守護霊付きのシンデレラは、今日も元気に床磨き
今作はカクヨムの公式企画KAC2021用に書き下ろしたものに、加筆をしたものです。
この時のお題は「真夜中」。カクヨムでのタイトルは「真夜中のシンデレラは守護霊付き」でした。
深夜零時を告げる鐘の音が響いている。こんな夜中に鐘を鳴らすのは、お城で舞踏会が開かれる日と新年だけ。
今夜は第一王子の誕生日を祝う舞踏会が開かれている。普段なら寝静まる町も今日はまだ賑やかだ。
そんな時間に急いで帰ろうとするのはシンデレラ――ではなく、明日も仕事があるメイド――のはずなのだが……。
◆
カーラが裏門から外に出でると、顔見知りの門番が小さく手を振ってきた。
「カーラ、終わったのかい。お疲れさん」
「ありがとう、ポール」
ご近所さんで幼馴染でもあるポールに笑顔で返事をしたカーラは、ふと思いついてバッグに忍ばせていた小さな包みを彼に差し出した。
「お菓子を頂いたの。金平糖とかいう砂糖菓子ですって。キャロルと食べてね」
ポールは半年前にキャロルと結婚したばかりだ。
キャロルはおとなしい女の子で、今日と言う日に運悪く、夜の当番にあたってしまった夫に文句をいうことはないだろう。でも淋しい思いをしているのは確かだ。
もらったお菓子は色も形も可愛らしい。きっと喜んでくれるだろう。
ふと脳裏にこれをくれた人の笑顔が浮かぶけど、素敵なものは好きな人と共有したほうがいい。カーラはもう食べたのだから、小さな幸せを友人たちにも分けたかった。
「いいのかい? ありがとう、カーラ。キャロルも喜ぶよ」
庶民には貴重な甘味だ。遠慮しながらも、いい土産ができたとクシャっと笑ったポールに手を振って、カーラはフードを深くかぶり直し、足早に城を後にした。
◆
半ば走るように帰宅したカーラはドアのカギを閉めた後、ほぉっと長く息を吐いた。空っぽの部屋でランプを灯すと、フードを脱いで壁にかける。その下は場違いなほど美しいドレスだ。
ポールは下働きのお仕着せだと思っていただろうから、こんな服を見たら腰を抜かしていたかも?
そう思うと少しだけ可笑しい。
「おばあちゃん、これ脱ぐの手伝って」
誰もいない部屋でカーラがそう言うと、古い椅子の上に、年配だが華やかな印象の女性が現れる。ただし向こうが透けて見えるので、明らかに生きている人ではない。
「おばあちゃんじゃなくて、ベルさんとお呼びなさいって言ってるでしょう」
透けた女性は文句を言いつつも、目は生きている人間のようにキラキラしている。
「おばあちゃんのおばあちゃんなんだから、おばあちゃんでいいでしょ」
頬を膨らますカーラに、ベルは大袈裟に「まあ、ご機嫌斜めさんね」と目を見開いた。いつもは素直に「ベルさん」と呼ぶカーラが、「おばあちゃん」などと言うのは珍しいのだ。
「カーラってばそんなに疲れたの? 楽しくなかった? いい出会い、あったでしょ?」
これは何かあったわね? とでも言いたげなベルは、指をひと振りしてカーラの背中の小さなボタンをはずしながら面白そうに笑った。カーラにはこれが魔法なのかオバケの力なのか未だによくわからないけれど、とりあえず部屋着に着替えることができてようやく人心地ついた。
そしてしっぽを振っている子犬のようなベルを無視して、やかんを火にかける。最近キャロルから分けてもらったカモミールにお湯を注いで一口飲み、カーラはようやくベルに向き直った。
◆
今は一人で暮らし、メイドの仕事などで生計を立てているカーラだが、世が世なら貴族のお嬢様だったらしい。
らしいというのは、カーラ自身よく知らないからだ。
母の話では、祖父の代に家は没落したという。
それまで蝶よ花よと育てられた母は、屋敷に出入りしていた商人だった父と結婚した。二人はもともと駆け落ちを考えるくらいの恋人だったらしいから、没落はある意味好機だったのだろう。
だがお嬢様育ちの母に、慣れない庶民の暮らしはつらかったようだ。
しかもカーラが生まれてすぐに父が事故で亡くなり、母も母なりに頑張ったものの、カーラが十歳の時に失踪してしまった。
新しい愛に生きることにしたとの書置きを残して。
