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ポンコツヒーローズ  作者: 菱川あいず
試行錯誤
19/20

薬師通洋は鳥の知らせを聞いた(5)

「ステップ3は『説得する』だ。最後の仕上げは、美衣愛ちゃんにやってもらう」


「ついに私の出番ですね。緊張しますね」


 美衣愛が胸の前で手を組んだ。それなりの大きさのある胸がはずみ、優馬の心も弾んだが、何を隠そう、美衣愛が計画を立てる段階でもっとも厄介やっかいなピースだった。



「私、何をすればいいんですか?」


 美衣愛にできること、それは一つしかない。

 優馬は背負っていたカーキ色のリュックを下ろすと、中身を美衣愛に見せた。



「わあ! …す…すごい…」


「え!? 何が入ってるんっすか!?」


 紹也が興奮気味にリュックをのぞき込む。そこに詰まっていたのは、チョコレートやらグミやらラムネやらの、カラフルに包装されたお菓子だった。



「…なんだ…。ただのお菓子じゃないっすか」


 紹也がションボリと声を落とす。急に明るくなった美衣愛の表情を見て、リュックの中に金塊きんかいが入っているとでも思っていたのかもしれない。



「紹也さん、ただのお菓子でもいいじゃないですか! お菓子は素晴らしいです! しかも、リュック一杯のお菓子だなんて夢のようです!」


 美衣愛には「お菓子の家に住みたい」という童心どうしんすらも未だに残っているのかもしれない。もしも美衣愛がお菓子の家に住んだら、あっという間にすべてを食べ尽く、即座そくざにホームレスになるに違いないが。



「優馬さん、気が利きますね! さすがです! お腹も空きましたし、早速お菓子パーティーをしましょう!」


 言うやいなやリュックの中のお菓子を鷲掴わしづかみする美衣愛を見て、優馬はあわてる。



「ダメだ美衣愛ちゃん! このお菓子は計画に使うやつなんだから、今食べちゃダメだ!」


 元々は単に美衣愛の歓心かんしんを買うために持ってきたお菓子だったのだが、レンタカーの中で計画に使うことを思いついたのだ。



「でも、今少しくらい食べても大丈夫ですよね? 計画用にちゃんと残しておくので…」


 許可を得る間も無く、美衣愛が板チョコの包装を開け始める。



「いやいや、美衣愛ちゃん、ダメだって! 美衣愛ちゃんの食欲には歯止めがないから!」


 100円ショップで2000円以上を費やして購入したリュック一杯のお菓子といえども、美衣愛にとっては茶道さどうのお茶菓子ちゃがしくらいに心許こころもとないものだろう。

 何と言っても昨日はホテルの朝食バイキングをらい尽くしているのである。まばたきする間にお菓子がすべてなくなっていても不思議ではない。



「優馬さん、私、お腹ペコペコなんです。お願いします…」


 ああ、美衣愛の上目遣いヤバい。マジで可愛い…



「しょうがないな。ちょっとだけ…」


「おい優馬! チョロ過ぎるっすよ! そんなことより早く計画を話すっす!」


 紹也のかつによって、ハニートラップにかかる寸前で優馬は目を覚ました。



「美衣愛ちゃんごめん。美衣愛ちゃんの気持ちも分かるんだけど、今は人命救助を優先しないと。美衣愛ちゃんの命もかかってるんだ」


 「命がかかっている」という言葉で美衣愛の目もようやく覚めたようで、銀紙ぎんがみはだけた板チョコがポトンとリュックの中に落ちた。



「計画の話に戻ろう。紹也の能力で、俺らと自殺志願者との間を通る一本の道ができる。その道を使って、俺らと自殺志願者が出会う。とはいえ、この段階では自殺志願者の命はまだ救えてない」


「なんでっすか?」


「『死にたい』という気持ちがなくなってないからだ。最悪の場合、俺らから逃げて、また樹海の中へ消えていってしまうかもしれない。俺らはなんとかしてそいつの気持ちを死から遠ざけなければならない」


「なるほど…。で、どうするんっすか?」


「ここで美衣愛ちゃんの出番だ」


「はいっ!」 


 美衣愛が背筋をピンと伸ばす。



「そんなに気張ることじゃないよ。美衣愛ちゃんのやることは、リュックの中のお菓子を食べるだけだから」


「…え? 普通にお菓子を食べるだけでいいんですか?」


いて注文をつけるならば、なるべく可愛く食べて欲しいかな」


 紹也が怪訝けげんそう顔をしたが、優馬は決してふざけているわけではない。



「美衣愛ちゃんの仕事は、自殺志願者に生きる気力を与えることだ。言うまでもないことだが、美衣愛ちゃんは可愛い。樹海を彷徨さまよっていたら突然道がひらけ、目の前に可愛い女の子が現れる。そして、その女の子が美味しそうにお菓子を頬張ほおばっている。これがまためちゃくちゃ可愛い。『あ、世の中にはこんなに可愛い子がいるのか。この世もまだ捨てたもんじゃないな。頑張って生きよう』と自殺志願者は思うだろう」


 紹也の顔がさらにくもる。



「本当にそんなに上手くいくんっすかね?」


摂食せっしょく行為というのは、まさに生きるための行為であって、せいを連想させる行為だ。それに、少なくとも俺が自殺志願者だったら、美衣愛ちゃんのために生きようと思う」


「参考にならないっす。自殺志願者がみんな優馬みたいにチョロいわけじゃないっすからね。自殺志願者は女性かもしれないっすし」



 優馬自身、この計画が万全ばんぜんだとは微塵みじんも思っていない。

 とはいえ、優馬が美衣愛の命を軽視するはずがないから、美衣愛を何とかして人命救助計画にからめるためにものすごく頭を悩ませた。いくら食べてもお腹いっぱいにならないという能力は、単なる自己満足にしかならない。その能力を他人のために使うための苦肉くにくさくが、この「大食いっ子萌え」作戦なのである。



「紹也さん、ごめんなさい。私の能力が使えないせいで…」


 美衣愛が目をうるませるのを見て、紹也が顔色を変える。



「いやいや、別に美衣愛ちゃんが悪いわけじゃないっすよ! 優馬の計画が無責任だから…」


 優馬が反論をする前に、今度は美衣愛は優馬に向かって謝罪した。



「優馬さん、ごめんなさい。私の使えない能力を無理やり計画の中に位置付けてくれたんですよね。優馬さんは優しいから…」


「そういうわけじゃ…」


「でも、いいんです。私がお菓子を食べている様子を見ても自殺志願者の人に響かなかった場合には、誰かが自殺志願者の人を説得したり、力づくで樹海から連れ戻したりすればいいんです。そうすれば、私は人命救助したことにはなりませんけど、優馬さん、紹也さん、通洋さんは人命救助をしたことになりますから」


 美衣愛が笑顔を作るために目を細めた瞬間、下睫毛したまつげから涙のしずくがホロリと落ちた。

 美衣愛のいじらしい様子に優馬の心は痛んだが、正直、計画がステップ2で終わってしまうことも想定していた。今回の富士の樹海での人命救助は美衣愛抜きで行うことになったとしても、リミットまでに美衣愛のためだけに別の計画を練ればよいはずだ。



「美衣愛ちゃん、大丈夫っす。大丈夫っすから」


 根拠のない「大丈夫」は、今度は紹也から美衣愛に対して掛けられる番だった。


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