梶川紹也には名案がある(3)
「他にないのか? 心当たりは」
「あっ!」
優馬が半ば投げやりに放った言葉に対して反応したのは、美衣愛だった。
「優馬さん、雪山はどうですか?」
「雪山?」
「はい。雪山です。雪山ってとても危険な場所ですよね? 遭難したり、雪崩が襲ってきたり…」
「そうっすね! 美衣愛ちゃん、天才!」
紹也が美衣愛にハイタッチを求め、美衣愛がそれに応じる様子を、優馬は冷めた目で見ていた。
「でも、美衣愛ちゃん、今は6月だぜ。雪山、っていうような季節じゃないだろ」
「外国はどうっすか? 日本とは季節が違う国もあるっすよね?」
紹也のフォローは全くフォローになっていない。優馬は深くため息をつく。
「外国に行く金がどこにあるんだ?」
「そうっすね…」
消えかけた火に薪をくべるように、美衣愛がまた提案する。
「じゃあ、別に雪山じゃなくてもいいです。初夏の山だって十分に危険です 遭難者だってたくさんいます。 雪の降っていない普通の山に人助けに行きましょう。優馬さん、どうですか?」
可愛い子を論破するのは趣味ではないが、一息置いてから優馬は答える。
「日本には山が無数にあるんだぜ。遭難者だって各地で生じてるんだ。一体どこの山を見張るんだ?」
「富士山ですかね。日本一高いですし」
「富士山で毎日遭難者が出てるわけじゃないぞ」
「制限時間まであと1ヶ月あります!1ヶ月もパトロールしてたらきっと一人くらいは遭難します!」
どこかフワフワした美衣愛の発想は決して嫌いではない。むしろ大好物である。平時だったら間違いなく「不思議ちゃんきゃわたん」と目がハートになっている。
しかし、今は「萌え萌えキュンキュン」している場合ではない。生き残るためには現実的な議論をしなければならない。
「美衣愛ちゃん、たしかに1ヶ月くらいパトロールしてたら1人は遭難者は出るかもしれない。でも、広大な富士山、登山客もたくさんいる富士山の中で、俺らがその1人をちゃんと見つけて、誰よりも早くこの1人を救うということが本当にできるのか? 無理とまでは言わないが、命を賭けるにはあまりにも確率が低すぎないか? もっとピンポイントでピンチな人だけが集まる場所がいいんだが…」
「…あ、あの…富士山というより、その下の樹海はどうですか…?」
たどたどしい口調で、美衣愛がするはずもない浮遊感ゼロの提案をしたのは通洋だった。
「あ…あそこって自殺の名所ですよね? 年間何百人という人が彷徨い訪れるとか」
「それだ!」
優馬が勢いよくテーブルを叩く。その弾みでほとんど口をつけていなかったブラックコーヒーがマグカップから溢れる。
「通洋さん、いいっすね!」
立ち上がった紹也が、通洋の頭をポンポンと叩く。
「不意に遭難した人を救うよりも、自ら死に急いでいる人を救う方が遥かに簡単そうだしな」
「私、そういうのよく分からないんですけど、ジュカイという場所にはピンチな人がたくさんいるんですか?」
「ああ、そうだ。むしろピンチな人しかいないかもな」
「そうなんですね! 通洋さんすごい! さすがです!」
美衣愛の大げさな賛辞に対して、通洋は口元を緩めることすらしなかったが、それでも優馬には通洋が良い気分になっていることが分かる気がした。
「それじゃあ、早速、具体的な計画を立てようじゃないか」
優馬はカバンから手帳を取り出すと、一番最後の白紙のページを破りとった。
まあ、いいんじゃない。
(某アイドルの結婚報道と同じ日に、妹の彼氏に「妹さんと結婚しようと思います」と言われたときの僕の反応)