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灰とこたつと仲直り

作者: グラニュー糖*

年末ですね!年末らしいのを作りました。風邪には気をつけて。


こちら、pixiv用のものをそのまま載せているのでコマンドが入っている場合があります。あとから編集しましたが、残っている場合があります。

「ふぁあ…………。うぅ、さむぅ……」


 紺色の髪の毛をお団子にした女性が、こたつに入って眠そうにしている。

 彼女の目と鼻の先には、丸々と売れた橙色の実。人はそれを「みかん」と呼ぶ。

 その周りには、その「みかん」が無残にも中身を抜き取られた状態で散らばっていた。


「ええと、この資料はあっちで……」


 両手から溢れんばかりの紙の束を一度机の上に置き、青い大きなファイルを取った。


「ファイルはあの棚に入れ替えて……」


 他のファイルたちを棚から取り出した。重くて、思わずフラついてしまう。


「おっとっと…………」

「はぁ、あったかい……」

「姉さん!!」


 バン!!とファイルをこたつの机に叩きつけた!


「なに?」

「なに?じゃないよ!姉さんの仕事なのに、なんで何もしないの!」


 僕は棚を指差した。

 姉さんは無言で頬杖をつきながら棚を見て、流れで僕を見た。


「年末くらいは何もしない」

「姉さんはいつも何もしてないでしょー!!!」


 僕の大声に、姉さんは指で耳を塞ぎながら、肩をすくめた。


「はぁ。あのな、冬馬。レジスタンスの仕事が終わって、変な生き物がうろつくようになった今、みんな探偵事務所に来るような時間は無いわけ。めっきり仕事が減ったんだし、少しくらいサボっても問題ないんだよ」

「それは……そうだけど……」


 チラ、と建物の外を見る。

 壁にへばりついた、大きな目がついた花を見るたびに背筋が凍る。あの花には『茎』が無く、代わりに血管のような気持ち悪いブヨブヨしたのが脈打っている。処理しても処理しても復活するのに、放っておけば人間を殺すこともできる危険生物なので、たまに処理をしないといけない。この『シャドウアース』という惑星のそこかしこに出てきたのだが、なぜかこの探偵事務所周辺は大量には現れていない。たとえ一体いても、火炎放射器でなんとかなってしまうレベルだ。


 そう考えると、誰かが処理していると考えるのが自然ではないだろうか?自分の家の前を掃除すると言えばおかしくないのだが、姉さんは確実に違う。だって、ずっとこたつの中にいるのだから。


 ──じゃあ、誰が?


 でも今はそんなことはどうでもいい。とりあえず、なんとかして姉さんをこたつから引っこ抜かないと!


「……ううん、それとこれとは、別!!」


 僕は自分の全体重を使って姉さんをこたつから引っ張りだそうとする。おそらく僕の体は床と45度になっているかもしれない。


「痛い痛い痛い!腕を引っ張るな!」

「だってこうでもしないと外に出ないでしょ!」

「私だって、お前を成長させるために頼んでるんだ!」

「じゃあ僕が一人前になって、一人で探偵をするってなったら手伝えないよ!!」

「あぁ、いいさ!好きにやってろ!」

「!!」


 僕は姉さんの手を離した。


 こんなに姉さんに尽くしているのに、どうして認めてくれないの?どうして調査に連れてってくれないの?どうして頼ってくれないの?


 いつも思っている不満が同時に頭をよぎる。


 だんだんと姉さんに手を貸すのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。


 そして…………。


「姉さんの……バカぁああああッ!!!」


 脳内が沸騰し、爆発した。

 僕は叫び、走り出す。


 灰色に染まった、真っ暗な街を。

 光が地面を照らしても、悲鳴が絶えないこの街を……。


 __________


 _____


「ひっ、ぐ……」


 腕を擦って、下を向いてフラフラと歩く。

 この寒さじゃ涙も凍ってしまう。でも、出て行くと決めたんだから戻るわけにはいかない。


 ……何か持ってくればよかった。

 なんでブーメランすら置いてきてしまったのだろう。お金も、上着も、帽子も無いし。しかも最近は『アレ』がたくさん出てきて、夜に出歩くなんて自殺行為だというのに。


 僕は、このまま年を越せないのだろうか?


