死に行く人々へ
舞台は少しだけ現実に戻る。
「さてと、これも計画のうちでありんす?」
「は? 何を言っているのです? これを予想出来ていたら、預言者になれるのです。要は計画外ですが、予想外では無いのです」
話しているのは、シグレとアルミシア。
シグレはタバコを吹かし、アルミシアは俺が持っていたカードを1枚ペラっとめくる。
「エースなのですね。勇者にふさわしいクソカードなのです。シグレ、これ勝敗はどうなるのです?」
「…ゲームは中断でありんすが、クスノキがモルトのブラックスワンを当てていたことを見るに、クスノキの勝利でいいでしょう」
「マジか、本当に勝ってしまうとは恐れ入ったのです。筋金入りの偽善者だとは思っていたのですが」
アルミシアは、俺のフォールアウトに触ろうとする。だがその手は触れる寸前に、バリアのようなもので弾かれる。剣が触るなと言っているのだ。
「チッ! 目的の物はそこにあるはずなのに! フォールアウトめ、まだ私を主と認めないつもりなのです!?」
「そりゃあ、主が眠っている間に盗むハイエナを、所持者にしたいとは思わないでありんす」
「黙るのです! クソが…もういい。予定が狂った、もう私はVIPルームに行くのです」
「…ご自由にでありんす」
アルミシアは強く舌打ちをして、その場を後にする。迎えに来た係員を無視して、スタスタとVIPルームに上がった。
(…憎い、憎い、憎い!)
アルミシアの心には、まだ深海の水が注ぎ込まれている。それの結果は自分を苦しめるだけなのだが、それを贖罪として生きる彼女には、喜んで落ちる地獄なのだ。
◆◆◆
「暇ですね」
「さっさと歩け」
あの後アルピスの映像を見終わると、世界がまた元に戻る。そしてまた徒歩が始まり、十分が経つ。
正直何も無い。ただやつれた人を見ているだけの、時間が進んでいた。
「モルトさん、あれは?」
「ん? あぁボランティアだな。ここで支援をして、募金を貰って私利私欲の為に使う奴等だった。俺から見ても偽善者だったよ」
「でも助けて貰っていたのでは? ほら、あそこで係の人からパンを貰う人なんてあんなに笑って…」
「――気づいたか? あれに」
少しだけ違和感があった。それはボランティアが、パンを渡す時に何かを渡している。小型の…注射器?
物資を貰っている人は、どちらかと言えばパンよりも注射器を貰っているように見えた。
「あれは?」
「麻薬だよ。打てば寿命がバカみたいに減る代わりに幸福感と、多幸感が得られる最悪最低の代物だよ」
「――なんで、あんなものが…」
「実験だとよ。あとから知ったがな。あのボランティアは製薬会社から来た使節団で、裏社会に投げる麻薬の効果をここで検証しているんだよ。ここの住民は空腹と不幸で満ち溢れている。だからこそ麻薬がよく効くんだよ」
嫌な世界だ。なんで日本にもあるものがここにもあるんだ? しかも人を助ける物じゃなく、貶めるものばかり。
「――更に最悪なのが、住民があの麻薬の事を知っていたんだよ」
「え?」
「どんな物だろうと、一回打てば人は大体察する。ボランティアは毎回注射器をコミカルなものに変えていたが、それでも…住民たちは空腹と絶望に耐えられなかった」
「…それは全て人から与えられたものなのに、自身の環境は全く救われていないのに…」
「だったら? 奴らにそんな感情があるとでも? そんな馬鹿は注射器を受け取らず空腹で死んだよ」
「待ってください。ということは貴方も?」
モルトは首を振る。そして見せてくれた右腕には注射器の針の跡が一本もなかった。
何故だろう? パンを受け取らなかったのか?
