第15話 夏祭り(2)
月見と智樹の間にはいまだ無言に支配されていた。その無言を切り裂くように啖呵を切ったのは智樹だった。
「なんか、用?」
月見は深いため息をした。
「あんた、今どんな状況か、本当にわかっているの?」
少しの無言が長い時間を支配しているように感じる。
「私、この前言ったよね?今日が最後だって」
「そんなことわかってる!」
少し大きい声になってしまったが、周りには人がいないため、遠くで作業している人がこっちを見ることもない。
「だったら、なんか考えてるの?」
また、無言が支配した。セミの声だけが背景で流れている。何も考えていないわけではなかったでも、何も解決の糸口なんてなかった。だって、今の鈴木は、智樹の記憶で作られている。なら、彼女を救うためなら記憶をなくすしかない。
「もし……、また戻ろう。また、記憶を失おうとしているなら私は、反対する」
「なんで、そんな……。助けてくれるんじゃなかったのかよ」
月見は、腕を組んだ。その肩はかすかに震えている。
「私は、もうこんなに何度も何度も失敗するのを見たくないんだよ……」
繰り返す言葉には嗚咽が混ざっていた。月見は、天を仰いで深呼吸をした。
「私は、あんたのために言ってるの。あんたはもう知らないかもしれないけど、これで10回目なんだよ?結局、現状維持しかできなかった。それに、現状維持なんて言葉生ぬるいぐらい悪化してる。あんたの記憶も。もう、小学校のころなんて覚えてないでしょ?もう、ボランティア部に誘われた時のことなんて覚えてないでしょ?」
「覚えてる!」
「じゃあ、言ってみなさいよ!」
智樹は、小学校の時の思い出を話そうとしたけれど、口が動かない。なら、と思い必死にボランティア部勧誘の時の話をしようとした。でも、どれも真っ暗闇に閉じ込められているみたいだった。口も動かなければ、想像もできない。ただただ、あふれてくる涙を抑えることしかできなかった。
「ごめん。いじわるした。でも、何度も繰り返すってこういうことなの。今後、もっとひどいことになりかねない。精神異常になったり、自分がしてきたことをすべて忘れてしまうことだって……」
「じゃあ、俺はどうすればいいんだ……なぁ」
弱弱しい声は、次第に蝉の声にかき消されていく。
「香口君!」
遠くから、手を振っている鈴木が見えた。
「最終時間は今日の、花火の最後らへんだから」
そういうと月見は逃げるように走り去った。
「さっき……月見さんと何してたの?」
疑いの目で見る鈴木に、本当のことは話せない。どうすればいいかわからずただ黙ってくることしかできなかった。だが、鈴木は次第に居心地の悪そうな表情をしていた。
「あ……。なんかごめん、聞くなんて野暮だったね。ごめん……。あ、あのさ……その」
口濁りながら下を見る鈴木の顔はだんだん赤くなっていく。
「あ、暑い?もしかして?」
「暑いけど!そうじゃなくて!そういうことじゃなくて!あの、さ、夏祭り誰かと一緒にまわる人いるのかなって」
「いないけど」
鈴木の顔はぱっと明るくなると智樹の片手を引いた。
「じゃあ、じゃあさ!一緒にまわろう。約束」
そういうと、また誰かに呼ばれて行ってしまった。一人残された智樹の片手には確かに鈴木の体温が刻まれていた。
その体温が今思えば、体温じゃないかもしれないが、それは温かかった。