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鋼鉄料理人 ビストロン  作者: RR
7/7

そして心は宇宙(そら)へと広がる

 気が付くと、そこは見たこともない空間だった。

 薄暗く、ヒンヤリとした空気が肌に触れ、瑞樹は身を強ばらせた。


「目が覚めたか」


 聞こえてくる声に辺りを見回すと、そこには宇宙人の男が立っていた。


「警戒することはありません。ここは私の船の中です」


彼の船だという事は、つまりあの魚の宇宙船の中、という事だ。

 それにしても、部屋は金属質で、あまりにも殺風景だ。

 人も、彼以外の気配は感じられない。

 まさか、たった一人で……?

 瑞樹は思ったが、それでこの大きな船を動かせるのかどうか疑問だ。


「ここには……あなたしか……?」


 だが、男は首を縦に振った。


「辺境の惑星への調査に、多くの人員は割けません。それが上の判断でした」


 男はそう言って窓の外を見つめた。

 よく見ると、壁には大きな窓が着いていた。暗くて解らなかったのだが、そこには星空が広がっている。

 瑞樹は駆け寄ってみた。

 そして、眼下を見て驚く。


「あれ……地球……?」


 青く輝くその星には、地図でしか見たことがない日本の姿も見える。

 こんな所まで……来ちゃったんだ。

 瑞樹はしみじみと思った。


「もしも、あの人形に本当の心があるのなら……。あなた無しでもあの料理を作れるはずです」


 男はいつの間にか隣に立っていた。

 近くで見ると、とても端正な顔つきをしているのが解る。


「随分と落ち着いているようですね?」


男に言われ、やっと自分の状況を理解した。

 密室に閉じこめられている筈なのに、なぜだか不安の様なものは無かった。

 思えばあの日……目の前にビストロンが現れた時、既に非現実的な日常は始まっていたのだ。

 だから、宇宙船が現れても事実を受け止めるのに時間がかからなかったし、今も現実を真っ直ぐ受け止められる。

 咲ちゃんが見たら、大喜びだろうな。

 そんな事を考える余裕さえある。

 咲子も、光司も、悠也達も、この眼下に広がる巨大な星の中にいるのだ。

 そう思えば、今、ここに一人でいても不安にならないですんだ。


「……助けが来ると。そう思っているのですか?」


 男の問いに、瑞樹は微笑みで返した。

 その時、部屋の扉が開いて、何か不思議な物体が入ってきた。

 黒光りする球体から一本の棒状のフレームが伸び、足下には細かい触手のようなものが沢山着いていて、忙しなく動いていた。

 逆さにしたモップにボールが突き刺さっているような、妙なフォルムだ。

 どうやらロボットらしいと、瑞樹は思った。

 作られた目的が掃除用なのかは確証がないが。

 ロボットの球体に、何かが映り込んで、瑞樹には到底理解できない文字がつらつらと流れ出る。


「本国の連中は、結果ばかりを急ぎますね」


 フゥと溜息をついて、男は肩を落とす。


「どうしたんですか?」


 瑞樹が覗き込むと、男は視線を合わせないまま、静かに言った。


「地球の生物がどの程度の文化水準を持っているか、報告せよとの事です」


 男はそう言って歩き出す。


「退屈かも知れませんが、少し待っていて下さい」


 部屋に残された瑞樹は、もう一度眼下を見下ろした。

 窓はガラスの様な物で出来ているらしい。