 歩き続けて何分とかも考えていない。でも、たくさん歩いた。頑張った。頑張ったんだよ?姉さん。


「…………寒い……疲れた……」


 僕は建物の入口に座り込む。年末なんだ、誰もいないだろう。


 大きな建物だ。倉庫なのだろうか?それとも……。


「…………」


 ザリ、とコンクリートに靴を滑らせたかのような音がした。


「!!」


 僕は慌てて口を塞ぐ。

 誰だ?『あの花』たち、歩く機能を手に入れたのか?もしそうだったら……。いや、そうじゃなかった場合、人間だった場合、どうしてこんな時間に出歩いている?おかしい。最近はこの惑星は住民全員が世界を良くしようとして一致団結している。でもまだ反対派がいたというのか?


 ──怖い。怖い、怖い、怖い……!


 僕は目を瞑る。

 もう僕の目を開くことはないのだろうか………………?


「…………なに馬鹿なことをしているんだ」

「……え?」


 心底呆れたような声が聞こえた。男の声だ。

 僕が目を開けようとするより早く、男は動いた。


「上着も着ずに、武器も無しに、よく外を歩けたものだ」

「熱っ!!!」


 頬に押し当てられたのは、熱い物。飲み物だ。この人……僕に温かいものを持ってきてくれたの……?


「買ってきたばかりだからな」

「ブ……ブルーローズ!?」

「シッ!!……声がデカい」


 ブルーローズに口を塞がれる。

 うぅ、鉄のニオイと煙のニオイがすごい……。そういえば、この人スナイパーなんだっけ。銃触りすぎてニオイ取れてないんじゃないかな?それに、タバコ吸ってるらしいし……。見た目や年齢に合わないハードボイルドさ。……この人が………………。


「ん、んんむ……」

「返事はいい。……コートを貸してやるから、何があったか教えてくれないか」


 ブルーローズは隣に座り、妙なマークが入ったグレーのコートを問答無用で羽織らされた。

 僕はさっきの温かい飲み物……ココアのペットボトルを両手で持って、手を温めながらポツリと口にする。


「…………喧嘩した」

「……そうか」


 まるで知っているかのような言い方だった。

 もちろん、僕の行動についてではない。もっと先の…………姉さんの行動、性格についてだった。


「わざとじゃなかったんだろ?」

「姉さんのためを思って言ったのに」

「それが気に入らなかったのだろう」

「……お、お前には関係ないだろっ!」


 僕はバッ!と立ち上がり、ブルーローズの方を見る。直後、僕は驚いて動きが固まった。


「……え」

「………………もう行くぞ」

「ま、待って!」


 ブルーローズは目を伏せたまま立ち上がろうとする。それを僕は妨害した。


 だって……だって、シャツに……血が……。


「……なんだ」

「なんだじゃないよ!どうしたの、その血!帰って治療しようよ!」

「喧嘩しているんじゃなかったのか」

「う……だ、だけど……」

「その優柔不断さで大切なものを失ったんじゃなかったのか」


 ブルーローズは畳み掛ける。


「俺は戻らない……戻ってはいけないんだ」

「…………それはブルーローズの思ってることでしょ」


 ブルーローズの目が細くなる。

 本人は思ってないだろうが、彼が切り抜けてきた修羅場の雰囲気をまとった空気のせいで、殺気を向けられていると錯覚する。きっと、誰もがそう思うだろう。あの赤い『ドラゴン』と呼ばれた人のように……。


「姉さんがどう思ってるのか、知らないでしょ」

「それは……」


 ブルーローズが狼狽えた。もうひと押しだ!