(いつかはやると思ったのよ)
書置きを見て最初に思ったことがそれだ。
どこかさめた娘だったカーラは、
「住むところはあるし、なんとかなるでしょう」
と肩をすくめ、ポールの母たちを仰天させたものだ。
とはいえカーラにとっては、生活のすべを教えてくれたポールの母をはじめとした、ご近所おば様集団のほうが母親のようなものだったのだ。カーラ自身は自分が母の子だと言うよりも、夢見る少女のような母のことを、自分が面倒をみていると思っていたのだから。
失踪前にこの小さな家の権利をカーラに移してくれたのは、母の恋人だろう。
見目麗しい吟遊詩人だったけど、カーラの勘では、彼はもともといいところの出身だろうと思っていた。どこか母と同じ匂いがする男だったし、所作にも品があったからだ。
ただ放浪癖があると自分でも言っていたから、家も勘当されたんだろうなと、当時生意気にもそんなことを考えていた。たぶん間違いないだろうと今でも思っている。
そんな男に母がどこまでついていけるかはわからない。でも七年たった今も特に知らせがないので、元気にやっているとカーラは思っている。
一人ぼっちになり、母のいない家で黙々と片づけをしていたとき、物置で鍵のついた衣装箱を見つけた。凝った彫刻が施されたそれは、舞姫だった先祖のものだと聞かされていた。鍵がカラクリになっていて誰も開け方を知らないそれは、必要な時に開くと言われていたものだ。
「お母さん、これは置いていったんだ」
事実、開かない衣装箱など持って行っても仕方がないだろう。
そうは思っても、お伽噺のように話してくれた母の声を思い出し、少しだけ泣いたカーラの前に現れたのがベルだった。
「あなた、だれ?」
とっさに幽霊だと思ったのに怖くなかったのは、彼女がどこか母に面影が似ていたからだ。それもそのはず。ベルはカーラの祖母のそのまた祖母、つまりこの衣装箱の持ち主である舞姫その人だったのだ。
その後ベルが見えるのはカーラだけだということは分かったけど、同居人ができたことをカーラは心から喜んだ。
◆
ベルはカーラに様々な躾をほどこした。貴族のマナーや踊りなどもそれに含まれていた。
「庶民の私が覚えても仕方がないんじゃないかなぁ」
普段陽気なベルは躾だけは厳しい。
不平を言いつつも従ったのは、彼女のことが好きだったからだし、学ぶことも楽しかったからだ。それでも、何の意味があるのだろうと思わずにはいられなかったカーラに、ベルは優しく微笑んだ。
「だって考えてもごらんなさい。しっかり作法が身についていれば、いいおうちで働くこともできるよ」
「いいおうちで? 上級メイドさんとか?」
「ええ。それに、素敵な男性との出会いもあるかもしれないし」
ふふっと楽しそうに笑うベルに、カーラは「それはいい」と首を振る。
母のように恋に生きる自分など想像もつかないし、庶民の自分には政略結婚のようなものもない。家も、ベルと言う家族もいるカーラは、一生独身でいることも可能なのだ。
そんなことより、もしかしたら将来お金持ちのうちで、優雅な上級メイドになれるかもしれない。そちらのほうが重要で、カーラは真面目にベルの教えを吸収していった。そのおかげで、町のお金持ちの下働きから始め、今では臨時雇いとはいえ、伯爵家で働くこともある。
このまま順調にいけば、正式に雇用してもらえる日も近いだろう。そしたら順調にキャリアを積んで、いずれはいい紹介状を携えて、どこかのメイド長になれるかもしれないなどと考えていた。
なのにどうして今夜、お城へドレスを着て行っていたかというと、なぜかカーラのもとに城からの招待状が届いたからだ。
「なんで?」
あて名はたしかにカーラだ。いまだに名字持ちではあるけれど、今のカーラは貴族ではない。
何かの間違いだろうと招待状を捨てようとしたところ、ベルに止められてしまった。
「いいじゃない。行ってらっしゃいよ。いい経験になるわ」
「いい経験!」
カーラはその言葉に弱い。
実は好奇心旺盛なこともあって、ベルからこう言われると色々チャレンジしてみたくなるのだ。伯爵家で如才なくふるまえるのもそのおかげだと思っている。
