梓沢緋里は悩める受験生だった
「約束通り、次は私が自分の能力について話すわ」
漆黒の女は立ち上がると、エヘンと咳払いをした。
偉そうな態度が鼻につく女である。
これで授かった能力が「アニメを見るだけですぐにエロ同人のアイデアが浮かぶ」とかだったらマジで笑える。どうかそれくらいにショボい能力であって欲しい。
「まず、自己紹介から。私の名前は梓沢緋里。今は研修医をやってるわ」
そうか。研修医だったのか。
医者になるための教育を受けられる家庭は、一部の裕福な家庭に限られている。つまり、緋里はボンボンに違いない。どおりで偉そうなわけである。
「ちなみに年齢は24歳。美衣愛と同じね。もしかして、あんたらも同い年なんじゃない?」
緋里は目線だけ動かし、優馬ともう一人の男性の反応を窺った。
優馬とほぼ同時にもう一人の男性も頷いたため、緋里の予想が正かったことが証明された。
「なるほどね…。まあ、その話は後にして、話を続けるわ。私が神様から授かった特別な能力はね…」
来い。エロ同人、来い。
「目を瞑るだけで最新の世界情勢が分かる能力」
…は?
真面目かよ。
「神様が現れた当時、私は14歳だった。私、小さい頃から医者を目指してたから、高校はどうしても名門私立に入りたかった。だから、部活もせず、友達と遊びもせず、勉強に明け暮れる日々だった。もちろん塾には毎日通ってた」
「すごい…」
美衣愛が思わず声を漏らす。
正直言うと、優馬も「すごい…」と声を漏らしそうになったが、負けた気がして悔しいので我慢した。
「私、理系脳だから、数学とか理科はできたんだけど、社会科が全然頭に入ってこなかった。いわゆる苦手教科、ってやつね。日本のことはかろうじて分かるんだけど、世界のことがよく分からなくて…模試でも完全に足を引っ張ってて、悩みの種だったの。そんなときに神様が現れたの」
悔しい。悔しいが、エロのことにしか頭になかった当時の優馬とは比べものにならないくらいに優秀だ。
同じ14歳なのに煩悩の対象がこんなにも違ってくるとは衝撃的である。
「今考えるとすごく恥ずかしい話よね。勉強って本来自分自身の努力で何とかしなきゃいけないはずなのに、当時の私は神に頼ってしまった。『世界情勢について詳しくなりたい!』って、10カウントのうち、8あたりで叫んじゃったの。自分の弱さが出てしまった…」
「ううん。緋里ちゃん、全然恥ずかしくないよ。むしろ立派だと思う」
美衣愛が得意のエンジェリックスマイルで緋里を励ます。
天使の純朴さの前では、むしろ厭味にしか思えない緋里の発言も、むしろ立派なものとして昇華されるらしい。
「『目を瞑るだけで最新の世界情勢が分かる能力』だっけ? それって人命救助に普通に使えるんじゃないか? 政治家とか学者になってその能力を駆使すれば、数え切れない人の命を救えると思わないか?」
「たしかに…」
優馬の提案に、美衣愛が相槌を打つ。
しかし、当の緋里は大きく首を振った。
「ううん。私は子供の頃から医者になりたかったの。そう簡単に初心を曲げるわけにはいかないわ」
「頑固過ぎるだろ…」
「優柔不断よりはマシでしょ。大体、私はこれから立派な医者になって、たくさんの人の命を救うの。どうして1ヶ月以内にこの下らない能力を使って人を救うことを強制されなきゃいけないわけ? この場に神様が来たら、絶対に文句を言ってやるんだから」
緋里はキツく歯を食いしばった。
神様を憎んでいる、という一点のみを抽出すれば、優馬との対立もそれほどでもないのかもしれない。
「美衣愛」「緋里」、それから過去作の「タイムループは終わらせない」で登場させた「映月」は、僕が将来女の子に付けたい名前トップ3です。
微糖程度のDQN感がちょうどいいかな、と。