 暗闇に自分の姿が映り込んだ。

 と、その後ろに妖しい影も一緒に立っていた。


「きゃあっ!」


 思わず悲鳴を上げ、瑞樹は振り返った。

 そこには顔を隠したコート姿の男が立っていた。


「あ、あなた……」


 高鳴る心臓を押さえて、瑞樹は言った。


「そこまで驚かれるとは、心外だな」


 低い声は間違いなく、相馬誠一のものだった。


「あ、あなた何時の間に……」


「一応、この船の人間と関わりは深いものでな。彼等の技術は、私にも分けて貰っている」


 そう言えば、自分がここまで来たのも、ほんの一瞬だった。正確には、その間気を失っていたのだが……。


「しかし、君には済まないことをしたな。こんな事になってしまって……」


 相馬の言葉に、瑞樹は首を横に振る。


「私はいいんです。それよりも……」


 瑞樹は俯いた。


「あの人……何であんなにビストロンの事を……」


 ビストロンの作った料理に過剰に反応し、そして悪魔と呼んだ。

 それ以前も、ここに来てからも、極めて紳士的だっただけに、今でもあの時の豹変ぶりが信じられないでいた。


「……それは彼の星の歴史に起因する」


 相馬はそう言って窓の外を見つめた。

 遙か彼方……そこには、この船が旅立った故郷があるのだろうか。


「彼の星は地球よりも遙かに高い文明を持っている。この船とて、たった一人で運行できる程だ。オートマトン……つまりロボットを駆使してな」


「でも、あの人……ロボットが料理を作ったことが気に入らなかったみたいなんです……」


「ビストロンが兵器であった様に、彼の星でもまた、機械は兵器として使われた。それが争いを生み、星を蝕んだ。この星の様にな」


 眼下に広がる青い星。この星でも、どこかで戦争が行われている。

 自分が暮らしていた場所からは、とても想像できない事だ。


「最初に私が彼等の星、デリスターからの信号を受け取ったのは救難信号だった。送り主は戦争で難民となった船。彼等とのコンタクトから、デリスターの現状が理解できた」


 男が指を鳴らすと、突然目の前に映像が浮かんだ。

 何もない空間に、映写機のような装置もなく写し出される映像は、技術を通り越して、まるで魔法の様だ。


「これって……」


 瑞樹は言葉を失った。

 それは歴史の教科書で見た戦争の画そのものだった。

 ただ違う事といえば、戦っているのは人間ではなく、ビストロンと同じロボットだった。

 激しい銃撃に朽ち果てるロボット。それを踏み越えるのもロボットなら、新たな攻撃を繰り出すのもロボットだった。

 そして、それらの全てが人と同じフォルムを持っていた。


「人は死なない。だが確実に人々が暮らす大地は汚れていく。そして……荒野が広がる」


 相馬は淡々とした口調で語る。

 映像にはロボットの姿しかない。

 草も、木も、動物も、まるでいない。


「こんな場所で……人はどうやって暮らしているの……?」


 瑞樹は見ているのが辛かった。だが目を逸らすことも出来ないでいた。

 自然に涙がたまり、視界が悪くなる。


「彼等の文明は、人の身体をも作り替えた。彼等は活動に食料を必要としない身体になった」


「じゃあ……食べ物は……?」


「食は彼等にとって必ずしも重要なものではない。だがそれらを捨てることも出来ず、食という文化は道楽の一つに成り下がった。一部の階級が楽しみの為だけに行う行為でしかない」


