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水曜日は雨玉日和

作者: 椎乃みやこ

 水曜日の夜には雨玉が降るの。

 ぱらぱらと降ってくる雨粒は、虹色の傘にぶつかってとんっと跳ねる。傘に弾かれた粒は光を反射させながら、差し出した私の掌に落ちてくる。

 掌には、まあるい虹色の粒。

 舐めると甘くて、舌の上で転がしていたら消えてしまう砂糖菓子にそっくりな粒。

 私はそれをひょいと口に入れる。ころころと舌を使って上手に溶かしてみるけれど、残念ながらここ最近の雨玉はおいしくない。一見、虹色のように光って見えるけど、よぉく目を凝らしたらどよどよした色が混じっているのだ。

 これは、悪夢の色。

 自己紹介が遅れました。

 初めまして、私は女の子の姿をしたバクです。

 バクが夢を食べる生き物ぐらい知っているでしょう?

 そうです。私はその夢を食べるバクなのです。夢を食べないバクはどれかと聞かれたら答えに困るのだけれど、まぁ、動物園にいるほうじゃない?

 私の食事の時間は、水曜日の夜。

 お気に入りの虹色の傘を差して、根城にしている街を歩くの。一番おいしいのは子どもの夢。街を歩けば吸い寄せられるように夢が雨玉のかたちになって降ってくる。飴玉に似ているけど、飴じゃないのよ。あくまでも夢の雨。だから、雨玉。

 最近ね、困っているの。おいしい夢を見ていた男の子の夢がつまらなくなってしまったわ。

 そういうのはよくあることだから、他の子どもの夢を食べればいいって仲間はいうけれど、私は納得しない。だって、他の子どもの夢を食べても、あの味をくれるのはあの子だけなんだもの。

 だから、私、決めました。

 あの子に直接聞くの。どうして面白味のない夢ばかり見ているのって。そのほうがてっとり早いじゃない。解決できるかわからないけど、知ることは大事よ。

 なにしろ、私の食事の死活問題なんだから!

 水曜日は人が決めた一週間という枠組みの中で、真ん中に当たる日。疲れがほどよく溜まってくるからみんなぐっすり眠るわけ。翌日も仕事や学校の人が多いから、寝坊しちゃいけないという意識からちょっと緊張しているのがいい具合。深く眠りすぎると夢の底に落ちちゃって食べれなくなっちゃうのよね。

 例の男の子は、古びた小さな一軒家の二階に住んでいる。おじいちゃんとおばあちゃんと三人で暮らしているみたい。両親は、そうね。夢で見る限り、お母さんは出張で忙しそう。お父さんの顔は黒く塗りつぶされているから、死別か離婚じゃないかしら。

 こんこんとリズミカルに窓を叩く。眠りが浅かったのか、男の子はすぐに気づいた。可愛い女の子が夜中に傘を差して宙に浮かんでいるものだから、目を丸くして固まっていたけれど。

「こんばんは。私は夢を食べるバクよ」

 男の子は状況が飲み込めずにぽかんとしていたけど、懇切丁寧に説明してあげると一応理解できたみたい。

 どうしておいしくない夢ばかり見るのって尋ねたら、首を傾げたわ。そういえば、その夢を私が食べているから覚えていなくて当然よね。し、失念よ。失念。どうしたものかと考えていたら、こんなことを言ってきたの。

「悪夢を見なくなったのは、君のおかげなんだね」

 なぁに、それ。まるで私が人助けしているみたいじゃない。食事のためにそうしているのって返したら、にこにこ笑っているのよ。

「ありがとう」

 今度は私がぽかんとしたわ。お礼を言われるなんて思ってなかったもの。どういうわけか顔が熱くなって、慌ててその場から逃げたわ。そのうちおいしい夢を食べたときと同じような、跳ねるような心地になったの。

 ぽとんっと私の傘に雨玉が落ちる。

 これはあの男の子の夢。相変わらず淀んだ色をしているけど。いいわ、特別に食べてあげる。

 水曜日の雨玉は、やっぱりいつもと同じ味。

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