ひとんち
莉緒の部屋の前に着くと、家主を差し置いてつかつか踏み入った未沙が、トートバッグをそこらへほうるままベッドに飛び込んだ。莉緒は思わず、
「ちょっとやめてよ」
と非難の言葉がすぐに口をついてでたものの、度々のことなので、怒るよりも呆れの勝った口調になってしまう。
「ごめん」
枕に頭をしずめ仰向けていた顔をこちらへ向け、ちょっぴり神妙にそうつぶやいたと思うと、すぐに目をつむってふざける未沙に、莉緒はそれ以上注意する気も失せるまま、後ろからついて来て、自分と同様に呆気にとられて口をポカンとあけていた藍に目配せし、二人で苦笑いをすると、本当に眠るつもりなのか、それとも構ってくれるのを待っているのか判然としない未沙はひとまずさておいて、
「藍さん、気にせず座っててください」
そう一声かけて窓辺へ寄り、こもった空気を入れ替えるためカーテンをひいて窓硝子をあけると、すぐに戻りながらカーペットに捨て置かれたリモコンを目ざとく拾って暖房をいれ、ぶるぶる凍える振りをしながら、めちゃくちゃ寒いですね、とまだハンドバッグの肩ひもを握って立ったままでいる藍に同意をもとめるうちふと心づいて、
「あ、コート。ハンガーに掛けちゃいましょう」と言いながらクローゼットへ行きかけてまたすぐに足を止め、「手、洗わなきゃ」両手を広げて独り言のようにつぶやくと、
「うん、わたしもそう思ったの」
藍がそう言ってしとやかに微笑みながら、肩からバッグをはずし床へ下ろすさまに見とれたのち、莉緒はすぐとベッドへ寄って行って、そのまま寝入りそうな未沙の肩をゆすり、
「ねえ、聞こえたでしょ。手だよ、手、汚いの」
目を閉じたまま顔色一つ変えない未沙のその度胸に、こちらも負けじと馬乗りになり両肩をガシッと掴んで揺さぶると、相手はたちまち笑い顔になってきて、なおゆらゆらさせるうち、やめて、と言いざまつと起き上がり、あやうく頭と頭が衝突しそうになるまま、顔を見合わせ笑ったかと思うと、未沙はちらと窓へ視線を投げ、寒い、と言い放つので、莉緒は悔しくも身を離すまま立って行って窓をしめ振りかえると、ふざけたことに毛布に首元まで浸かってぬくぬくしている。
莉緒はあきれて物も言えず、と思うとすぐに可笑しくなってきて、ベッドは無視して藍に目配せすると、その手をぐいと引っ張るまま洗面所に連れて行き、手を洗いうがいをするうちふっと未沙があらわれ、
「怒ってるの?」
「そうだよ」
「ごめんなさい」
「いいよ、でも次からはしないって約束して」
「うん、約束する」敬礼の真似事をしながらきりりと答える未沙の、こちらをなめきった愛らしい所作は無視しながら、笑いをこらえてあくまで真剣を装い、
「ほんとだよ?」
と、相手を見据えたままなお念を押す莉緒に、未沙も今度は真面目な姿勢に直ってこくりとうなずくと、かたわらで藍が洗った手を拭きつつふふっと笑った。
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