表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

堕天

作者: ぴょくしむ

人生の転機はいつも突然訪れる。大なり小なり程度の差があれど人生に

影響を与えることは間違いない。かくいう僕もそのうちの一人だ。

とにかく人を助けるのが大好きだった。進んで面倒なことを引き受けて

なんとか役に立とうと、例えおせっかいでもなんでもやってきた。

そんな純粋な気持ちを持ったまま、あっという間に大学を卒業して

今年四年目の看護師。


僕の名前は明星(あかし)。明るく輝く星のように誰かを照らして欲しい、そんな想いで両親が付けてくれたこの名前をとても気に入っている。

本音を言えば医者になりたかったのだが、学力が足りず妥協して看護師になった。最初こそ、目指していた医者に鞭を打たれて働かされる奴隷のように感じていたが、今は、誰よりも近くで患者をケアするこの仕事を気に入っている。

ケアを通して誰かを救う。なんの因果か僕の名前にピッタリ当てはまっているようで運命さえ感じている。

妥協して看護師になったことなんて忘れて、

みんなを救いたいという想い一つで身を粉にして働いてきた。

そんな最中、最初の転機が訪れた。

ある日突然周りの声が異常に気になり、脳に直接語りかけてくるような錯覚に陥ってしまっていたのだ。

それもすべてネガティブに。

医療者の端くれとして自己分析をして、原因究明に努めたがまるで雲を

掴むかのような作業で、思考が堂々巡りをするだけに終わった。

それからは、仕事で些細なミスが頻発するようになり全く集中できなくなってしまった。

そこで一度心療内科にかかると統合失調症と診断。

幸い軽度だとの事で、少し休めばすぐに復職できると踏んでいたが

一ヶ月も持たずに休職、復職を繰り返し一年が過ぎていた。

この繰り返しの中で、全く働けなくなったのだ。

自分の無力さにプライドが音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

手当が貰える制度を利用しながら、貯金を崩しつつ何とか生活を続けてきたがそんな生活は長くもたない。

「まさか僕がこうなるなんてなぁ」とこの手の病気を患ってしまった

人が言う定型文が頭を巡る。

無力感から寝て過ごしていることが増えてきた頃にはもう、看護師に戻る事は考えられず必死に働いていたことが遠い昔のように思えた。

再び、看護師として働いているイメージが浮かばない。

イメージはいつもモノクロでただただつまらない映画を見ているようだった。


そうこうして、日々を過ごしていると手当が貰える期限が差し迫って

来ており、何とかしてお金を得られないかという事しか考えられなくなっていた。何故だか働くという選択肢が出てこなかったのだ。

職がない今は金融機関に借りることもできない。

焦っていた僕は、SNS上で個人で融資している人がいることを知った。

今思えばそんなおいしい話は十中八九、裏があるのだが考えれば考えるほど、頭の中でノイズが走り理性が働かない。

学生の頃授業で聞いた、パブロフの犬の様に涎を垂らしながら

その甘い蜜を啜る事しかできなかったのだ。

保証金がどうとか、信用の為の前金だとか最もらしい理由でお金を

むしり取る詐欺だと気づいたころにはもう所持金は無くなっていた。

憔悴しきった僕は口座売買にも手を出してしまう。

幸か不幸か、詐欺はなかった。

罪を犯してまでお金を手に入れたことに惨めさを感じながらも、

今まで我慢してきたおいしいものを食べる、遊びに出かけるなんてことを繰り返していくうちに開放感が勝った。

味を占めて口座を作っては売るを繰り返していた頃、仲介をしてみないかと誘われた。

まともに働く気も考えることも出来なくなっていた僕はこの話に飛びついた。

何故なら、自分が救われたように誰かを”救える”と感じたから。

「こんなものは”仕事”ではない」と分かっていながらも縋るしかなかった。

初めのうちは罪悪感も感じていたが、そんな感情は目の前の蜜の誘惑に敵う筈もなく多少の惨めさを感じるだけになった。

惨めな自分から逃げたくて煙草を始めた。あの映画の狂ったピエロ程

悪くはないが、悪事を働く自分に酔うことで逃げようとしたのだ。

深呼吸は副交感神経が優位となりリラックス効果があるとされるなんて

尤もらしい理由も添えて。

それから半年は、仲介しては一日の終わりに煙草を吸い自分から

逃げ続けるだけの日々。

ただ従わされることに再び辟易してすぐに独立した。

あれだけ人の焦燥感に付け込んで詐欺をする奴らを憎んでいたのに、

より大金を得ようといつの間にか自分もそうなっていた。

かつての憎しみをぶつける様に詐欺を働き、金を得ていた。

再びあのうだつが上がらない、モノクロの世界に戻りたくないという

想いがそれを加速させていた。

