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ようこそボランティア部へ  作者: 白石みのり
夏休みと夏祭り
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第20話 夏祭り(6)


智樹の目の前には誰も座っていなかった。


確かに、そこには鈴木杏奈がいたはずなのに。彼女の体温も声も確かに智樹の耳にも手にも刻まれていた。でも、こんなにあっけなくなかったことになった。



智樹の目にはもうにじんで何も映らなかった。何も特別なことなんてできなかった。ただただ、彼女の隣にいることだけ。こんなにも、無力だったんだと改めて思った。


「香口智樹!」

後ろから名前を呼ぶ声が聞こえた。そこには月見と大山先輩が立っていた。



「月見?大山先輩?」

二人は何も言わずただ智樹を抱きしめていた。かすかに二人の肩は震えていた。落ち着くまで二人はずっとそのまま離れなかった。



「月見、俺は、言えたよ、言えた……」


「うん」

月見は首を縦に振ると智樹の手を握った。月見の手は少し震えている。



「私は君のそういうところが好きだよ」

そういわれた時に、やっと気が付いた。月見は、亡くなった曾祖母だ。いつも口癖のように言っていた。月見は丁寧に智樹の頭を撫でた。



そのおかげもあって、智樹は深呼吸をして一度落ち着いた。



「なんで、大山先輩がいるんですか?」


大山は静かに語りだした。その顔は穏やかそのものだった。だが、目には涙がたまって今にもあふれ出しそうだった。



「私は、あーちゃんに、鈴木杏奈に命を救われたからだよ。あーちゃんは、脳に病気を抱えてた。でもぎりぎりまで学校に行ってたんだって。でも、入院してからすぐに植物状態になった。それで本人の意思によって臓器提供することになった。それで助かった一人が私だった。あーちゃんは、香口君の記憶の中でも私の記憶の中でも人のために何かしようっていう子だったって改めて思った。初めて会ったのにあーちゃんは、想像のそのまんまだった。それ以上だった。だから、君のおかげであーちゃんに……偽物でも会えてうれしかった。ありがとう」



言葉を詰まらせながら大山は語った。もう一度、その眼を見ると瞼がうっすら赤くなっているついていた。


多分、相当前から泣いていたんだろう。



「月見、お前はこれからどうするんだ?」



「誰だかわかっちゃったみたいだね?」


「いや……」

智樹は少しためらっていた。行ってしまえば月見という存在も消してしまいそうで、怖かった。


「別に大丈夫よ。安心して。本当の月見さんに体を返す。だから、仲良くしてやってくれ、彼女は悪い人じゃないみたいだから……霊感は強いみたいだけど」


こそっと伝えるといじわるっ子が顔に出ていた。


曾祖母はこんなおちゃめな人だった。幼稚園の時に亡くなって以来だった。


いつもこんな風に二人でいたずらを考えては母に年なんだからとか変なこと教えないでと怒られていた。


いつも曾祖母と幼稚園生3人で遊んでいた。そんなことを思い出すと懐かしくてたまらなかった。多分、鈴木が消えてしまった今、だんだんこの時のことは真実ではなくなって忘れてしまうんだろう。そして、この間まで真実だとされたことは、なかったことになるんだろう。


でも、それでも俺は今日を一生忘れることはない。こんな不思議で理論でも解決できないが、俺にとっては一番悲しい日であり、一番幸せな日だ。それは、花火のように儚いだけど、温かい。




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