「優柔不断なのは、ブルーローズの方だよ!帰って、姉さんに『ごめんなさい』しなきゃ!僕も……僕も謝るからさ……」

「……冬馬……」

「!」


 今、僕の名前を呼んだ?


「昔とは違って成長したな」


 頭を撫で回される。

 状況やココアの温かさも相まって、泣きそうになる。


 ダメだ。流されちゃダメ。

 この人は姉さんを捨てて、敵になって、ブリリアントの人たちをたくさん殺した悪い人。オリオンが投降して、戦いが終わって、味方になって、『あの花』たちを倒してくれているのだとしても、この人は敵なんだ。たとえオリオンに所属していなくても、姉さんを捨てた時点で敵なんだ。


 なのに……なのに…………。


 やめて。やめてほしい。僕は親の顔も覚えてないのに、『親』みたいなことをしないでほしい。知りたくなるから。『知ってしまう』ことが悪とされていたこの星で、命に関わるほどの『知識』を得ようとしたら、消えるのは記憶だけでは済まないだろう。だからこそ、やめてほしい。知らないままでいさせてほしい。


「ぅ……うぅ……ぐす」


 白いブラウスの袖で涙を拭う。


 矛盾している。

 こんな男の前で泣くなんて。でも、涙が溢れて止まらない。

 ずっと温かいペットボトルを持っているので熱くなった手をさらに握る。さっきまでは地獄に仏だった温かさも、今では忍耐を求める熱へと変貌している。この痛みが、唯一僕の考えを留めてくれているのだとしたら、僕は手放すわけにはいかない。