 画面の中に、やっと人が現れる。

 豪華な食事が並べられ、それを豪華な服装で着飾った人々が食べている。

 それは地球の光景と極めて似ていた。


「だが、これは一部の階級にのみ許された特権だ。戦争で荒廃した星に、食料となる生物は一部しか残っていない。そして……それを料理できる者もな」


「つまり……コックがいないという事ですよね……?」


「そういう事だ」


 また画面が切り替わり、荒野には建物が並ぶようになっていた。


「戦争は次第に減っていった。それは同時に、人が欲を無くしたという事でもある」


 人々も普通の生活を営んでいるように見えた。だが、その目に生気は見られなかった。

 何か大事な物が抜け落ちてしまった。瑞樹は直感的にそう思った。

 それを察した相馬は映像を消して、瑞樹を見た。


「文化が一つ無くなった結果だ。そして、その元凶が……」


「ロボット…………」


 瑞樹は俯いた。

 瞼から涙が落ちた。

 胸の奥に悲しみが広がり、何も言えなくなる。

 見ず知らずの星の歴史。

 それなのに何故、こんなに悲しいのだろう。


「全ての元凶となったロボットに対する不信感は、彼等の星に新たに根付いた文化だ。だから彼はあれだけ取り乱したのだ」


「じゃあ……あなたは何故わざわざ、ビストロンを……」


「それは……今に解る」


 相馬はそう言うと新しい映像を出した。

 そこは別の星では無い。

 地球だ。


「あ……」


 悠也と、咲子と、光司と……。

 見知った顔の中にセレンが混じり、そしてその前にはビストロンがいる。

 声が、聞こえてくる。


「本当に姉ちゃんを助けられるのか!」


 悠也がセレンに詰め寄っていた。

 セレンはビストロンを見る。


「彼に……戦う勇気があるのならね」


 ビストロンは黙っていた。


「ビストロン! あんたまさか怖いとか言うんじゃ無いでしょうね!」


 咲子が声を上げた。


「ビストロン……」


 光司もビストロンの目を見つめていた。

 ビストロンは顔を上げ、低い声で呟いた。


「私は瑞樹を助けたい。だが……」


 そう言って、ビストロンは手を見つめる。


「この手で人を傷つける事になった時……きっと一番悲しむのは瑞樹だ」


 瑞樹は思わず言葉を失った。

 ビストロン…………。

 胸の奥にこみ上げてくるのは、感動だったのだろう。

 さっきとは別の意味で涙が流れた。

 映像の中で戦い続けていたロボットとは違う。そこにはちゃんと、心があったのだから……。


「どれ……私も準備をするとしようか」


 相馬はそう言ったかと思うと、突然光を発して消えた。

 次の瞬間、映像の中に相馬の姿が加わる。

 突然現れた相馬に、悠也達は驚いていたが、それは遠く離れている瑞樹も同じだった。

 相馬はビストロンに視線を移し、低い声で語りかける。


「ビストロン。お前は完璧な料理を手に入れた筈だ。今、彼女を……そして彼を救えるのは、お前しかいない」


「父上……」


「今こそ、機械としての力を存分に使って見せろ。彼女が待っている」


 画面の中の相馬は、チラリとこちらを見た。


「解りました、父上。私は今こそ……本当の姿になる!」


 ビストロンの強い意志が、叫びとなって空に響きわたる。


「クッキングキャリアぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 叫びに呼応するかのように現れた巨大トレーラーは、折り畳まれていたコンテナを展開し、そのまま垂直に起きあがった。