伯爵家には時々甥のテオが客として泊まりに来るのだが、その時もしっかり落ち着いた対応ができ、メイド長から褒められたくらいだ。
見目麗しいテオはメイドにも人気で、色目を使う者が後を絶たないらしい。「その点カーラなら安心だ」と言われたことを自慢すると、ベルにはあきれられてしまったけれど。
(まあ、確かにかっこいいのよ。優しいし、ダンスも上手だったし)
つい一刻前の出来事を思い出し、他人事のように頷く。
まさかテオも、自分のダンスの相手が何度か自分を世話をしてくれたメイドだなんて、思いもしなかっただろう。
今日の舞踏会は、仮面をつけて顔を隠すという趣向だった。だからこそカーラも踏み出せたのだ。しかもドレスも仮面も、ベルの衣装箱にあったものを少しだけお直ししたもの。
ベルを溺愛していた旦那様が、大枚をはたいて保存用の魔法を施していたらしく、状態はほぼ新品。
「でも誰も使わないものに、そんなに大金をかけるなんてもったいない気が……」
つい本音を漏らすカーラに、ベルは「情緒がないわ」とカラカラ笑った。
「だから貴女が使えばいいでしょう。物は使ってこそ生きるんだから」
そしてベルはどこで知ったのか、生地はいいけれど時代遅れだったドレスを、今時のデザインに直す手助けをしてくれる。物を動かすことはできるけど、縫物まではできないので、それはすべてカーラがした。出来は最高で、舞踏会でもまったく見劣りしなかった。
ただ他の令嬢と違うのは、表向きカーラは、城の下働きとして出入りしたことくらいか。
本当にどこで知ったのか、亡くなった祖父の古い友人だというスミス氏が、何かと手伝ってくれたのも意味が分からない。
とはいえ、ベルの近くにいるとこんな感じのことが多いので、もう慣れた。というか、考えるのをやめた。だって、悩んだり考えたりする時間が無駄だってわかったから。
城に入ってからは、すぐにスミス氏が見つけてくれ、彼のエスコートで会場入りした。入場した後は
「楽しんできなさい」
と背中を押されたので、本当に一緒に入ってくれただけ。
スミス氏を目で追うと、知り合いらしき人たちと歓談を始めたので、ベルは軽く一礼して舞踏会場に入っていった。
◆
舞踏会が開かれていたのは大きな青の広間だ。
慣例にのっとって進行するそれに、カーラが招待客として参加するのはもちろん初めてだ。しかし以前、手伝いに駆り出された小さな舞踏会にメイドとして参加したことがあったカーラは、なんでもないふりをして令嬢令息の輪に混ざった。
(お互い誰が誰だかわからないしね)
緊張しなかったと言ったら嘘になるけれど、むしろいたずらしているような、わくわくした気持ちのほうが大きかった。
我ながら度胸があると思わなくもないけれど、たぶんこれもベルの血だろう。
カーラは王族の前でさえ踊りを披露したことがある、美しい舞姫の子孫なのだから。
最初は独身の男女がそれぞれ一列に並んで向き合って、優雅に体を揺らすようなダンス。そのあと男女一組ずつのダンスになる。
今回は第一王子の伴侶探しとも噂されていて、「見た目に左右されず、運命の相手を探すんですって」とご令嬢方が楽しそうに噂をしていた。
実際、仮面をつけていても目立つ第一王子は、ずっと一人の女性と踊っていたから、きっとあの女性を見染めたのだろう。そう思うと、そんな現場を間近で見られたことは幸運だったなどと思うのだ。
ただし、カーラをずっと誘ってくるテオがいなければ……。
カーラは彼が誰かはすぐわかった。顔を半分覆い隠す仮面でも、優しい茶色の目はキラキラしているし、楽しそうな口元も以前見たことがあった。
伯爵家のメイドたちがこれを見たら、悲鳴を上げて喜んだだろう。
(いつにも増して素敵だわ。普段もこんな風に笑ってればいいのに)
でもカーラは最後まで名乗らなかった。名乗れるわけがない。
それでもテオの機嫌が良さそうなのは、カーラをどこかの令嬢だと思い込んでるからだ。だからこそ、せっかくの出会いの場を邪魔してはいけないと、カーラは頑張って彼から離れようとした。