「……寒いだろ。探偵事務所に向かおう。ここまでよく歩いて来られたな」


 ブルーローズは手を差し出した。


「お、折れたんじゃないもん……」


 僕はそれを見て……手を出さなかった。でも、返事はした。ブルーローズは一瞬悲しそうな目をして、目を閉じた。


「はいはい。俺……いや、僕だって折れたわけじゃない。優柔不断じゃないからな。そこだけは理解しておいてくれよ」

「むぅう……!」


 灰色の街を仲の悪い二人の男が歩いていく。

 二人がいた扉の向こうでは、積み上げられた肉の花が土に還るのを今か今かと待ち望んでいる。


 ──子供には見せられない。大人だけの光景だ。まだ、知られるわけにはいかない。


 死の引き金を託された男はそう心で唱えながら、子供の背中に手を回した。


 __________


 _____


 …………数時間後。


 飛び出した僕は姉さんにこっぴどく叱られ、とにかく風呂に入れ!とお風呂に突っ込まれてしまった。


 怒られた内容はこうだ。


『お前がいなくては、何も進まない!』

『心配したんだぞ!』

『出て行くのは良いが、寒い中で何も持たずに出ていくのは許さない!』

『夜なのに外に出るな!』

『なんてものを持ち帰ってきたんだ!』


 ……と。


 僕は湯船に浸かりながらグルグルと考えていた。


 姉さんはアマノジャクだ。素直じゃない。

 いつも明るく、気丈に振る舞って、探偵事務所に相談に来る人を不安にさせないようにしているけど、いつも隣にいる僕にはお見通しだ。


 姉さんは無理をしている。

『あの男の人』がいなくなってから。毎日、毎日。

 ああやってこたつに入ってのんびりしてても、大好きな味の濃い紅茶を飲んでても、車で暴走してても。ずっと、ずっと、ずっと。


「…………姉さん」


 ホカホカになってリビングに戻る。


「………………」

「………………」


 こたつでは、おそらく30分くらいはあのままだろうという状態が続いていた。


「………………」

「………………」


 無言でこたつに入って見つめ合っている。

 真ん中に置かれているみかんは居心地の悪そうに転がっている。

 ……僕まで居心地が悪くなってきた。


「冬馬、髪は乾かしたのか?」


 真っ先に僕のことに気づいた姉さんが話しかけてきた。少しだけ声が不機嫌になっている。

 ブルーローズはなぜか正座でこたつに入っており、ずっとみかんを見つめている。


「乾かしたよ」

「そうか。……紅茶を淹れてきてくれるか」

「……!うん!!」


 僕はいつものトーンに戻ってくれた姉さんの声に嬉しくなり、勇ましく台所に向かった。

 姉さんは少し調子を取り戻したのか、そのまま軽口を叩く。


「私はこの不届き者を監視しなきゃいけないからね」

「………………」


 ブルーローズは何も言い返せず、無言のままだ。それを見た姉さんはムッとした。


「…………。あのなぁ、みかん、丸々口に突っ込まれたい?」

「………………いや」


 まだ黒い布を口に着けているのか、くぐもった声で返事をする。姉さんは直後、当たり前かのようにそれを引っぺがした。


「あっ!?」

「今日こそハッキリさせるよ、『ブルーローズ』。ちょうど年末だ。『厄落とし』といこうじゃないか」


 姉さんは座り直して、不敵に笑う。よかった、いつもの姉さんだ。


「まず……『明晰の民』、なの?」

「…………そうだよ」


 ブルーローズの長い髪がサラリと動く。

 姉さんより長くて、黒い髪。重いスナイパーライフルを持つために鍛えられた肩幅の大きい体と、身長と低い声を認識して、やっと男性だと気づくくらい、まるで女の人のようだ。


 セカンドとは、この世界の理を知ってしまった人たちのこと。この星は『地球』の劣化コピー。本当の『地球』の美しさを知って、絶望してしまった人たちのことだ。ここから抜け出せない。それでもここで生きていくことを決めた人たちのことである。


「セカンドだから私から離れたの?」

「あぁ」

「私をオリオンに巻き込みたくないから?」

「そうだ」

「余計なお世話よ!」


 バン!とテーブルを叩く。置いていたみかんがゴロン、と転がった。まだ紅茶を置いてなくてよかった。……って、そうじゃない!姉さんの癇癪にも似たその声には、怒りと悲しみが含まれていた。そして姉さんは肩を震わせた。


「そのまま帰ってきても良かったじゃない!なんでオリオンなんかに手を貸したの!」

「…………それは……」

「なんで」


 目を逸らしたブルーローズに顔を近づける姉さん。姉さんの体は半分以上こたつ布団から抜け出していた。


「…………君のことを守りたかったから。オリオンには、脅されていたんだ。『セカンドになった以上、死ぬか記憶を消すかオリオンに手を貸すか。どれかを選べ』って。君や他のセカンドを守るためには、こうするしかなかった。悪名高いオリオンのことだ、どれを選んでも君や冬馬を殺すだろうと思ったんだ。だから僕は自分で殺す相手を選ぶことができる『殺し屋』を選んだ。僕は運が悪かったんだ」


 ブルーローズは淡々と話す。

 姉さんの表情は険しいままだった。


「私は『なぜ帰ってこなかったのか』って聞いてるの」

「……『星に記憶を消された』から」

「星に?」

「そう。この大地に。それを良いことに、オリオンはあの手この手で戦力を集めていった。記憶を消すと言っても完全じゃなくて、君のことはずっと覚えていた。そのことはオリオンにも知られてなかった。だから君のことを狙わずに、でも忘れているフリをして遠くから見ていたんだ。……本当に、ごめん」

「…………」


 姉さんは黙り込んでしまった。

 ある日突然喧嘩をして出ていってしまったと聞いていたからだ。でも本当は全部この星を壊そうとしたオリオンのせいだった。敵だと思っていた『ブルーローズ』も、オリオンに苦しめられていた人間のうちの一人だとは思っていなかったのだろう。


