梶川紹也には名案がある(1)
いくらビジネスホテルといえども、品川という都心の一等地だと宿泊料金はそう安くもなく、24歳の若者たちには連泊をする経済的な余裕はなかった。
4人は午前中でチェックアウトを済ませ、ホテルの目の前にある喫茶店で作戦会議をすることにした。
「えーっと、どうしましょうか?」
作戦会議の幕開けは、あまりにも漠然とした美衣愛の問いかけだった。致し方ない。4人が対処しなければいけない課題というものは、それくらいに途方もないものなのである。
「とりあえず、優馬は自分の能力をみんなに見せるべきじゃないっすか」
紹也によってあまりにも唐突に矛先を向けられた優馬は、口に少しだけ含んでいたコーヒーを吹き出した。
「おい! なんでそうなるんだよ!」
「だって、作戦を立てるためには前提として、自分たちがどのような武器を持っているかを知ることが必要っすよね? 使えるものを把握して、そこからそれをどう使うかを考える必要があるっすよね?」
「そうかもしれないが、なんで俺なんだよ!」
「美衣愛ちゃんはすでに能力を見せてくれたし、通洋の能力は動物がいる場所じゃないと使えないっすからね。鷹カフェならまだしもここは普通の喫茶店っすから」
「…紹也、お前の能力はどうなんだ?」
「この喫茶店を灰にしていいんっすか?」
たしかに紹也の言う通り、通洋と紹也はこの場で能力を披露することはできなそうだ。
とはいえ、それは優馬だって同じである。
「俺だって公衆の場で首を伸ばすことはできない。周りの人に見られたらどうするんだ?」
「少しくらいだったらいいんじゃないっすか?」
「無理だ」
お客さんが誰も見ていない隙に、数センチ、数十センチくらい首を伸ばすということができるとすれば、決して吝かではない。
しかし、優馬は最初に銭湯で使用して以来、能力を一度も使っていない。そのため、能力を自在にコントロールする自信がない。少し首を伸ばすつもりであっても、言うことを聞かず、首が天井を突っ切ってしまうのではないかという懸念がある。
「俺の能力はいざというときじゃないと使わないからな」
紹也が口を尖らせ、不満の意を示す。
「少しは場の空気を盛り上げてくださいよ…」
「俺の能力は見世物じゃないからな! 真面目に議論するぞ!」
4人の席にしばしの沈黙が訪れる。
真面目な議論、と言っても、一体何から話し出すべきなのか、誰も分からないのである。
この鬱屈とした空気はなんとかせねばならないだろう。もっとも、優馬が首を伸ばすのとは別の方法によって。
優馬は再びコーヒーを口に運ぶ。暗い雰囲気の中だと、本来以上にコーヒーの味が苦く感じられる。
優馬はテーブルの上を見渡し、小さな陶器の入れ物を発見すると、蓋を開けた。
「あれ? 角砂糖は?」
入れ物の中には小さなスプーンと僅かの砂糖の粒が散乱しているだけだった。
「…ごめんなさい。私が全部食べちゃいました」
美衣愛が小さな口を両手で覆った。
まだテーブルについてから5分も経っていないというのに、何たる早業だろうか。
「いや、いいよ。俺、ブラックコーヒー好きだからさ」
「また私を庇ってくださるんですね。優馬さんはお優しいんですね」
「えへへ…そうかな」
くしゃっとした天使の笑顔が揺れる。
否、揺れたのは美衣愛ではなく、優馬の視界だった。紹也に思いっきり頭を叩かれたのである。
「デレデレしてないで真面目に会議するっすよ!」
「分かってるって…」
また沈黙。完全に頭の整理ができているわけではないが、優馬から切り出すしかないようだ。
「人の命を助けるためには、まず、ピンチな人を見つけなきゃいけないよな」
美衣愛が相槌を打つ。
「そうですよね。そもそも命を救うべき人がいなければ、私たちが命を救うこともできませんよね」
これは大前提である。しかし、大前提でありながら、これが実はかなりの難関だ。現在の文明社会において、命の危険に晒された人を目の前にすること自体、人生でそうあることではない。少なくとも優馬の人生においては過去に一度もなかった。
「優馬さん、何かあてはありませんか?」
美衣愛にいい格好を見せたいとはいえ、さすがにこの問いかけに対して首を縦に振ることはできない。
大体、命の危機というものは突然訪れ、ときには命を道連れとし、あっという間に去っていくのが通常である。命の危機に晒された人が、命の危機に晒されたままでずっと待っているということ自体が考え難い。
私事ですが、一昨日、民放の番組に5、6秒見切れました。