でもダメだった――。
「貴女と過ごす幸運を、この哀れな男に与えては下さいませんか」
「哀れだなんて、そんな。――ほら、あちらにも素敵なご令嬢がいらっしゃいましてよ」
「待って、行かないでくれ。私は今夜、貴女と過ごしたいのです。ダメかい?」
手を取られ、手袋越しでもわかる彼の熱と、カーラに向けられる切ないほどの眼差しに負けてしまった。
仕方なく一曲だけ付き合うつもりが、続けて三曲踊ることになってしまい、そのあとはテオ自ら食事を運んでくれるので一緒に食べた。バルコニーで少し話しをして、最後に金平糖をくれた人。
ドキドキしたのは場の雰囲気のせい。
胸が痛かったのはきっと、罪悪感のせいだ。
色々な色の金平糖を一粒口にし、その甘さに口角が上がったカーラを見てテオが微笑んだのを思い出し、シシッとその光景を振り払う。
(普段と違う笑顔だったわ。あの時みたいに……)
テオは普段から柔和な笑顔を絶やさない人だ。
でもそれは、彼が意識的にしていることにカーラは気づいていた。
◆
実は世話係のメイドとしてテオの担当になる前に、カーラはテオと出会っていた。
ベルの子孫だからだろうか。踊ることが好きなカーラは、休憩時間などに隠れて、一人でこっそり踊っていることがある。
ベルに習っているときもそうなのだが、相手がいるダンスの練習の時は、モップをパートナーに見立てて踊るのだ。ベルに触れることはできないから。
カーラは磨く仕事も得意なので、モップを持っていることはむしろ自然で目立たない。誰もいない部屋や奥まった廊下で、時々こっそり踊っていたのだが、そんな現場をテオに見られてしまったことがあるのだ。
クスクスと笑う声も、細められた目も優しく、遊んでいたメイドを咎める色は全くない。
「上手だね。私が相手を務めようか?」
どこまで本気なのか、手を差し伸べてきた若い紳士に一瞬見惚れたカーラは、状況に気づいて慌てて顔を伏せた。
(いけない。休憩時間とはいえ、こんなところをお客様にみつかるなんて)
そのまま「失礼しました」と立ち去ったから、多分顔はたいして見られていないだろう。それでも内心冷や汗ものだったのは確かだ。
その直後にテオの世話係を命じられて顔を合わせたのだけれど、彼がカーラに気づいた素振りも、執事やメイド長に報告した様子もなかったのでホッとした。一介のメイドなど記憶にとどめることもないのだろう。
◆
「まあ、いい経験だったよ」
冷静を装って、なんでもないことのように舞踏会でのことをベルに話して聞かせる。それでもテオとのことを伏せてしまったのは、もう二度とない宝物を閉じ込めたかった――そんな想いからだったのかもしれない。
だから次の朝早く。
小さな花束を持ったテオが、カーラの自宅に訪れることになるなんて想像さえもしなかったし、彼の求婚の言葉を聞いてとっさに
(メイドのスカウト?)
などと考えてしまったのも、たぶんカーラのせいではないだろう。
「テオ様。状況がよくわからないのですが、わたくしをテオ様の奥様になられる方の侍女にしてくださる――という意味で、よろしいのでしょうか?」
カーラと踊った後に素敵な出会いがあったのだと考えると、胸が引き裂かれたように痛むけれど……。
「ちがう。そうではなくて……。ああ、最初から丁寧に説明をした方がよさそうだ。まず昨夜、貴女と踊った男は私でね。きっちり三曲、踊っただろう? いささか強引だった自覚はあるけれど、どうしてもそうしたかったんだよ、カーラ」
テオは相手がカーラだと気づいていたことに唖然とし、次いで三曲続けて踊る意味を思い出して呆然とする。
(彼と、結婚の約束をしてしまった……? いえ、あれは仮面舞踏会。相手が分からないからこその……。え? ちょっと待って。今カーラって呼んだ? ええっ?)
「驚いたかい? カーラ・リミエール」
「でもテオ様。私は一介のメイドです」
リミエールは母方の姓で、カーラの本名だ。
助けを求めて奥の方を見れば、ベルが面白そうにニヤニヤと見物しているのが目に入る。
(ベルさん助けてよ! テオ様、絶対何か勘違いされてるから!)
