4-2.選択
ウリシアは、駆け寄るナウシスを認めると、目に涙をにじませ、微笑みながら語りかけた。
「ああ、本当に来てくださったのですね。定命の身にあっては、心ほど移ろいやすいものはないと言いますから、私などもうお忘れではないかと、ずっと思っておりました。しかしこうして来ていただけた今となっては、自分の心を恥じています」
「そのようなことをおっしゃらないでください。僕の方こそ、あなたにそうやってご負担をおかけしていたのですから、申し訳なく思います。お言葉の通り、僕の心は揺れ動いて、僕自身もどうにもできないほどでした。でもこの日にこうしてお目にかかれたのですから、どうかお許しくださいますよう」
「ええ、もちろんでございます。お姿は見違えるようでしたが、お心は決して変わられていないのですね」
ナウシスにとってはこう言われても自分の何が変わったのかが分からなかったが、ともかくウリシアとの再会に胸は躍った。ウリシアは海面へ飛び込み、砂浜の方へと泳ぎ向かった。そこから体を持ち上げ、呼びかけて言うには、
「さあ、こちらへお越しください、私とともに波の下へと参りましょう。しかし……しかし、もしお心変わりをなされるのなら、今より後に機会はございません。本当によろしいのなら、私の手をお取りください。もうこの先には決して、お過ごしになった陸の地へと上がることはなくなるのですから」
ナウシスの決意は、ウリシアの顔を見て揺らいだ。そこに浮かぶ表情が、あまりにも悲痛なものだったからである。彼女の語ったことは、すでにナウシスは何度も考えていた。そうしてとっくに乗り越えたと思われた不安が、再びナウシスの心と体の間に立ち塞がり始めたのである。自分が生きてきた土地、家を捨てるということの重みが、これまでにないほど実感を伴って現れたのだった。
そしてナウシスの足は、波の絶えるあたりで止まった。その眼前で、ウリシアは手を差し出した。
「お選びください、返す波とともにこちらに来られ私の手を取るか、寄せる波とともにお別れするか。いずれも、あなたの御意のままなのです」
ナウシスは逡巡した。その間、ただ波の音がナウシスの意識を満たしていた。やがていくつかの波が足下を洗った後、ナウシスは前に足を踏み出し、ウリシアへと手を伸ばした。
ナウシスの顔には不安の色が濃く漂っていた。それを目にしたからか、手を取ったウリシアは何も言わず、微笑みを作ることもないまま、ためらいがちにその手を引き、やがて水の下にナウシスを引き込んだ。
人は自身と同じ地上の定命の人間であるはずのナウシスが、なぜ海の中で生きながらえたのかを不思議に思うであろう。私も同感であるが、私はただ知ったことを語られたまま記しているのである。信じられる人が信じればよいし、その理屈は必要ならば各人が好きに作ればよいと思う。