勝利の怪物
「終わりましたね」
客室に涙王の言葉がポツリと響く。静寂の中にあるのは、それと舞王の息遣いだけ。
舞王「トパーズ」は、息を荒らげて涙王「シャイミール」を睨んでいる。足は少し溶け、口から鮮血を出しながら。
「まだやるのです? 勝てない事は分かっていますよね? 六王の中でも私は二番目。差がありすぎるのです」
「…でしょうね。でも、五番が二番に勝つ可能性も無いわけじゃない。そうでしょ? アクアマリン?」
涙王の額にシワがよる。目付きが鋭くなり、手で舞王を指をさす。その手からも粘液がぽたぽた、とたれ、落ちた場所がグズグズに崩れ落ちていく。
「…その名前。いつまでその距離で話すのです? もうそういう関係では無いのですよね? それはあなたが一番よく分かっているのでは?」
「そうね。でも――いや、貴方が変わってしまったのは事実。それでも私はまだ貴方を妹――」
涙王が手を弾く。手から離れた一滴の粘液が、舞王の頬にあたる。
肌はその場所を巻き込んで、一瞬でグジュグジュに溶けていく。そして溶解は止まらず更に侵食を発生させていく。
「ウゥ…熱い、ガ…アァ」
「はぁ、本当に呆れますね。いつまで平和ボケしているのやら。私はもう【あの時】から、あなたの事を姉だと思ったことは無いのです。最初から人間と魔物が仲良く助け合う世の中など実現不可能だったのですよ」
侵食に悶え苦しむ舞王の横目に、溜息をつきながら壁を見る涙王。
もう終わった。彼女のやることはここで終わり。【命令】はもう完遂した。この船はもうすぐ転覆する。彼女の爆弾の手によって。モルトも酔王も粘液に取り込まれ脱出不可能だ。王手とも言える状況。
なのに、彼女の胸には一抹の不安が過ぎる。これほど磐石な盤面で、まだ不確定要素がある気がしてならない。そしてそれは――
「すぐ近くにいるものよ?」
「!!!?」
――涙王の顔が潰れる。何かが顔にめり込んでいる。それは足。傷を知らぬ生足である。細い美脚からは想像もつかないエネルギーで、涙王は大きく吹き飛んでいく。
「大きく吹き飛んだわね。…あら? 」
彼女の下には苦しむ舞王がいた。彼女は咄嗟に服の中から薬を取りだしそのまま舞王にかける。
それは対涙王用の薬であり、舞王の顔の侵食は薬によって直ぐに癒えていく。
「アガ……あれ? 痛みが」
「大丈夫? 随分苦しんでいたけど」
「え? あぁ…うん。大丈夫、ありがとう」
舞王の目に映るのは、黒い髪。長髪で滝を思わせるサラサラの髪。足は長く、モデル体型で黒いヒールに沢山の装飾のワンピース。
手には沢山の指輪。例えるなら【愉悦】を言葉にしたような人間。
その名は――
「貴方…舞王トパーズでよろしいかしら?」
「えぇ、貴方は?」
「私はこのホワイトハウスのメインオーナー。黒井えりか。エリカと呼んで。宜しくね」
「あぁ。うん、宜しく」
咄嗟のことで、頭が回っていない舞王だった。
◆◇◆◆
「ウゥ…アウ」
その頃吹き飛ばされた涙王は、色々と混乱している。それは理解出来ない事があるから。
まず自分を足ひとつで蹴り飛ばしたのはまだ理解出来る。それで壁を貫通する程の力、何もかも。
ただ一つ理解できないのは、今自分の心を襲うこの信号だった。
「アァ…痛い痛い。何なのです。私はスライム、痛みなど…無いはずなのに。痛すぎる」
彼女にとって初めての苦痛。本来魔物…いやスライムには痛覚が無い。よって痛みを感じるのは構造的に不可能なのだが、彼女の体は確実に激痛を信号として送っている。
そして…
「これは…鼻血? 何故なのです? 何故!何故! 私には血液なんて通ってないはずなのに! 何故、何故、何故!!」
「知りたい? 答え」
涙王は、その言葉に首だけで後ろに振り返る。彼女の骨はあるだけで、実際にはそこまで意味を成していない。
彼女が通った――いや破壊した壁の向こうから、カオリが優雅に歩いてくる。その足取りはまさに優雅。相手が涙王など知って尚この態度である。
「…お前私に何をしたのです!?」