「紅茶、持ってきたよ」

「……置いといて」


 姉さんは絞り出すように呟いた。


「ブルーローズはレモンティー、飲める?」

「あぁ。ありがとう。……冬馬は?」

「さっきくれたの飲む」


 明るい場所で見るブルーローズの顔は、とても優しいものだった。いつも大きな帽子と口の布のせいで目もロクに見えなかったからだ。まさかこんなに心優しい人だったなんて。


 僕は台所に戻ってペットボトルの中をコップに入れ、電子レンジに入れた。その間、丸椅子に座って二人の話を盗み聞きする。二人も聞いている前提で話しているだろうし、許されるだろう。……まぁ暖房ついてなかったら僕もこたつに入る予定だったけど。


「……濃いね」

「…………」

「昔はこんなに濃くなかったのに」

「…………最近はこれが一番なの」


 昔は僕に紅茶を淹れさせてはくれなかった。姉さんは紅茶にうるさく、たまに遊びに来てた僕もいつも美味しく飲ませてくれた。


 でもやっぱり、あの人がいなくなったあと日に日に濃くなっていって、さらに自分で淹れなくなった。それを見かねた僕が淹れるようになって…………。もしかすると、こんなに濃い紅茶は自分が淹れるべきではないものだと思って、封印したのかもしれない。自分はあの人と一緒にいるときの状態でいるべきだと思っているのかもしれない。


「……ずっと、この銘柄を飲んでくれていたんだね」

「なんだっていいでしょ」


 姉さんは飲み続ける。

 今回はブルーローズが姉さんを見つめることになった。


「………………」

「……なに?」

「いや。そろそろ戻らないとなって……」

「!」


 姉さんの顔色が見るからに変わった。


「だ、ダメ……」

「……僕は紗也に覚えてもらえて幸せだった」

「何をする気なの?!」


 姉さんは立ち上がる。

 ブルーローズは少し驚いた顔をした。


「僕はこの街を守ると決めたんだ」

「……」

「比較的平和だったこの辺りも、ここ数日で花だらけになっている。掃除しても掃除しても、数日後には復活してる……」

「この辺りの花を倒してくれてたのって……」


 思わず声が出てしまった。だってブーメランでも倒すのがやっとなあのモンスターたちを一撃、二撃で倒せるのは……銃くらいしかないのだから。


「……うん。僕、だね」


 やっぱり、そうだったんだ。


「おそらくオリオンの『不思議』が呼び起こした『非現実』なんだろう。だから、僕たちが倒さないといけないんだ。この命に替えてでも、罪を償うつもりだよ」

「…………でも、ここにいることはできるでしょ」


 姉さんはブルーローズの手を両手で握って、座り込んだ。いつもの強気な姉さんはそこにはいない。


「……僕もできるだけここにいたいな」

「うん」

「今年が終わるまで、一緒にいよう。こんな僕を、君が許してくれるなら」


 ブルーローズは微笑んだ。

 かつて、いや、今もなお愛している女性に向けて、最大級の愛情を見せた。


 ……僕はというと、少しむず痒くなって熱くなりすぎたココアを口にした。


 __________


 _____


 翌朝。


 ゴソゴソという音が気になった僕は、いつもより早く目が覚めた。


「おはよう、冬馬。あけましておめでとう」


 音の正体はブルーローズだった。

 どうやら朝食のサンドイッチを作っていたらしい。


「……あけましておめでとう」

「相変わらずしっかり者だ。紗也はまだ眠っているみたいだね。この星の人たちは薄暗いのに慣れすぎて朝に弱いからね……」

「一個聞いていい?」

「何だい?」


 ブルーローズも一つあくびをして笑った。


「ヘラって人に聞いたんだけど……。ムジナお兄ちゃんみたいな人と一緒にいたって、ほんと?」

「…………」


 ブルーローズの表情がこわばる。


「本当、なんだ」

「……セカンドになったその日に、ね。紗也や冬馬には話していなかったけど、『警察』として動いていたときのパートナーだったんだ」

「…………」

「『ここにいるべきではない存在』と知ったその瞬間、彼はまるで『最初からいなかった』かのように、跡形も残らずに『死んでしまった』。でも思い出は思い出。事実は事実。僕の記憶だけに残った彼の遺品を、僕はずっと肌身離さず身につけている」


