薬師通洋は人間と話すのが苦手だ
「次はどっちが能力を晒すの? さっきからパーチク騒がしいアホ? それともさっきから一言も話してないそこの君?」
優馬の対面に座っている男は、緋里から話を振られた瞬間、ブルッと震えた。
もっとも、その後、何かを言い返すことはなかった。
「君、もしかして喋れないの?」
「…い、いや…喋れます」
静かな会議室でなければ聞こえなかったであろう程度のかすかな声で、おそるおそる男は答えた。
「じゃあ、さっきから何でずっと黙ってるの?」
「…ぼ、僕、人見知りなので…」
「あっそ。じゃあ、まずは立ち上がって自己紹介して」
緋里の言葉には思いやりの欠片もない。
医者には人格破綻者が一定程度いると聞いたことがあるが、緋里はその筆頭だろう。
浅く引いたパイプ椅子に脚をぶつけながら、男はぎこちなく立ち上がった。
足腰の筋肉がないためか、はたまた緋里に怯えているためか、膝が笑っている。
「僕、薬師通洋っていいます」
自己紹介の場面でも、男の声のボリュームは変わらなかった。
「仕事は?」
緋里が、質問というよりは追及に近い厳しい口調ですかさず尋ねる。
「今はしてません…だって、どうせ1ヶ月後には死んじゃいますから…」
「随分と下向きね。まあいいわ。通洋はどんな能力を神様からもらったの?」
緋里の追及はトントン拍子で進む。
「えーっと、えーっと、えーっと…」
「えーっと」が3度続いたが、肝心の中身の話が始まらなかった。
「何? 恥ずかしくないから早く喋って?」
「えーっと、えーっと…」
5回目の「えーっと」の後にも沈黙。
優馬も若干イラっとしたが、緋里のイライラに比べたら大したことはなかったようだ。緋里は握りこぶしで机をバンッと叩くと、ただ一言、
「何?」
とだけ訊ねた。
この態度には通洋だけでなく、優馬も美衣愛も震え上がった。
「えーっと…その…動物の話が分かる能力を…」
「何よ。普通じゃない」
緋里が吐き捨てる。
優馬も緋里と同感だった。
中学2年生が憧れそうな能力としてはもっともありふれたものの部類に入るだろう。
優馬だって実家で犬を飼っていたため、犬の話を聞いてみたいと思ったことが何度かある。
「人命救助にも使えるんじゃないの? たとえば、人里に下りてきた熊に山に帰るように交渉するとかしてさ」
緋里の追及に、通洋は大きく首を振った。
「会話はできません。一方的に話を聞けるだけなんです。だから全然使えないんです…」
「ふーん、まあいいわ。座ってよし」
まるで人を犬かの如く扱う緋里の号令に、通洋は素直に従った。
え? 今日中に完結させるですって? そんなの誰が言いましたか?(まだストーリーの2、3合目付近)