「す、すげー……」


 その巨体に思わず悠也が声を上げた。

 キャリアーの装甲が回転し、巨大なフライパンの様なレリーフが現れる。

 胸のレリーフが開き、中にビストロンが飛び込むと、再びレリーフが閉じる。


「ディッシュアップ!」


 ビストロンが叫ぶと、巨大なトレーラーは完全な人型になり、隠されていた頭部と拳がせり出された。

 トレーラーを牽引していたキャブが真ん中で二つに分かれ、両肩の後ろにマウントされた。


「キングビストロン! 合体完了!」


 ビストロンは、巨大なロボットへと姿を変えた。

 頭はやはりコック帽のようで、ビストロンのそれと同じだった。だが顔はマスクのよう物で覆われ、口は見えない。

 特徴的なのは胸のレリーフで、フライパンを模していたが、底部には燃える不死鳥の彫刻が施されていた。


「は、はは……まさかこんなのが出てくるなんてな……」


 光司が薄笑いを浮かべたまま言った。


「こんなデカイコック……どこでなにするのよ……」


 流石に咲子は呆れている様だ。


「それでは、行って来る」


ビストロン……いや、キングビストロンは空を見上げ、そして助走をつけてから思い切り高くジャンプした。

 そして、両肩に背負ったバックパックから炎を吹きだし、天高く舞い上がっていく。


「頼むぜ……ビストロン!」


 悠也の声が夜空に響きわたった。


     *


 急に船内が騒がしくなった。

 けたたましくサイレンが鳴り響き、部屋の灯りが赤に青にと忙しなく変わり続ける。

 扉が開き、男が入ってきた。


「奴が……悪魔が来た!」


 男は怒りに満ちた顔をしていた。


「待って下さい! ビストロンは……」


「あなたを助けに来たのでしょう。ですが、無駄ですよ」


 男の目の前にまた映像が現れた。

 画面には真っ直ぐに突き進む巨大なビストロンの姿がある。


「やれっ!」


 男が言うと、船内から放たれただろう無数の閃光がビストロンに向かっていく。

 まるで雨の様な攻撃だった。


「ビストロン!」


 思わず叫んだ瑞樹だったが、画面の中のビストロンは怯む様子もなく、ただ真っ直ぐに近づいてくる。


「何て奴だ……」


 男の額に汗が浮かんだ。

 映像中のキングビストロンが、船体に取り付くのが見えた。


「グレートクトー!」


 キングビストロンは、普段の時と同じように、肩から包丁を取りだした。

 巨大化した今、包丁の大きさも半端ではない。

 包丁が、宇宙船の船体に切り込みを入れた。まるで巨大な魚を調理している様だ。

 同時に振動が部屋にまで伝わってきた。


「くそ、進入されたか……! オートマトン! 奴を止めろ!」


 男の声に応じて、ビストロンの周りに、先程の丸いロボットが集まり、輝く熱戦を放つ。


「キングポワール!」


 キングビストロンは胸に備えたフライパンを手にとって、盾にした。

 流石と言うべきか、フライパンには焦げ後一つ着いていない。

 キングビストロンは襲ってくるロボットを無視して走り出す。


「瑞樹! どこだ!」


「ビストロン!」


 画面の向こう側のビストロンに向かって叫ぶ。

 同時に壁が崩れ、そこには巨大なビストロンが現れる。それは画面越しに見るよりもずっと大きく、そして威圧感に満ちていた。


「無事か、瑞樹!」


「私は大丈夫。でも……」


 瑞樹が隣を見ると、男は、その巨大な姿に圧倒され、顔が真っ青になっていた。


「おのれ……まさか地球に、こんな物がいようとは……」


 男は一歩ずつ後退し、ついに壁に背中を着けた。


「落ち着いて下さい!」


 瑞樹は自ら宇宙人の男の元に近づいた。


「瑞樹……!」


 キングビストロンが瑞樹を止めようと手を伸ばす。だが瑞樹は振り返ると、首を横に振った。


「ビストロンは……あなたが思っている様な怖いものじゃありません」


 瑞樹は力強く言った。

 ビストロンは動きを止め、そっと宇宙人の男を見つめる。


「私は瑞樹を取り戻しに来ただけだ。あなたに危害を加えるつもりはない」


 ビストロンは静かに言った。次に小声で、


「船を壊したのは済まないと思うが……」


と付け足す。


「機械人形が……何を言おうと……」


 男の目が光り、瑞樹の身体に微かな衝撃が走る。

 男は意識をキングビストロンのみに集中していた。が、キングビストロンの巨体には何の効果も及ぼさない。

 キングビストロンは黙ったまま男を見つめた。

 そして……。

 バシュッという音と共に胸が開き、中からいつもの姿のビストロンが飛び降りる。


「くっ!」


 男の放つ意識の流れに、ビストロンはたじろいだ。が、両足を床に着け、必死で堪える。

 一歩、衝撃に耐えながら足を踏み出した。

 同時に、男の顔が怒りで歪む。


「確かにあなたの言う通り、私は機械かもしれない……だが私は……」  


 ビストロンは、大きく両腕を広げた。


「私は料理人だ!」


 その言葉には、ビストロンの信念が籠もっていた。

そして、その迫力に圧倒された男の意識が弱まる。

 ビストロンはそれ以上、前に進もうとはしなかった。


「私は人々に料理を振る舞いたい……ただそれだけを願っている。戦うことなど、これっぽっちも思っていない」


