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ポンコツヒーローズ  作者: 菱川あいず
試行錯誤
20/20

薬師通洋は鳥の知らせを聞いた(6)

「俺が考えた計画の内容は以上だ。みんなも指摘してくれているし、俺自身も自覚しているとおり、決して完璧な計画ではないと思う。ただ、計画が上手くいかなかったとしても何かが減るものでもないだろ」


「俺が地獄の業火をコントロールをミスったら、みんなでお陀仏だぶつかもしれないっすけどね」


 紹也が笑えないジョークを口にする。紹也自身も笑っていなかったことからすれば、もしかしたらジョークではなく本気の懸念けねんなのかもしれない。



「何もしなければあと1ヶ月もない命だから、多少のリスクは負う覚悟をすべきだと思う。まあ、地獄の業火が大暴走しないように、紹也にはくれぐれも気を付けてもらいたいところだがな」


「もちろん分かってるっす」


 紹也は自分の右手のてのひらをジッと見つめた後、目をつむりながら上下に釣竿つりざおるような仕草しぐさをした。

 優馬には地獄の業火のメカニズムが全く分からないが、地獄の業火をあやつるための予行練習なのかもしれない。



「じゃあ、みんな、これから俺の計画を実行するということに異論いろんはないか?」


「ないっす」


「ありません」


 紹也と美衣愛がすかさず同意したため、これで全会一致ぜんかいいっちかと思った矢先やさき上擦うわずった声が聞こえた。



「…い…異論があります…」


 優馬は驚いた。

 通洋がしばらく一言も発していなかったために通洋の存在を忘れていた、というわけでは決してない。通洋は、生き恥をかく必要も、ミスにより放火犯とされる可能性も、場合によって計画からはじかれてしまう可能性もないという点で、計画においてもっとも恵まれたポジションにいる。その通洋から異議いぎが出ることを、優馬は全く想定していなかったのである。



「通洋、何に異論があるんだ?」


「…ぼ、僕は優馬さんが言うような役割を絶対に果たせません」


「なぜだ?」


 通洋が自分に自信のない性格だということはなんとなく伝わっているが、帽子からわずかにのぞく真剣な眼差まなざしからすると、今回は単に弱音を吐きたい、というわけではなさそうだ。 



「ゆ…優馬さんは、ぼ…僕の能力のことをちゃんと分かっていますか?」


「ああ、動物の声を聞く能力だろ」


「こ…今回の計画では、僕はどの動物の声を聞けばいいんですか?」


「どの動物って…適当に樹海にいる虫だとか…」


 正直、レンタカーの中では通洋が具体的にどの動物の声を聞くのかということは考えていなかった。動物の声を聞く能力のない「普通」の人間である優馬には、どの動物がどのような情報をくれるのかということが経験上分かるわけではない。

 動物から樹海で彷徨う者の情報を手に入れる具体的な方法については通洋に任せるしかないと考えていた。



「ゆ…優馬さん、僕の能力は、動物の声を聞く能力であって、動物の心を読む能力ではないですからね…」


「どういう意味だ?」


「声を出す動物、つまり鳴く動物からしか言葉を聞き取れない、ということです。け…毛虫だとかちょうちょだとか、そういう鳴かない動物からは声を聞き取れません」


 通洋の言っていることは、少し考えれば当たり前のことのように思える。優馬が、普段ほとんどしゃべらない通洋の考えていることが分からないことと同様に、喋らない動物からは何も情報を得られないということである。



「なるほどな…。裏を返せば、たとえば夏の間はせみの声がずっと耳に入ってくるということか。ミンミンとうるさいからな。通洋は蝉の声が分かるんだよな? 興味本位で聞くが、蝉はあんな必死で何を伝えようとしてるんだ?」


 元々伏し目がちな通洋が、さらに目を伏せた上で、元々小さな声をさらに小さくした。



「……エッチがしたいって……」


 それはそうである。蝉は一生の大半を地中ちちゅうで過ごし、最後の数週間だけ、交尾をして子孫を残すためだけに地上に出てくる。蝉が鳴くのは交尾のパートナーとなる異性にアピールするためだ。

 地中で何年もジッと過ごしていた蝉の「エッチしたい」という叫びは、人間の童貞どうていさけびの何倍も切実せつじつなものであるはずだ。

 通洋はその叫びを夏の間中ずっと聞いているということか。動物の声を聞くという能力も案外厄介な能力なのかもしれない。



「なるほどな…。通洋が鳴く動物の声しか聞き取れないということはよく分かった。さいわい、この樹海では鳥の鳴き声が聞こえるな」


 優馬たちがいる場所では鳥の姿は見えないが、先ほどから赤ん坊の声を図太ずぶとくしたような鳴き声が聞こえる。場所が場所だけに鳴き声の主は怪鳥かいちょうということになるのだろうか。おそらく正体はカラスか何かだと思うが。


 

「た…たしかに僕は鳥の鳴き声を聞くことができます。で…でも、僕は鳥から自殺志願者の情報を得ることはできません」


「どうしてっすか?」


 いきなり紹也が会話に入ってきたことに驚いた通洋がビクッと震えた。



「…あ、いや…。は…はじめて会ったときにも言いましたが、僕の能力は動物の声を聞くだけで、動物に話しかけることはできません。たとえば『樹海の中に人はいますか?』という質問はできません」


「そうっすか。俺らの都合の良い情報を鳥から引き出すことは難しそうっすね…。鳥って普段どういうことを喋ってるんすか?」


「…『あー、お腹減った』とか『あー、疲れた』とか…」


「うーん。蝉ほどじゃないとはいえ、しょうもないっすね…」


 紹也が失笑する。



「ちょっと待て。『あそこに人がいるぞ』くらいのことは喋るんじゃないか?」


 生物の行動の基本は反射である。人間ほど複雑な脳を持っていない鳥ならばなおさら、目に入ったものをそのままとして発信するはずである。人がいるのを見れば、「人がいる」と声を上げるはずだ。


「だ…第一、今日はきりがすごいじゃないですか。もしも鳥が自殺志願者の居場所を教えてくれたとしても、優馬さんがこんな霧の中じゃ人を探せないんじゃないですか?」


 たしかに通洋の言う通り、樹海は真っ白な霧に包まれており、10メートル先の視界すらハッキリしない。高速道路を走っているときにも霧が出ていることは感じていたが、樹海の周りはより一層霧が濃い気がする。優馬の捜索作業が一筋縄ではいかないことは明らかだろう。

 優馬はストレッチのため、ゆっくりと首を回した。



「とにかく、やってみるしかないだろ。今日やってみてダメだったら明日またここに来て同じことをやればいい」


「そうですよ! 通洋さん! せばる、為されば成らぬです!」


 美衣愛は握りこぶしを頭上にかかげた。どこか古風だが、彼女なりの気合の入れ方なのだろう。



「そうっすよ。このまま何もしないで帰ったら、何のために樹海まで来たのか分からないっすしね!」


 紹也が通洋の肩を叩くと、あたかも殴られたかのような勢いで通洋はった。


 ゆっくりと体勢を直した通洋は、大きな溜息ためいきをついた。



「…わ、分かりました。ダメ元ですがやってみましょう」

 

 いつにも増して覇気のない声でそう言った通洋は、満面に笑みを作った美衣愛に求められたハイタッチにも渋渋しぶしぶ応じた。

 個人的に反省点がとても多い作品なのですが、とりあえず完結させてから総括します。

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