薬師通洋は鳥の知らせを聞いた(3)
「優馬さん、早くこっちに来てください! 早く早く!」
美衣愛は無邪気である。
「無邪気」というのは、自らに邪気がない、という意味ではない。自らの邪気を認識していない、という意味だ。美衣愛がつま先立ちでおいでおいでをしたところで、優馬の歩が速まることはない。何せ優馬はあえて牛歩戦術を採っているのだから。
ミニバンの中で、優馬は、人命救助計画の発表のタイミングを樹海到着時とすることを約束した。
青木ヶ原樹海、いわゆる富士の樹海まで、東京から車で3時間程度かかる。3時間もあれば何かしらのアイデアが思い付くだろうと思っていたが、甘かった。パズルのピースがカチリとはまることはなく、かろうじて出来上がったものは触れるだけでバラバラになりそうなパッチワークのような杜撰な計画である。
牛歩で稼げる時間など多寡が知れている。
結局、マシなアイデアが降りてくることもないままに、ポンコツヒーローズの円に加わってしまった優馬は、念のために尋ねる。
「誰か、計画を思いついた人はいるか?」
予想通り、誰も口を開こうとしない。口を開かずとも頷いている者がいるかもしれないと思った優馬は通洋の方を見たが、通洋はすかさずソッポを向いた。優馬は大きな溜め息をつく。
「分かったよ。これから俺の計画を話すから聞いてくれ」
鬱蒼とした樹海の雰囲気が、優馬の気分をさらに落とす。
この不思議な力が自殺の名所たる所以なのかもしれない。この場所では美衣愛の色ですら若干褪せて見える。
優馬は気怠そうに説明を始めた。
「俺らが救うべきターゲットは、言うまでもなく、樹海に入っていった自殺志願者だ。自殺志願者を救うために、俺らは3つのステップを踏まなければならない」
優馬は親指と小指以外の3本の指を立てた。
「見つける。連れ出す。説得する、だ」
「見つける…連れ出す…説得する…」
美衣愛が呟くように復唱する。
「まず、ステップ1『見つける』だが、これは通洋と俺の2人の共同作業で行う。最初に活躍してもらうのは通洋だ」
優馬は通洋の方に目を遣る。
通洋はハンチング帽を目深に被っており、無口なために読み取りにくい感情がさらに読み取りにくくなっていた。
「通洋にはこの樹海にいる何らかの動物の声を聞いてもらう。聞いてもらいたい情報は、樹海に彷徨い入った人の情報だ。樹海のどの辺りに自殺志願者がいるのかを大まかに知れればそれでいい」
通洋はうんともすんとも言わない。人生に絶望してこれから樹海に入っていこうとする自殺志願者だってもう少し元気があるのではないかと疑ってしまう。
「次に、通洋が動物から得た情報を元に、俺が首を伸ばし、上空からその人を捜索する」
「おお! レスキューヘリみたいでカッコイイっすね!」
紹也が本当に感心してるのか単に冷やかしているのだか分からない合いの手を入れる。
たしかに役割的レスキューヘリに近いかもしれない。ただ、伸びた首が樹海の上空で縦横無尽に動き回る絵面は地獄絵図そのものである。
「俺の能力によって、自殺志願者が具体的に樹海のどこにいるかどうかが分かる。しかし、俺だけではその人は救えない」
「どうしてですか? 優馬さんがその方にお声掛けして、『早まらないで下さい』と言えばいいんじゃないですか?」
美衣愛の「無邪気」な質問に、優馬は苦笑する。
「美衣愛ちゃん、想像してみてよ。世界屈指の心霊スポットを彷徨い歩いていたところ、突然人間の頭と首だけが目の前に現れて、突然話しかけてきたらどうする? 悲鳴を上げて逃げ出すのが相場で、最悪の場合にはショック死だろ?」
「そうですね。ホラーですもんね」
おいおい。さすがに「無邪気」過ぎないか。この子は可愛ければどんなに人が傷つくことを言っても許されるとでも思っているのか。まあ、許すけど。
「ということで、俺は自殺志願者の発見はするが、それ以上のことはできない。むしろ自殺志願者に見つからないうちになるべく早く姿をくらます必要があるだろうな。つまり、ステップ2以降は別に人にバトンタッチだ」
ステップ1についてはかろうじて計画は成立している気もする。問題はステップ2以降である。
昨夜、睡眠不足による健康リスクについてのNHKの番組を深夜まで見てたから、寝不足。