ベルが怪奇現象の一つでも起こせば、きっとテオは驚いて立ち去るだろう。
でもベルはカーラを叱るように、口だけで「めっ」と言い、
「いい男じゃない。しっかり話を聞いてあげるのよ。あなたが知らないこともぜーんぶね」
と意味深に笑って消えてしまった。
(ベルさん、絶対面白がってる)
「カーラ、聞いてるかい?」
「テオ様、大変申し訳ないのですが、わたくし、これから仕事なんです」
「貴女がメイドとして世話する相手はここにいるけど?」
「そ、それはそうですけど」
テオは、カーラが昨日の令嬢であり、同時にメイドだと分かってることに理解が追い付かない。
「そうそう、伯父上にもメイド長にも、ちゃんと断ってあるから大丈夫。安心して?」
(何をですか⁉)
ベルが消えているため(消えてても近くにいるだろうけど)、カーラは
「と、とにかく」
と言って立ち上がった。
「女性一人の家に男性がいるなんて、外聞的にもよくないです」
万が一にも、彼の名誉に傷がつくことがあってはならない。
「それを気にするべきは貴方のほうだけど。もっとも、この家の場所を教えてくれたのは門番のポールで、彼の母上にもさっき挨拶をしているから問題ないよ」
昨日彼からもらった金平糖を持ってたポールに聞いたらしい。
ポールの母に挨拶をしたということは、今頃近所の奥様方が洗濯などをしつつ、カーラの家をわくわくと見守っているのは間違いないだろう。
「でもそうだな。話が長くなるから、貴女のおじいさまの家に行こう。もう訪問する約束はしているからね」
「え?」
「昨日、一緒に入場しただろう? スミスと名乗っていたとおっしゃってたが、本名はデイビス・リミエール。君の祖父殿だ」
「は?」
「家出した娘の子である貴女に会えて、とても喜んでいたよ」
カーラの母の話は、どうやら嘘だったらしい。
その後訪ねた祖父母の話によれば、家は没落などしておらず、母は駆け落ちしたことで勘当されていたらしい。
母は永遠の夢見る少女であると同時に、強情かつ自分勝手な性格で、実家にカーラを引き渡すことも、自分が連れ戻されることもがんと拒否して逃げたのだそうだ。今は海の向こうで、例の吟遊詩人、もとい、元某貴族の三男である男性と幸せに暮らしているという。
長年寝込んでいたという祖母は、ベッドからカーラを抱きしめ涙を流した。
「淋しい思いをさせたわね。でもおばあ様が、自分が一緒にいるから手を出すなとおっしゃって、ずっと我慢していたのよ」
「おばあさま?」
「ええ。亡くなったベルおばあ様。貴女と一緒にいてくれたでしょう?」
祖母にもベルが見えていたらしい。
カーラは知らなかったが、ベルはあちこち飛び回っていたし、なんとテオとの出会いも、舞踏会での様子もばっちり目撃していたそうだ。
「本当は年が明けて貴女が成人した時に、この家に迎えられるよう計画していたの」
「そうなんですか?」
「ええ、もちろん。でもね、貴女と結婚したいという方にせかされて、少し早くなったのよ」
そう言って「ふふっ」と笑う祖母の顔は、どこかベルに似ている。
「おじい様だけ、先にあなたと会えてうらやましかったわ」
「おばあ様……」
はじめてあった気がしないせいか、自然とそう呼べたカーラに、またもや祖母は泣きながら笑った。
その後リミエール家に入ったカーラは一年後、テオを婿として迎えることになる。
もちろん結婚式にはベルもこっそり参列していた。
「ねえテオ様。いつからわたくしのことを?」
「貴女がモップと踊っていたあの日にね、私の心臓は撃ち抜かれたんだよ。貴女を手に入れるためになんでもない顔を続けるのは、相当骨が折れたよ。愛しいカーラ」
企画の規定文字数だと入れられなかった部分をぎゅっと圧縮して、どうにか短編で納めてみました(それでも倍の文字数になってます)。
元は先を想像させるようなふんわりしたラストでしたが、頑張ってハッピーエンドまで持っていきました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。