 瑞樹は男の元に歩み寄ると、そっと囁いた。


「もう一度……彼の料理を、食べてくれませんか?」


 男は答えなかった。いや、答えるべき言葉が見つからないのだろう。

瑞樹はそんな彼の表情を見て、そっと微笑んだ。


「大丈夫。食べれば、すぐに解りますから」


     *


 キングビストロンのボディが変形し、巨大なキッチンになった。

 元々、あらゆる状況でも完璧な設備を整えられるように設計されているのだろう。

 左腕だった部分にはコンロが、そして右腕だった部分には冷蔵庫が、それぞれ着いていた。


「材料は一通り揃っている」


 ビストロンは厨房に立ち、肩から包丁を抜いた。

 瑞樹は黙って見つめていた。


「今度は、彼が一人で作ります。ロボットの……いえ、料理人の誇りをかけて……」


 男はまだ不安そうだった。

 だが、ビストロンを見つめる視線に、先程までの憎悪はない。

 それから、どれくらいの時間が経っただろう。

 やがてコンロに乗せられたほうろう鍋から、真っ白い湯気が立ち上る。


「これが今の私に出来る、最高のメニューだ」


 ビストロンは出来上がった料理を皿に盛ると、そっと男の前に持っていった。

 瑞樹も出来上がった料理を見て、瞳を輝かせる。

 純白のシチュー。

 初めて出会った日に作った、思い出のメニュー。

 男は不安そうに、瑞樹を見た。

 瑞樹はニッコリと微笑む。それ以上、何も言わず、ただ男を見守る。

 男は一口、シチューを食べた。

 そして……。


「これが……機械のなせる技なのですか……」


 瞳から涙が零れ、頬で輝いた。


「私はただ、彼女の様に作っただけだ」


 ビストロンは鍋を見つめて言った。


「瑞樹は誰かの笑顔の為に料理を作っている。誰かを幸せにしたいと願っている。それをただ真似ただけだ」


 微笑むビストロンと、瑞樹の目線が合った。

 男は、シチューの皿が空になるまで、それ以上は何も語らなかった…………。


     *


 地球の大地から見上げる空は、少しだけ明るくなっていた。


「ねぇ、ビストロン……」


 巨大な姿に変わったビストロンの掌で、瑞樹は呟いた。


「何だ?」


「ビストロンは私を真似たって言ったけど、それは違うよ」


 遙か遠くへと向かう船を見上げ、瑞樹は微笑んだ。


「ビストロンの心が、あの人の心を動かしたんだよ」


「本当に……そうだろうか」


 ビストロンは瑞樹を下に降ろしてから、立ち上がって空を見つめた。


「だが、彼はお前の心を見て気付いたのだ。機械にさえ心が宿るのなら、人間にだって出来るとな」


 突然、後ろから声がして、瑞樹は慌てて振り返った


「相馬さん……」


 相変わらず顔を隠した彼は、まるで今まで側にいたかの様に、落ち着いた様子で立っていた。そして空を見上げたまま、相馬は瑞樹に訊いた。


「君は、リプルリングという言葉の意味を知っているか?」


「水面に滴が落ちたときに出来る輪っかの事だって、お父さんは言ってましたけど……」


「そう。君とビストロンのやった事は、この広い宇宙の中では、たった一滴の滴にも満たないかも知

れない。だが、そこから生まれた波紋は、どこまでも広がっていく」


 相馬は言いながら、顔を覆っていた色眼鏡とマフラーを外した。


「この感動を、あの青年が母星に持ち帰った時、あの星に文化が蘇るかも知れない。私の思惑は、どうやら上手くいきそうだ」


 相馬は言った。

 瑞樹は黙って、その顔を見ていた。

 宇宙人の男の顔に、とても良く似ていたからだ。


「あなた……もしかして……」


 相馬は黙って首を振った。

 そして微笑みだけ残すと、光と共にどこかに消えていった。

 もしかしたら彼も……。

 瑞樹は思ったが、途中で考えるのを止めた。

 どんな相手だって、きっと自分達と同じだからだ。


「おおーい! 姉ちゃん!」


「瑞樹!」


「春賀!」


 近づいてくる声達に、瑞樹は振り返った。

 そしてやっと、帰ってきた幸せを、胸の中で確かめるのだった。


        *


「3番テーブルオーダー入ったぞっ!」


「7番テーブルの料理、光司君、ごめん行ける!?」


 慌ただしい声が厨房を駆け巡る。

 

 宇宙人来訪から暫くたったある日のリプルリング。

 今夜のディナータイムも来客が途切れることなく続いていた。

 ロボットのいる料理店……。

 宇宙人をもてなした鋼鉄の料理人の話題は瞬く間に広がり、各地から一目、いや一口を味わおうと多くの人が訪れるようになった。

 庭にもテーブルが置かれ、歓談と感嘆の声が夜の町を彩る。


「8番、11番、15番、料理あがったぞ!」


 素早い手つきで盛り付けをしながら、ビストロンが微笑む。

 そして運ばれていく料理に背を向け、新たな料理を生み出していく。

 隣にそっと立つ瑞樹も微笑み、食材を料理へと変えていく。

 交わる二人の視線には同じ思いが籠っていた。


 これから出来る料理が、誰かの笑顔になりますように。



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