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井沢優馬は神様を憎んでいる

 井沢優馬いさわゆうまは神様をにくんでいる。とてもとても憎んでいる。


 そんなに憎いのならば、そもそも神様を信じることをやめればいいと思う人もいると思う。神様なんて単なる想像の産物だとして、神様の存在を否定すればいいじゃないか、と思う人もいると思う。



 しかし、優馬は神様を信じざるをえない。なぜなら、神様はたしかに存在しているからだ。




 今、優馬の手に握られている「案内状」は、一週間前、どこからともなく送られてきたものだ。送り主はハッキリとは分からない。封筒に送り主が書かれていないという以前の問題として、そもそも配達手段として郵便が用いられなかったからである。



 その案内状は、突然、優馬の頭の上にポトンっと落ちてきた。





「うえぉ?」


 妙な声を上げた優馬に対して、大勢の視線が一気に注がれる。朝の通勤ラッシュの満員電車の車内なので当然だ。私語をする者すらいない中で突然奇声を上げたのだから、注目のまとの座はだっがたい。

 

 なるべく平然な表情を装いつつ、優馬は頭上を見上げる。当然、そこには何の変哲へんてつもない電車の天井があるだけである。忍者が張り付いているわけでもなければ、中吊なかづり広告の代わりに封筒が吊り下がっていたであろう形跡けいせきもない。


 優馬の足元に落ちた封筒を、反射的に拾った。

 なぜなら、封筒には大きな文字で「井沢優馬へ」と書かれていたからである。

 

 


 昼休みの職場のトイレで、優馬はその封筒を開けた。得体の知れないものには警戒をすべきだと思う。それが物理法則上ありえない経緯で目の前に現れたのであれば尚更なおさら

 しかし、優馬が迷いなく手紙の封を切ったのは、差出人に心当たりがあったからである。時期的にそろそろあいつから連絡が来てしかるべきだと思っていた。第一、手紙の宛先には「様」を付けるのが人間・・のマナーである。それにもかかわらず、「伊沢優馬へ」と宛先が呼び捨てである時点で、送り主は人外じんがいの者であると察しがつく。



 結局、封筒の中の「案内状」と題された一枚紙を見ても、送り主は明示されていなかったが、送り主が優馬の予想通りであることは、文面から明らかだった。




 〜案内状〜

 

 私が君に特別な能力を授けてから9年と11ヶ月が経った。

 私は、君が私との約束をすっかり忘れてしまっているのではないかと心配している。

 もしも君が約束を覚えているのなら、明日の18時に品川区市民開発センターに来て欲しい。万が一君が約束を忘れていたとしても、明日の18時に品川区市民開発センターに来た方がいい。

 死にたくなければ。




 締めの言葉が「敬具けいぐ」であることまでは期待していなかったとはいえ、「死にたくなければ。」というのさすがに行き過ぎている。これでは「案内状」ではなくて「脅迫状」ではないか。こんなの怪文書かいぶんしょでしかない。


 しかし、「約束」を覚えていた優馬は、すぐに翌日午後の半休はんきゅうを申請した。24歳という若さで死ぬのは御免ごめんであるし、仮に品川区市民開発センターという施設にあいつが来るのだとすれば、優馬はどうしてもあいつに文句を言いたかったからだ。





 品川区市民開発センターは、JR品川駅から徒歩5分という好立地こうりっちにあり、しかも大通りに面した位置にあった。

 

 5階建てのガラス張りの建物は、おそらく建設されてから10年も経っていないだろう。

 「市民開発」という怪しげな名前とは裏腹に、施設には開放的な雰囲気すらただよっている。怪しさMAXの宗教施設を覚悟していた優馬の肩の力が少し抜けた。



 案内状を握りしめながら入口の自動ドアをくぐった優馬だったが、そこであることに気が付いた。

 果たして何階のどの部屋に向かえばいいのかが分からない。案内状にはただ「品川区市民開発センター」と書いてあるだけであり、それ以上の細かい指示はないのである。



「すいません」


 優馬は正面の受付カウンターに座っている若い女性に声を掛けた。ロングヘアーの落ち着いた雰囲気の女性だった。



「どうなさいましたか」


「あ、い、いや、えーっと…」


 女性の対応は受付嬢うけつけじょうとして至極しぐく真っ当なものだったからこそ優馬は慌てた。

 優馬が女性に投げかけるべき質問は少しも真っ当ではない。オカルトの範疇はんちゅうにある言葉を用いらなければ、優馬の来訪らいほうの目的を伝えることは決してできないだろう。


 優馬はやむをえず、持っていた案内状を女性に見せた。冒頭一行目に「特別な能力」と書かれている、素人目しろうとめで見ると完全に頭のオカシイ案内状を。



「俺は一体どこに行けばいいんでしょうか……」

 

 案内状にピンと来ていない様子の女性に、優馬はおそるおそる声を掛ける。

 

 女性は案内状の末尾まつびにまで目を通すと、低い声で答えた。



「…警察に行った方がいいんじゃないですか」


 女性の返答は至極しごく真っ当である。この案内状は頭がオカシイことに加え、脅迫状の要素も含んでいるのだから、市民社会の手に負える代物しろものではない。



「あはは。まあ、最後の『死にたくなければ。』は悪い冗談みたいなものなんですけどね…」


 笑って誤魔化ごまかそうとした優馬だったが、女性は怪訝けげんな表情を崩さなかった。アイブロウでしっかりと書かれた茶色の眉がさらに中心に寄る。



「いや、その…」

 

 優馬の弁明べんめいを制止するように、女性は真っ直ぐに腕を伸ばした。

 

 一本だけ立てられた人差し指の先には、ホワイトボードがある。



「あれを見て確認してください」


「はあ、なるほど」


 ホワイトボードの上方には大きな黒文字で「本日の貸会議室利用者」と書いてあり、その下に部屋の番号と予約団体名が書かれている。

 

 きまりが悪くなった優馬は女性に小さくお礼の言葉を述べると、小走りでホワイトボードの前へと向かった。


 案内状には、予約団体名はおろか、事前に貸会議室を予約している旨すら書かれていなかった。

 それでも、優馬はすぐにそれらしき団体名をホワイトボード上に発見した。


 その瞬間、優馬の中でのあいつ-神様に対する憎しみが絶頂ぜっちょうに達した。



「203号室 予約団体名:ポンコツヒーローズ」


 GW中の完結を目指します(多分無理)。

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