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梓沢緋里は落ちこぼれではいられない(2)

「だからなんなのよ! 私たちがポンコツだからってそれがどうしたのよ!」


 今までつちかってきたプライドが、緋里の気を立たせる。



「神様は俺らポンコツにはそれほどじょうをかけてくれないってことさ。残りの1ヶ月で俺らが人命救助できなければ、当初のルール通りに死んでしまえばいいと思っている。俺らに特別の救済措置を設けることなんてしない」


「じゃあどうして? どうして私たちは集められたの?」


自助努力じじょどりょくのためだ。神様は力を貸さないから、未だにタスクをこなせていない残りモノの5人、『ポンコツヒーローズ』で力を合わせて人命救助しろ、ってことだろ」


緋里がヒステリックに叫んだ。



「そんなの無責任よ!!」


「そうさ!神様って奴はとんでもなく無責任なんだ!緋里自身、さっきそう言ってたじゃないか!」


何も言い返すことのできなかった緋里は、代わりに薄い唇をわなわなと震わせた。



「神様は協力させるために5人を集めた。紹也が言いたかったことも同じだろ?」


 紹也が黙って頷く。


 美衣愛も通洋も今までに見せなかったような真剣な表情をしている。すでに覚悟を決めたということだろう。


 現実を受け入れられていないのは、ただ一人、緋里だけだった。



「協力!?バカじゃないの!? 私たち、揃いも揃ってポンコツなんだよ!? 0+0は0、0×0だって0なのよ! 力を合わせたって何にもならないじゃない!!」


 緋里の言っていることは正論だと思う。

 しかし、今5人が置かれている理不尽りふじんな環境の中では、正論は役に立たない。とにかく、やるしかないのだ。

 無理難題にも、遮二無二ぶつかっていくしかないのだ。



「緋里さん、私たちにはまだ1ヶ月も時間があります。一緒に考えましょう。どうすれば人の命を救えるか、を」


「美衣愛は楽観的らっかんてきすぎるの!」


「でも、緋里さん…」


「現実はそんなに甘くないから!」


「緋里さん…」


 美衣愛の瞳のうるうるが、ついにしずくとなって純白のワンピースに灰色のシミを作った。それでも緋里は美衣愛への罵倒ばとうを続けた。



「脳内お花畑で羨ましいわ。結局人命救助ができなくて死ぬことになっても、最期さいご晩餐ばんさんにケーキを食べられたらそれで幸せなんでしょ?」


 聞くにえなくなった優馬が机を叩いて抗議こうぎする。


「おい! 緋里、言い過ぎだろ!! 美衣愛に謝れ」


「あら、また可愛い子への依怙贔屓えこひいきかしら?」


「違う! お前、自分が何言ってるのか分かってるのか!? いくら死のふちに立たされてるからって、イライラを美衣愛にぶつけるのはお門違かどちがいだろ!」


「ええ、たしかに今の私は死への恐怖で冷静さを欠いているかもしれないわ。でも、それはあんたたちだって一緒だからね。揃いも揃って狂ってる。このままだとダメになりそう」


 緋里はバッグを肩に掛けると、覚束おぼつかない足取りで立ち上った。



「おい。どこに行くんだよ」


「帰る」


「は?」


「君たちはせいぜい最後まであがけばいいわ。私はそんなみじめな死に方は嫌だから」


「ふざけるな! どうしてそういう考え方しかできないんだよ!」


「私のことが気に食わないんだったら少しの間黙っててくれない? 今出てくから」


「だからどうして…」

 

 バタン!!

 

 緋里が力一杯閉めたドアの音が会議室を揺さぶり、同時に優馬の頭を揺さぶった。


「クソっ! あいつ、一体なんなんだよ!」


 優馬はイライラして机の脚を蹴った。


 こういうときになごませてくれるはずの美衣愛は、今は机に突っ伏して嗚咽おえつを漏らしている。


 通洋は何か言いたそうに唇を動かしたが、結局一言も発することはなかった。



「誰も追いかけないんっすか!?」


 座ったままの3人に対して、紹也が問いかけた。


 緋里を追いかけるべきかどうか、優馬にはよく分からない。

 優馬たちと協力して人命救助の方法を模索もさくした方が緋里の生存確率は高まるとは思う。

 とはいえ、それは1%かもしれないし、0.1%以下かもしれない。

 だとしたら、緋里の言う通り、最期までせいに執着しながら惨めに死ぬよりも、残り1ヶ月の限られた人生をどう生きるかを考えた方が生産的かもしれない。



 紹也の問いかけに誰も答えずにいると、ついに紹也は立ち上がり、会議室の外へと駆け出した。





 どれくらい待っただろうか。30分以上に感じられたが、おそらく4、5分だろう。


 再び開いた会議室のドアから現れたのは、紹也一人だけだった。



「…緋里は?」


 優馬の問いかけに、紹也は首を横に振った。



「追いついて説得はしたんっすけど、ダメでした。俺らとは協力しないって」


「そうか…」


 緋里が素直に説得に応じるような玉ではないことは分かっていた。

 緋里は自分が正しいと思ったことを徹底的に貫き通す女である。



「残念だが仕方ないな…」


 美衣愛が再び嗚咽を漏らす。彼女が気持ちを切り替えられるまでは特に時間が必要かもしれない。


「俺ら4人でどうやって人の命が救えるかを考えるしかないな…」


「そうっすね」


 とはいえ、そもそもが無理難題なのである。

 緋里の件で意気消沈いきしょうちんしている4人が今から知恵をしぼっても、おそらく良い手段は浮かばないだろう。


 果たしてどうするべきか。優馬が頭を悩ませていると、意外な人物が声をあげた。



「と…とりあえず、今日は4人で近くの同じホテルに泊まって、また明日作戦会議をしませんか?」


 最初、誰が喋っているのかが分からなかった。とはいえ、消去法からして発言者は通洋しか考えられない。



「そうっすね。一旦解散したら、緋里さんみたいにもう来なくなっちゃう人が出るかもしれないっすからね」


 紹也が口にしたことは縁起でもないことだが、一理ある。



「…俺もそれで構わない。明日も有給をとることにするよ。美衣愛は?」


「…私もそれで大丈夫です」

 

 美衣愛は机に突っ伏したまま、涙でかすれた声をしぼり出した。



 こうして「ポンコツヒーローズ」の結成は、あまり幸先さいさきが良いとは言えない幕開けとなった。


 本作は大きく分けて3部構成になるのですが、そのうちの1部目がようやく終わりました。

 2部目は癒し回からスタートします!

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