梓沢緋里は落ちこぼれではいられない(1)
男女4人の静まることのない笑い声に包まれながら、優馬は後悔という名の重しによって深く沈んでいた。
「あはははは。あんた、本当にアホね。際限ないアホだわ」
緋里が笑顔を見るのはこれが初めてだった。
普段の仏頂面とのギャップにときめくことがなかったのかと言われれば嘘になる。とはいえ、優馬がコケにされているだけである以上、笑顔が見られても全く嬉しくはない。
「『女湯を覗きたい』とは傑作っすね。ハッハッハ」
自分もそれなりに痛い能力を持っていることを棚に上げ、紹也が手を叩きながら笑っている。
能力を授かった動機はできれば話したくなかったが、首が伸びるという奇怪な能力を手に入れた説明するには、どうしても正直に本当のことを話すしかなかった。
「クックックック…」
通洋が手で口を押さえて、必死で笑いをこらえている。地味に傷ついた。
「優馬さんって、面白い方なんですね。うふふ」
かなり傷ついた。
せめて美衣愛にだけにはカッコつけていたかった。ムッツリスケベだなんて美衣愛に思われた日には、この世の終わりである。
「みんないつまで笑ってるんだよ! もういいだろ!」
1分間以上続いた苦痛な時間に耐えられなくなった優馬が、ついに声を荒らげる。
「はぁ苦しい。はぁ…」
そう言った後、呼吸を整え始めたのは、誰よりも抱腹絶倒だった緋里だった。
「みんな、そろそろ真面目に考えよう」
「覗き魔が真面目ぶるなって」という小言が紹也あたりから聞こえてきたのを無視しつつ、優馬は続ける。
「18時をかなり過ぎた。でも、神様は未だに来ない。これは一体どういうことなんだ?」
「そもそも本当に神様は来るんですかね?」
美衣愛が口にした疑問は、まさに優馬も抱き始めていたものだった。
それは緋里も同じだったようで、案内状を開きながら付言する。
「案内状には、18時にここに来るように、とは書いてあるけど、それ以上のことは何も書いてないわ。つまり、神様が来るだなんて一言も書いてない」
「じゃあ、神様はなんのために俺らをこの会議室に集めたんだ? あまりにも無責任じゃないか?」
「あんただって身に沁みて分かってんでしょ。神様がものすごく無責任な奴だってこと」
「それはそうだけど…」
「俺、思うんっすけど」
紹也が口を挟む。
「この5人が会議室に集められたということ、それ自体に意味があるんじゃないっすか?」
「どういう意味なの?」
「神様の目的はもうこれで尽きてるっていう意味っす。神様の目的はこの会議室に俺たち『落ちこぼれ』を集めることだった…」
「『落ちこぼれ』ってどういうことよ!?」
緋里が噛みついた。
医師の卵としてエリート街道を突き進む緋里にとって、「落ちこぼれ」というレッテルは受け入れがたいものなのだろう。
「きっと9年11月前、神様から能力をもらった14歳は他にもたくさんいたんっすよ。だけど、大半はちゃんと使える能力を選択して、さっさと人命救助のタスクをサッサと済ませてるんっす。他方、俺たちは能力のチョイスを誤り、9年11ヶ月もタスクをこなせずにいる『落ちこぼれ』なんっすよ」
「…随分と理不尽ね」
たしかに理不尽である。
しかし、神様がここに集められた5人を「落ちこぼれ」だと認識していることには、たしかな根拠がある。
紹也からのバトンを優馬が引き継ぐ。
「みんな、この会議室の予約団体名を思い出してくれ。203号室を予約していたのは何という団体名だったのか」
誰も答えなかった。
仕方ないので優馬自身が答える。
「ポンコツヒーローズ」
この予約名に、神様が5人をどのように見ているかが露骨に現れている。
14年前、神様は、優馬のことを「特別な力を持ったヒーロー」だと言った。きっと同じことを他の4人にも言っているだろう。
つまり、5人は、人命救助を使命とした「ヒーロー」に任命されたのである。
しかし、5人は神様の期待を見事に裏切っている。
5人は、ヒーローとしての使命を果たせない「落ちこぼれ」、すなわち、「ポンコツ」なのである。
さらに、ここに集まった5人は、みんな「ポンコツ」であることを自覚している。
そうでなければ、「ポンコツヒーローズ」名義で予約された203号室に自ら足を運ばないだろう。
案内状には予約団体名も部屋番号も書かれていなかったのだから。
結局、最初の会議室から出ることすらないままGWが終わってしまいましたorz
責任を持って完結させますので、引き続き応援よろしくお願いいたします。
ptやブクマを下さった方には心より感謝申し上げます。