不思議と爽快感があり惨めさなんて消え、”俺が救ってやってる”なんて

感情まで湧いてくる始末。

ただ、ある程度の金があって、食事も遊びも不自由なく過ごせているが

何故か幸せを感じない。決定的に”何か”が欠けているが”何か”が分からない。


いつの間にか、どこに行っても気になっていた周りの声が

気にならなくなっていることは唯一の救いだが。



ここで二度目の転機が訪れる。

いつものように”仕事”をこなして煙草を吸っていると、

向かいのマンションの一室に女性らしき姿が見えた。

俺は舐める様に観察する。どうにも気になる。

“何か”がそこにある気がしたからだ。

何度か観察していると、行動パターンが分かってくる。

月、木、金の夜八時に家を出て、深夜一時ごろに帰ってくる。

答えが欲しくて、取り憑かれたかのように尾けてみようと思った。

どんな声をしているか、はっきり顔が見たい。素直にそう思った。

金曜日の夜に実行することにした。15分程歩いたところで居酒屋に

入っていく。どうやらそこでバイトをしているようだ。

誰も俺を気にしていないと思うが、

念のために何気無くを装って店に入る。

忙しなく接客をする彼女らしき姿が見えた。

彼女に注文を聞いてもらおうと声をかける。

無邪気な笑顔で、天使のように優しい声で対応してくれる。

学生の頃憧れた、マザーテレサのような雰囲気に一瞬で心をつかまれた。


そこからは、ストレス解消の為に飲みに繰り出すという建前で、

彼女に会いに通う。

何度か通っているうちにいつも一人で飲んでいるケイジという男と知り合った。

彼は、とても痩せており会話中は目を合わせようとしない。

何やら、企業に失敗し借金で首が回らなくなっており、日雇いで食いつないでいて、頼るあてもないそうだ。

忙殺される日々を少しでも軽減するために酒にのめりこんでいると

語っていた。

足蹴く通うこと1ヶ月、彼女に話しかけることにした。

酔った勢いで、

「頑張ってるね。学校は大変? 彼氏はいるの??」と尋ねた。

彼女は、苦笑いをしながら質問に答える。

「大変です。彼氏とは最近別れちゃって」と。

苦笑いにひっかかりつつも他愛ない会話を少し続けた。

どうやらケイジは家が近いらしく、一緒に帰るようになった。

気づいたら、お互い暇なときは遊ぶ仲になっていた。


いつものように飲み、ケイジと帰路についているとこう問いかけてきた

「お金にどうしても困っていて、SNS上の金を貸してくれる人に連絡してみたけど詐欺に会ってしまったんです。殺したいほど憎い。」と。

俺は、騙された金は返ってこないこと泣き寝入りするしかないことを

伝えた。

やけに詳しいですねと言われたがなんとか誤魔化した。



通い始めて数ヶ月経ったころ、彼女を自分の物にしたいという欲が

抑えられなくなっていた。彼女なら俺に幸せを与えてくれるかもしれない。彼女を自分のものにしたい。


いつものように居酒屋に入る。

ケイジは大事な用事があって来れないようだ。好都合だ。

万が一彼女に断られるような所を見られれば示しが付かない。

適当に飲み彼女が裏口から出てくるところを見計らって、声をかける。


「こんばんは」最大限の笑顔で話しかける。


彼女は、びくっと肩を震わせ振り返る。

戸惑いと恐怖に満ちた瞳を覗かせ答える。

「こんばんは、今日は一人なんですね」


彼女は俺の事をよくわかっている。いつもケイジと飲んでいることを

把握してくれている。俺に好意があるんだなと確信する。

「君は僕の事を愛しているんだね。僕もだよ」と会話を続ける。

「何を言っているんですか」と彼女はさらに恐怖を露にする。

「すぐそこに休むのに丁度いい場所があるんだ」と強引に手を引く。

彼女は振り払おうとするが、力がない。言葉では拒否していても

体は正直だと安心していると突然背中に焼けるような痛みが走る。

ゆっくりと振り返るとそこにはケイジがいた。

「なんで?」とうまく呼吸ができず籠った声で呟くと

「僕のお金を騙し取りやがって」とケイジが答える。

理解が追いつかない中でケイジは続ける。

「偶然見えた、SNS上の名前が僕を詐欺した奴と一緒だったんだ」

興奮気味にさらに続ける。

「あなたと近所ということにして、家を特定して殺してやろうと決めてたんだ!」と普段からは想像できない大声をあげる。

さらに、俺の胸、首を刺し

「あなたの事は信じていたのに」と言い残して闇に消えていった。

薄れてゆく意識の中「まさか”俺”がこうなるなんてなぁ」と一度失敗した筈の思考が頭を支配して目の前が真っ暗になった。


そんな妄想を、失敗した人生を”あの映画”のように終われたらなぁという願いを込めて、真っ白な四角い部屋の青白く光る見にくいモニターに向かって綴る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