「無いんですね、跡」
「あぁ、だが勘違いするなよ? 別に俺はボランティアからパンを受け取っていたし、あの時は麻薬なんて知らなかったさ」
「じゃあなんで…」
「いるだろ?俺と近い人間で、注射器を打ってなくても怪しまれないと誤魔化せるやつが」
「まさか――」
モルトは上を見る。その瞳は何を見ているか? 雲、空、違う。ただ虚空を見て目を逸らす。
「そう。俺の母親が俺の分も打っていたんだよ」
「…」
「母親は昔から、体が強かった。それで父に結婚を申し込まれるほどな。だがどれだけ体が強かろうと、身体を壊す薬には叶わない。それを一本じゃなく二本だからな。徐々に正気を失い、衰弱をしていった」
俺は何も言えない。ただ奥から吹いた風がモルトの髪を揺らす。それでも彼は話を続ける。
「――俺も母親があんなになれば気がつく。注射器が原因だとな。だがそれに気づくのも遅く、そして母親は俺にそれを誤魔化した。『何でもないよ』と『知らなくていい』と、唇をかみ締めながら言っていたよ」
先程の人を見る。注射器を貰って、子供にも打っている。そして喜ぶ子供、涙を流す親。それを見て笑う人々。誰も意地悪などしていない。ただ子供に知られないように、楽しい薬だと言い続けているように見える。
一個人に出来る事など限られている。それでも自分がそこにいたら行動出来ていただろうか? 注射器を受け取っていただろうか? 烏合の衆になれていただろうか?
そして俺はモルトの顔を見る。彼の目は鋭くボランティアを睨みつけていた。
「反吐が出る。ああやって子供に教えてんだよ。あの子供は大人まで生きられないのに!!」
「注射器を受け取らなければ、投与しなければパンを受け取れない。それが彼らの正義なんですね」
「――分かってる。分かってるさ。ああやって媚びを売らなきゃ生きられない。弱肉強食が摂理なんて分かってる! でも【あれは】無いだろ。あんなむごい地獄を作って、誰も何も言わない! 」
モルトに同情なんて出来ない。自分とは環境が違いすぎるし、それは彼の過去への冒涜だ。
でもだからこそ理解出来る。彼の金への執着も、何がなんでも勝負に勝つ事も、全て生き続けなければいけないからだ。
「はじめ呪いだった。今は鎖だ。母親の慈悲で、いらない覚悟で俺はまだ生きている。あの時隣にいた奴のように注射を打っていれば、ただいきなり狂ってボランティアに、射殺された彼のように!! …誰も生きたく無いわけじゃない。でもそれでも、この国の人間は生きることを嫌い、狂う事を望んたんだ」
「……」
「クスノキ、なぜ俺がホワイトハウスに来たか。お前はアルピスを止める為と教えてくれた。だから俺も教える。
俺の目的は、この製薬会社を潰す事。それにはVIPルームで貰える権限と、金と、情報が必要だ。まだ名前と【テイキョク】に本部がある事しか知らないからな」
テイキョク。確か涙王が治めている国、カゲはそこに行きたいって言ってたけど、大丈夫なのか?
それにしても最悪な企業もあったものだな。どこも腐っている部分はある…か。
「その製薬会社の名は【生死統一教】俺の全てを奪った忌々しい敵だ!」
その時、そこの空気が変わる。これはあの時と同じ敵襲だ。だが、酷いにも程がある。これは――
「モルトさん。下がっていてください。ここは私が――」
「いい。余計な慈悲を託すな。分かっている。だがな」
モルトは前に進む。敵は正気を失った民やボランティアが蠢いている。まるで彼を仲間に加えようとしているように。
「――分かってる。俺が憎いんだろ? 同じ故郷で俺だけが平穏に過ごしている。来いよ、お前たちの辛さは痛いほどわかる。薬で死んで尚ここで使い尽くされる。それがどんなに【屈辱】か!」
モルトは、拳を構える。涙は流さない。ただ手を握りしめ、唇をかみ、我慢する子供のようだった。
「来い! 俺がお前らを終わらせてやる! 引導を渡してやるよ!」
「来ますよ。モルトさん!」
そして俺達に襲いかかる第二の敵襲が始まった。
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