沼の竜と仮面の聖女
「私の代わりに死んでください。お姉様」
美しい妹は、ニッコリ笑ってそう言った。
「な…何を言っているの?」
「ほらこの間日照りが続いたでしょう。それでフニール教団の巫女である。私が沼の竜にお願いして雨を降らせてもらったの。そうしたら沼の竜の生け贄に選ばれてしまったのよ」
妹は私の部屋に置いてある花嫁衣装のベールをいじりながら。
何時ものように他愛ないお喋りのようにそんな言葉を吐いた。
明日は私とマック王太子との結婚式だ。
私の部屋には花嫁衣装が置いてある。
妹は私がデザインした花嫁衣装をとても褒めてくれた。
ベールには、一針一針想いを込めて花の刺繡が刺してある。
結婚式を夢見て何年も前から準備して来た。
「だから。ねえ私の替わりに生け贄になって下さい。大丈夫ですよ。お姉様の替わりは私が立派に務めます」
「何を言っているの‼ そんまこと出来ないわ‼ もし竜や王様にばれたら大変なことになるわ‼」
「大丈夫よ。お姉様」
何時のまにか男達が、部屋の中にいた。
五人の中にカイルお兄様と弟のジョセフもいる。
私の婚約者のマック様と神官のダスマン様と護衛騎士のイル様も皆無表情で私を見ている。
「な……何をするのですか‼」
私は兄と弟に両手をひねりあげられ膝まづく。
「ほら❤こうして顔を焼いて仮面を付ければ判らない。背格好や髪や目の色は、同じなんですもん」
そう双子の私達は、背丈も体型も目も髪も同じ。顔だけが違う。
女神のごとく美しい妹。平凡な顔の私。
美しいと言うだけでどんな我儘も聞いてもらえる妹。
どんなに努力しても認められない私。
「ぎやあぁぁぁ‼」
暖炉の中に頭を突っ込まされ、ジュウジュウと顔の肉が焼ける。
直ぐに神官のダスマン様が、回復魔法をかける。
「死なれては、元もこもないからな。焼けた髪と目は再生させろ」
婚約者だった男が冷たく囁く。
醜く焼けただれた私の顔に悪意のこもった眼差しを向ける。
「醜い」
と吐き捨てる。
「あああ…ぐうぅ…」
余りの苦痛に私は呻く。
だが兄も弟もその手を緩めてはくれない。
「な……何故なのです……マック様……こんな事をして王がお許しに……なさいませんよ……」
「父上もお前の両親も了承している」
「な……嘘……」
「嘘では無い。了承していないのは、お前と竜だけだ。竜も食い殺すんだからどっちでも良いだろうね」
余りの言いようにまじまじと婚約者だった男を見る。
私は彼の横に立つ為に、10年以上必死に頑張ってきた。
政略結婚だったが、私は彼を愛していた。
「私は……何を……したので……しょう……こんな仕打ちを……受けるほど……の罪は……なん……なんですか……?」
婚約者を見上げながら私は、苦痛と絶望の涙を流す。
「言ってしまえばお前はユリアでは無い、ということかな。皆がユリアを愛し。誰もお前を愛さない」
「…………!!」
ギシャリ‼
心が潰れる!!
人を殺すのに刃物は、要らないと身を持って知った‼
「お兄様……ダスマン様……イル様……ジョセフ……ユリア……」
私は、彼らの顔を一人一人震えながら見詰める。
誰も否定しない。
この十年以上それなりの信頼を培ってきたはずだ。
けれどもそれは、私の勝手な思い込みだったらしい。
彼らは私に仮面を被せる。
生贄の仮面を。
「時間が無い。魔法で動けなくしろ」
王太子が弟に命じる!
私は怨みごとを叫ぶ事すら許されなかった。
花嫁衣装のベールをかけられ、罪人のように鎖で縛られ、馬車に放り込まれた。
痛い!! 痛い!! 痛い!!
心も体も痛い!!
