狂気と倫理は紙一重
酔王…それはこの世界でも、結構ハズレの方だ。魔王や、聖王、涙王などに比べて、インパクトも何もかもが弱い。
それでも、彼は考えた。【受け取ってしまったのなら、何とかしよう】と。
称号にもデメリットがあり、これは本人が捨てたくて捨てれるものじゃない。不釣り合いだとしても、世界から渡された役目を遂行するしか無いのだ。
名を書けば、酔に王。彼はいつも酔っ払っている。酔いが覚めることは無い。たとえ酒を断ってもいつも意識は朦朧として、頭は割れるように痛い。
眠れない、動悸、吐き気、などが永遠と彼を襲う。
彼の未来には、自分の欲望を達成する道など、荒れた食道のようにズタズタに崩れていた。
そんな時だろう。彼がホワイトハウスと出会ったのは。出会ったと言っても、彼は普通にはした金で、ギャンブルしに来ただけ。
それでも――
「へー、酔王。面白いね! ここに住めば? きっと面白いよ? え? 『酔っ払いに席があるのか?』って…ギャンブルに来る人なんて、皆酔っ払いだよ。少なくとも私はそう思ってる!」
彼の目的は勝ち続けること。人にも、人生にも、万物にも。きっと朝日が来ると願って――
◇◆◆◆◇
「それで? どうする?」
「…どうするって」
エドとモルトは先に行動を開始して、俺は酔王と二人きり。気まずくは無い。だが、何故かそれが嫌だ。【なぜ俺は、この男にこんなに気を許している】んだ?
「ははは、二人ともノープランだね。じゃあバーを出ようか。酒は程々にってね」
酔王は、笑いながら出口に歩く。脳天気な事はいい事だが、それにしても酔王ってショボイな。魔王に比べると…て話だが。
俺もいつか、王の名を得ることになるのだろうが。少し前に聖王の、プリスに聞いた事がある。【聖王の名はメリットか?】って、そしたら【そんなにいい物じゃない】って返された。
◆◆◆
「んで、どこに行くんですか?」
「んー、とりあえずこのVIPルームの、環境は知ってもらったと思うからさ。ギャンブルの勝ち方を教えてあげるよ」
酔王は、鼻を鳴らしてドヤ顔をしている。 …何を偉そうに。こっちだって、金からあるんだよ。
「別に必要ないです。私は四千万の王金貨がありますので」
「…少なくない? 【四回】しか出来ないじゃん」
「――は?」
「知らないの? このVIPルームは、最低一千万からスタートだよ。そこからレイズや、ダブルアップがある。この世界じゃそんな金は、瞬きの間に消えるさ」
確かにシズクにもそんなこと言われたな。あれマジの意味だったのか。
右のテーブルをちらっと見ると、チップが十枚…最低でもあれだけで一億か。舐めてた、これは力を借りるしかない。
「――では、ギャンブルで勝つ方法とは?」
「素直でいいね。じゃあ質問を質問で返すようで、悪いけどさ。【君の価値観で、ギャンブルに一番必要な能力】ってなんだと思う?」
…一番必要? 金を得る能力? それとも自分を信じる能力? いやどれも違う気がする。
何だろ、まぁ俺の価値観で答えておくか。
「やはり、勝負時を見極める能力では? 毎回毎回全ブッパなんかしてたら、お金なんていくらあっても、足りませんからね」
「うーん。違う!」
「――いや違うってなんです? 私の価値観なんだから」
「――違う!」
「話を聞きなさい!」
酔王は、周りに人がいるにも関わらず、大声で笑う。その声はあのバーの中でも聞こえそうなレベルだ。
だが周りの人間は、日常茶飯事だと言うが如く、誰も反応せず、注意せず、ギャンブルに夢中になっていた。
酔王は笑う。
「ギャンブルとは、【五感の延長】だ。視覚で表情を見て、聴覚で会話を聞き、嗅覚で酒を楽しんで、味覚で勝利を噛み締める。そして触覚で相手を握り潰すんだ。エドから聞いたよ? アルピスの為にも、相手に慈悲をあげちゃダメだ。ほら――」
酔王が指さした場所には、ひとつのテーブルが。当たり前だが、ギャンブルが行われている。…特に違和感は無いぞ?
「――ギャンブルで一番大切な能力は【バカを見つける能力】だ。金を得るのなら、利口よりバカを選ぶ。さてと君は俺の後ろで見ているといい。行くよ」
そしてそのテーブルの空いてる席に、違和感なく入り、酔王はギャンブルを始める。他に三人居たが、二人は席を立ち、一人勝ち続けていた奴が残る。
方法は至ってシンプル。まず「勝ってるねー」と相手を励まし、調子に乗らせてから、どんどん酔王のペースに呑まれていく。
見てると心が痛くなる。これは俺が日本に居たからか? この世界じゃ、普通なのか?
男はどんどん冷や汗をかいていき、その時にはもう遅い。全ての財産は、酔王の物になっていた。
「どうだった? 俺のギャンブルは?」
「どうと言っても、、容赦ないなとしか…」
それが俺の本音。生まれて初めて、会ったかもしれない。価値観が合わない人間という物に。
そんな一抹の不安が、俺の心をズタズタにする。それが、このペアの最初の行動だった。
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