2-1.島の空と海
翌日、ナウシスは召使いたちと共に、街から森を抜けた先の、海に注ぐ河口の近くに出かけた。春が来れば、召使いと一緒になって、洗濯に出かけるのが常だったからである。両親は最初、そのようなことははしたないと咎めたものの、父は王位に就くこともない身であろうからと、また母はかつて自分も同じように働いていたのだし、またその優しい心根を遮るのも憚られると、あえて引き留めることはなかった。
明るく晴れ渡った青空の下、暖かい日差しと空気の中で、篭に積み上げた衣服を、川の流れに晒し、いつも洗濯に使われている丸い扁平な石に打ち付けたり、踏みつけたりする仕事に、ナウシスは精を出した。しかし、いつもならば進んで足踏みの歌の音頭をとるところであったが、この日は他の者にそれを任せた。
「人この島影目にしても、あえて寄ることあらざりき。山路険しく木々茂し暗く、こごしき岩根に櫂休まず。外つ地へ人は帰りしも、背に置き去る幸あな惜しき。ひとたび踏み入れ分け入れば、海神の加護に浸れるに。湧き出る水の、黒き流れが隈なく潤し、野山も畑も種々実る。山羊に羊に牛どもも、食む草豊かで肥え太る。日月星辰巡りゆき、雲や潮の満ち引きの様、スケリアびとに伝えたる。汝らに、いかに多きの幸恵まれたるかを」
仕事が一段落して、召使いたちが食事をしたり遊びに興じたりしている中、ナウシスはそんな輪から離れ、海岸の砂浜に腰を下ろしていた。空は青く、その鮮やかな様はまぶしいほどで、海と空の境界から、広々とした波が絶えず打ち寄せている。波は寄せては引いいてを繰り返し、そのたびに音もまた波となってナウシスの元に届いた。どこから聞こえるのかつかみようもない包まれるような壮大な音、海岸で高くそして白く姿を変えた波の音、泡立ちながら砂浜に至り、黒くそして艶やかに染め上げて引いていく控えめな音、そんな音がいくつも重なりあい、何の覆いも隔てるものもない海岸を満たし、響いていた。
波は、ちょうどナウシスの正面で、海岸に達する前にその一部が砕け、しぶきになった。一度途切れたその部分も、また両側から合流して、ナウシスの足下にまでやってくる。ナウシスはあるとき、決まった場所でそんなことが起こるのを見つけ、不思議に思いながらも、それをまっすぐ見られるところを気に入っていたのだった。そんな場所に腰を下ろしながら、普段ならば、穏やかに落ち着きながら、静かに、そして深々と胸が躍るものであったが、この日のナウシスは暗く沈んでいた。