梶川紹也には名案がある(2)
「あっ」と紹也が小さく声を上げる。
「紹也さん、何か閃きましたか?」
美衣愛が、元々オリオン座くらいキラキラしている目を獅子座流星群くらいキラキラさせた。
紹也は、お世辞にも眩しいとは言えないヤニで少し変色した歯を見せ、したり顔を作った。
「病院っす。病院には、救うべき命がたくさんあるっす」
「なるほど! 紹也さん、ナイスアイデアです!」
美衣愛の瞳の輝きは銀河レベルにまで至った。
「病気に罹ったピンチな人が集まる場所。それが病院っす」
「でも、病気の人の命を救うのは医者だろ。俺らが特殊能力を使って救うべき命なんてあるのか?」
興奮して早口になっていた紹也に、優馬は水を差した。
決して、紹也に向けられた美衣愛の羨望の眼差しに嫉妬したわけではない。決して。
「分からないっすよ。医者が治せない病気もあるかも知れないっすよ」
「医者でさえお手上げだったら、ポンコツの俺らにも救えるはずないだろ」
美衣愛の表情が少し翳るのを見て、優馬は自分がヒールになったかのような気分になった。
「仮に医者が救うべき命だったとしても、俺らが横取りして、先に命を救っちゃうっていうのもありかもしれないっすよ」
「そんなの…」
「そんなの正義に反する」と言いかけたところで、言葉が途切れた。
神様は、曲がりなりにも優馬たちのことを「ヒーロー」と称した。「ヒーロー」は正義の味方なければならないだろう。弱きを助け悪をくじくことこそが「ヒーロー」に求められる役割だ。
しかし、放っておけば助かるはずの命を横取りするのでは、弱きを「助け」ていない。弱きを「利用」しているだけだ。それでは間違いなく神様の期待には応えていないし、優馬の道徳心にも反する。
それでも、優馬は敢えて言葉を詰まらせた。
そんな「キレイゴト」を言っていられる状況ではないことを十分に認識していたからである。4人に残された時間は1ヶ月を切っている。生き残るためには手段を選んでいる場合ではない。
「俺だって横取りなんてしたくないっすよ。俺らの能力で普通に救える命があればそれに越したことはないっす。でも、俺ら所詮はポンコツっすから。背に腹は代えられないというか…」
「分かってる」
紹也に心の内を見透かされたようできまりが悪くなった優馬は、誰とも目を合わせないまま、小さく相槌を打った。
「ちょっと待ってください。横取り以前に、どうやって病院の中に入るんですか?」
美衣愛の問いかけに、紹也は涼しい顔で答える。
「病院って誰でも入れるっすよね。真夜中に侵入するとかは無理かもしれないっすけど、営業時間中だったら出入り自由っすよね」
「いや、その…お客さんのフリをすれば病院自体は入れるかもしれません。でも、私たちのお目当ては、命の危機に晒されている患者さんです。 そういうピンチな患者さんってきっと簡単に出入りできる場所にはいないと思います。手術室だとか集中治療室だとか、普段、普通の人は入れない場所にいるのではないでしょうか」
美衣愛の指摘はごもっともだと思う。
にもかかわらず、紹也は表情ひとつ変えないまま、あっけらかんと答えた。
「緋里さんに協力してもらえばいいじゃないっすか。緋里さん、研修医なんすよね?」
紹也が梓沢緋里の名前を出したことによって、他の3人の表情が固まった。
当然だ。緋里とはつい昨日、喧嘩別れしたばかりなのである。
会議室を出る直前の緋里のヒステリックな声が、未だに優馬の脳裏にベッタリとこべりついている。昨晩、ベッドの中で忘れようとするたびに叫び声は増幅し、眠りによる解放から優馬をどんどん遠ざけていった。
「…緋里は放っておいてやろう。本人がそれを望んでるんだから」
「そうですね…」
俯きながら乾いた声を吐き出した美衣愛だけでなく、通洋も無言のまま頷き、優馬と心を一にすることを表明した。
「…そうっすか」
さすがのお調子者も空気を読んだのか、天井でゆっくりと回転するプロペラ状の換気扇に目を遣ると、そのまま黙り込んでしまった。
ぎゃあああああありりぽんうあああああああうそだああああああああありりぽんいやああああああああああ
(某アイドルの結婚報道を受けて)