「何をした? あぁ、それは私の固有魔法ね。私の固有魔法は貼り付ける物。実際とは違う物質に、私が張りつけた物の特徴をインプットさせることが出来る。私は貴方に人間をインプットした。【蹴られれば痛い】や【怪我をすれば血が出る】は、当然の事でしょ? 人間として。ね。まぁ人間もどきに理解できないでしょうけど」
今の言葉が涙王の逆鱗に触れる。人間もどき、それは魔物は人間より劣っていると言う意味の罵倒である。
「もどき…だと? 人間風情が生意気な! 魔物に何一つ敵わない劣等種の分際で! 私を下に見るなぁァ!!」
赤い感情が涙王に流れる。その感情が彼女の足を進ませる。冷静な判断をさせずただ前進しか許さない。
カオリは一歩後ろに下がる。だが、涙王は後退を許さない。床を踏み抜く。
その手がカオリの腹を貫くその時――
「そこね」
涙王は下を向く。最後の一歩。踏み抜く時にいきなり床が光る。
光は広がり、魔法陣のように鮮やかな魔法を出現させる。そこから鎖が何本も現れ、涙王を捕縛するのは時間の問題だった。
「グ…なんですかこれは! いつの間にトラップを!」
「そうね。いつの間に…貴方が今いる場所、分かる? 私の固有魔法を知っていて、迂闊に近づくなんてね」
「…お前の魔法は…無機物にも使える…と言うことか!」
「そもそも使えない等と言った覚えは無いわ」
カオリの固有魔法は全てにテクスチャ可能であり、彼女の足が触れたただ床は、以前彼女がここに来てトラップをしかけたと言う床にテクスチャを上書きされたのだ。
純白の鎖に囚われる涙王。それは捕まった鳥のように抵抗するが、どれだけ足掻こうとビクともしない。
「こんな鎖! こんなもの!!!」
「そうね。今は無理でも十秒もすれば一瞬でこんな鎖壊れてしまう。これが私の限界でしょうね。でも――その【十秒】が欲しいって言ったら?」
「…? ――!!?」
涙王は後ろを振り返る。いたのは舞王、彼女の足が鋭く尖る。大ぶりの右足で彼女の首を切断するつもりだ。涙王には今手が無い。鎖によって全てを封じられている。
「ア」
涙王は切断を受け入れるしか無かった…
ボトン、と。彼女の首が落ちる。首から大量の鮮血が流れる。噴水のように…ただ、その血は幻でカオリや舞王には、何一つ付着していない。
「ア…な、なんで――」
「――なんで再生できないか? でしょ? 忘れっぽいのね貴方。テクスチャで人間なのよ? 人間は首が落とされれば死ぬ。それが切理でしょ? さようなら涙王。無様な魔物の王様」
体が解けていく。涙王の意識が消えていく。どれだけ再生しようとしても、その権能は機能しない。彼女はただ薄れる意識の中、カオリを睨むしか無かった。
「…」
「そんなに睨まないで? どうせ貴方【分身】なのでしょ? 本体がテイキョクから出るはずも無い。 命令の件は…あなたの油断のせいね。じゃあね。貴方の上司ディスガイアによろしくね」
その言葉が聞こえたかは分からない。涙王は既に命の無い粘液の塊になっていた。
だが、カオリの興味はもう涙王には無い。今は荒らげている舞王に話し掛けるのだ。
「貴方は大丈夫? 舞王さん?」
「…トパーズでいいわ。大丈夫かと言われればどうでしょうね」
「じゃあ…トパーズ。貴方がホワイトハウスに来た理由は終わり?」
「えぇ、彼女が【あっち】側と知れただけでも収穫ね。やはり戦いは避けられそうになわね」
ため息を着く舞王に、カオリはたった一言。
「じゃあ帰ってね。舞王はここにいると面倒なのよ」
「…一応この船のために戦った気がするんだけど? ――まぁいいわ。爆弾の方は?」
「それなら安心しなさい。酔王が何とかするでしょう。私は人を待たせているから、失礼するわ」
あくまで他人任せ。それがカオリのスタイル。称号を必要とせず、ただの力のみで相手を制圧する。
それが勝利の怪物と呼ばれるカオリであった。
読んでいただき本当にありがとうございます!
星を増やしてくれるとありがたいです。
面白かったと思ったらブックマーク!
感想やレビューもお待ちしております!
星ももちろん大歓迎!
具体的には広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★にね。
そうするとロリのやる気が上がります。




