かしていた。
「おかあちゃんって何か世界一なことある?」
まだ乾かない髪を持て余し、
娘の他愛もない質問が始まる。
「世界一な事かぁ…。」
私はこれといって取り柄があるわけでもなく、
何かの競技で優勝をした経験など何一つない。
趣味で撮っていた写真もコンクールに出すようなものでもなく、
好きな歌も、カラオケレベルのごくごく一般的な歌唱力で、
さて、何かあるかと問われるとなかなかにしてパッと浮かぶコレがない。
「えーなんだろうねぇ。」
私は昔から良く、私にも何かしらの超天才的能力が宿っているはずなのだけど、まだそれをした事がないから、その力を発揮できて無いだけなんだよね。
なんて、友人たちと笑い話をしていたりして、
さて、それは何かと聞かれた時に必ず答えるのが、
鉋を使って、途切れること無く向こうが透けて見えるくらい薄く削れる才能。
と、触った事がない事をいいことに適当にそんな事を口にしているのだけれど、
娘にそんな事を言ったところでしょうもないわけで、
半分真面目に、半分はドライヤーに集中しながら考えていると、
「おかあちゃんはラーメンが好きだから、世界一ラーメンが好きなんじゃない?」
「ラーメンは好きだけど、世界にはおかあちゃんよりもっともっとラーメンが好きな人がいるからなぁ。」
「じゃあ、ドライヤーで髪を乾かすのが世界一早い!」
「それは美容師さんとかもっともっと早くて上手な人いっぱいいるよ。」
別に自分を卑下しているわけでもなく、
ただただ事実を述べているだけなのに何故か全てを否定するような、
なんだか申し訳ない気持ちになってきて、
「なかなか難しいねぇ。」
なんて言葉ではぐらかそうとしながら、
多分娘は嘘だとしても素直に受け入れるし、
少しふざけた面白可笑しい答えに変えても良かったのに、
なかなか上手く言葉が出てこない私に、
「じゃあ、くーちゃんを好きなのは世界一?」
と、今までと変わらないトーンで聞いてきた娘。
あ…あったわ…。
ストン。
心が落ちる感覚と、落ち着く感覚と。
当たり前の事が超難問だった恥ずかしさと。
「そうだ、くーちゃんを好きな事がおかあちゃんの世界一だわ。」
「くーちゃんも、おかあちゃんの事が好きなのは世界一。」
まだ乾かない長い髪の毛。
普段と変わらない日常の普段と変わらないルーティン。
でも今日は、私が初めて世界一を貰った日。