 そう言って、穴だらけの帽子を撫でた。


「それ?」

「あぁ。どうしても手放せなくてね。これを手放せば、本当に彼は死んでしまうだろう」

「……僕、ブルーローズのことずっと誤解してた」

「そう思われるのも当たり前のことをしてきたんだ。謝らなくてもいいんだよ」


 また頭を撫でられる。

 寝癖で少し跳ねた髪は、さらにグシャグシャになってしまった。


「…………」

「そうだ、今日は雪みたいだ。あの花たちはどうやら寒さに弱いらしいから、外で遊ぶなら今日が一番良い」

「ほんとっ!?」

「あぁ。紗也も起こして、一緒に遊ぼう」

「やった!早く起こして着替えてこなきゃ!」


 僕は一目散に寝室に向かう。

 いつもはソファーで眠る姉さんだが、僕とブルーローズで頑張ってベッドに寝かせたのだ。


 僕が一目散に向かったのは、ただ無邪気なだけじゃない。ブルーローズのパートナーについて、悲しくなったからだ。

 彼も、ずっと一緒にいられると思っていたのだろう。なのに、急にそれが叶わなくなった。それはとても悲しいことだ。


 どんな人だったんだろう。『ソフト帽』ってカッコいい帽子を被っているのだから、ハードボイルドで、背の高いカッコいい人なのだろう。存在しないということは、ムジナお兄ちゃんたちみたいな人……ってことは、魔法使いだったりして。人間離れした身体能力でもしてたのかな?


 ……きっと、ブルーローズ本人も自慢のパートナーだったのだろう。だから、僕も悲しいのだ。


「……んん……眩しいぞ……冬馬ぁ……今何時だと思って……」

「姉さん!」


 バサッ!と布団をめくる。いつものダサい服の姉さんはあからさまに嫌な顔をしたが、状況を理解?したのか飛び起きた。


「まさかもう出るのか!?」

「え?」

「ん?違うのか?」

「今日は一緒に外で遊ぶって。花は寒さに弱いから、今日くらいはって」


 僕は事実を述べる。何も間違ってはいない。僕の話を聞いた姉さんは、とても優しい顔をした。


「……そうか」


 見たことないほど優しい顔と声だった。


「…………よし!そうと決まれば急いで着替えて出発だ!雪だるま作って花で飾り付けしてやる!」

「それって怒りを買うやつじゃ……」


 そこまで言って、口を閉じた。


 だって姉さん、とっても嬉しそうだもん。


「ま、いっか!」


 僕の頭には今のブルーローズではなく、昔、姉さんと僕と三人でいた頃の記憶がフラッシュバックしていた。


 本当の親じゃないけど、本当の家族みたいに一緒にお出かけして、遊んで、笑った記憶。


 ブルーローズの頭にはどれくらい残されているかわからないけど、僕にとっては忘れられない記憶なんだ。ダイヤモンドよりも、星よりも輝いているんだ。


 僕は何に怒っていたのだろう。僕たち三人のうち誰かが怒っていたから戻ってこられなかったと考えたら、申し訳ないにもほどがある。


 僕の背中を押したのは、誰が何と言おうとあの悪魔のお兄ちゃんたちがいてくれたから。命をかけて友達を救おうとしたその姿に、僕は心を打たれた。『僕もこうなりたい』って勇気をもらえた。こんな些細なことなのに、勇気を、命を掛けないでどうするって。『君は何をしてどうなりたいか?』って。そんなの当たり前だ。『一緒にいたい』、ただそれだけだ。


 止まっていた時計の針を動かす。

 それは本当に怖いことなのだが、勇気を出して動かしてみると、案外うまく行くのかもしれない。


 たとえそれが、その場しのぎだとしても。今が良ければそれはそれで……。



 おしまい

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