暗い馬車の中で、人々が王太子と妹の結婚式を祝う声を聞く。
ガラガラと馬車は、1週間後に竜の沼に着いた。
そして下級騎士の手で私は、沼に放り込まれた。
家族と友人と思っていた人達は、誰も私の死を見届けるつもりも無いらしい。
まるでゴミを捨てるようだ。
逃げ出さない様に私を護衛してきた10人ばかりの騎士は、私を放り込むとさっさっと帰還した。
ゴボゴボと泡を吐き出しながら沈んでいく……
暗い暗い沼の底。
ボウッと光る光の中に、一匹の竜がいた。
深緑の竜は若い男性の姿になると、私を抱き抱え祝福を授けてくれる。
私の躰に優しい魔力が流れる。
全てを慈しみ包み込む。なんて暖かいのかしら。
「我が花嫁……よくぞ参った……ん?なんだこの仮面は?」
竜はハッとして私を見詰める。
「お前は、ユリアでは無い‼」
竜は私を引きはがし後退った。
騙されたと気が付いた竜は、過去見の力を使い真実を知る。
ああ……竜ですらユリアを求めるのか……
私は、ボンヤリと竜を見た。
何か言うべきだった。
竜に騙した事を謝罪すべきだったが、口は動かなかった。
水の中にいるにも関わらず。
口の中は、カラカラだった。
それにもう私は、どうでも良かった。
ユリア!! ユリア!! ユリア!!
みんながあの子を求める!!
ここで竜に罵られようと殺されようと本当にどうでも良かった。
「おのれ‼ おのれ‼ 人間どもめ‼ よくも謀りおったな‼」
竜は美しい青年から元の姿に変わると羽を広げ大空に羽ばたいた。
竜は都に行くと炎を吐き出し更地に変えた。
皆死んだ。
王も妃も王太子もお父様もお母様もお兄様も弟も妹も神官も護衛騎士も。
皆竜に殺された。
その事を知ったのは、二年もたっての事だ。
怪我をした商人に回復の魔法をかけた時に聞いた。
「ここは、竜神様の神殿なんですね。竜神様は、アラホー国を滅ぼした後、ここには帰って来られなかったんですね」
「竜神様は、アラホー国を滅ぼしたのですか?」
「おや、知らなかったんですか?何でも日照りになったから竜神様に雨を降らせて貰ったのに王は、約束を違えたそうです。いや~どんな約束かは、知りませんが恐いですね。神との契約は心して結ぶものです。生半可な気持ちで結ぶと災厄を招きますからな~」
商人はお礼を言うと、私が作った回復薬を良い値で買いとってくれた。
竜神様が去った後、私は沼を出て近くの荒れ果てた神殿で竜神様の帰りを待った。
ボロボロの神殿だった。
裏の庭の隅に小さな墓があった。
かすれた文字で刻まれた名は、この小さな神殿の司祭のものだった。
神殿の奥に小さな部屋があり。
保存の魔法が、掛けられていた。
どうやら竜神様が保存の魔法を掛けたのだろう。
机の上に日記があった。
生真面目な文字で書かれたそれは、竜神様との語らいが記録されていた。
150年前のそれは、正に子育て日記だった。
竜神様は、すくすくと成長したが。
司祭が亡くなる前に人間によって竜神様が、傷つけられないか心配していた。
司祭様の心配は、最悪な形で当たてしまった。
日記を読んだ後…私は…
後悔した。
竜神様は、寂しかったのだ。
司祭様が亡くなられて一人ぼっちで、次の司祭を待っていたのだ。
やっと人が来たと思えば、雨を降らせろと身勝手なお願いだ。
それでも竜神様は、雨を降らせてくれた。
なのに……なのに……
人間は、約束を守らなかった。
何か私に出来ることは、なかったか?
己の不幸を嘆く前に……
もう……手遅れではあるが……
私は竜神様の帰りを待つことにした。
竜神様の加護のお陰で、私は回復魔法が使えるようになった。
前の司祭が残してくれたレシピのお陰で、ポーションも作れるようになった。
竜神様の魔力のお陰で沼の周りは、貴重な薬草が生えている。
いつしかここは、竜神の神殿と呼ばれ。
私は、仮面の巫女と呼ばれた。
今は、昔の物語。
沼の竜神と仮面の巫女が再び出会う数奇な物語が、始まるのはかなり後の事である。
~Fin~
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2018/2/20 『小説家になろう』 どんC
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拙い作品をお読みいただきありがとうございました。
あれ?なんか続きそうな終わり方だな?
上手くでっち上げられれば、続きを描きたいと思います。
2118/4/22 書き直しました。